レースにおけるウマ娘の勝利は、如何なることがあろうともそれが無視し貶されることは決してなかった。
例えファンがそれを期待していなかったウマ娘が勝ったときでも、前述のようなレース中の不幸が起きた時でも、勝者には称賛が与えられ、正当な評価がされた。
希少な例外としては、22年前にダービーを制したクライムカイザーが、1番人気のトウショウボーイに対し一見ラフな戦法を使った為『汚い勝利・犯罪皇帝』などとバッシングされたことがある。
例外はそのくらいだし、それもほんの一時的で、後には『実はかなり強い勝ち方だった』と彼女を再評価する声の方が多くなっていた。
勝者への称賛と正当な評価。
これは、ウマ娘のレースの歴史が始まって以来、一度も揺らいだことはなかった。
だが今回、それが破られた。
「恐らく、オフサイドトラップがあのような状態になってしまったのは、これが一番の原因でしょう。」
マックイーンは厳しい表情で続けた。
ウマ娘にとって、レースでの勝利を否定されることは生きていることへの否定に等しい。
前述のカイザーもほんの一時的なバッシングではあったが、その影響か彼女は以後のレースで精彩を欠き、遂にダービー以後は勝てないまま引退した。
オフサイドの場合はカイザーの時より悲惨で、未来永劫それが続くような否定のされ方だ。
おまけに味方すらいない。
報道も専門家も彼女の勝利を正当に称賛せず、それどころか逆に酷評するか或いは無視している。
「否定される理由は、タイムですか。」
「そのようですわね。」
天皇賞・秋(2000m)でのオフサイドトラップの勝ちタイムは1分59秒3。
前年の優勝タイムより0.3秒遅く、レコードタイムよりも1秒以上遅い。
対して、サイレンススズカは天皇賞・秋の前走の毎日王冠(1800m・天皇賞と同じ府中競バ場開催)での優勝タイムが1分44秒9と非常に速かった。
それも1000m通過が57秒7とハイペースだった上、上がり3ハロンのタイムも35秒1と全く失速していないという驚異的な勝ち方だった。
それを考えれば、天皇賞・秋のレースでは毎日王冠以上の好調さで出走した上、前半1000mを57秒4で通過した彼女が無事に完走していれば、オフサイドトラップの勝ちタイムより遅くゴールするわけがない、おそらく1分57秒台のレコードタイムでゴールし後続を10バ身はちぎって優勝していただろう、というのが世間・報道・専門家達の一致した見方であり、オフサイドトラップの優勝を評価しない理由だった。
だが、マックイーンはそれを否定するように言った。
「タイムで優勝が評価されないなんて、あってはなりませんわ。」
タイムは、勝敗とは別に考えるべきだ。
速いタイムでの勝利はもちろん評価されていいが、かといって遅いタイムでの勝利を貶していいものではない。
一例として、ウマ娘史上最高のレースの一つと称賛されてる、8年前のオグリキャップが優勝した有馬記念がある。
その優勝タイムは従来のレコードタイムより2秒半遅く、当日開催された同距離の格下レースよりも劣っている。
だが誰も彼女を低レベルな優勝などと評さず、奇跡のラストランとして高く称賛し続けている。
それは、オグリがスターウマ娘だったという理由もあるだろうが、タイムと勝利は別だと分かっていたからでもあろう。
また、タイムは、レース展開(ペース)によって大きく変わる。
前述のオグリの優勝タイムが遅かった理由は、レース展開が非常にスローだったのが理由でもある。
対して、今回の天皇賞・秋のタイムが平凡だった理由は何か。
世間・報道・専門家達は、『スズカが故障したことにより低レベルなレースになったから』或いは『スズカがつくったハイペースについていけなかった為』という見方だが、実際のところはどうだろう。
「このレースについては、展開とかタイムはあまり振り返らないべきですね。」
ライスはポツリと言った。
もしレース展開を非情に厳密に振り返るとしたら、『スズカが1000m57秒台のハイペースで駆け、その後先頭のまま第4コーナー手前で故障し、“後続の進路を妨害”かつ“精神的動揺”を与えた展開』という内容も加えなければいけなくなってしまうからだ。
実際にレースではスズカの故障後、彼女の動きを見極めスピードを落としつつも素早く進路をとったオフサイドやステイゴールドは少ないロスで済んだが、進路を取り損ねてスズカを避ける為に外に振られたサイレントハンターやメジロブライトはかなりのロスを受けた。
またスズカの大怪我を目の当たりにした全出走メンバーが、かなり精神的に動揺したことは想像に難くない。
出走メンバー全員、そのことについては何も語ってないが。
うっかり語りでもしたら、彼女達もオフサイドのように袋だたきにされ中傷を受けかねないだろうし、それ以前にウマ娘として言い訳じみたことはしたくないのだろう。
いずれにしても、このような大アクシデントが起きたレースは、展開やタイムは語るべきではない。
だがこのレースに限っては、展開はともかく、誰もが執拗にタイムに固執している。
その理由は、このレースを観ていたほぼ全ての者が求めていたものが、勝敗よりもタイムだったから。
そう、稀代のスターであり『神速のウマ娘』サイレンススズカが、どれだけのタイムを出して勝利するかを。
それはおそらく、『サイレンスズカ、後続をぶっちぎり圧勝!タイムは驚愕のレコード!』という結果を期待してたのだろう。
だが、現実の結果は『サイレンススズカは故障により競走中止。』
全てのファンが抱いていた夢と期待は、悪夢と絶望に変わった。
そしてファンの誰もが、絶望がなかった未来…すなわちスズカに抱いていた期待と夢の先のゴールを想定し思い描くようになり、現実の勝者オフサイドトラップと比べはじめた。
結果、オフサイドの勝利は低レベル・無価値・悲劇の恩恵などと酷評されることになった。