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一方その頃。
この日のトレーニングを終え帰路についたゴールドは、その途中にスマホで見たニュースで有馬記念人気投票の結果を知った。
スズカが1位⁉︎
自身の結果よりもまずそれに驚いた。
どんなバカ共が投票したんだと一瞬思ったが、すぐにこれは彼女へのファンのエールだと理解した。
…バカとか思ってごめん。
それにしてもスズカ凄いなー。
これほどまでにファンに愛され、復活を心待ちにされてるなんて。
それに引き換えあたしは、8位か。
出走権を取れて一安心すると同時に、なんか悔しさも感じた。
2年生が4人も上にいるし、同期のブライトもあたしより上…キーッ。
まあ今年G1レースで2着3回とはいえ1回もレースで勝ってないから当然か。
早く『アカンコ』ちゃんから卒業しないとなー。
思い直すと、ゴールドは再び投票結果が表示されたニュースを見直した。
薄々予想してたとはいえ、オフサイドトラップの名がない。
「…はあ。」
ゴールドは溜息を吐くと、スマホをしまった。
学園寮に帰ると、ゴールドは途中で買って夕食の弁当を手に、オフサイドの部屋へと向かった。
だがオフサイドは部屋にいなかった。
弁当を置いて戻ろうかと思ったが、一応寮長の所へいきオフサイドがどこにいるか尋ねた。
すると、オフサイドは寮庭を散歩していると返答があった。
ゴールドは弁当を持ったまま、寮庭に出た。
冬の澄み切った夜空の下、オフサイドの姿を探しながら寮庭を歩いていると、寮棟の裏にあるベンチに彼女の姿を見つけた。
何故か制服姿でコートを羽織り、いつものように盾を抱いて座っていた。
窶れた表情の中、彼女は何か考え事をしているように、じっと夜空を仰いでいた。
「オフサイド先輩。」
ゴールドが声をかけると、オフサイドはチラッとこちらを振り向いた。
「お帰り、ゴールド。」
「夕食買ってきました。部屋に戻って一緒に食べましょう。」
「…。」
ゴールドが促すと、オフサイドは盾を抱いたまま無言で立ち上がった。
オフサイドの部屋に戻ると、二人は一緒に夕食のお弁当を食べた。
食事中、いつものようにゴールドは何度か明るく話しかけたが、オフサイドは殆ど反応せず暗い様子で箸を進めていた。
「ゴールド、」
半分程食べ終えたところで箸を置くと、オフサイドは口を開いた。
「有馬記念のファン投票結果は見たかしら?」
「あ、はい。ニュースで見ました。」
「選ばれてたね。おめでとう。」
「どうも。」
ゴールドはあまり嬉しくない表情で答えた。
それきり、オフサイドは再び黙った。
ゴールドも黙りこくって箸を進め、弁当を食べ終えるとあとは軽く挨拶しただけで、オフサイドの部屋を後にした。
ふざけた話ったらありゃあしないわ。
オフサイドとの夕食を終えた後、部屋に戻ったゴールドは着替えを終えると、不愉快な様子でベッドに寝っ転がった。
ふざけた話とは有馬記念の投票結果だ。
オフサイド先輩が外れるとはどういうことよ。
確かに、今年は多くの新星が台頭し、また実力者も結果を残したから、G1覇者といえども外れる可能性はあった。
実際、オフサイド以外でも落選したG1覇者はいる。
だが、当年のG1覇者、しかも天皇賞の覇者が外れるなんて前代未聞だ。
いたとすれば、18年前の天皇賞・秋覇者のプリテイキャスト先輩くらいだ。
彼女が落選した理由は、天皇賞・秋の勝利がフロックとみなされたから。
オフサイド先輩も同じように見られているんだろうなー。
だが、フロックとみなされてたとはいえプリテイが制した天皇賞・秋のレースは、ウマ娘史上に残る衝撃的な勝ち方だと未だに語り草になってるし、彼女には多大なる称賛が寄せられた。
対してオフサイド先輩は…
ゴールドはぶんぶん首を振り、思考を止めた。
あの不快極まるレース回顧の数々を思い出しそうになったから。
衝撃的といったら…
ゴールドは他のことを考え出した。
プリテイ先輩のレースは生まれる前だったから生では見てないが、自分が生で観た衝撃的なレースといえば…あれだな。
入学する2年前に全て現地で観た、あの先輩のレース。
あれは衝撃的だった。
いや、というかあの先輩は、衝撃的な勝ち方しかしなかった。
「…ナリタブライアン先輩。」
ゴールドは、ほんの2ヵ月間だけだがチーム仲間だった偉大な先輩の姿を思い浮かべ、それから2ヵ月半前の出来事を思い出した。
「うっ…」
思わず胸が込み上げ、慌てて眼を瞑った。
そのまま、彼女は眠った。
12月12日、有馬記念まであと15日。