1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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陽陰(1)

*****

 

12月13日、日曜日。

 

ウマ娘療養施設のある高原は、この日も素晴らしく空気の良い朝を迎えた。

その澄んだ空気を切り裂いて、ニンジンをくわえながら施設への道をダッシュで駆け上がっているウマ娘がいた。

 

 

「おはようございますー!」

…あ、スペさんだ。

施設の最上階の特別病室。

病室の外からスペシャルウイークの元気な挨拶が聞こえると、ベッド上で朝食を食べていたサイレンススズカの頬に自然と微笑が浮かべた。

「おはようございます、ースズカさん!」

「おはようございます、スペさん。」

思いっきり爽快な笑顔で病室に現れたスペに、スズカは丁寧な笑顔で挨拶を返した。

 

スズカとスペは、チーム『スピカ』の仲間。

学年はスズカが一年上。

今年初めにスズカが『スピカ』に加入して以後、二人は非常に親密な仲になった。

前述のようにスペはスズカを崇拝する程に慕っており、スズカが天皇賞・秋で大怪我してからは誰よりも彼女の看護を行なっていた。

 

「スズカさん、実はビッグニュースがあります!」

スズカが朝食を終えた後、スペは満面の笑顔で、今日のウマ娘新聞を取り出した。

「ビッグニュースですか?」

「はい!みて下さい!」

外界からの情報を殆ど遮断されている状態のスズカは、スペが差し出した新聞を受け取った。

すると、一面にデカデカと記された記事が眼に飛び込んできた。

〈有馬記念ファン投票結果発表!一位はなんとサイレンススズカ!〉

 

「これは…」

「ビックリですよね!」

驚きの表情を浮かべたスズカの横でそれを一緒に読みながら、スペはあっかるい笑顔で続けた。

「スズカさんがどれだけファンの方々に愛されてるか、夢をもたれているか、私感動しました!」

 

愛されてる…

初めは驚いたスズカだが、絶対出場出来ない自分を何故ファンは1位にしてくれたのか、その理由が分かると胸が震えた。

これは、有馬記念に出て欲しいという思いでの結果じゃない。

大怪我に苦しむ私への、ファンの皆さんのエールだ。

ファンの皆さんの夢は、私がこの怪我を乗り越えて復活すること。

その思いを、この投票で示してくれたんだ。

記事の内容も、そのような推測をする内容だった。

 

「…嬉しいです。」

こんなになってしまった私を、ここまで励ましてくれるなんて…

スズカはちょっと涙ぐんだ。

「そうですね。」

傍らのスペは、感激に震えている彼女の手をぎゅっと握った。

「怪我を治して、必ずターフに戻りましょう。みんな待ってますから!」

「はい、必ず!」

スズカは目元を拭い、微笑しながらその手を握り返した。

 

その後、スペは自主的に室内清掃をはじめ、スズカはそのお礼を言いながら、ウマ娘新聞の他の記事を読んでいた。

大怪我を負って以後、彼女の耳に入ってくる情報は僅かなもの(天皇賞・秋とJCの結果だけ)。

報道紙を読むのは怪我して以降初めてだ。

とはいえ、記事は有馬記念に関することが殆どだった。

それ以外特にめぼしい記事がないのを確かめると、スズカは再び有馬記念の記事を一つ一つ読んだ。

 

8位にゴールドが入ってるわ。

ファン投票選出メンバーに無二の親友の名を見つけると、スズカは嬉しそうに笑った。

今年、勝つことは出来なかったけど凄い活躍だったもんね。

本人はあまり嬉しくなさそうだけど。

今度の有馬記念こそ、絶対勝ちに行くだろうな。

ゴールドの負けず嫌いな表情を思い浮かべ、スズカは胸のうちでクスッと笑った。

他は…スペさんが有馬記念に出ないことは知ってたけど、2位のエルコンドルパサーさんも出ないのか。

記事によると、彼女はJC制覇を最後に海外挑戦を決めているらしい。

 

海外…

スズカは眼を瞑った。

私も、海外遠征を目指していた。

もし、怪我をしなかったら…

 

だめ。

苦しくなりかけた胸を抑え、スズカは深呼吸した。

海外への夢は消えた。

でも消えきった訳じゃない。

この怪我を乗り越えられれば、心が折れさえしなければ、また夢への希望を灯すことが出来る。

脳裏に、先日読んだトウカイテイオー先輩の自伝を思い返した。

テイオー先輩は幾度の怪我でもう駄目だろうと言われながら、何度もそれを覆し大レースを制した。

もっと昔のタニノチカラ先輩やホウヨウボーイ先輩だって、大怪我による一年以上の苦節を乗り越え、現役最強ウマ娘の称号を手にした。

今、私が目指すべきは、そういった不屈の軌跡を残した先輩達の背だ。

そう、“不屈”。

現に、身近にもそれを体現した先輩がいるのだから。

オフサイドトラップ先輩…

 

あれ?そういえば…

スズカはハッとしたように、新聞に記されている有馬記念のファン投票結果を見直した。

「どうして?」

何度もそれを見直した後、スズカは不思議そうに呟いた。

オフサイド先輩の名前がない。

 

「どうしたんですか?」

スズカの呟きが耳に入り、スペは清掃の手を止めた。

「ファン投票、オフサイド先輩は選ばれてないんですか?」

「あー、オフサイド先輩ですか。」

スペも紙面を覗き込み、それを確認した。

「確かに選ばれていないですね。なんででしょう?人気高い方が多かったからじゃないですか?」

スペも不思議そうに、首を傾げながら言った。

人気…確かにそうかもしれないな。

昨年から今年にかけて、ウマ娘界は実力者と新星が多く結果を残した。

G1覇者でなくとも人気の高いウマ娘も出現したし(ゴールドとか)、また今年不振でも昨年結果を残した者もいる(グラスワンダー・シルクジャスティス)。

現在のウマ娘界は、群雄割拠の状態なのは確かだ。

 

とはいえ、オフサイド先輩が選ばれない?

あれだけの偉業を成し遂げたのに?

 

スズカはかなり不思議に思ったが、それ以上は何も尋ねず、お礼を言いながらスペに新聞を返した。

 

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