1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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陽陰(3)

 

ルソーは、松葉杖をつきながら施設内に戻った。

 

受付前に戻ると、面会者らしきウマ娘が待合席に座っていた。

「え?」

制服姿なのでトレセンの生徒だとすぐに分かり、またそれが誰かもすぐ分かったが、その表情はルソーが知っている彼女とは別人かと思うほど窶れていた。

「オフサイド…先輩?」

「久しぶり。」

自分の姿を見て、驚愕というか茫然とした声を上げたルソーに対し、オフサイドは薄い微笑で返した。

 

オフサイドは、ルソーの後から来た椎菜にも気づいた。

「お久しぶりです、椎菜先生。」

「オフサイドトラップ…。」

椎菜も、天皇賞後に初めて見たオフサイドの、変わり果てた姿に愕然とした。

 

「病室、行こ?」

オフサイドは椎菜から眼を逸らし、ルソーに言った。

「は、はい。」

ルソーは動揺を隠せないまま、オフサイドを連れて病室へと向かっていった。

「…。」

椎菜も思わずその後を追おうとしたが、時計を見て思い留まった。

休憩時間は間もなく終わりだ。

仕方ない、終わってから会いにいこう。

椎菜は飴を噛み砕き、白衣を翻して医務室へ向かった。

 

 

やがて、ルソーとオフサイドは病室に着いた。

「なにか、飲みます?」

「これ、買ってきた。」

オフサイドは見舞品としてもってきたロイヤルミルクティーを取り出した。

「どうも。」

ベッドの傍らの椅子に、二人は並んで腰掛けた。

 

ルソーとオフサイドは一年違いの『フォアマン』チームメイト。

ただルソーは故障による長期離脱中で、数年前から殆ど学園に登校しておらず、その為彼女のことを知っているチーム仲間はオフサイドとゴールドしかいない。

 

「ルソー、」

ミルクティーを飲みながら、オフサイドは後輩に尋ねた。

「最近、体調はどう?」

「まあ、良好です。」

「脚の具合は?」

「ぼちぼちです。椎菜先生によると、大分良くなってきてるとのことです。」

「そう。治療の方は、どう?」

「最近は二日に一回位です。今日は治療があって、ついさっき終わったところです。」

「苦しくなかった?」

「ハハ、大丈夫ですよ。もうとっくに慣れてますから。」

「そう。」

ぎこちない笑顔を見せたルソーに、オフサイドも薄く微笑をみせた。

「強いね、ルソーは。」

「何言ってるんですか。先輩に比べれば、私なんて…」

 

ルソーはミルクティーを飲みながら、先輩の質問に答えていた。

内心では、オフサイドから受けた質問は、全て彼女に返してやりたかった。

傍目から二人を見れば、ルソーよりもオフサイドの方が重病と思う程、彼女は窶れている。

ゴールドやその他の者達から、彼女の現在の状態について聞いてはいたが、まさかここまでとは。

かける言葉が、見つからなかった。

 

「有馬記念、」

ミルクティーを注いだカップを両掌に抱え、オフサイドが再び口を開いた。

「私、今度の有馬記念、出るわ。」

「出るん…ですか。」

「うん。」

ファン投票の結果には触れず、オフサイドは特に感情のない声で言った。

「そうですか。」

ルソーも特に尋ねず、ただ頷いた。

例えファン投票で選ばれなくとも、希望すればG1覇者である彼女が有馬記念に出走出来るであろうことはルソーも分かっている。

だけど、こんな状態で、2週間後に迫ったレースに出走出来るの?

どう見てもレースどころではない状態の先輩を前に、かなり心配に思った。

 

 

「そろそろ帰るわ。」

ミルクティーを飲み終えると、オフサイドはゆらっと立ち上がった。

「え、もう帰るんですか?」

まだ施設に来てから20分位しか経ってない。

「あなたの様子を見にきただけだから。」

言いながら、オフサイドは茶色のコートを羽織った。

「待って下さい。」

すぐに去りかけた彼女の袖を、ルソーは慌てて掴んだ。

「病症仲間と、会ってもらえませんか。」

「…。」

「みんな、先輩のことを心配しています。天皇…いや、とにかく、一目だけでも仲間達と会ってあげて下さい。」

 

「ごめん、ルソー。」

オフサイドは袖を掴んでいる後輩の指をゆっくりと引き離した。

「私は、あなたも含めて、あの子達に泥を塗った。みんなの未来を閉ざした。」

「は?何言ってるんですか?」

オフサイドの言葉に対して、ルソーは呆然というか訳の分からない表情を浮かべた。

その後輩の表情を見つめて、オフサイドは続けた。

「私は“非情で自己中、同胞の不幸を喜ぶウマ娘”なの。そんな私に、あの子達と顔を合わせる資格なんてないわ。」

そう言った彼女の表情は、胸が潰れそうなくらい切ない微笑を浮かべていた。

「先輩…。」

「じゃ、元気でね。」

言葉を失ったルソーにそう言うと、オフサイドはゆっくり病室を出ていった。

 

しばし愕然としていたルソーは、我に返ると松葉杖をつきながら慌てて彼女の後を追った。

すぐに追いついたが、もう彼女を引き留めようとはせず、その傍らを一緒に歩いた。

「先輩。外まで送ります。」

「ありがとう。」

 

 

二人は、一緒に施設の一階まで降りた。

 

そのまま正面出口まで行こうとした時。

「…!」

突然、オフサイドは凍りついたように立ち止まった。

「どうしたんです…?」

声をかけきる前に、ルソーはハッとした。

オフサイドの表情が、悪魔でも見たかのように真っ青になってたから。

まさか…

彼女の視線の先を見ると、受付前のベンチに、数人の報道陣らしき者達が集まっているのが見えた。

いけないっ!

 

「…あああっ…!」

ルソーが彼女の姿を隠そうとするより早く、オフサイドは頭を抱えて脇の通路に逃げ込んだ。

 


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