1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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富士山(3)

 

オフサイドはケンザンと共に、管理室と隣接する彼女の自宅に上がった。

 

「しばらく、お世話になります。」

彼女専用の一室に通されたオフサイドは荷物を置くと、先輩に頭を下げて礼を言った。

「気にするな。」

ケンザンは先輩らしい笑顔で応えた。

 

昨夜、有馬記念出走を決めたオフサイドは、かつての先輩であるケンザンに電話をし、有馬記念までそちらで調整させて貰えないかと頼んでいた。

ケンザンは多くを聞くことなくそれを承諾していた。

 

「ここにある生活用品は何でも使っていい。食料や医療品が必要になったら私に言いなさい。」

「はい。」

「じゃ、私は仕事があるから。」

そう断ると、ケンザンは部屋を出ていった。

 

ケンザンが出ていった後、オフサイドは直ぐに体操服に着替え、外のグラウンドに出てトレーニングを始めた。

 

…。

公園の手入れの作業をしているケンザンは、グラウンドで一人ランニングを始めた後輩に気づき、しばらく手を止めてその様子を眺めていた。

動き、相当悪いな。

遠目からでもそれがすぐ分かった。

騒動の影響か、殆どトレーニングも出来なかった影響がもろに出ている。

ケンザンは眼を逸らし、作業を再開した。

 

 

数時間後。

夕陽が富士山の彼方に暮れた頃、オフサイドはトレーニングを終えた。

 

ケンザン宅に戻るとシャワーを浴び、部屋着に着替えた。

その後、氷水を洗面器に用意し、右足をしばらくそれに浸けていた。

それを終えると包帯を取り出し、それぞれ両脚の古傷部分に巻き付け、その上から靴下を履いた。

普段から靴下で隠してて見えないが、ここ4年以上、彼女の脚に包帯がなかった日はない。

 

脚の手当てを終えると、少しの間オフサイドはドリンクを飲んで身体を休めていた。

やがて休憩を終えると、机の前に座って鞄からノートを取り出し、何か書き物を始めた。

 

 

 

*****

 

 

 

その頃。

学園から帰ってきたゴールドは、自身の寮部屋の前に置かれていたオフサイドの手紙を読んでいた。

 

『ゴールドへ

直接伝えずごめんなさい。

私は有馬記念に出走することを決めました。その調整の為、しばらく学園から離れます。私の心配はしないで。必ず有馬記念には出走するから。あなたも私に構わず、有馬記念に向けてしっかり調整してください。』

 

有馬記念…出るのですか。

それを予想してなかったゴールドは、まずそれに驚いた。

天皇賞・秋後の騒動せいでオフサイドは殆どトレーニングは出来ていないし、それに天皇賞での激走の影響で脚部の状態はかなり厳しい筈。

例え、ファン投票で選ばれてても出走はしないだろうとゴールドは予想してた(それでもせめてファン投票では選ばれて欲しかったが)。

この有馬記念を引退レースにするつもりなのだろうか。

でもこんな状況で満足に引退レースなんて出来る訳ない。

 

だとすれば…

「優勝する気ですか。」

ゴールドは手紙をしまった。

そうだ、それ以外、出走する理由はないな。

並み居る強豪が集結する有馬記念で優勝すれば、あの天皇賞制覇を罵倒し酷評した連中達を黙らせることが出来る。

オフサイド先輩は、そこに希望を見出したのか。

「分かりました。」

ゴールドは眼を瞑り、彼女に念じた。

有馬記念で、お会いしましょう。

 

胸中、オフサイドの状態が大丈夫なのかという不安も凄く大きかった。

出来れば今すぐ先輩を探し出したかった。

だけど、ゴールドは手紙の内容を信じた。

オフサイド先輩は、必ず有馬記念に出る。

こんな状態と状況でも出走するということは、尋常でない覚悟と決意があるのだろう。

今度は負けませんよ…

チーム仲間であり、彼女を誰よりも慕っているゴールドは、勝負師の表情に変わった。

あの天皇賞の残り100m。

追いつきかけた私を再び引き離した、オフサイドの鬼気迫る走りを思い出した。

今度は、絶対に差しきって、優勝しますから。

その結果、オフサイド先輩の希望が消えたとしても…

 

「…。」

ゴールドは揺らいだ思いを消す為、首を振った。

ターフで闘う相手に対して憐憫は禁物だ。

それはウマ娘として最大の無礼だ。

そんな感情にさせない為に、先輩はこの手紙を書き残したのだろう。

全力で有馬記念に挑めるよう、集中しなければ。

 

ゴールドは胸に手を当て、心に強く誓った。

 

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