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場は変わり、喫茶店『祝福』。
この日の営業を終えた店にマックイーンが訪れ、店内の一席でライスと話をしていた。
内容は、オフサイドが有馬記念への調整の為しばらく学園を離れたことに関してだった。
「なんとか、誰にも行き先を知られずに目的地に行けたようです。」
マックイーンはまずそのことにほっとした様子だった。
昼間、遠出姿のオフサイドを見た人間達がその姿をツイートしてた影響で、ネット上では多くの憶測が流れているが、その目的や何処に行ったかまでは周知されていないようだ。
マックイーンも、オフサイドが悪質なファンや報道陣やらにつけられてないか心配で、ケンザン宅がある公園周辺にメジロ家の者を手配して調べさせたが、つけた者はいないということだった。
「随分と労力使われましたね。」
「生徒を守る為ですから、この位は当然ですわ。」
とはいえ、報道は今現在、オフサイドのことに興味はなくなっているだろうと、マックイーンは見ていた。
有馬記念で注目されるのはセイウンスカイ・メジロブライト・エアグルーヴ・グラスワンダーらといった新旧のスター達。
彼女達と比べ格下と見られているオフサイドのことは、騒動がほぼ収まっている現状殆ど注目してないだろう。
だが、天皇賞後の言動であれだけの非難(中傷)を浴びた末、ファン投票からも外されたオフサイドがそれでも出走すると知ったら、また騒ぎ立てるかもしれないが。
出走メンバーの発表は20日(日)。
問題はそれ以降だ。
「それと、」
マックイーンはコーヒーを飲み、別の話を切り出した。
「療養施設からの情報ですが、サイレンススズカが、有馬記念のことを知ったようです。」
「それは、ファン投票の結果のことですか。」
「ええ。」
ライスもマックイーンも、僅かに表情が険しくなった。
「詳細は知りませんが、どうやらスペシャルウイークが彼女に新聞を見せたようです。」
「スペさんが、ですか。」
「サイレンススズカがファン投票で1位だったことが嬉しくて、つい見せてしまったようですね。」
「それで、オフサイドさんがファン投票から外れたことも知ってしまったと。」
「その通りですわ。」
マックイーンは憂げに頷いた。
報告によると、スズカはそれに対して疑問には思いスペに尋ねたが、スペが良く分からないと答えるとそれ以上は深く尋ねなかったらしい。
「それは…良かったですね。」
ライスはほっと息を吐いた。
二人とも、スズカがかつて『フォアマン』に所属していたことは知ってる。
そして彼女が、オフサイドのことを深く慕っていることも知っていた。
ただその事実は、スズカの快進撃が始まったのが『スピカ』加入後である為であるのと、彼女がその前に何度かチームを変えていたこと(『フォアマン』→『別チーム』→『スピカ』)もあり、あまり知られていない。
また、元『フォアマン』メンバーだったことを知っていたとしても、スズカがオフサイドを慕っていることを知っている者は極めて少ないだろう。
『フォアマン』の辞め方が辞め方だったし。
「スズカさんが、騒動のことを知ってしまったら、どうなりますかね。」
「それも、大きな憂いですわ。」
翠眼を伏せながら、マックイーンはコーヒーのおかわりを淹れてもらった。
もしスズカが、自分の怪我が理由でオフサイドが悲惨な目に遭ったことを知ったら、罪悪感で2度と走る意欲が湧かなくなるだろう。
まだそれなら良い方かもしれない。
スズカの繊細な性格からしたら、もっと深刻な事態になる可能性だってある。
実は生徒会で、その点に関して対処を検討しているが、良い案が浮かばない。
「生徒会だけで検討を?」
「理事側からの答えは大体分かりますから。」
カップを手に、マックイーンは冷たい口調でライスの言葉に答えた。
オフサイドに非があると見ている以上、理事側は彼女に責任を取らせるつもりだろう。
「マックイーンさんは、どのような対処をお考えですか。」
ライスはカップの縁に唇をつけ、尋ねた。
マックイーンは、カップを卓の上に置いた。
「取り敢えず、彼女に騒動のことは決して知られないよう手は打っていますわ。」
スズカと接する者達には、騒動のことに関して絶対喋らないよう厳命を敷いている。
報道陣にもそれを要求しているので、今の所それは大丈夫だろう。
あとは、
「オフサイドトラップ次第です。」
彼女の状態が良好になるまでは、それを続けなければいけない。
オフサイドは現在、有馬記念に向けての調整に出てはいるが、果たしてどのような状態で戻って来れるか。
騒動の影響を払拭させて戻ってくれれば一番だが、…それはかなり厳しいだろう。
もし、オフサイドが立ち直れる見込みがたたなかったら…。
「もしかして、あの騒動を隠し通すおつもりですか?」
ライスの眼が、突然蒼芒を帯びた。
「サイレンススズカを守る為なら、それが一番良いかも知れませんわ。」
マックイーンはライスの蒼眼に全く気圧されず、翠眼でその眼を射返した。
「スズカさんを守る為なら、オフサイドさんが受けた仕打ちの全てを、闇に葬ろうとお考えに?」
「これ以上騒動の犠牲者を増やすことは、避けねばならないのです。」
数十秒間、二人の間に蒼と翠の眼光が激しく交錯した。
「…そうですか。」
ライスは蒼芒を閉じ、追及をやめた。
ただのOBの私と違い、マックイーンさんは生徒会長だ。
立場と責任が違う以上、あまり問い詰めるようなことはしたくなかった。
「まだ、そうすると決めた訳ではありません。」
マックイーンも翠眼を穏やかに戻した。
「オフサイドトラップのことだって、絶対に見捨てたりはしませんわ。」
額に僅かにかいた汗をハンカチで拭った。
そう、絶対に見捨てない。
もう誰にも、あの子のようになって欲しくないから…
マックイーンの脳裏に、年初のある記憶が蘇った。
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「プレクラスニー!」
誰もいない、夜の学園。
マックイーンは、ぐったりした銀髪のウマ娘を膝に抱き抱え、必死に呼びかけていた。
「嫌よ…嫌…クラスニー!目を覚ましてよ!…プレクラスニーッ!」
どんなに泣き叫んで呼びかけても、そのウマ娘は眼を開かなかった。
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「ローレルさんの件は、どうなってますか。」
ライスが、別の話題を尋ねた。
記憶を止め、マックイーンはいつもの自然な表情で、その質問に答えた。
「サクラローレルには、有馬記念にオフサイドトラップが出走するということは伝えました。ですが、彼女もまだ帰国出来る程には快復していないようです。果たして、間に合うかどうかは分かりません。」
答え終えると、マックイーンは窓外の遥かな夜空に眼をやった。
ライスは両掌にカップを抱えて両眼とも閉じ、それ以上は何も尋ねなかった。
有馬記念まで、あと13日。