1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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笑顔(2)

*****

 

場所は変わり、トレセン学園。

 

朝の競走場では、ゴールドが知り合いのグラスワンダー・セイウンスカイらと共にトレーニングに励んでいた。

 

「はぁーっ!」

競走場のコースを走るゴールドの姿は、昨日までとは明らかに違っていた。

相変わらず少々斜行してはいるが、スピードにもキレにも気迫と力が漲っている。

「凄い熱の入りようだね。」

「ええ。」

ゴールドの疾走する姿に、後方を走るスカイとグラスはやや気圧されていた。

何か、彼女の中で吹っ切れたようなものを感じる。

チーム内のことで随分ご心労があったようですが、どうやらそれがなくなったようですね。

だとすると、G1に何度も手が届く手前まできている彼女の実力だ。

例え真っ直ぐ走られなくとも、有馬記念では相当手強い相手になるだろう。

「負けられません。」

グラスも、青いオーラを身体から放出し、彼女の背を追い出した。

「私だって負けないよー。」

今度の有馬記念では1番人気を争うであろうスカイも、脚元に自在な旋風を巻き起こして二人を追った。

 

 

その後、充実した朝のトレーニングを終えたゴールドは制服姿に戻り、校舎へ向かった。

そのまま教室に行く前に、彼女の足は生徒会室へと向かっていた。

本当は生徒会室など行きたくもないのだが、一応確認しなければならないことがあった。

 

「失礼します。」

生徒会室に入ると、ゴールドは他の生徒役員には目もくれずつかつかと生徒会長席の前に来た。

「おはようステイゴールド。何のご用ですか?」

「どうも生徒会長。長話は嫌なので手短かに聞きます。オフサイド先輩の事はご存知ですか?」

「勿論です。昨日、調整に行かれる前こちらに挨拶に来られましたから。」

「そうですか、あ、別に行き先とか伺うつもりはありませんから。」

そう言った後、ゴールドは会長席の机に両手をついて、マックイーンに顔をぐいっと近づけた。

「あまり期待はしてませんが、どんな妨害があろうとも、オフサイド先輩の有馬記念出走だけは、絶対に果たさせて下さいね。」

「約束しますわ。」

血気盛んな後輩生徒に対し、マックイーンは余裕ある微笑を漂わせて頷いた。

 

「じゃ…」

「待ちなさい。」

用件を終えさっさと出て行こうとするゴールドを、マックイーンはつと呼び止めた。

「今朝のニュース、見ましたか?」

「ニュース?」

特に見てませんけど、と答えると、マックイーンは続けた。

「今朝、サイレンススズカが大怪我後初めて外に出れたそうです。」

「え?」

「勿論車椅子でですが、久々に外の空気を吸えたそうですわ。」

 

「そうですか。」

仏頂面だったゴールドの表情が、みるみる明るくなった。

「あなたやスペシャルウイークが献身的に彼女を支えてくれておかげです。」

笑顔になったゴールドに、マックイーンは感謝の気持ちを込めて礼を言った。

 

 

生徒会室を出たゴールドは、教室への廊下を歩きながら早速スマホニュースを見た。

〈サイレンススズカ、奇跡の復活への第一歩!〉

トップニュースで、スズカの記事が載せられていた。

ニュース内容は彼女が天皇賞・秋以来初めて外に出れたことと、自分を支えてくれた方々への感謝の言葉が、今朝撮影された彼女の笑顔に満ちた写真と共に綴られていた。

スズカ、ここまで立ち直れたのね。

彼女の笑顔を見て、ゴールドは少し胸が詰まった。

スペ、滅茶喜んでるだろーな。

「ゴールドさーん‼︎」

そら来た。

 

スマホを見ているゴールドの後ろから、彼女の姿を見つけたスペがあっかるい笑顔で駆け寄って来た。

「ニュース、見ました?」

「今、見てるところよ。」

「良かったです!」

スペはゴールドに抱きつきながら、スマホニュースを覗き見た。

「スズカさん、笑ってますね。スズカさんらしい、清らかで優しい美しさに溢れた笑顔です。」

「そうね。この笑顔がみせれるくらいまで、元気になったのね…。」

 

大怪我を負ってから間もない頃、スズカは深い絶望とショックの闇に沈んでいた。

その姿を、ゴールドもスペも目の当たりにした。

あの時は、彼女の表情から笑顔は永遠に失われたのかとすら思う程だったけど。

やっぱり凄いな、スズカの精神力は。

でも、これは決して彼女一人の力だけでここまで快復出来たんじゃない。

 

「スペ、あなたのおかげよ。」

ゴールドは、感激でポロポロ泣き出しているスペの肩を抱き寄せた。

親友以上に特別な存在であろうスペが、スズカを誰よりも元気づけてくれた。

彼女の愛情がスズカをここまで快復させた大きな要因だと、ゴールドは思っていた。

「ぐすっ…ゴールドさんだって、無二の親友としてスズカさんを支えてくれました。麺には麺を入れるくらいの心遣いで…」

「“念には念”ね。」

少しは食べ物から離れようよと思いながら、ゴールドはスペの頬を伝う涙を指先で優しく拭ってあげた。

 


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