スペと別れ教室に戻ると、そこでも多くのクラスメートがスズカのニュースのことを話題にしてた。
「スズカのニュース見た?」
「見たよ。」
「すごいよねー。あんな大怪我したのにここまで立ち直れるなんて。」
「そりゃー、スズカは『神速のウマ娘』だもん。復活のスピードも桁が違うのよ。」
「あはは、そうだね。」
「凄いなぁスズカさん。早くまた、あの美しい走りを見たいなぁ。」
「見たいね。あの全ての人達を魅了する走りを。」
同期の間でも、スズカは非常に尊敬されているウマ娘だ。
「まあ、あんまり急かしちゃダメよ。」
ゴールドも、スズカの話題で盛り上がっている彼女達の輪に入った。
「過度な期待は、かえってプレッシャーになるわ。重圧をかけないように、優しく見守ること。それが一番大切よ。」
「何よゴールド。スズカが復活出来るか不安なの?」
「まさか。私は世界で2番目に、スズカが復活出来ると信じてるウマ娘よ。」
「2番目?」
「1番目はスペシャルウィーク。」
こればかりは認めざるを得ない。
「アハハ、そこまで2番手になってどうするのよ。」
そんなんだから『アカンコ』から脱却出来ないのよと揶揄われ、ゴールドはぷくっと頬を膨らませた。
「私だっていつまでも2番手に甘んじてないわよ。来年は必ずこのステイゴールドが、ターフの王者に君臨してやるんだから!」
その為に、まずは年末の有馬記念だ。
後輩も同期も先輩もみんなぶち破って優勝してやる。
そう言うと、ゴールドは席に戻った。
そう、有馬記念。
席に戻ったゴールドは、2週間を切った年末のグランプリに思いを馳せた。
今年、G1レースで3度も2着(その他G2やOPレースでも1回ずつ2着)に甘んじた悔しさを晴らせる最後の機会だ。
それに、もう一つ。
私が優勝すれば、解散の危機にある『フォアマン』を存続させられる可能性が高くなるんだ。
有馬記念覇者がいるチームはかなり存在感が強くなる。
そしたら、オフサイド先輩を守れるかもしれない。
あの騒動の際、理不尽な酷評とバッシングに晒された先輩を守れるだけの力が、私にはなかった。
スター達が集うこのG1を制覇出来れば、それなりの力を手に入れられる。
勿論それは権力とかじゃなく、“大レースを制したウマ娘の説得力”というものだけどね。
でもそれはもの凄く大きな力だ。
私が優勝、そして…非常に状態が厳しいと思うけど、オフサイド先輩が2着、或いは掲示板以内に入ることが出来れば、あの騒動でのバッシングも酷評も見返すことが出来る。
そうなれば、オフサイド先輩に対する世論も変わる筈。
勿論、先輩に理不尽かつ無実の汚名を着せて苦しめたことは到底許せないが、それは別として先輩の未来は拓けるだろう。
それが、ゴールドにとっての最大の望みだった。
本当は、有馬記念関係なしにオフサイド先輩の汚名を晴らして欲しい。
でも、世間も報道も全く意識を変えてないし、学園の生徒会・理事会も全く役立たずだ。
いくら思いがけない事態があったとはいえ、騒動の当初で学園が毅然とした態度をとってくれてれば、あそこまでオフサイド先輩がボロボロにされることはなかったわ。
世論と報道はもう論外だけど。
いくらスズカが大スターだったとはいえ、彼女だけに視線を集めて他を全く無視とはどういうことよ。
『沈黙の日曜日』なんていう悲劇感しかないフレーズをレースに名付けて、その上タイムやら何やらあらゆるタラレバの限りを持ち出して先輩の栄光を否定するなんて…
そこまでスズカへの夢が大切だったのかしら。
そういえば、JCでエルコンドルパサーが優勝した後、“エルに毎日王冠で完勝したスズカはやはり凄い”と、彼女の強さを更に評価する声が巷に溢れてた。
あれで一層、オフサイド先輩の栄光が省みられなくなった感がある。
頬杖をして一人思考に耽りながら、ゴールドは舌打ち混じりの溜息を吐いた。
スズカは確かに、JCを制したエルを相手に完勝したわ。
でも、だからといって天皇賞は無事に走りきってさえいれば負ける訳がなかったとかいう論評は、もういい加減にして欲しい。
ゴールすら出来なかったウマ娘がなんで…
「…。」
ゴールドは胸をさすりながら首を振って、それ以上の思考を止めた。
なんか、凄く苦しい感情が湧き上がってくる気がしたから。
とにかく有馬記念だ、それ一つに集中しよう。
ゴールドはふーと深呼吸した。
*****
同じ頃、喫茶店『祝福』。
店主用の椅子に座りながら、ライスもスズカのニュースを見ていた。
もう、外出出来るまで快復しましたか。
ニュースと写真を見ながら、ライスは感嘆したように呟いた。
私の時は外出ですら3ヶ月以上かかったのに凄いですね。
大怪我で引退を即断した私と、現役復活を目指した彼女との差かしら。
或いは、年齢や元来の体力の違いもあるかな。
どちらにしろ、かなり良好な快復ぶりだ。
精神面も、かなり良さそうですね。
スズカの笑顔を観て、ライスも自然と笑みが溢れた。
と、不意に昨日の、マックイーンとの会話を思い出した。
“もしスズカが、オフサイドが受けたバッシングを知ったらどうなるか”
…。
ライスはスマホを閉じ、眼を瞑った。
天皇賞後の一連の騒動。
現在、そのことはスズカに知られないよう徹底して隠していると、マックイーンは言ってた。
報道陣にも、オフサイドの話題は絶対出さないよう要求してるとも言ってた。
ただそれも、彼らがどこまで納得して守ってくれるか分からないが。
何しろ、世論の大半は、“同胞の不幸を笑ったオフサイドに非がある”という見方で一致してる状況だ。
なので止むを得ず、“オフサイドの発言を知ったスズカがショックを受けない為に”という理由で口止めを頼んでいるので、なんとか守ってくれてる状態らしい。
学園側も意見が割れてる以上、マックイーンは現在そのような苦渋の対応をしているのだろう。
それに…
ライスは片眼を薄く開けた。
バッシングは別として、あの偏向したレース回顧問題もある。
勝者の存在が消されたかのようなレース回顧。
あれを知ったら、スズカは罪悪感に苛まれるのは間違いない。
可能性ではなく、絶対にだ。
私が、そうなのだから。
「うっ…」
不意に左脚にはしった激痛とともに、3年半前の記憶がライスの脳裏に蘇った。
*****
『ああーっ⁉︎どうしたんだライスシャワー⁉︎ライスシャワー転倒‼︎…故障発生、ライスシャワーに故障発生‼︎…レースを制したのはダンツシアトルですが、第三コーナー下りで大アクシデントー‼︎…』
『ライスシャワーの故障が辛くて…とてもダンツシアトルを祝う気にはなれない』
『ライス先輩があのようになってしまって、素直に喜べないです…』
『ウマ娘史上最も見たくないレース』
『ライスシャワーの悲劇が印象強すぎて、誰も勝者を覚えていないレース』
*****
私と同じような後悔はさせたくない…
限界が近づきつつある左脚をさすりながら、ライスは心からそう思った。