1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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今日はスペシャルウィークとホッカイルソーの誕生日。



笑顔(4)

*****

 

昼過ぎ、ウマ娘療養施設。

怪我人専用病棟で療養しているウマ娘達の間でも、スズカの話題で盛り上がっていた。

 

「スズカさん、凄い快復ぶりね。」

「ニュースにはこう書いてあるわ。“奇跡の復活へ一歩前進”だって。」

「私、今朝スズカさんの姿を見ちゃったわ。」

「え、マジで!どんなんだった?」

「多くの人達に囲まれてたからよく見えなかったけど、凄く美しかった。まさに理想のウマ娘って感じだった。」

「この写真からみても笑顔が綺麗だよね。…復活して欲しいな、スズカ先輩。」

「そうね。でも、私達も頑張らないと。スズカ先輩がこんなに頑張っているんだから。」

 

病室の一つに集まって話しているウマ娘達は皆、トレーニングやレースで全治3ヶ月以上の怪我を負った面々。

中には重傷だったり、怪我が相次いだ影響で1年以上療養生活を続けている者もいる。

そんな彼女達の誰よりも重傷であるスズカがここまで頑張っていることに彼女達は感激し、そして励みにしていた。

 

「もしスズカ先輩が復活出来たら、本当に物凄いことだよね。トウカイテイオー先輩以上の快挙かな?」

「んー、そうだね。ただトウカイテイオー先輩は再起不能な程の重傷ではなかったから、スズカさんとはちょっと違うかな?」

「似てるとしたら、タニノチカラ先輩やホウヨウボーイ先輩じゃない?」

「古っ!そんな昔に遡らなくても、最近でいるじゃん。」

「え…あ、そうだ。」

サクラローレル先輩がいると気づき、そのウマ娘は頭を掻いた。

「サクラローレル先輩かー。あの先輩は凄いよね。私、先輩が復帰したレースを現地で見たけど、やばかったよ。」

「うちも!入学する直前だったけど、先輩の走りをTVで観て衝撃を受けたわ。」

「スズカ先輩も、ローレル先輩みたいに奇跡の復活出来るかな…。」

「出来るでしょ。確かスズカ先輩とローレル先輩、一時期同じチームだったんだし。」

「え、そうなの?」

「知らないの?去年の秋くらいまでは確か同チームで、ローレル先輩がいなくなった後、『フォアマン』を辞めて、しばらくした後に『スピカ』に加入した筈。」

「へー、そうなんだ。」

「スズカさんが覚醒したのが『スピカ』加入後だからあまり知られてないだろうけど、確かそうだよ。」

「なるほどね。へー、スズカ先輩はローレル先輩を慕ってたのかー。」

「そういえば、二人の走り方は何処か似ている気がするわね。『フォアマン』で彼女の走り真似したのかな…ん?」

一人が、ハッとした。

「どうしたの?」

「ということは、スズカ先輩はオフサイドトラップ先輩ともチームメイトだったってこと?」

「あ…、そういえば、そうだね。」

明るく会話していた彼女達の間に、少し微妙な雰囲気が流れた。

 

「なんか可哀想だよね、オフサイド先輩も。」

「そうね。」

怪我と病気の違いはあるが、オフサイドのことはこちらの病棟でも知る者が多かった。

「私、よく病気病棟のコとも話すんだけど、向こうじゃオフサイド先輩は凄い尊敬されてるウマ娘らしいよ。」

「私もそれ知ってる。医師の先生とかも言ってたわ。“あんな不屈のウマ娘は史上でも稀有だろう”って。」

「あんなバッシング、ないよね。」

ウマ娘療養施設の者達にも、天皇賞後の騒動のことは報道等で周知の事実になっていた。

「スズカ先輩は、あの騒動の件は知っているのかな?」

「いや、知らないでしょ。ていうか噂によるとカン口令が敷かれているみたい。」

「カン口令?」

「スズカ先輩が、それ知ったらショック受けるかもしれないからだって。スズカ先輩とオフサイド先輩の仲とかは全く分からないけど。」

「へー。もしかして、隠し通すつもりなのかな?」

 

「さあ、何とかうまくやるんじゃない?」

そう言うとそのウマ娘は、うーんと背伸びした。

「スズカ先輩は皆の夢だからね。彼女の復活を最優先で考えるでしょ。」

「オフサイド先輩は、どうなってるのかな?」

「さあ…よく知らないけど、大丈夫なんじゃない?スズカも助かったし、バッシングはあったけど、それよりも天皇賞制覇出来た喜びの方が大きいんじゃないかな。」

「そうだね。」

流石に病棟の違いや当事者ではない点からか、彼女達のオフサイドに対する推測はやや甘かった。

もし彼女達がオフサイドと同じチーム仲間だったら、或いは一昨日ここに訪れたオフサイドの姿を一目でも見ていたら(一昨日オフサイドの姿を見たウマ娘は殆どいない)、その推測が間違っていると分かっただろう。

勿論、当事者でない彼女達にはなんの非もないのだが。

 

 

そしてその頃、隣接する病気専門病棟では、オフサイドのチーム仲間であり、一昨日その彼女と会ったウマ娘が、クッケン炎の治療を受けていた。

 

「…ん…う…」

いつものように椎菜から患部の治療を受けているルソーは、歯を食いしばってその苦痛に耐えていた。

「大丈夫?」

「…大丈夫…です…」

先日まで、彼女は治療中何回かは苦痛の叫びを上げていたが、この日は言葉も殆ど発さずにじっと耐えていた。

汗を滲ませて眼を瞑っている彼女の脳裏には、昨日のオフサイドの姿と、病症仲間達の姿が浮かんでいた。

彼女達の姿を思うことで、治療の苦痛に耐え続けた。

 

治療が終わると、少し休憩ののち、二人は施設の外へ出た。

 

ルソーは椎菜と遊歩道を散歩しながら、今朝見たスズカのことを話題に出した。

「スズカ、かなり快復してるんですね。」

「ええ。怪我してからしばらくは元気がなかったけど、最近になって急速に良くなってきたわ。」

「支えてくれる人達のおかげなんでしょうね。」

「うん。特に、スペシャルウィークとストーンコールドの二人が、献身的に看護してくれてるお陰でね。」

「ステイゴールドですよ。」

彼女はバギーで乱入したり缶ビールを煽ったりしませんよと笑った。

 

「それにしても、ゴールドが献身的な看護をしてるんですか…。」

ルソーは青空を仰ぎながら、2つ後輩のチーム仲間の姿を思い浮かべた。

実は、ルソーとゴールドは学園では殆ど会ったことがない。

ゴールド(とスズカ)が入学しチームに入ったのとほぼ同時期にルソーはクッケン炎を患い、以来ずっとここでの療養生活が続いているからだ。

年末や新メンバー加入の時くらいしか学園には戻っておらず、チーム仲間と会うのはここに彼女達が見舞いに訪れた時が殆どだ。

それもそんなに頻繁ではなかったが、ゴールドは親友や仲間に対しての愛情が強いウマ娘だということは、数少ない会う機会の中でもよく分かった。

 

今回に限らず、彼女はチームが大変な時でも常に強気で、仲間達を鼓舞してた。

特に、昨年秋〜今年の春にかけてチームが非常に暗くなりそうなことが相次いだ時も、彼女は強気な姿勢を崩さず、トレーナーと共にチームを支えた。

今、このようなやるせない状況の中でも、彼女は強気を保ち続けている。

「凄いです、ゴールドは。」

闘病の身である為、あまりチームの力になれてないルソーは後輩に対して感謝していた。

それに、彼女は単に強気なだけじゃなく、精神力も相当だ。

 

「私が彼女の立場だったら、多分壊れてます。」

「壊れてる?」

「ええ、」

その台詞に反応した椎菜を見ながら、ルソーはこくりと頷いた。

「だって、スズカとオフサイド先輩の二人を支えているんですよ。心情的に相当複雑なものがある筈です。」

恐らくそこは、何も考えないようにしているのだろう。

彼女にとって、スズカもオフサイドもこの世界で最も大切な存在なのだろうから。

 

「あなたは、違うの?」

「私は…そうですね。」

椎菜の問いかけに、ルソーは心境を表情に出した。

「今朝、久々に外出が出来たスズカが、多くの人に快復を祝われている姿を見たんですけど、心から良かったと思えなかったんです。オフサイド先輩はあんな状態なのにと。」

勿論、スズカは何も悪くないし、不慮の大怪我を負った不憫なウマ娘だということも理解してるけど。

「ウマ娘失格ですね、同胞の快復を素直に喜べないなんて。」

「…。」

椎菜は、ルソーを慰めるようにポンと肩を叩いた。

ルソーとの付き合いが誰よりも長い椎菜には、その心境の苦しさが良く分かっていた。

 

でも。

「スズカが一命を取り留めた時、心の中で一番喜んだウマ娘は、多分あなたじゃないのかしら?」

「スペシャルウィークでしょう。或いはゴールドか、オフサイド先輩か。」

「いや、私はあなただと思うわ。」

 

「…。」

言葉を重ねた椎菜に対し、ルソーは何も言わず、松葉杖を持って立ち上がると、彼女を置いて施設内に戻っていった。

 

 

12月15日。有馬記念まであと12日。

 


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