翌12月16日。
この日も、ゴールドは他チームのライバル達と共に激しいトレーニングを行った。
有馬記念へ向けて彼女の気合いの入りようは凄まじく、ライバル達もそれに触発されていた。
ウマ娘療養施設では、スズカがこの日も車椅子での外出をし、また近いうちにリハビリを開始することを示唆するなど、快復ぶりを見せていた。
一方でルソーはいつものように治療に励みながら、暗い病症仲間と明るい話をしたり散歩をしたりして元気づけようと頑張っていた。
そして、富士山麓の公園で唯一人調整に励むオフサイドは、この日も一人淡々とトレーニングをこなしていた。
動きは相変わらず悪く、傍目ではとても有馬記念までに仕上げられるとは思えなかったが、彼女はひたすらトレーニングに集中していた。
トレーニングが終わると脚の手当てを行い、夜は部屋で一人書き物をしていた。
そんな後輩の様子をケンザンは不安そうに観察していたが、彼女を信じて何も言わなかった。
そして、翌12月17日。
この〈17日〉は、『フォアマン』の仲間達にとって特別な日日だった。
その早朝。
富士山の近くにある公園の管理室と隣接するケンザン宅では、まだ夜が明ける前に、オフサイドが寒風吹き荒ぶ表へ出て来た。
昨日もかなり早朝に出てトレーニングを行っていたが、今朝は更に早い。
だが、服装はなぜか体操着ではなく制服姿だった。
と、オフサイドに続いてケンザンも家から出て来た。
2年前に卒業した彼女も、やはり制服姿だった。
二人は、公園内にある高い展望台へ向かった。
そこに登ると、富士山を中心に夜明け前に周囲の景色が一望出来る。
ケンザンもオフサイドも、薄らと朝陽の明かりが浮かび上がった方角を向いていた。
やがて、朝陽が山々の彼方から昇ってきた頃。
「先輩。」
「うん…。」
二人は目で合図をすると、朝陽に向かって瞑目するとともに、僅かに礼拝しながら手を合わせた。
脳裏に、かつてチーム仲間だった一人のウマ娘の姿を思い、そして祈るように、手を合わせて瞑目し続けていた。
同じ頃。
ウマ娘療養施設の屋上でも、制服姿に着替えたルソーが、朝陽の方角へ向かって手を合わせて瞑目していた。
「…うっ…ひぐっ…」
時折、瞑目している彼女の瞼からは、嗚咽と共に雫が溢れ落ちていた。
*****
夜が明けた頃、トレセン学園。
登校したゴールドは、この日はすぐにトレーニングには入らず、学校の裏庭の奥にある敷地へと向かっていた。
彼女の手には、ささやかな花束が握られていた。
学園の裏庭の、奥の敷地。
そこは普段、生徒もあまり立ち入らない場所。
何故ならその場所は、レース中の不幸や事故によりウマ娘の世界へ還った元生徒達の碑がおかれている場所だから。
ゴールドは敷地に入ると、その碑の前に立った。
碑に刻まれた何百人もの生徒達の名前の中に、探していたウマ娘の名を見つけると、彼女はその前に持ってきた花を供え、静かに手を合わせて瞑目した。
それを終えると、ゴールドは敷地を去っていった。
ゴールドが去った15分程後。
ゴールドと同じく花束を手にしたマックイーンが敷地に現れた。
あら…
敷地に入ったマックイーンは、碑の前に供えらている花に気付き、その前に刻まれている生徒の名前を見た。
そう…今日は、あの子の月命日でしたか。
だとしたら、この花を供えたのは『フォアマン』の生徒…恐らくゴールドですわね。
『フォアマン』のメンバーではないが、石碑に刻まれた生徒の名とその最期のレースを知っているマックイーンは、静かに手を合わせた。
その後、マックイーンは“プレクラスニー”の名が刻まれた碑の前で手を合わせ、花を供えた。
彼女はプレクラスニーが還った日から、毎日これを続けていた。
あのレースからも、3年近く経とうとしてるのですね。
敷地を出て校舎への道を歩きながら、マックイーンは先程見た碑の生徒の名と、そのレースでの出来事を思い返した。
あの時、既に生徒会役員だったマックイーンも現地にいた。
思い出すのも辛い程の事が、レースの最中に起きた。
当事者であった『フォアマン』の面々には、月命日にここに訪れるくらいなのだから、絶対に忘れられない悲劇なのだろう。
“非情で自己中・同胞の不幸を喜ぶウマ娘”…。
ふと、天皇賞後にオフサイドを誹謗中傷した言葉を思い出した。
あの言葉を投げかけた者達は、あのレースを知っているのだろうか。
あのレースで起きた悲劇と、現場にいた『フォアマン』の面々がとらざるを得なかった行動… あの中には、オフサイドもいた。
それを、知っているのだろうか。
テンポイント。
シャダイソフィア。
サザンフィーバー。
サクラスターオー。
マティリアル。
ケイエスミラクル。
グロリークロス。
ワンダーパヒューム。
ニホンピロスタディ。
オースミサンデー。
ホクトベガ。
また、碑に記されていた幾百ものウマ娘達。
夢・命・未来をかけて、レースに挑んだ彼女達を襲った悲劇の数々。
マックイーンも、その多くを知っている。
現地で目の当たりにしたものも幾つかある。
いずれも悲しく、忘れることの出来ない重い記憶だ。
その重い記憶の中でも、『フォアマン』のメンバーを襲ったあの悲劇は、マックイーンにとって特に悲しく、重い記憶だった。
あの光景を見ても、オフサイドに対して同じ言葉が吐けるだろうか。
胸苦しさと共にその重い記憶を脳裏に思い返しながら、マックイーンは思った。
12月17日。有馬記念まで、あと10日。