1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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祝福(3)

 

「…オフサイドトラップ先輩?」

「ええ、」

目の前のゴールドと、カウンターで注文された品を用意しているライスの表情が曇ったことに、ファンは気づかず話し続けた。

「あんな、レベルの低くなってしまったレースで勝って大喜びしてるようなウマ娘もいますからね。」

「とんでもない大アクシデントのおかげで勝ったというのにねえ。」

「長く学園にいるのに、ほんと非情でエゴイストなウマ娘だよな、オフサイドトラップは。」

口々に言うファンの口調には、かなりの嫌悪感が含まれていた。

 

「…あのー、」

私、そのレベルの低いレースで2着だったんですけど。

ゴールドがそう言おうとすると、ファンはその前にいやいやと手を振りながら口を開いた。

「いや、ゴールドさんのことを貶してはいませんよ。同期のサイレンススズカが大怪我した衝撃で、本気で走れなかったということは分かってますから。」

「それが普通。むしろ、あんなレースで勝っても誰も喜ばないから良かったです。」

「ゴールドさんは、今後何度も大レースを制するウマ娘のスターですからね!」

 

「…はあ。」

ゴールドは曖昧に頷いた。

「とにかく、今度の有馬記念、是非勝って下さい!ウイニングライブでゴールドさんがセンターで踊るの、楽しみにしてます!」

最後にそうエールを送ると、ファンの客は飲み物を手に店を出ていった。

 

 

 

ファンが居なくなった後、ゴールドはライスにジュースのおかわりを注文した。

ジュースのおかわりが来ると、ゴールドはそれを飲みながら、表情と同じような憂鬱色に染まっていく夕闇空を、しばらくの間ずっと眺めていた。

 

「ゴールドさん、」

店内に他の客の姿がいなくなると、ライスは自身のブラックコーヒーを用意し、再び彼女の前の席に座った。

「最近、サイレンススズカさんの怪我の容態はどう?」

「…ぼちぼち。」

ゴールドはストローから唇を離し、素っ気ない口調で答えた。

「怪我の具合もそうだけど、精神的なショックがかなり大きいわ。リハビリの始まりもまだ不透明だし…読書ばかりしてる。」

「読書?」

「メンタル回復の為にね。まだ復帰の見込みはたたないわ。」

「そう…。」

ライスは、何か思い出すように、視線を空に向けた。

横顔に着けている黒と青薔薇色の帽子、その下の黒髪に隠れている右眼が悲しく光って見えた。

 

 

そして、ライスは視線をゴールドに戻すと、コーヒー杯を置いて再び尋ねた。

「オフサイドトラップさんは…どう?」

 

「…ライス先輩も知ってるでしょ。」

ゴールドはちょっと睨むような視線でライスを見返し、それからすぐに俯いた。

「オフサイド先輩は、もんのすごい集中攻撃を受けたせいで、心身ともボロボロ。おまけに誰も助けてくれなかった。…だから、オフサイド先輩は、もう駄目かもしれない。」

 

俯いているゴールドの表情は、夜闇空より翳って見えた。

 


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