1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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『第3章』
神速と最珠歩(1)


*****

 

12月18日、金曜日の夕方。

 

トレセン学園は、今年最後の授業日を終えた。

 

「お疲れ様でしたー!」

放課後、2年生の教室を勢いよく飛び出したスペシャルウィークは、一直線に『スピカ』部室へと向かっていた。

部室には、おっきな遠出用のリュックが置いてある。

彼女はこのままウマ娘療養施設へ向かい、しばらく泊まりがけてスズカの看護を行う予定だ。

 

リュックを背負って部室を出ると、トレーニング中のゴールドと会った。

「おうスペ。もう行くのか?」

大きなリュックを見て、何処に行くか分かったらしい。

「はい!ゴールドさんは?」

「私は明日に行く予定だから、スズカに宜しく。」

「了解です!」

スペはあっかるく頷くと、元気よく駆け出していった。

 

駅前でお見舞い品を沢山買うと、スペは高原に向かう特急電車に乗り込んだ。

 

 

スズカさん元気かなー。

電車の中でお見舞いに買った品をもぐもぐ食べながら、スペはスマホの待ち受け画面にしているスズカの写真を見入っていた。

天皇賞で怪我して以降、会える時間はあまり多くなかったけど、今日からはしばらく一緒にいられるね。

もぐもぐしている表情を綻ばせ、ぎゅっとスマホを胸に抱き締めた。

 

 

サイレンススズカとスペシャルウィーク。

学年が1つ違うこの二人は、昨年末に初めて出会った。

ただ、スペは出会う前からスズカの走りと美しさに魅了されていた。

 

スペがスズカの走りを初めてみたのは、昨年の天皇賞・秋。

当時スズカは他チームに所属しており、まだ走りが安定していない時期だった。

このレースで彼女は、並み居る先輩達を相手に道中10バ身以上引き離す大逃げを敢行。

最後はとらえられ6着に敗退したが、場内を大いに盛り上げた。

 

当時1年生だったスペも、その盛り上がった1人だった。

だが、それだけではなかった。

レース前半、唯一人ターフを疾走していくスズカの姿を観た時、不思議なことに彼女は全身に電気が走るような衝撃を受けたのだ。

 

それ以後、スペはスズカから目が離せなくなった。

スズカが大勝と大敗を繰り返していた過去のレースも観た。

うっかりゲートを潜ってしまい困っていた弥生賞も観た。

大暴走して大惨敗したマイルCSも観ていた。

優れたスピードはもってたものの、内容が不安定なうえ実績もそんな目立ったわけでない彼女に何故そこまで惹かれたのか、スペにもよく分からなかった。

 

そして年末。

スズカが所属チームを辞め、『スピカ』に加入するという話を聞き、スペはものすごくビックリした。

トレーナーがもともとスズカの素質に眼をつけていたこともあり、彼女は間もなく正式に加入、スペ達とチーム仲間になった。

 

そして年明けから、スズカの快進撃は始まった。

トレーナーの優れた指導と本人の素質&精神の成熟によって磨き上げられた、観ている全ての者を魅了する美しいフォームと異次元のスピード。

破竹の連戦連勝で重賞3連勝、宝塚記念も制し、更には最強次世代2人との対決も圧勝。

彼女は彗星のようにウマ娘界の頂点と駆け上がっていった。

 

スズカがターフで輝き出す中、スペも負けじと奮戦した。

スペだって、1年生の時から世代一の大器と呼び声が高かった有望生徒。

クラシックでは皐月賞こそ3着だったが、続くダービーでは後続に5バ身差つける圧勝。

世代最強と言われるようになった。

 

共にターフで大活躍する中、二人の仲も次第に親密になっていった。

もともとスズカに惹かれていたスペに対し、スズカも加入した時からスペの実力やその天然な明るさを愛していた。

なのですぐ、二人は親友になった。

スズカの素質が開花したのはトレーナーの指導もさることながら、スペの存在も大きかったかもしれない。

彼女の邪っ気が全くないウマ娘性が、精神不安定に悩んでいたスズカにとって大きな心の安らぎになってたから。

スペも、スズカとチーム仲間になってから以前より一層彼女に惹かれるようになった。

単に強さや美しさだけでなく、清廉で静謐な優しさと癒しに満ち溢れたウマ娘性に。

そうした日々を重ねていくうち、二人は段々と親友以上の仲になっていた。

 

 

そして、あの天皇賞・秋。

 

チーム仲間として現地で応援していたスペは、スズカがどれだけ美しい走りを魅せてくれるのか楽しみにしていた。

最高のスタートをきり、1000mをかつてないスピードで通過した時は、これ以上ない位心が躍った。

あの時ほど、スズカの姿が美しく映った時はなかった。

 

だけど…スズカの姿が大欅を過ぎた次の瞬間、スペの眼に映ったのは、全く想像してなかった、この世界で最もおそろしい光景だった。

 

あの時、スペは無我夢中でコースに飛び入り、故障したスズカのもとへ走った。

現場に駆けつけた時、ターフ上で意識を失い俯せに倒れていた彼女の姿と、故障した左脚の深刻な腫れを見た瞬間、普段は一点の曇りもないスペの脳裏にすら、最悪のことが頭によぎった。

スズカさんが終わった…

全身の力が底なしの闇穴に吸い込まれていくような感覚の中、スペはぐったりしたスズカに縋りついて泣き叫んだ。

力を失った手を握って、血色のない頬に触れて、何度も何度も愛する彼女の名を呼んだ。

でも、スズカは答えなかった。

 

その後、スズカが救急車に乗せられ病院に搬送されてる間も、病院で精密検査がされてる間も、スペはスズカの手を握りしめて必死に彼女へ呼びかけ続けた。

治療不能・再起不能・安楽死。

悪夢のような言葉が何度も耳に入ったが、スペはスズカが緊急治療室に運び込まれるまで、ただひたすらそうし続けた。

 

そして数日後。

生死の境を彷徨った末、スズカは一命を取り留めたという報告を聞いた時、スペは大泣きした。

良かった、本当に良かった…

またスズカの走りが見れるとか、ターフに戻って来て欲しいとかそんな思いはなく、ただスズカが助かったことが嬉しかった。

もうスペにとって、スズカは『神速のウマ娘』なだけでなく、『ウマ娘のサイレンススズカ』でもあったから。

 

その吉報から一週間程経った頃、スペは生徒会からの頼みを受け、スズカの無二の親友であるゴールドと共に、療養施設にいるスズカの見舞いに行った。

そこで目の当たりにしたスズカの姿は、奈落に取り憑かれているように真っ暗だった。

怪我の苦痛もさることながら、走りを失ったという絶望感が彼女の心を浸していた。

彼女の心を察したスペは(ゴールドもだが)、スズカに再び希望を持たせようと精一杯彼女を励まし続けた。

トレーニング中を除いて、スズカを快復させる事以外一切何も考えなかった。

何か学園では天皇賞の勝者のウマ娘のことで騒がしいことが起きてたが、一切気にしなかった。

 

 

そして今、スズカさんはここまで快復することが出来た…

感激で、嬉し過ぎて、涙が出るのがどうしても耐えられないなと、スペはスマホを抱きしめながら頬を拭った。

勿論、彼女の復活への道のりはまだまだ長い。

でも、笑ってさえいれば、明るいことを忘れさえしなければ、その時は必ず訪れるとスペは信じてる。

あの『沈黙の日曜日』を越えて、『栄光の日曜日』を駆け抜ける日も遠くないと。

いや、それよりスペが内心で最も望んでいることは、ただ二人で手を繋いで歩くこと。

それだけかもしれないけど。

 


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