*****
場所は変わり、メジロ家。
執務を終え学園から帰ってきたマックイーンは、ウマ娘療養施設・富士山麓の公園・その他報道など各所に派遣した使いの者達と連絡を取り、情報を収集していた。
療養施設のスズカは特に変わりなし。
夜にはスペが訪れ、しばらくスズカの看護にあたるらしいとのことだった。
先日ちょっと危なかったから、スペに報道資料は持ち込まないよう約束させ、彼女も承諾したので一応懸念材料はない。
富士山麓の公園は、今日もその周辺に不審な者は現れなかったとの報告だった。
公園に訪れた一般人はまあまあいたようだが、オフサイドは人が多い時は外に出なかったようで、彼女の姿を見た者はいないとのことだった。
まあ、田舎なのでオフサイドの姿を見てもウマ娘と気づくだけで誰かまでは分からないだろうから、そちらも心配はいらないだろう。
報道の使いの者には、有馬記念出走希望のメンバーが知られてないか尋ねた。
オフサイドも含めて、出走メンバーの情報は知られていないとのことだった。
よし。
一番懸念していたことが無事だと分かり、マックイーンはほっとした。
使いの者全員との連絡を終えると、マックイーンは一息吐いて椅子にもたれた。
明日、有馬記念出走希望者が選定され、出走メンバーが全員決まる。
生徒会では既に選定を終えており、あとは理事会の承認をもらうだけだ。
問題はそこからだ。
間違いなく、選定メンバーにオフサイドトラップが入っていることが問題になるだろう。
多分、理事会側は彼女の出走に異議を唱えるだろう。
でもここは、なにが何でも押し切る構えだ。
どんなに反対されようと、オフサイドは今年、天皇賞・秋を制しただけでなく、七夕賞・新潟記念(共にG3)を制した実績がある。
今年の成績だけで言えばOP、G3、G1で7戦3勝2着3回3着1回。
希望メンバーの中では頭一つ抜けている。
例え天皇賞・秋を否定されようとも、彼女を除外させることは難しい。
騒動のことを蒸し返してくる可能性だってあるだろうが、事が荒立つのを好まない理事側がそれをするのは考えにくい。
恐らく押し切れるだろう。
出走さえ決まれば、彼女の出走を約束した私の最低限の責任は果たせたことになる。
さすれば、後の問題にはいくらでも対処出来る。
後の問題とは、オフサイド出走に対する報道や世間の反応だ。
それに対しては、その状況を見極め、適切に行動すれば良い。
オフサイドの出走メンバー入りまでは漕ぎつけられたのだから。
マックイーンが恐れていたのは、オフサイドが出走を希望したことが発表前に彼らに知られてしまい、選定前に騒ぎ立てられることだった。
だがそれは免れた。
闘いはこれからですわね…
マックイーンはフッと息を払い、唇を引き締めた。
オフサイドの問題もあるが、スズカのこともある。
彼女の周辺が騒がしくならないよう、療養施設に報道規制を敷くことも考えねば。
そして、富士山麓にいるオフサイドにも。
現在彼女と居るケンザンとも連絡をとって、彼女の身を守ってやらないと。
とにかく一番大切なのは、これ以上不幸の犠牲者は出さないことですね。
状況を見据え適切に行動し、学園そして生徒達を守ることが重要です。
それが、生徒会長の義務ですわ。
ゆったりと椅子にもたれてつつ、心でそう思いながら、やがてマックイーンは眼を瞑った。
銀髪のウマ娘が目の前に立っていた。
輝きのない眼で、マックイーンを見つめていた。
…プレクラスニー?
マックイーンは、怯えたように後退りした。
銀髪のウマ娘は、音もなく近づいてきた。
やめて…そんな眼で私を見ないで…
怯えたマックイーンの眼から全く視線を離さないまま、彼女のすぐ側に近づいた銀髪のウマ娘は、突然マックイーンの胸に冷たい手を当てた。
ドクン…ドクン…
心臓の音と共に、自分の心を握られた感覚がした。
離して!…嫌だ!
ウマ娘の手を引き離そうとしても、その手はいつのまにかマックイーンの胸に溶けたように融合し、ズルズルと心を引きずり出そうとしていた。
嫌…やめてっ!
心が彼女に暴かれていく…自分の心が見透かされていく。
輝きのないウマ娘の眼から、ポロポロと涙が溢れ出した。
違うの…違うのよっ!
ウマ娘の涙を見て、マックイーンは懸命に叫んだ。
私はオフサイドのことを見捨てない!あの子の未来を思ってる!あなたのような悲劇は、もう起きて欲しくないの…だから…私は…
「はっ…。」
マックイーンはガバッと身を起こした。
胸に手を当てると、トクントクンと心臓の音がした。
夢…でしたか。
椅子に座ったまま眠っていた自分に気づき、マックイーンはほっとした。
使いの者にお茶を頼むと、深呼吸して心を落ち着かせながら、静かに汗を拭った。
12月18日。有馬記念まで、あと9日。