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12月19日。
早朝のまだ暗い時間帯、トレセン学園の競走場では、ゴールドが一人でトレーニングを行っていた。
5日前にオフサイドから手紙を貰って以後、彼女のトレーニングは他のライバル達もおされる程の気合いが入っていた。
有馬記念出走メンバーの中で彼女は特に目立った実績はない(2着の数はダントツ)が、その分優勝への執念は非常に強い。
それに加えチーム・先輩を守りたいという思いが、彼女の闘志をより高めていた。
その後、ゴールドは午前中にトレーニングを終え、学園を後にした。
この日は、療養施設へいく予定だったから。
学園からそのまま療養施設へ向かったゴールドは、高原前の駅に着くとそこでお見舞いとして肉饅を15個買い、療養施設へと向かった。
昼過ぎに療養施設に着き、最上階の特別病室に行くと、スズカが午後の検査を受けているところだった。
病室にはスペもいた。
「やっほー!」
「あ、ゴールド。」
病室に現れたゴールドを見ると、スズカはぱあっと明るい笑顔を見せた。
「ゴールドさんこんにちは!」
室内の隅っこで大人しく検査を見守っていたスぺも元気に挨拶してきた。
「やあスペ、はいこれお土産。」
「わー!ありがとうございまーす。」
ホカホカの肉饅を見て涎垂らして喜んだスペに2個くらい残しといてと頼みながら、ゴールドはスズカを見た。
「今検査始まったところ?」
「ううん、もうすぐ終わるわ。」
無二の親友にしか見せない陽気な笑顔と口調で、スズカは答えた。
了解と、ゴールドはスペの隣で検査が終わるのを待った。
と、室内の向こうの隅に大きな段ボール箱が10箱ぐらい重なっているのに気づいた。
…ニンジンだな。
産地直送と書かれている文字を見て苦笑した。
10分後、スズカの検査は終わった。
医師が出ていった後、三人は側に集まってゴールドが買ってきた肉饅を一緒に食べた。
既にスペは半分以上食べ終えていたが。
「美味しいです!」
10個目の肉饅を頬張りながら、スペは大満足の笑顔を浮かべていた。
「美味しいんだったら、もう少し味わって食べなさいよ。水を飲むような勢いで食べちゃって全く…。」
「だって美味しいんですもの。モグモグ。それにあったかい内に食べたいですしー。」
「うふふ。スペさん、顔に欠片がついてますよ。」
「え、どこですか?」
「とってあげます。」
スズカは腕を伸ばして、スペの頬についた肉饅の欠片を指先でとってあげ、それをペロっと口にした。
スペは思わず顔が紅くなり、スズカは清廉な表情でにっこりした。
めっちゃ濃くなってんじゃん…
ゴールドは吹き出しそうなのを堪え、目を逸らして淡々と肉饅を食べた。
元々、この二人が親友以上の関係なのは知っていたが、最近それが更に深まったようだ。
まあそうだよね。
スズカが大怪我負ってから、スペは彼女の為にほんと献身したもんね。
そのお陰でスズカが立ち直れてきたのだから、仲が深まるのも当然だ。
良いことじゃん。
ゴールドは揶揄いたくなるのを堪えつつ、二人の様子を見ながら時折微笑していた。
やがて、三人とも肉饅を食べ終えた(ゴールド1個・スズカ0.5個・スペ13.5個)。
少し休憩の後、三人は散歩に出ることにした。
「良い天気ですね。」
施設の遊歩道。
スズカを乗せた車椅子を押しながら、スペは青空を見上げた。
素晴らしい冬晴れで、癒しの粒を散りばめた空気が高原一面に満ち溢れていた。
療養施設に相応しい場所だと、その空気を感じて思う。
「何か、昔を思い出すね。」
「うん。」
車椅子の傍らで歩いてるゴールドの言葉に、スズカはこくんと頷いた。
二人が学園入学前に通ってたジュニアスクールも、このような高原地帯にあった。
懐かしい…。
「スズカさんとゴールドさん、どれくらい前から親友なんですか?」
二人のやり取りを聞き、スペが尋ねた。
「えーと、ジュニアスクールにも2年くらい通ってたから、その頃からね。」
つまり、かなり幼い頃からだ。
「はー。何か、当時の思い出話とかあります?」
「思い出話か。…そうね、」
ゴールドは腕を組んだ。
「実はね…私も随分だったけど、スズカも当時は凄いヤンチャだったのよ。ジュニアスクールでも授業をよくサボってた。」
「ちょ、ゴールド!」
「えー、そうなんですか?」
「面白いのはね、スズカはサボって何してるのかと思えば、ただ外を走ってるのよ。」
ゴールドは思い出しながら笑った。
授業に連れ戻そうとする先生と逃げるスズカの追いかけっこは、スクールでは日常茶飯事の光景だった。
当時からスズカはスピードが優れていて、逃げるのが上手かった。
「おまけに身体が柔軟だからねー。ほんとすばしっこかったわー。」
私もよくサボって先生に追っかけられたけど、スズカと違い上手く真っ直ぐ走れないから、大体はあちこちにぶつかりまくった末に捕まってた。
「まあ、私はただの悪ガキだったけど、スズカは結構素直だったし可愛かったし癒し系なところもあったから、みんなから愛されてたよ。ちょっとスペと似てるかも。」
「え、本当ですか!」
「大食いではないけどね。」
「もー…やめてよゴールドー。」
スズカは恥ずかしそうに頬に両掌を当てていた。
「いいですね…。」
二人の思い出話を聞いて、スペは楽しそうに笑った。
スズカさん、昔はそんなんだったんだ。
だとしたら、あの弥生賞でのゲート潜りは逃げ回っていた頃の癖が出ちゃったのかな。
それにしても…。
ニヤニヤ悪戯っぽい笑顔のゴールドと、ちょっと頬を膨らませているスズカを交互に見た。
普段は癒しの神様みたいなスズカさんでも、こんな表情を見せれる親友がいるんだ。
ゴールドさんが、学園でももっと身近な存在になってくれたら、スズカさんの為にも凄く良いはず。
「ねえ、ゴールドさん。」
「なにスペ。」
「前にもお誘いましたけど、ゴールドさんやっぱり、『スピカ』に入りませんか?」
以前から何度か思っていたことを再び思い返したスペは、笑顔でゴールドに言った。
「は?」
「?」
スペの言葉を聞いてゴールドは硬直し、スズカは目を見開いて驚いた。
驚いてるスズカに、スペは笑顔のまま説明した。
「ゴールドさんが所属している『フォアマン』チーム、近々解散されるらしいんです。」
「え?」
「私も詳しくは知らないんですけど、何か色々あったみたいです。トレーナーさんも辞められてましたし。」
「…それ、本当なの?」
スズカは驚きの表情のまま、ゴールドを見上げて尋ねた。
「アハハ、そんな訳ないじゃん!ただの噂よ。」
スズカの尋ねに、ゴールドは快活に笑いながら答えた。
「噂?」
「トレーナーが退職したのは事実だけどね。それだけで根も葉もない噂が流れてるだけよ。」
そう言うと、ゴールドはスペを見た。
「スペも、そんな下らない噂を迂闊に信じちゃダメよ。」
「え、でも」
「スペ。」
戸惑った様子でまだ何か言おうとしたスペに、ゴールドは釘を刺すような口調で続けた。
「はっきり言っておくわ。例え、何かあってどうしようもなくなった結果『フォアマン』が解散に追い込まれたとしても、私は『スピカ』にもどこのチームにも行かない。その時は、私も『フォアマン』と一緒に消えるわ。」
寒風が三人を吹きつけた。
いつの間にか太陽に雲がかかって、高原一帯が薄暗くなっていた。