時間は経ち、夜。
療養施設の食堂では、スペとゴールドが夕食を買っていた。
「ゴールドさん、ごめんなさい。」
夕食を買って病室に戻る間、スペはゴールドに謝った。
昼過ぎ、三人で散歩に出た時に、不用意な質問をしたせいで彼女を怒らせてしまった。
そのことを謝罪した。
「気にしないで。」
ゴールドは気さくな笑顔で応えた。
スペに悪意がないことは分かっていたし。
それに否定したものの、彼女が言ってたことは理不尽だが半分事実なのだ。
とはいえ、配慮が足りなかったことは否めない。
「スズカ、かなりびっくりしてたからね。私はいいけど、彼女にはショックを与えないように気をつけないと。」
「はい。」
スペはこくりと神妙に頷いた。
病室に戻ると、二人はスズカと一緒に夕食を食べた。
夕食後、ゴールドは帰る前に、スズカと屋上で二人きりで話したいと頼んだ。
スズカもスペも承諾し、二人は病室を出た。
療養施設の屋上に出ると、そこは幾つかベンチがあるだけで、他は何もないがらんとした場所だった。
「怖。柵もないんだ。」
「ほんとだ。でも、その分景色が綺麗だわ。」
柵がないので、一面に無限の星々が煌めく夜景が広がっていた。
「本当、綺麗だね。」
スズカもゴールドも、しばらくその絶景に見惚れていた。
「ねえゴールド、」
夜景を眺めながら、スズカが口を開いた。
「昼間のあの話って、何なの?」
あの話とは、スペが言ってた『フォアマン』解散のこと。
ゴールドがそれをただの噂だと一笑したのでそれ以上会話に出ることはなかったが、スズカの胸にはそのことがずっと突っかかっていた。
「何でもないよ。スペの早とちりさ。」
聞かれることが分かっていたゴールドは、昼間と同じように答えた。
「まあ、どんな時でも良くない噂や憶測を流す連中はいるからね。スズカも経験したでしょ?」
「そうね。」
スズカは少し重たく頷いた。
彼女も年明けからの怒涛の快進撃で連戦連勝を重ねていたが、内容に関してコースがとか相手がどうこうとかの指摘を受け、中々実力を認めてもらえなかった経験がある。
まあそれは極一部の中の極一部で、殆どの者達は彼女を評価していたし、彼女自身もレースの結果と内容でその期待に応え、低評価を覆してきた。
「それと同じようなものよ。だから心配しないで。」
「分かったわ。」
スズカは納得したように微笑した。
「でも、『フォアマンが消えたら私も消える』とか、言わないでね。」
スズカは、それがちょっとショックだったらしい。
「アハハ、ごめんね。自分としては、チームへの愛情を正直に表現したつもりだったんだけど。」
「ゴールドらしい表現とは思ったけど、一瞬ドキってしちゃったわ。『消える』なんて言うから。」
「ごめんよごめん。」
ゴールドは車椅子の傍らにしゃがみこんで、申し訳なさそうに無二の親友の手を握った。
「でも私にとっては、それ位『フォアマン』のことが大切なの。スズカも分かるでしょ?」
「うん。」
言われるまでもなく、それはよく分かってるよとスズカは頷いた。
「私が『フォアマン』を辞める時、大変だったからね。」
昨年秋。
当時まだ『フォアマン』に所属していたスズカは、レースの成績&内容の不安定に苦しんでいた。
その悩みから、トレーナーの指導に対して反発することも多かった。
おまけに当時、チーム内では悪いことが相次いでおり、その状況も繊細なスズカを一層悩ませていた。
そんな状態で出走した神戸新聞杯で、スズカは実にまずい負け方をした。
その敗北を受け、彼女は遂にチーム脱退を決意した。
「そうね。」
スズカの言葉に、ゴールドは当時を思い出した。
あの頃、チーム状況は本当に大変だった。
先輩達に故障や引退が相次ぎ、1年生以外でまともに活動出来てたのはゴールドとスズカくらいだった。
だけど、負けず嫌いのゴールドは、そんな状況でもチームを引っ張ろうと意気込んでいた。
頑張っていれば必ず状況は変わる、絶対に報われないことはないと。
だから尚更、スズカの脱退を聞いた時はショックだった。
親友である自分にすら事前になんの相談もなかったし、突然のことだったから。
「あの時は滅茶喧嘩したね。」
「うん。」
ゴールドとスズカが喧嘩したのは、幼い頃にプリン争奪戦をした時と、一緒に授業サボって逃げてる時に斜行した彼女とぶつかって二人仲良く捕まった時と、その時の3回だけだ。
「ゴールド、物凄く怒ってたね、『チームが大変な時に辞めるなんて‼︎』って。」
「覚えてるわ。」
スズカがいなくなるショックもさることながら、更に怒りまで沸いた理由は、彼女が苦しいチーム状況から自分だけ逃げだしたと受け取ってしまったから。
「トレーナーはあなたの決断を理解し尊重していたけど、私はバカだから理解出来なかったわ。」
脱退を伝えたスズカに対し、ゴールドは激怒して随分な言葉を吐きかけた。
とんだ弱虫だとか、成績不振を他人のせいにしてるとか、軟弱で身勝手な逃げウマ娘だとか。
「私も言い返したね。『私はこのままじゃ駄目だと思ったんだ!理想の走りの為に、苦渋の決断したんだ!何よそれも理解しないで、この体力と斜行ばかりが取り柄の能無しウマ娘!』って。」
スズカも懐かしそうに言った。
大喧嘩の末、二人は危うく絶交寸前まで行きかけたが、話を聞いたオフサイドが療養先から駆けつけ、双方を宥めかつ仲直りをさせたことで、その事態は免れた。
最終的には彼女の言葉に後押しされ、スズカはチームを去った。
「あの時は、オフサイド先輩の仲介に救けられたね。」
スズカは、かつてのチーム仲間で今もなお慕っている彼女の姿を思い浮かべた。
彼女のおかげで、スズカはゴールドや他の仲間達と仲違いせず、綺麗にチームを去ることが出来た。
「本当に、ゴールドと疎遠にならなくて良かったわ。」
チームを辞めてからも、ゴールドとの親友関係はずっと変わらず今に至ってる。
それが一番嬉しい。
「私も同じよ。腐れ縁かもしれないけど、あんたとはずっと親友でいたかったから。」
今思えば子供のような大喧嘩だった気もするが、絶交寸前までいきかけた時は怖かった。
それは、スズカも同じだったろう。
「うん。」
スズカは、自分の手を握っているゴールドの手を握り返した。
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