「でもね、不安は残ってたんだ。」
ゴールドの手を握ったまま、スズカはポツリと言った。
「不安?」
「うん。私がいなくなった後の『フォアマン』にね。」
スズカは、『フォアマン』を辞め、その後『スピカ』に加入したことは全く後悔していない。
自分の将来を考えた末の大きな決断だったし、結果としてもそれは間違ってなかったと確信してる。
しかし、自分を育ててくれた『フォアマン』の動向はやはり気になっていた。
自分が辞めた後、チーム状況が更に悪化していたら…
その不安と後ろめたさはずっとあった。
だけど、『フォアマン』は復活した。
ゴールドは辛いチーム状況の中で奮戦し続けた末、年明け後はG1戦線で大活躍を始めた。
更には、4度目の長期離脱から復帰したオフサイドトラップ先輩が天皇賞・秋制覇という歴史的偉業を成し遂げた。
他のメンバー達も、ダービーで3着になったり、デビュー後僅か1年半で20戦以上出走したりするなど、それぞれ活躍している。
そのことで、不安も後ろめたさも全て消えた。
「ゴールドのチーム愛もすごいし、オフサイド先輩の不屈の精神も凄いよ。二人とも『フォアマン』そのものだって思ったわ。」
スズカは、心から敬意を表するように言った。
「…。」
スズカの言葉に対し、ゴールドはしばらく眼を瞑って何も答えなかった。
「どうしたの?」
「ううん。」
ゴールドは、スズカには分からない胸中の嬉しさと苦しさを抑え、ニッと笑った。
「褒めてくれるのは嬉しいけどさ、それ間違ってるよ。」
「え?」
「『フォアマン』の信条は“不屈”“体現”“勝利”でしょ。オフサイド先輩は全部当たってるけど、私は勝ったっけ?」
「あ、そっか。」
ゴールドは『アカンコ』のままだ。
「今、アカンコとか考えた?」
「ううん!」
図星をつかれ、スズカは慌てて首を振った。
その頭を突っついた後、
「でも、私はもうその仇名とは卒業するわ。」
そう言ってゴールドは立ち上がった。
「有馬記念ね?」
「うん。」
ゴールドの眼は夜空で最も輝いている一等星を射抜いた。
「今度の有馬記念、絶対に優勝してみせるわ。」
夢の舞台で、今度こそ先頭でゴールを駆け抜けてやる。
「そうなれば、私とスズカで春秋のグランプリ連覇よ。」
「あ、そうだね!」
スズカは気づいたように笑った。
「勿論、相手もみんな強いから、簡単ではないね。」
出走メンバーは明日発表されるので全員はまだ分からないけど、強敵揃いなのは確かだろう。
セイウンスカイ・エアグルーヴ・メジロブライト・グラスワンダー・シルクジャスティス・そして…
「オフサイド先輩もいるだろうし。」
スズカが、言った。
「え?」
知ってたの?と驚いて聞くと、スズカはううんと首を振った。
「オフサイド先輩がファン投票から漏れたことは知ってるけど、多分出るんだろうなーとは思ってたわ。だって、全然お見舞いに来てくれないんだもん。理由として、有馬記念出走に集中してる以外考えられないから。違うかな?」
違う、とは言える訳ない。
「まあ…そうよ。」
ゴールドは努めて平静に頷いた。
「そっか、そうだよね。」
スズカは少し寂しそうな表情をした。
「有馬記念が終わったら、来てくれるかな?」
「来るわ、絶対に!」
寂しい表情をしたスズカを、ゴールドは車椅子の後ろから思わず抱きしめた。
スズカは何も知らない。
オフサイドがどんな目に遭ったのかも、心を失うくらいボロボロにされたことも一切知らない。
もし知ったら…
無二の親友のゴールドには、どうなってしまうか大体想像がついた。
だから、有馬記念は絶対に勝たなければ。
勝って、チームもオフサイド先輩も守る。
そしてオフサイド先輩の心を復活させて、スズカと会わせる。
オフサイド先輩の心もスズカの心も救えるのは私だけ。
機会はこの有馬記念しかない。
「だから待っててね、スズカ。」
「うん。」
突然の抱擁に戸惑っていた様子のスズカだが、やがてそっと彼女の腕に自らの腕を添えた。
「有馬記念、頑張ってね。ゴールドも、オフサイド先輩も。」
その頃。
誰もいないスズカの病室の隅っこで、スペは一人ニンジンを食べていた。
ゴールドさんに悪いことしちゃったなー。
ニンジンをもぐもぐしながら、スペはバツの悪い表情をしていた。
『フォアマン』解散なんて、ただの根も葉もない噂だったんだ。
それは、ゴールド先輩も怒りますよね。
スズカさんも驚かしちゃったし、うー、私のバカバカバカー。
申し訳なさで、傍らの段ボール箱から取り出したニンジンをどんどん口に放り込んだ。
それにしても…
モゴモゴしながら、スペは首を傾げた。
なんでそんな根も葉もない噂が出たんだろ?
スペは、自分が知る限りの『フォアマン』の現状を思い返した。
最近、『フォアマン』の人達の姿をあまり見てないし…特に、天皇賞・秋を制したオフサイド先輩の姿を全く見てない。
チームで練習してるところも全然見ないし。
第一、新しいトレーナーもいないし…やっぱりなんか変だよ。
考えながら、スペは再び首を傾げた。
そういえば。
ニンジンを飲み込んだ後、スペはふと思い出した。
スズカさんのことで頭が一杯だったから、しばらく他のことは全く頭に入らなかったけど、天皇賞後のオフサイド先輩の言動で、学園内が何かしばらく騒ついていたことは微かに覚えている。
でも、言動がどんなものだったかは知らない。
殆ど気に留めてなかったけど、ちょっと調べてみようかな。
何気なく、スペはスマホを取り出し、検索ページを開いた。
えーと、天、丼、の、秋…と。
わあー!美味しそうな天丼がいーっぱい!
…違います違います。
えーと…『天皇賞・秋 オフサイドトラップ 言動』で、検索っと。
あ、出ました出ました!出ま…し……
〈“笑いが止まらない” オフサイドトラップ、同じウマ娘の怪我を嘲笑う〉
〈天皇賞ウマ娘にあるまじき言動。スズカの悲劇は自らの幸運と笑顔〉
スズカの悲劇に笑いが止まらない
スズカの悲劇に笑いが止まらない
スズカの悲劇に笑いが止まらない
スズカの悲劇に笑いが止まらない
スズカの悲劇に笑いが止まらない
スズカの悲劇に笑いが止まらない
スズカの悲劇に笑いが止まらない
スズカの悲劇に笑いが止まらない