1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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やがて、ゴールドとスズカは屋上から病室に戻った。

 

病室に戻って間もなく、ゴールドは帰る支度を始めた。

 

「またね、ゴールド。」

「うん。」

「次来るのは、有馬記念の後かな?」

「そうね。必ず、勝ってくるよ。」

「現地に行けないのは残念だけど、ここから応援しているわ。」

「ありがと。」

支度を終え、ゴールドはコートを羽織って立ち上がった。

「じゃあ。元気でね、スズカ。」

「うん、バイバイ。」

スズカは、笑顔で手を振った。

「スペ、スズカを宜しくね。」

「はい!」

スペがあかるい笑顔で頷くのをみて、ゴールドは病室を出ていった。

 

頑張ってね、ゴールド。

病室を出ていく後ろ姿へ、スズカは最後に念じた。

有馬記念が終わったら、オフサイド先輩と一緒に来てくれるのを待ってるわ。

 

念じた後、スズカはスペに眼を向けた。

「スペさん、ニンジンはまだ余ってますか?」

「余ってますよ!私まだ30本くらいしか食べてませんから。」

今日届いたばかりなのに、もう30本食べられましたか…流石はスペさんだ。

スズカは可笑しそうに微笑した。

「私にも、ニンジン頂けますか?」

「はい!是非どうぞ!スズカさんの為に届けて貰ったんですから!」

スペは嬉しそうに言うと、早速段ボール箱から10本ばかり取り出した。

「あ…そんなに多くはいりません。」

「あ、じゃあ15本くらいが良いですか?」

「増えてますよ。」

1本だけで良いですと言うと、スペは特に品質の良いものを取り出し、スズカの傍らにきた。

「はいスズカさん、あーん。」

「大丈夫ですよ、自分で食べられます。」

「そうですか。じゃあ一回だけ、あーん。」

「分かりました。」

スペが差し伸ばしたニンジンを、スズカは癒しの微笑を浮かべながらパクッと咥えた。

もぐもぐ。

「凄く美味しいです。」

「本当ですか、良かったです!」

スペはぱあっと無垢な天使の笑顔を浮かべ、自分も段ボール箱から5本ばかり取り出すと、スズカと一緒に仲良く食べ始めた。

 

 

一方。

スズカの病室を出たゴールドは、すぐには施設を後にせず、隣の病気専門病棟の方へ向かった。

チーム仲間のルソーに会う為だ。

 

だが、クッケン炎患者の病室にルソーの姿はなかった。

病床仲間に聞くと食堂にいるらしいとのことだった。

 

そのまま食堂に行くと、奥の方の席に一人でお茶を飲んでいるルソーの姿を見つけた。

 

「ルソー先輩。」

ルソーの側に行き、ゴールドは挨拶した。

「あら。」

彼女の姿を見て、黙念としていたルソーはやあと手を上げた。

「ゴールド、来てたのね。」

「ええ、スズカのお見舞いに。」

ゴールドは、彼女へ用意していた見舞いの品を鞄から取り出し渡した。

「あ、ライス先輩の喫茶店のコーヒー豆ね。」

コーヒー好きのルソーは嬉しそうに受け取った。

「以前飲ませて貰ったとき美味しかったから気に入ってたの。ありがとう。」

「どういたしまして。あと、これを。」

ゴールドはコーヒー豆に続いて、写真の束が入った封筒を渡した。

「これは?」

「先日、エアデールの祝勝会をしたときに、美久さんに撮って貰った写真です。」

「あーそれね。」

後でゆっくり観ようと、ルソーは礼を言いながらそれを受け取った。

 

「他に、何かあるかしら?」

貰ったものをしまった後、ルソーはゴールドを見た。

「一つ、お伺いしたいことが。」

ゴールドは、ルソーの前の席に腰掛けた。

「先輩は、オフサイド先輩が有馬記念に出ることはご存知ですか?」

 

「勿論よ。」

ルソーは表情を憂げにして頷いた。

先週、直に彼女からその意志を聞いたし、椎菜から彼女が現在学園を離れて一人で調整中だということも聞いた。

どう見ても出走出来る状態には見えなかったけど。

 

「先輩も相当の覚悟があって出走を決めたのだろうから、信じるしかないわ。ただ、」

ルソーは眼を瞑り、ぽつりと言った。

「先輩は勝つ気で出走するんだろうけど、私の思いとしてはただ無事に走りきって欲しい。それだけだわ。」

 

その後、少し雑談を交わした後に、ゴールドはルソーと別れた。

 

 

無事に走りきって欲しい、か。

施設を出たゴールドは、駅への道を歩きながら、ルソーの言葉を思い返した。

彼女がそう思う根底には、〈17日〉の出来事があるからだろうな。

実はゴールドは、その出来事の時は入学前のことだったので、それを詳しくは知らない。

チームの先輩達も、その出来事の詳細を後輩達に語ることは全くなかった。

だが、月命日には欠かさず学園の碑に訪れていたので、今月は先輩達に代わって供花にいった。

 

「…。」

ゴールドはつと立ち止まり、胸に手を当てた。

〈17日〉のことは全く知らないが、自身、先日の天皇賞で親友のスズカが大怪我に見舞われた経験をした。

あのレース後、彼女はスズカのことが心配でパニックになった。

容態安定のニュースが出るまで、スズカは還ってしまうのではと一日中震えていた。

夜も全く寝付けず、オフサイド先輩に頼んで添い寝して貰ってなんとか休める状態だった。

もう2度とあんな思いはしたくないと、心の底から思う。

 

とはいえ、オフサイド先輩に無事に走りきってとか思いたくなかった。

レースで闘う相手として失礼だし、それに現在の彼女に“無事に”なんて口が裂けても言えない。

既に心身とも無事じゃなくされてしまってるのだから。

 

それに。

ゴールドはこれまで何度も思い返している天皇賞・秋でのオフサイドの走りを再び思い返した。

あのレース、オフサイド先輩はこれ以上ない位鬼気迫った状態で出走した。

その結果、道中スズカの故障にも動じず、並みいる後輩達を千切り捨ててゴールを駆け抜けた。

あの時、信じられないような粘りと執念を間近で見せつけられた。

今度の有馬記念で、その再現をするつもりだろう。

ゴールドはそう思っている。

それを考えれば、尚更“無事に走りきって”なんて思える筈がなかった。

レースに挑むゴールドの思いはただ一つ。

オフサイド先輩が最高のレースをしようと、私はその上をいって優勝する。

それだけだ。

 

待っててね、スズカ、ルソー先輩。

ゴールドは、彼方に遠ざかった療養施設を振り返った。

今度来る時は、私はGP優勝の勲章を、オフサイド先輩は秋の盾を持って来るから。

 

レースが終わった後、オフサイド先輩の状態が良くなっていることを信じて。

『沈黙の日曜日』が『不屈の日曜日』になることを願って。

 


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