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場所は変わり、トレセン学園。
この日、学園で理事を交えて行われた有馬記念出走メンバーの選定会議を終えたマックイーンは、喫茶店『祝福』に訪れ、ライスと会っていた。
今日の会議は、予想通りオフサイドトラップの出走選定についてかなり紛糾した。
案の定、理事会側は彼女の出走に難色を示し反対した。
天皇賞後の言動に対する処分をしてないのに出走させるのは学園の名誉に関わるという意見もあったし、例えここで出走を許可させても世論の猛反発は必至だから止めといた方が穏やかだという意見もあった。
だがマックイーンは、その責任は全て自分が負うとしてその意見を封じさせた。
例年なら30分もかからず終わる会議は数時間以上にわたる激論の結果、生徒会が押し切る形でオフサイドの出走は認められた。
「とにかく、第一関門突破です。」
マックイーンは、ライスが淹れた苦いコーヒーを飲んだ。
「次は、報道と世論への対応ですね。」
「どのようなご対策をお考えに?」
自分のカップにコーヒーを注ぎながら、ライスは尋ねた。
「まず、療養施設にしばらく報道陣が立ち入れないようにしますわ。」
現状一番怖いのは、スズカが騒動を知ってしまうこと。
それを防ぐために、その処置をとる。
幸い、療養施設にいる医師・ウマ娘達はオフサイドをよく知っており、先の騒動では偏向した世論や報道に反感を持った者が殆どだ。
彼女達ならその処置を理解してくれるだろうし、行動にも気をつけてくれるだろう。
勿論、それはスズカを守る為だ。
「あとは、オフサイドとゴールドです。」
当事者の『フォアマン』二人も、報道&世論から守らないと。
特にオフサイドは。
「現在彼女は極秘に、富士山麓でケンザンと共にいますから、報道や世論が捜索したとしてもすぐ見つけるのは難しいでしょう。」
万が一、彼女の在処が知られたら、その時は即座に使いを手配し、メジロ家で彼女を保護する予定だ。
一方のゴールドは、そこまで追われはしないだろうけど、有馬記念に悪影響が出ないように、オフサイドに関する取材はしないよう報道陣を牽制しておく。
「その処置に報道・世論が難色を示した場合は、こちらもカードを切ります。」
「カード?」
「先の騒動で学園が受けた被害への法的措置(注・第57話参照)です。」
マックイーンの翠眼が光った。
(1)と(2)のそれを断行する。
これは、学園では理事会側もそれをするべきと声が多かったもので、オフサイドの身が心配だったから断行しなかっただけ。
今は、彼女が行方をくらましてるので、懸念はない。
勿論、有馬記念の前にそんな騒がしいことはなるべくしたくないのだが、やむを得ない時はそれを断行する。
「あとは、状況を見ながら適切に行動しますわ。」
そこまで言うと、マックイーンはカップを置いた。
「…?」
ライスはその最後の台詞に、引っかかるものを感じた。
「一つ、お伺いしても宜しいでしょうか。」
コーヒーを一口飲んだ後、ライスは再び尋ねた。
「どうぞ。」
「マックイーンさんは、オフサイドさんの有馬記念出走に対して、本当に賛成しているのでしょうか?」
ライスの髪に隠れている片眼が蒼く光った。
「何を仰るのですか?」
質問に対し、マックイーンは口元を抑えて微笑した。
「彼女が出走する為に、今私がどれだけ手を尽くしているのか、お分かりでは?」
現在遠地で一人調整している彼女の警護、出走に反対する理事会との対峙、今後起こるであろう報道&世論からの反発への対応。
「全ては彼女の出走の為です。反対してるのなら、こんな苦労する必要はありません。」
だが、マックイーンの返答を聞いた後も、ライスはカップを手にしたまま彼女の瞳から蒼い眼光を逸らさなかった。
…。
昨夜の悪夢を思い出し、マックイーンはつと眼を逸らした。
その瞬間、ライスは次の言葉をぶつけた。
「あなたは、これ以上騒動の犠牲者を増やさないことを最重要と見てた筈では?」
天皇賞後の騒動。
あの件で犠牲になったのは、いうまでもなくオフサイドトラップと、彼女のチーム仲間である『フォアマン』の者達。
そして、次の犠牲者と懸念されているのが、療養中のサイレンススズカだ。
彼女が騒動を知ったら、間違いなくそうなる。
彼女をそうさせない為には、収まりかけている騒動が再び蒸し返されることを極力避けるべきだ。
だが、オフサイドが有馬記念に出走するとなると、同時に騒動が再燃する可能性が高い。
もう犠牲者を出さない為ならば、彼女の出走を止めるのが正しいはず。
「数日前に話した時、マックイーンさんはそのようなことを言ってたと記憶してますが。」
眼を蒼く光らせたライスの身体からは、黒い不気味な雰囲気が滲み出ていた。
「意外ですね。」
黒い雰囲気を醸し出した彼女を、マックイーンは透き通るような翠眼で射返した。
「あなたはオフサイドトラップの出走を後押ししているのかと思ってましたが、まさかそのようなことを仰るとは思いませんでした。」
「私は反対ではありません。出走したいというオフサイドさんの強い意志を尊重します。」
ライスは微動だにせず、蒼眼の光を一層強くした。
「例え、サイレンススズカが犠牲者になる危険があろうともですか。」
オフサイドの出走の為に尽力している筈のマックイーンは、刺すような口調でライスに問いかけた。
その質問に対し、ライスは両眼をやや俯かせて、答えた。
「私は、私のせいで笑顔を閉ざされたままターフを去った後輩の存在を、もっと早く知るべきでした。」
なるほど…
ライスの返答の真意を、マックイーンは理解した。
「あなたが意志を示されたのなら、私もそうしないといけませんね。」
マックイーンは、コーヒーを全て飲み切った。
だけど、例え相手がライスであっても、ここで本心を表す訳にはいきません…
そう心奥で思ったマックイーンは、ただ一つ偽らずことだけを、カップを置いてから静かに言った。
「私が今回、第一に考えていることは、…“プレクラスニーの悲劇”を再び起こさないことですわ。その為に、オフサイドトラップもサイレンススズカも、必ず守り抜く決意です。」