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12月20日、日曜日。
朝の富士山麓の公園。
この日は、早朝から冷たい雨が降っていた。
雨の降る音だけの、凍えるような寒さと白い霧に覆われた中、オフサイドはこの日も淡々とトレーニングに励んでいた。
相変わらず動きは冴えてない。
だが、ここに来たばかりの時と比べると、それでも大分良くなった。
勿論、天皇賞の時と比べると50%にも届かない状態だけど、僅か1週間足らずでここまで持ち直してきたのは流石はオフサイドだなと、競走場の側で彼女の様子を見守っているケンザンは思った。
“流石”。
本来、それは敬意を表する時に出る言葉だ。
勿論その通り、ケンザンはオフサイドに対して敬意を表している。
だけど、心からそうは思い切れなかった。
だって彼女の姿が、あまりにも痛々しいから。
命を削りながら有馬記念へと向かっているようにしか見えないから。
そう、命を削って。
それはオフサイドだけでなく、レースに挑む他のウマ娘達もみんなそうだ。
命懸けで鍛錬を重ね、命懸けでレースを走って、栄光と未来を掴みに行く。
何もオフサイドだけに限ったことではない。
でも、彼女のその次元はちょっと違う。
右脚…
ケンザンの視線は、ランニングをしている彼女の右脚部に向けられた。
着けている体操着の下に、包帯が巻かれていることは分かっている。
4年半前、彼女が『クッケン炎』という〈死神〉に侵された日から、その脚に包帯がなかった日はない。
それどころか、ケンザンが引退する1年くらい前からは、その包帯の下の患部を、誰も目の当たりにしていない。
普段の着替えの際も、レース前やトレーニングの際も、彼女はチーム仲間にすらそれを隠して行っていた。
今でも隠し続けている。
多分、ここ3年で彼女の素の右脚を見たものは、トレーナーとクッケン炎専門の医師だけだろう。
一体どんな状態なのか…。
クッケン炎を患わずに現役を終えたケンザンには、その状態が想像出来なかった。
ただ、一度だけ、今年の春に会ったトレーナーから、彼女の患部の状態を表現した言葉を聞いた。
『某アニメ映画で祟神に呪われた主人公の右腕状態』だと。
〈死神〉も、祟神と似たようなものだな。
ケンザンは白い溜息を吐いた。
彼女が現役として『フォアマン』のリーダーだった時代、前述のように彼女自身こそその病とは無縁だったが、仲間内では実に6人がそれに侵され、うち4人はレースを奪われ引退に追い込まれた。
残った2人のうち、ルソーは2年以上の闘病をしながらも未だ復帰出来ず、唯一人レースに戻ったオフサイドも、長年続いた〈死神〉との激闘の影響で、右脚はトレーナーの言葉状態。
オフサイドの場合、〈死神〉はクッケン炎だけじゃなかったけどね。
天皇賞後のことと、昨晩の夜中の出来事が、ケンザンの胸に暗い影を落とした。
『ピリリリリ…』
ポケットにしまっているスマホの着信音が鳴った。
着信相手の名を見て、ケンザンは屋内に戻り、それに出た。
「もしもし。」
『フジヤマケンザンですか。メジロマックイーンです。報告があって連絡しました。』
手短に話しますと言って、電話をかけてきたマックイーンは続けた。
『オフサイドトラップの有馬記念出走が決定しました。報道にもそれを伝えましたので、昼過ぎにはニュースになると思います。』
「了解しました。ありがとうございます。」
ケンザンは礼を言い、電話を切った。
マックイーンから連絡を受けたものの、ケンザンはそれをオフサイドに伝えようとはせず、先程までと同じように彼女のトレーニングをじっと観察していた。
何故なら出走決定までは出来るだろうとケンザンも予測していから。
マックイーンもそれを伝えたのではなく、暗に闘いはこれからだということを知らせたのだろう。
あと一週間後か…
果たしてその日まで、無事に漕ぎつけられるだろうか。
いや、絶対に漕ぎつけなくては駄目だ。
右脚に巣食う〈死神〉に命を削られながらも必死に調整に励む後輩を観て、ケンザンは心底からそう思った。
そして、昼過ぎ。
有馬記念の全出走メンバーが、ニュースで一斉に報道された。
出走メンバーは、以下のウマ娘。
()内は主な実績。
メジロブライト(天皇賞春優勝)
セイウンスカイ(皐月賞・菊花賞優勝)
エアグルーヴ(オークス・天皇賞秋(昨年)優勝)
グラスワンダー(朝日杯(昨年)優勝)
メジロドーベル(オークス・秋華賞(昨年)・エリザベス女王杯優勝)
シルクジャスティス(有馬記念(昨年)優勝)
ステイゴールド(天皇賞春秋・宝塚記念2着)
マチカネフクキタル(菊花賞(昨年)優勝)
オフサイドトラップ(天皇賞秋優勝)
キングヘイロー(皐月賞3着)
サンライズフラッグ(天皇賞秋3着)
ユーセイトップラン(重賞2勝)
エモシオン(菊花賞3着)
ビッグサンデー(重賞3勝)
オースミタイクーン(重賞2勝)
ダイワオーシュウ(菊花賞(昨年)2着)