*****
昼過ぎ。
出走メンバー発表と同時に、報道陣はそのウマ娘達の元へ取材に向かった。
トレセン学園で、一人トレーニングをしていたゴールドの元にも、報道記者達が訪れた。
「有馬記念への意気込みは?」
「普通です。」
「調整は上手くいってる感じですか?」
「普通です。」
「痛い所でもあるんですか?」
「不痛です。」
「闘うライバル達へ向けて一言。」
「普通です。」
記者達の質問に対し、ゴールドは無愛想な返答を続けていた。
記者達は不満そうだったがゴールドはお構いなし。
ていうか、よくもまあ平然と私の前に現れたわね。
チームを滅茶苦茶にしたことも忘れてさあ…
と、キレるのは流石に堪えた。
私の相手は報道陣じゃなくて、ターフのライバル達だ。
迂闊なことしてレースに悪影響が出るのは避けたいから、放っておくのが一番だ。
と、
「ところで、」
記者の一人がこれまでと違う質問をしてきた。
「オフサイドトラップは、何処にいるんですか?」
「さあ。」
ゴールドはトレーニングを止め、ふーと心を落ち着かせながら首を振った。
焦ったのではなく、危うく手が出そうになったから。
「チーム仲間なので、一緒にいると思いましたが。」
「チーム仲間でも、ターフでは闘う相手だわ。一緒にいなくても不思議じゃないでしょ。」
つーか、天皇賞・秋の時も私とオフサイド先輩は別々に調整してたけど、それも忘れたのかしら。
「何処で調整中かは知ってますか。」
「さあね。私も知らないわ。」
例え知ってても、あんた達には絶対に教えたりしないけどねと内心で吐き捨てた。
その後、ゴールドは記者達の質問に答えることなく、トレーニングに集中した。
*****
一方。
マックイーンは、この日開催されるスプリンターズS(G1)の、レース後の表彰式に出席する役目がある為、副会長のダイイチルビーと共に中山競バ場に来ていた。
レース出走を待つ彼女のもとには、学園にいる生徒役員達からオフサイドに関する連絡が来ていた。
曰く、報道陣から彼女の所在先を教えるよう要求されてるらしい。
彼女の所在先を知っているのはマックイーンを含めて4人だけ。
他の生徒役員達も知らない。
「彼女の所在先は生徒会も知らないと、報道陣に答えておいて下さい。」
『“生徒会が知らない訳ない、生徒会長なら知ってるだろう”と連中は喚いていますが。』
「では、“地球にいるのは知ってるから、人工衛星でも使って探して下さい”と答えておくといいですわ。」
マックイーンは冷徹な口調でそう命じ、電話を切った。
「いよいよ、また始まるようね。」
マックイーンの通話を傍らで聞いていたルビーは、超名家のお嬢様らしくない硬い面持ちをしていた。
「そうですわね。想定通りではありますが。」
マックイーンは両手を後ろに組み、レースが行われるターフに目を向けた。
「前回の時は、私は生徒を守る立場でありながら何も出来ませんでした。ですが今度は、絶対にその過ちを繰り返しません。」
「気持ち、よく分かるわ。」
ルビーはマックイーンの言葉に頷いた。
彼女も生徒会長を支える立場として、その責任を感じている。
「今度は、生徒会は一致団結して事にあたるわ。外部ではライスシャワーも協力してくれるみたいですし、絶対、二の舞は繰り返さないようにしないとならないですね。」
「ええ。」
やがて、スプリンターズS出走の時間になった。
このレースは、短距離戦線で国内外のG1レースを制し、世界一の短距離王と称された大スターウマ娘、タイキシャトルの引退レース。
人気は彼女が超ダントツの1番人気、2番人気はかなり離れて、同じく世界レースを制したシーキングザパール以下と続いていた。
「タイキシャトルの人気、凄いですね。」
G1レースなのに、彼女一人あまりにも抜きん出ている。
天皇賞・秋でのスズカより支持が高い。
シーキングや他のメンバーも決して弱いウマ娘ではないのにだ。
「サクラバクシンオーの引退レースみたいね。」
かつて世界最速のスプリンターと言われた後輩ウマ娘を思い出した。
彼女は4年前の同レースで圧巻の走りを魅せて優勝し、ターフを去った。
今回のタイキも、彼女に劣らぬ勝ち方でターフを去るかもしれない。
バクシンオーのような相手がいれば別だが、生憎この場にはターフではなくTV席に〇〇バクシンオーと仇名される実況者がいるだけだ。
場内の大観衆もタイキの勝利は全く疑わず、彼女がどのようレースで有終の美を飾るか楽しみにしている雰囲気だ。
だが…
「分かりませんわ。」
「そうね。」
タイキの勝利を予想しながらも、この二人はそれを確信まではしていない。
何も、先の天皇賞・秋のような事が起こるのではとか思っているのではない。
ターフに100%がないということは、彼女達が現役時代にそれを痛いほど思い知らされた経験があるからだ。
共に7年前、ルビーは高松宮杯で、マックイーンは有馬記念で。
「勝敗はともかく、見届けましょう。世界的スターウマ胸の最後の走りを。」
タイキを含めた出走メンバー全員がゲート前に集まったのを眺めながら、マックイーンはそう言った、
マックイーンの言葉に対し、
「そうね。…でもそれよりまず、無事に皆が走り終えられるよう、祈りましょう。」
ルビーはそう言うと、懐からロザリオを取り出し、胸にあてて眼を瞑った。
7年前の同レース。
当時現役だったルビーは2番人気で出走し、見事優勝。
2度目のG1制覇を果たした。
だがその道中、ルビーのライバルで1番人気だった後輩のケイエスミラクルが、最後の直線で故障発生し競走中止した。
レース後の検査で治療不能の重傷と判明し、ミラクルはそのまま還ってしまった。
それはルビーには一生忘れられない、重い記憶となった。
それ以後、ルビーはこのレースの開催時は毎年会場に訪れ、レースが無事に終わるよう祈っている、
…。
瞑目したままロザリオを握って祈り続けるルビーの傍ら、マックイーンはゲートへ視線を向けたまま、彼女と同じことを祈っていた。
レースの勝負に絶対がないように、レースの無事も絶対はない。
それは、決して忘れてはいけないことなんだ。
ファンファーレが鳴り、場内が大歓声に包まれる中、トレセン学園の生徒会長と副会長は、出走メンバー全員が無事にレースを走りきれるよう、静かに祈り続けていた。