1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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再燃前夜(3)

*****

 

夜になった頃。

 

ウマ娘療養施設の食堂では、多くの患者ウマ娘達が集まって夕食を食べていた。

 

彼女達の間で話題になっていたのは、この日開催されたスプリンターズS。

タイキシャトルの引退レースは療養中のウマ娘達も注目しており、多くの者がTVでそのレースを観戦した。

誰もがタイキの必勝を予想していたが、結果はなんと7番人気の伏兵2年生ウマ娘マイネルラヴが優勝。

彼女との直線での競り合いに敗れたタイキは後方から追い込んできたシーキングにも交わされ、まさかの3着に終わった。

 

「こんなことってあるんだね。」

「ですねー…」

観戦していたウマ娘達は、レースからかなり時間が経った今もまだ、衝撃の結果の余韻にいた。

「タイキ先輩、5バ身くらいの差で圧勝すると思ってたわ。」

「私も。疲れはあったのかもしれないけど、有終の美を飾るのは間違いないと思ってた。」

「タイキ先輩、初めて連対を逃したんだよね。びっくりな結末。」

「TV観戦でも、場内のどよめきがよく分かった。」

「ていうか、引退式の時、電光掲示板に通算成績が映し出されてたけど、このレースが3着じゃなくて1着と誤表示されたね。」

「開催側もタイキ先輩が勝つって決めつけてたんでしょ。まあ私達もそう思ってたけど。」

 

「ま、勝負に100%はないってことよ。」

ガヤガヤ話している後輩達の会話を聞いて、側を通りかかったルソーが言った。

「あのナリタブライアン先輩だって、絶対負ける訳ないと思われてたレースで負けたことあるんだし。」

そのレースは、ルソーもチーム仲間として現地で観てた。

「だから、勝った方を褒めるべきね。つまりラヴを。」

「確かにそうね。」

ルソーの言葉に、皆頷いた。

「ノーマークだったとはいえ、タイキ先輩を競り落としシーキング先輩の追い込みを凌いだラヴは凄かったね。文句の付けようがない勝利だわ。」

「ラヴ、普通に滅茶強かったよね。なんで人気低かったんだろ?」

「これまでの実績がそこまでだったからじゃない?他のメンバーも強いかったし。」

彼女達は、またガヤガヤ会話を始めた。

 

「あ、そういえばルソー先輩。」

場を去ろうとしたルソーに、つと一人が声をかけた。

「有馬記念のニュース見ましたよ。チーム仲間のステイゴールドさんとオフサイドトラップ先輩が出走するそうですね。おめでとうございます!」

 

「…ありがと。」

後輩達の賛辞に対し、ルソーはぎこちない笑顔をみせた。

内心は不安だらけなのだ。

また騒動が再燃するかもしれないし、そもそもオフサイド先輩が走れる状態なのかも怪しいし。

と、ルソーの表情を見て察したのか、後輩達は言葉を続けた。

「大丈夫ですよ。」

「何が?」

「この療養施設では、オフサイド先輩のことを悪く思うウマ娘はいませんから。」

 

ここにいる後輩達は皆、怪我病棟の患者だが、2年以上ここで生活しているルソーや、長年ここ闘病生活を送っていたオフサイドとは顔馴染みになっており、皆彼女達のことを慕っていた。

「天皇賞・秋後のあの騒動は、オフサイド先輩への酷い中傷だと、みんな一致した見方です。」

「ここでオフサイド先輩と会ったことありますけど、本当に優しい先輩でした。」

「“笑いが止まらない”発言だって、あれはスズカさんの故障に対してのものではないと100%分かっていますし。」

「本当、色々と中傷被害を受けて辛かったと思いますけど、今度の有馬記念も好成績を残せるよう応援しています!」

彼女達は口々に、励ましと応援の言葉を述べた。

 

 

「ありがと…」

隣病棟の後輩達の言葉に、ルソーはちょっと涙ぐんでしまった。

彼女のいる病気病棟の仲間達(主にクッケン炎患者)は、先の騒動のショックが大き過ぎるせいで、オフサイドの出走ニュースを聞いてもあまり良い反応はなかった。

けど、怪我病棟の仲間達は…。

彼女達がこんなにオフサイドのことを慕っていたとは思わなかった。

それが凄く嬉しかった。

「オフサイド先輩に伝えておくわ。」

目元を払った後、ルソーは笑顔で言った。

「療養施設の仲間達はみんな先輩を応援してるって。」

 

 

その後、ルソーは食堂を出た。

 

あら…

松葉杖をつきながら病室への廊下を歩いていると、途中で自販機の前に立ってスマホを見ているスペを見つけた。

…?

あれ、スペにしては珍しく表情が硬ってる。

 

「…スペ?」

「わっ‼︎」

声をかけると、スペは癇癪玉でも踏んだようにもの凄くびっくりした。

あわわわわとスマホをお手玉し、辛うじて口でキャッチ。

「モガモガ、プハー…。あ、ルソー先輩でしたか。びっくりするかと思いましたー。」

「びっくりしてたわよ。」

ルソーの方もスペの反応にびっくりしてたが。

「どうしたの、こんな所で?」

「スズカさんの飲み物を買いに来たんです。」

スペはいつものあっかるい笑顔で、自販機を指した。

あーそうとルソーは頷いて、それから気になったように尋ねた。

「なんか顔が硬くなってたけど、どうしたの?」

「えっ!ほんとですか!」

スペはまたびっくりしたように、自分のほっぺたをぷにぷにした。

「顔、柔らかいですけど。」

「いや…」

そういう意味じゃないのだけど…

 

ルソーはスペの無邪気な仕草に微笑し、思わずその頭を撫で撫でした。

「何か、悩みでもあるのかしら?」

「え?何もありませんが。」

「何か相談したいことがあったら、私に言いな。」

「ルソーさんにですか?」

「ふふ、こう見えても、私はここの療養者のうちでは最古参だからね。話相手には慣れてるのよ。」

自慢できることでもないけどねと、ルソーは胸を張った。

「ありがとうございます!」

ルソーの言葉に、スペは嬉しそうに頭を下げた。

 

そして自販機で飲み物を買うと、ルソーと別れスズカの病室へと戻っていった。

 

 

その後、ルソーは病室に戻った。

 

似てるわ…

ベッドに横になると、ルソーは外の月明かりを見上げながら、先程のスペの笑顔を思い出していた。

本当に似てる。

無邪気な所も元気いっぱいな所も、そして何より、明るいところも。

…青信号と。

 

ルソーは、こみ上げたものを堪える為にぐっと眼を瞑った。

瞑りながら、願った。

スペシャルウィーク・サイレンススズカ。

あなた達は、なんとしても幸せになってね。

 

 

一方。

 

硬いかなー?

飲み物を抱えながらスズカの病室に戻っていくスペは、何度も自分のほっぺたを触っていた。

硬くない、とてもぷにぷにです。

学園の友達やチーム仲間のみんなからも『スペのほっぺたはすごく柔らかい』って褒められてますし。

硬くなるなんてないですよね。

 

でも、一瞬だけそうなってたのかな。

さっき、悲しいニュースを見たから。

オフサイドトラップ先輩が、何事もなかったように有馬記念出走メンバーに入ってたニュースを。

 


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