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12月21日、月曜日。
この日は早朝から、TV・ネット共に有馬記念関係のニュース・特集が流れていた。
また、一般のファンの間でも、有馬記念が話題になっていた。
TV報道では、キャスターやコメンテーター達が様々な議論をしていた。
『既にファン投票で選出されたセイウンスカイやメジロブライト、グラスワンダーといった優勝候補のウマ娘、また、引退レースと表明しているエアグルーヴらの調整も順調にきているようです。』
『なお、天皇賞・秋を制したオフサイドトラップも出走メンバー入りしていますが、報道陣の前には現れませんでした。』
「オフサイドトラップもメンバー入りしましたか。驚きですね。」
「ええ、ネットなどの世論でも、オフサイドの出走は大きな議論を巻き起こしているようです。」
「特に多い声は、天皇賞・秋後の問題発言が有耶無耶なままで出走させていいのかというのものです。」
「ああ…笑いが止まらない発言ね…あれは確かに酷いね。」
「何の説明責任も果たさないまま出走するオフサイドに対しては、ファンから非常に厳しい声が上がっています。また、それを許した学園側の良識を疑う声も強くなっており、今後の混乱は必至です。』
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「オフサイドの出走について世論調査を行ったところ、絶対に出走するべきでないが65%、出走してもいいがその前に謝罪すべきが10%でした。なお、その他の25%は、即座に退学するべきというものです。」
「これはまた厳しいですね…」
「まあ、当然ですね。スズカの怪我のおかげで勝てたにも関わらず、彼女へ気遣いをするどころか嘲笑した訳ですから。」
「スズカの怪我のおかげ?」
「ええ。何しろ、彼女のゴールタイムは1分59秒3という非常に凡庸なものです。スズカが無事に走りきっていれば、間違いなく1分57秒台でのゴールでしたから、オフサイドなんて10バ身以上千切られて勝負にすらならなかったでしょう。」
「そちらに関しても、世間の人達の声を聞いてみました。もしサイレンススズカが怪我しなければ、天皇賞・秋の勝者は誰だったかという内容のアンケートでしたが、ほぼ100%がスズカが優勝という声でした。」
「はー。」
「また、どれくらいのタイムで優勝してたかという問いに関しては、1分57秒後半〜前半という声が多かったです。」
「凄いですね。やはり、彼女がゴールする姿を見たかったですね。」
「他に、もしスズカが出走してなかったら、他の11人のうち誰が優勝してたかというアンケートも取りました。結果はメジロブライトが1位、次いでステイゴールド、サンライズフラッグやシルクジャスティスなどと続きました。」
「メジロブライトが1位予想ですか。そういえば、スズカのトレーナーもスズカを避けたロスがなければ彼女が優勝してただろうと言ってましたね。」
「オフサイドトラップは入ってないんですか?」
「オフサイドは特にロスもなく立ち回って、結果があのタイムでしたから、優勝予想の声はほぼ皆無でした。」
「なるほど、結局、オフサイドはやはり、スズカが怪我があったから優勝したということですね。」
「その通りですね。スズカの怪我に他のメンバーが一瞬動揺した隙をうまく衝きました。」
「あのインタビューからしても、かなりしたたかなウマ娘だったようです。」
巷でも、有馬記念のことは話題になってた。
「しかし、この有馬記念にサイレンススズカの名がないのは残念ですね。」
「彼女が無事だったら、エルコンドルパサーやスペシャルウィークも出走して、歴代最高のメンバーだった可能性が高いのに。」
「なんで、スズカは怪我しちゃったんだろうね。」
「ほんと、何故なんだろう…。スズカのトレーナーや、専門家も言ってたね。“怪我の原因はない”って。」
「そうなの?てっきり飛ばし過ぎたのが原因だと思ってたけど。」
「何言ってんの。スズカにとってはハイペースがマイペースよ。これまでのレースもそうだったし。」
「そうだよね。確かに怪我の原因じゃなさそうね。…ターフに潜む魔物に捕まっちゃたのかな。」
「魔物…あーそういえば、“罠にかけられた”って説はあるみたい。」
「罠?なんの?」
「ほら、スズカが怪我した後のレースで優勝したウマ娘はオフサイドトラップって名前らしいんだけど、その名前の由来は某スポーツの戦術からとっていて、その意味は『単騎で駆け抜けた相手を罠にかける』ってものらしいんだ。」
「えーマジで!まんまそれじゃん!」
「まあ、勿論ただの偶然なんだろうけど、…彼女が優勝インタビューで言ってた“笑いが止まらない”発言を思うと、もしかしてスズカが怪我するの狙ってたんじゃないかなー…とかって噂されてるし、少なくともそれは本当だろうね。」
「怖っ!同胞の不幸を願うウマ娘なんているんだ。」
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「オフサイドトラップ出走するんだ…やだなー。」
「ん、どうしてさ?」
「だってさ、スズカの怪我を笑ったんだよ。勝負に徹してといえばそうかもしれないけど、血も涙もないウマ娘はやだよ。」
「確かにな。彼女が天皇賞ウマ娘って称されてるのも納得出来ないし。本来こうなる筈じゃなかった歴史だもんな。」
「それに、彼女の名前見る度にあの天皇賞のスズカの悲劇を思い出すし。」
「あーそれ同じ。ていうか、スズカの怪我のショックで後のレース覚えてないし、悲劇思い出したくないからVTRも観てない。」
「ネットに上がってた天皇賞のレース動画も、スズカの故障以降は誰も観てないようだからね。ファンの中じゃ、あの天皇賞は大欅の向こう側で終わってるのよ。」
「スズカが怪我した時、出走したウマ娘達はみんな止まってやれば良かったのにね。そうすれば、あんな胸が痛いシーンだけで終わらなかったのに。」
「いや、後続のみんなはスズカの故障を観て一瞬止まりかけてたよ。あの時点で既に大勢は決してたんだから。ただ、オフサイドトラップがスズカの悲劇を全く無視してレースを続けたせいで、みんなスズカを置いてレースを続けるしかなかったみたい。」
「それでオフサイドが勝ったのか。なんかな。大本命が怪我したレースなんかで勝って嬉しいのかな。」
「嬉しいんでしょ。気分が良いとか笑いが止まらないとか言ってたし。」
「酷い。6年生なのに、性格悪すぎるウマ娘だね。」
「大丈夫だよ、ファンのみんなは分かってるから。オフサイドは天皇賞に値しないウマ娘だって。有馬記念のファン投票からも外れてたし。」
「でも、それでも出走するみたいじゃん。」
「だから阻止しないと。こんな非情で自己中なウマ娘が天皇賞の称号と共に有馬記念に出るなんて、ウマ娘の歴史で最大の汚点だよ。全ファン一致して、オフサイドトラップを歴史から消さないと。」
「だな。既に報道や世論・ネットも動き出している。あの天皇賞・秋のオフサイドトラップの言動は、絶対に許しちゃいけないし、忘れちゃいけないからな。」
再びの、異様なうねりが起きようとしていた。