*****
同じ頃、トレセン学園の生徒会室には、マックイーンをはじめその他の生徒会役員数名が集まって、会議をしていた。
「…。」
会長椅子に座っているマックイーンの表情には、微かに疲労の色が滲んでいた。
彼女はつい先程まで、学園に押しかけた報道陣への対応をしており、その影響だった。
「マックイーン、大丈夫?」
彼女の顔色を見て、役員の一人で同じメジロ家の令嬢であるメジロパーマーが心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですわパーマー。それにここでは生徒会長と呼びなさい。」
マックイーンは翠眼を冷徹に光らせた。
普段は穏和な雰囲気の強い彼女だが、今は霜のように張り詰めていた。
「ではヘリオス、現状の報告を。」
「はい。」
マックイーンの言葉に促され、ダイタクヘリオスが立ち上がった。
「昨日の有馬記念出走メンバー発表後、学園にかかってきた抗議電話の数は千回を超えています。現在も絶え間なくそれが続いてる状態で、ゼファーとトップガンがその対応にあたっています。」
「了解です。レース主催者や協賛者への対応はどうなってますか?」
「そちらは、ビワとルビーがあたっています。今のところ、レース開催に支障が出ることは無さそうですが、今後の状況次第では予断を許さないとのことです。」
「二人に、粘り強く対応を続けるよう伝えてください。」
二つの報告を聞いたマックイーンはそう言った後、ヘリオスとパーマーを見た。
「あなた方は引き続き、情報収集にあたって下さい。報道や世論の動向だけでなく、療養施設・富士山麓の状況も含めて。宜しくお願いしますわ。」
「分かりました。」
二人はマックイーンの指示に頷き、生徒会室を出ていった。
ふう…
パーマーとヘリオスが出ていった後、マックイーンは会長席に座ったまま、額に指あててしばらく休んでいた。
少し、疲れましたわ。
騒動再燃して間もないのにだらしない、他の役員達の方が大変なのにと内心で自らを叱りつけたが、ちょっと疲れた。
さっきの、報道陣への対応が、かなり精神にきた。
数十分前。
マックイーンは生徒会長として、オフサイドの有馬記念出走に対する見解を報道陣に伝えた。
当然、オフサイド出走に疑問を呈する報道陣と言葉の応酬になった。
「メジロマックイーン。あなたは、オフサイドトラップの出走に対して反対ではないと言うことですね?」
「はい。反対する理由がありませんわ。」
「反対する理由がない?あんなウマ娘格を疑うような問題発言をしたのに?」
「問題発言?なんのことですか?」
「は?優勝インタビュー中の“笑いが止まらない”発言に決まっているでしょう!」
「どこが問題発言なんでしょうか。優勝したウマ娘が喜びを表現するのは当然でしょう。」
「…観てないんですか?オフサイドは、サイレンススズカの故障を嘲笑していたんです。」
「そんな訳ありません。」
「本当ですよ!でなければ、同胞に悲劇が起きたのに笑えるわけがないでしょ!」
「あなた方は、我がメジロ家の先輩である、メジロデュレンをお忘れですか?」
興奮している記者達に対し、マックイーンは彼女らしい穏やかな口調で、つと話題を変えた。
「11年前、デュレンが勝った有馬記念では、1番人気のサクラスターオー先輩(デュレンは10番人気)がレース中に重傷を負って競走中止されるという痛ましい出来事がありました。ですが、デュレンをはじめ我が一族の者は、表彰式で歓喜を現していました。当時そのことは全く咎められませんでしたが、何故今回のオフサイドトラップの言動は咎めるのですか?」
「それは…。」
「“それは”、何でしょうか。」
一瞬言葉が詰まった記者に、マックイーンは言葉を続けた。
「まさか実は、デュレン達もスターオー先輩の故障を笑っていたとお思いなんですか?」
「オフサイドとは違います。」
マックイーンのその言葉に、別の記者が答えた。
「デュレンは、スターオーの故障を笑っていません。メジロ家の人達もそうです。」
「あら、オフサイドトラップと違うと言い切れる根拠はなんでしょうか?」
マックイーンの尋ねに、その記者はこう答えた。
「デュレンは、泣いて喜んでいましたから。オフサイドは泣いてません。」
「…はい?」
呆気に取られかけたマックイーンに対し、記者は続けた。
「メジロデュレンは、悲劇が起きた場内の空気をちゃんと読んで、喜びを表現しました。オフサイドトラップとは全然違います。100歩譲って、彼女がスズカの怪我を嘲笑してなかったとしても、あの喜び方は皆の気分を害させるものと言わざるを得ない軽率なものです。」
記者が言葉を終えるより早く、更に別の記者が口を開いた。
「それにデュレンの場合は、メジロ家初の有馬記念制覇でもありましたし、表彰式では数年前に亡くなったメジロ家の大恩人の遺影を掲げて表彰台に上がってました。それは感動的でしたし、メジロ家の人達も感涙に咽んでいたのを記憶しています。その光景は非常に絵になっており、スターオーの悲劇にショックを受けてた観衆やファンの心を癒してくれました。だから皆、デュレン…いや、メジロ家悲願の栄光を称賛し祝福したのです。だから、彼女達がスターオーの故障を喜んだなんて、誰一人として思ってもいません。」
「…。」
ずっと穏和だったマックイーンの表情が、僅かに硬った。
称賛したとの言葉の陰に、ものすごい侮辱のようなものを感じたから。
彼女の表情が変わったのを見逃さず、記者陣は言葉を続けた。
「それに、その有馬記念と今回の天皇賞・秋はレースの内容も全然違います。」
「…。」
「スターオーもスズカも同じ一番人気ですが、支持の高さが違います(スズカは1倍台・スターオーは4倍台)また、優勝したデュレンも人気こそ低かったですが、かつては菊花賞を制した実力者。無実績かつ無名のオフサイドとは比べられません(デュレンは10番人気だが24倍・オフサイドは6番人気だが42倍)。デュレンの優勝は、実力を発揮したものです。オフサイドのように、大本命の怪我の恩恵で勝ったものでもありません。」
記者陣が言葉を並べる最中から、マックイーンの後ろ腰に組んでいる両手が、青筋をたてて震えはじめていた。