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「理不尽も甚だしいですわ。」
“オフサイドトラップに失望した”
報道陣の、オフサイドに対するその言葉を聞いたマックイーンは、まさかの事実に衝撃を受けつつも、言葉を続けた。
「オフサイドトラップは、あなた方も思っていたように心優しきウマ娘で間違いないですわ。」
「信じられません。いや、例え私達が信じたとしても、大勢の人間達にどう信じさせろというのですか?サイレンススズカが、あまりにも痛ましい姿でターフ上に倒れ、10数万人の大観衆が悲嘆にくれていたというのに、あのような発言をした彼女が心優しいと?」
「間違いないです。彼女のこれまでの競走生活をもっと詳しく調べれば…」
「無理です。」
マックイーンの言葉を遮り、さっき涙を滲ませた女子記者が口を開いた。
「例え彼女がこれまで、まるで聖ウマ娘のような日々を送ってきたとしても、数千万のファンの殆どは、オフサイドトラップの過去など知りません。そのファン達が初めて目にした彼女の姿は、スズカの悲劇で沈痛している雰囲気の中で一人大喜びしていた姿なのです。その姿が、あまりにも皆の耳目に強烈に焼き付いてしまったのです。だから…どんなに過去の彼女を称えようと、“でもオフサイドは、スズカの悲劇で大笑いしてたじゃないか。長年闘病を続けてきたその集大成があの発言か”と否定されてしまうのです。」
「一つ、例えてみましょう。」
女子記者を慰めながら、今度は別の記者が口を開いた。
「マックイーン、あなたは確かプロ野球の某球団の大ファンですね?」
「え…ええ。」
「兎でしたっけ?」
「いえ、亀です。」
「亀?」
「失礼、虎です。」
「ああそうでした。…もし、あなたが応援しているチームに、スター選手がいたとしましょう。その選手が二刀流で試合に出場し、打で活躍し投手としても好投し、何十年ぶりかの快挙を目前にしながら、某相手バッターに打たれた球が頭に直撃して、快挙はおろか今後の選手生命すら危ぶまれる状態になって降板したとします。その後、試合は相手チームが勝ち、ヒーローインタビューにその打球を離った選手が選ばれたとします。そのインタビューでその選手が、その打席を振り返って“会心の一打でした!最高です!”とでも発言したら、あなたはどう思われますか?」
「…勝負の世界ですわ。責めることは出来ません。」
「だとしても、良い気持ちはしないでしょう?ましてやその選手は、実は他人に対して労りの心が厚いと言われても、信じられますか?」
「…。」
「いや、この例えの方が良い。」
別の記者が、口を開いた。
「フィギュアスケートはご存知ですか?」
「スケート…ルドルフ先輩とオグリ先輩の…」
「違う違う、アイスではなくフィギュア。」
お互い少なからず興奮しているせいか、やや話が噛み合っていない。
「フィギュアスケート…世界大会等はTVで観たことはありますわ。」
「そのフィギュアスケートの世界大会で、最高得点を更新し続ける圧倒的な大本命の新スター選手がいたとする。その選手は、従来の演技でも優勝は確実だったにも関わらず、更なる高みの演技と得点を挙げようとし、後半まで完璧にそれをやり遂げながら、最後の最後の何でもない所でアクシデントに遭い、脚に大怪我して演技中止となってしまったとする。その後その大会は、長年怪我に苦しんだ無名のベテラン選手が歴代最高とは程遠い点数ながら優勝し、だが優勝インタビューで怪我した大本命の存在を無視して“気分が良い、笑いが止まらない”と発言したら、『この選手は怪我に苦しみながら復活した不屈の選手なんだ』と心から思い、祝福出来る?」
「この例えならどうですか?」
…まだあるのですか。
「水泳界に、至宝と呼ばれる選手がいます。その選手が国内最大の水泳大会で、他の選手達を大きく引き離し、驚異のレコードタイムを叩きだす直前で、突然思いもよらない病気が発症して溺れてしまい、命が危険な状態になった…レース結果はその選手の先輩が凡タイムで優勝し、優勝インタビューで全くその選手のことを顧みない…」
「もう結構ですわ。」
マックイーンは我慢出来なくなったように記者達の言葉を遮り、翠眼を険しく光らせたまま改めて連中達を見据えた。
「どのような言葉を並べようと、どのような言い分があろうと、我々生徒会はオフサイドトラップの有馬記念出走を止めません。無論なんの処分も与えません。そして、オフサイドトラップを理不尽に追い詰めたあなた方報道陣・世論に対して相応の処置をとる所存ですわ。どうぞ記事にでもなんでもされて結構です。オフサイドトラップを守ると決めたこのメジロマックイーンの決意は揺るぎませんから。」
レースに絶対はなくとも、このマックイーンの決意には絶対がありますわ。
少々肩で息をしながらだったが、マックイーンは断固とした口調でそう言った。
「ご心配なく。このことは記事にしません。」
マックイーンと対照的に、記者達は一様に落ち着いた様子に戻っていた。
「ですが、相応の処置をとってもらって結構です。我々だって、生半可な思いでオフサイドトラップを糾弾してる訳ではありませんから。解雇も覚悟して、胸に辞表を入れてますし。」
そう言った後、記者達はマックイーンを改めて見据えた。
「マックイーン、少し落ち着いたら、もう一度考えて下さい。あのオフサイドの言動を目の当たりにした時の、十数万人の観衆やTVで観ていた数千万のファン達の心境を。」
最後にそう告げると、記者達は去っていった。
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なんですの、この展開。
同じことを何度も思いながら、マックイーンは眼を開いた。
ひどいにも程がありますわ、救いがなさすぎます。
理不尽を正当化するなんて、あってはならないことですわ。
だけど…
マックイーンはつと立ち上がり、生徒会室の窓辺に立った。
怒りに震えながらも、記者が述べた理不尽な言葉の中で、マックイーンの胸に刺さったものがあった。
“数千万のファンは、オフサイドトラップがどんなウマ娘なのか知りません。そのファン達が初めて目にした彼女の姿は、スズカの悲劇で沈痛している雰囲気の中で一人大喜びしていた姿なんです。その姿が、あまりにも強く焼き付いてしまったのです”
「…。」
窓辺から見える方々でちらほらいるトレーニング中のウマ娘達の姿を眺めながら、マックイーンは思考を続けた。
私達はウマ娘の一番深い世界で生きてるから気づかないけど…
数千万のファンはウマ娘の世界(ターフ)で生きてるわけではないから、全員がこの世界を深く理解し、また多くのウマ娘達の名前を知ってるわけではない。
恐らく、今いる数千万のファン全員が共通して知っている現役ウマ娘の名は(天皇賞・秋前の時点で)、サイレンススズカやその他のスターウマ娘のみで、多分20人にも満たないだろう(在学生徒総数は約6000人)。
実績がそのまま知名度になる点、オフサイドトラップは直前にG3レースを2勝したのみの6年生ウマ娘であるから、かなり熱心なファンでない限りは彼女の存在は知らなくて不思議でない。
要するに、殆どのファンにとってオフサイドトラップは未知のウマ娘で、初めて見た言動が、同胞の生命が危険な状況下での“笑いが止まらない”発言だったということ。
善悪抜きにして、その事実は認めざるを得なかった。
その数千万の人間達が、オフサイドトラップに良くない感情を抱くのは、…或いは当然なんでしょうか?
我々レースで戦っているウマ娘は、殆ど疑問も覚えなかったのに…
オフサイドトラップに対する理不尽な仕打ちは許せない。
タイム云々など、レースの尊厳をおとすようなことを持ち出したことも許せない。
だけど、これが…
人間とウマ娘の、理解し合える範囲の限界なのか…
トレセン学園生徒会長メジロマックイーンは、窓ガラスに腕と拳を押し当てた。