他にも、いくつか人間のスポーツに例えた仮定の話を持ち出された。
「野球ファンの目線ですか…。」
心を落ち着かせながら、マックイーンはポツリと呟いた。
さっき記者に言われたように、マックイーンはプロ野球の某球団の大ファン。
TV観戦や現地観戦などして応援することも多い。
確かに、試合でチームの主力打者が死球を受けた時は「あっ」と思うし、そのまま負傷交代を余儀なくされたら、当てた相手投手に思いっきり静かに怒りたくなる。
ましてや低迷中のチームで唯一人最多安打のタイトル争いをしてた選手が手首にでも死球を受けて戦線離脱を余儀なくされ、その上試合に負け、その相手投手が勝ち投手になってヒーローインタビューで、その死球に全く触れず“会心の投球が出来ました、最高です!”などとでかい声で言った暁には、場内真っ暗にして鐘の音と共に登場してツームストンでも食らわせたくなるかもしれない。
でもそれは一ファンの立場としてだし、第一思ってもそんな行動はしない。
そもそも出来る訳ない。
それ以前に、無論自身には善悪の区別もあるので、どのようなことがあろうと選手を理不尽には責めない。
現地観戦中、相手投手が途中降板した時だって、一定の人達のように『蛍の◯』とか歌わず、一人で歌でも口ずさんでる。
だから例え、酷い負け方して相手選手容赦ないインタビューを聴くことになろうと、勝負事だからそれを受け入れる覚悟はある。
“次は1回10失点KO&即2軍行きでお返ししましょう”とは呟くかもしれんけど。
それにしても…
マックイーンは窓ガラスから手を離し、悔しそうな表情に変わった。
随分と、このメジロマックイーンに対して一方的に言ってくれましたね。
私だって…
『記者陣…あなた方はプロでしょう。世でも大きく認められている栄光を称えるのは簡単ですわ。理不尽な仕打ちを受けた者を守るのが本来の務めであるし、そこが生き甲斐なのでは?ましてや憎しみまで入れて、誤った認識をしている世間を扇動して無実の者に理不尽な攻撃するとは何事ですか!笑いが止まらない発言で全て台無し?世はそれで全てを否定しにかかってる!その発言の真意を解き明かし、世の過ちを正すのが報道本来の姿でしょう!数千万の世間を敵にするのが怖かったのか何なのか知らないですが、…〈死神〉と闘い続けたオフサイドトラップの爪の垢でも煎じて飲みなさい!』
と、思いっきり言ってやりたかった。
けど…。
マックイーンは表情を冷静に戻し、窓の外に眼を向けた。
何度も思っているように、世論&報道が暴走してしまった責任は騒動発生時に毅然とした対応を取れなかった我々学園側にもある。
色々と言い訳はあるが、だとしても当初から事態を予測し完璧な対応を取れていれば、世論を鎮静化出来たし、報道もオフサイドトラップへの糾弾をすることはなかっただろう。
対応のまずさが、世論&報道陣を“我々が正しい、オフサイドトラップが悪い”と暴走を助長させてしまった。
それに、マックイーンは報道の世界のことは殆ど知らない。
その世界で生きたことがないからだ。
なのに、『報道とはこうあるべき』などと言うのはどうかと思うし、もしそれが過ちだったら、自分もオフサイドトラップへの糾弾と同じことをしてることになる。
とにかく、報道陣(&世論も)が全く行動を変えないと分かった以上、これ以上彼らと争ってもしょうがないですわ。
私の義務は、状況を見極め、適切な行動&指令をすること。
それを怠らないようにしなければ。
限りなく可能性は低いが、あの報道陣達も、もしかするとオフサイドトラップの“笑いが止まらない”を始めとした言動の真意を分かっているのかもしれませんし。
「オフサイドトラップの言動の“真意”…」
いや、ないですわ。
マックイーンは淑女的な容貌のうちに再び翠眼を光らせた。
この真意に気づくのは、非常に過酷な経験と、それを乗り越えた経験が必要だから。
何故なら、その真意に辿り着く前に、あまりにも残酷な真実が待ち受けてますから…
サイレンススズカの悲劇を嘲笑し、その恩恵に喜んだのではと思ってしまってる世論・報道陣達には、真意に辿り着くなど到底不可能です。
そして、同胞であるウマ娘達の多くですら、それに気づいていません。
何故なら、彼女達の殆どが思っているように、遂に掴んだ栄光に歓喜して出た言動ではないのですから。
恐らくその真意に気づいてるのは、私や当人のオフサイドトラップの他では、生徒会副会長のダイイチルビー・療養施設のホッカイルソー・富士山麓のフジヤマケンザン・『祝福』のライスシャワー・海外療養中のサクラローレル。
以上のウマ娘達とそして、もし彼女達にも届いてるのなら、ナリタブライアンとシグナルライトやその他ターフに散った幾多のウマ娘達。
そのくらいの、極僅かだと思う。
本意ではない…
心を失ったオフサイドトラップでも、それが公にされることを望んでいないでしょうが…現状ここまでに至った以上、その残酷な真実と、真意を、公に表さなければならないのでしょうか…
重たい気持ちで、マックイーンがそう思った時だった。
…!
不意に、マックイーンは息を呑んだ。
目の前の窓ガラスに、銀髪のウマ娘の姿が映ったから。
…クラスニー…?
マックイーンの淑女的表情が真っ青になり、全身を恐怖に震わせて後退りした。
同時に、彼女の脳裏に無数の記憶音声が、蜘蛛の糸のように張りめぐった。
“やっと闘えるね!”
“楽しみですわ”
“雨かー、でも負けないよ”
“私の力、たっぷりお見せしますわ”
“スタートで一気に行くわ!”
“私も遅れません!”
“フフ、どうでしたか?”
“ハア…ハア…強すぎ!”
“バ場が味方しましたわ”
“くー、でも仕方ない!”
“次はあなたの舞台で受けて立ちますわ、クラスニー”
“くー言ってくれるわね…でもあなたのそんな所が好きよ。マックイーン!”
“え…?”
“…なに…これ…?”
“何故?…納得出来ませんわ!”
“…嘘…でしょ…”
“…どうして、私がこんな目に…”
“…………”
”…おめでとう…クラスニー…”
“…………”
“…なんで、こんなことになっちゃたんだろうね…”
“………”
“…辛い…辛いよ…”
“………”
“…っ何か答えてよマックイーンっ!”
“……ごめんなさい…”
“…私達…もう会わない方が良いかな…”
“……そうですね…”
“『怪我の影響で卒業することになった。マックイーンは頑張ってね。春秋天皇賞制覇出来るよう祈ってるわ!』”
“………”
“…クラスニー⁉︎…”
“…あはは、無様でしょ?”
“…なんで?…どうしてこんなことに?”
“…あんなレースで盾を手にした報いだわ…”
“クラスニー!しっかりして!”
“…もう…駄目だわ…私…”
“まだ間に合うわ!医者を…早くっ…”
“…マ…マックイーン…”
“…クラスニー?”
“…ごめ…んね……”
“え…?”
“………”
“…クラ…スニー…?”
“………”
“…嫌よ…嫌…クラスニー…目を覚ましてよ!プレクラスニーッ!…”
コンコン。
「失礼します。」
生徒会室のドアをノックする音を聴き、マックイーンは我に返った。
夕陽が差し込む窓ガラスには、自分の姿しか映っていない。
…。
マックイーンはゆっくり深呼吸し、ハンカチを取り出して額に掻いた汗を丁寧に拭った。
「会長、おられないのですか?」
「どうぞ。」
会長椅子に座ってから、マックイーンは来室者の声に答えた。