「失礼します。」
生徒会室に入ってきたのはブルボンだった。
「どうしたのですか。」
生徒会役員の一人である彼女には、先に出てきた役員達とは別のある役目を指令している。
何の用件かと聞くと、ブルボンは一通のFAX用紙を取り出しながら答えた。
「生徒会長宛に、療養施設の渡辺椎菜医師からの通知が届きました。」
「…。」
用紙を受け取ると、ブルボンが待機する前でマックイーンは無言でその内容に眼を通した。
『今朝、レース中断云々の報道を見たホッカイルソーが正気を失う程に激昂し、施設を飛び出して報道陣達と刺し違えることを示唆する行動をとりかけました。なんとか寸前でそれを食い止め、現在彼女は私の看護下に置いています。外部には一切情報は漏れてませんが、一応報告までに。』
やはり…
マックイーンは用紙を置き、珍しく表情を歪ませて唇を噛んだ。
それはそうですわ。
レース中断云々の報道は、内容もさることながら、それを出すタイミングがあまりにも悪い。
レース中断の内容だけなら…まだこちらも冷静に対応出来たかもしれませんが、タイミングと動機が醜悪過ぎます。
これを報道した者や支持した者は一度、この学園の奥地にある『碑』に参拝にくるべきですわ。
これまでどれだけのウマ娘達が未来の為に命懸けで走り、しかしその半ばでレースに散ってきたか。
それを目の当たりにすれば、どれだけその動機が愚かなことかよく分かるでしょう。
しかし、それにしても…
マックイーンは表情を戻し、再び用紙を見た。
“ルソーが正気を失う程激昂し、刺し違える行動を取りかけた”
あのホッカイルソーが、そこまでなりましたか。
ホッカイルソー。
オフサイドトラップとは1年後輩のチーム仲間で、経歴も実績も彼女とよく似てる。
大人しく真面目なオフサイドが病症仲間に尊敬されている存在なら、どちらかといえば陽気で激情家のルソーは病症仲間の姉貴分といった存在か。
更に彼女は、世界ウマ娘史でも伝説となっている某偉ウマ娘の、希少な末裔の一人。
ウマ娘の尊厳や誇り、使命を人一倍分かっている生徒の筈だ。
そんな彼女が、危険な行動をとった。
ちょっと信じらない。
彼女の経歴や療養施設での評判からしてそんな行動をとるようなウマ娘ではない筈だが…。
シグナルライト、ですか…
天皇賞・秋関係でもクッケン炎関係でもない。
ルソーが激昂したのはそれ関係以外考えられない。
マックイーンはあまり考え過ぎないようにした。
理由はなんであれ、彼女ほど忍耐の精神力が強いウマ娘がこのような行動をとった。
驚くと同時に、彼女達(クッケン炎)の間に拡がっている絶望感に慄然とした。
先週も、2人のクッケン炎発症生徒から退学届が提出されましたね。
しばし思考を続けた後、マックイーンは待機しているブルボンを見た。
「ブルボン。」
「はい。」
「今夜に、療養施設の渡辺椎菜医師と連絡が取れるよう準備をお願いします。あと、富士山麓のフジヤマケンザンにも同様のことを。遅い時刻でも構いません。パーマーとヘリオスには私から説明しておきます。」
「かしこまりました。」
指令を受け、ブルボンは生徒会室を出ていった。
渡辺医師…
長年、療養施設でクッケン炎専門の医師として奮闘している彼女とは、現役時代クッケン炎にこそ罹ったことないが怪我で療養した際に何度か会っており、引退後に生徒会員として所用で会うことも多くかなり顔見知りだった。
彼女が、療養施設でも特に貴重で重要な存在であることは知っている。
現状がかなり切迫することが明確になってきた以上、彼女と生徒会の意思疎通は非常に大切になってくる。
ここは直々に、私と彼女で連絡をとった方が良い。
そして、富士山麓のフジヤマケンザンとも慎重にコンタクトをとらねば。
勿論用件の相手はオフサイドトラップだが。
あのホッカイルソーですら正気を失うような行動をとった点、オフサイドトラップだって同じ行動を起こすとも限らない。
心を失ってしまった状態とはいえ、彼女の桁違いの精神力ならそのような行動は決して起こさないと信じているが…。
念のため、彼女の意思関係なく、ここはメジロ家で彼女を保護し調整させた方が良い。
我々よりケンザンが側にいた方が心が安全というならば、ケンザンにもメジロ家に来てもらう。そのことを彼女に伝えようかと考えていた。
「険しい道のりですわ…」
マックイーンは再び立ち上がり、暮れかかった夕陽に眼をやった。
まだ夕方でしたか…