1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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『第4章』
始動(1)


*****

 

12月22日、早朝。

 

メジロ家。

起床したマックイーンは洗面等を終えると、自室で朝のニュースを観ていた。

TVでは今日も、オフサイドトラップの有馬記念出走問題を取り上げている。

彼女が身を隠していることも、かなり問題視していた。

 

プルルルル。

TVを観ている最中、マックイーンのスマホが鳴った。

椎菜からの電話だった。

「もしもし。」

『生徒会長ですか、渡辺です。』

 

「渡辺医師ですか。お忙しい中恐れいります。」

『いえ、こちらこそ昨晩は勝手に約束を変更させてしまい失礼を。』

「気になさらないでください。」

 

挨拶を数言交わした後、マックイーンは用件を切り出した。

「用件は二つです。一つは、昨日通知を頂いたルソーを始めとした〈クッケン炎〉患者の現状。もう一つは、あなた個人へのお願いがあります。」

『私にですか?』

「はい。」

 

 

約15分後、マックイーンは椎菜との電話を終えた。

 

 

その後、制服に着替えると、朝食を取らずにメジロ家を出た。

 

メジロ家の車に乗って彼女が向かった先は、学園ではなかった。

車は、ある人物への屋敷へと向かっていた。

 

 

一時間後。

 

その人物の屋敷の前に着くと、マックイーンは車を降りた。

 

その屋敷の使いの者に案内され、彼女は屋敷内の和室に通された。

そこに、その人物は茶を淹れて待っていた。

「おはよう、生徒会長。」

「おはようございます、理事長。」

 

マックイーンを待っていたのは、トレセン学園の理事長・大平赳夫(おおひらたけお)

 

「朝早くに呼ばれるとは驚きましたわ。」

「会うとしたら、人の動きが少ない早朝が最適だと言ったのは君だろ。」

言いながら理事長は、前の座布団に座ったマックイーンに薄茶を差し出した。

マックイーンは恭しくそれを頂き、一口喫すると、腕を膝元に置いた。

「ですが実際、こんな早朝に招かれるとは思いませんでした。それも昨晩突然の連絡で。」

「突然呼び出すのも呼び出されるのも、お互いの立場からしてよくあることだ。」

理事長も粗茶を喫し、腕を置いた。

 

「それで、こんな早朝に呼び出した用件というのはなんでしょうか。」

「勿論、オフサイドトラップの事に関してだ。」

理事長は、マックイーンを見据えた。

「彼女の有馬記念出走を止める手筈は、出来ているのか?」

 

「出来ているわけ、ありませんわ。」

マックイーンは、無表情で翠眼を光らせた。

「先にもあなた方にお伝えしましたが、私は彼女の有馬記念出走を止める気はありません。」

 

「意外だな。聡明な筈の君がそこまで意志を曲げないとは。」

「ウマ娘だからです。人間である理事長には分からないことですわ。」

「気色ばむな。」

冷静ながらも強気をみせたマックイーンに対し、理事長は余裕の微笑を浮かべた。

「大局的にみれば、そして未来志向でみれば、この状況下でのオフサイドトラップの出走は適切でない。それは君も分かっているだろ、生徒会長。」

 

「理事長。」

マックイーンは、表情を動かさず、やや強い口調で言った。

「理事長は、オフサイドトラップの言動に対し、一般大衆や数人の理事のように誤解した見方はされてないのでは?」

「勿論だ。彼女の言動に全く問題がないことも分かっているし、もしかすると真意は別にあった可能性も分かっている。」

「では、何故オフサイドトラップの有馬出走に反対を?」

「世の中全体の状況を判断してだ。」

 

理事長は再び、お茶を飲んだ。

「君も、生徒会長になってから色々経験して分かっただろうが、世の中は理不尽なことが多い。それも、当の本人達がそれに気づかずそれを行っているということもある。…今回の件のようにな。」

「理不尽というよりは、理解・想像力の乏しさによるものだと思います。」

「どちらでも良い。問題は、その声の大きさと勢力だ。今のオフサイドトラップには、それが悪霊のように付き纏ってしまっている状態だ。そんな状況の彼女が有馬記念に出るということは、レースにもかなりの影響が見込まれる。それは、あってはならないことだ。」

 

理事長は、理事の中では最もウマ娘への理解が深い人間。

それでいて冷徹で聡明、合理的な思考の持ち主。

そんな理事長がオフサイドトラップの出走に反対してるのは、レースが無事に開催される為だった。

 

理事長は淡々と続けた。

「有馬記念はオフサイドトラップだけの為にあるものではない。彼女だけでなく他の出走メンバー、そのメンバー達の調整の為に尽力してきた関係者達全員の為にあるものだ。それを、一人の出走者の為にレース開催に悪影響が出るようなことは避けなければいけない。」

「オフサイドトラップは何も悪いことはしていませんわ。それどころか…」

「分かってる。だが、その真意に気づいているのは同胞である君達の中でも僅か数人だ。それでは、この膨大な理不尽の嵐をすぐ止ませることは難しい。もう、有馬記念まではあと一週間を切ったのだ。」

 

「一つ、お伺いします。」

マックイーンは、淡々と話す理事長に尋ねた。

「理事長は、今回の騒動に対して、全てオフサイドトラップに背負わせて収拾を図るつもりなのでしょうか。」

「馬鹿な。」

理事長は即座に否定した。

「そこは君と同じだ。彼女が受けた理不尽な中傷と仕打ちに対しては、いずれ世論にも報道にも責任をとってもらう。現状、それに関しては他の理事内では意見が割れているが、必ず断行する。…私自身、同胞の人間達の愚かさには呆れているからな。」

理事長は、やや嫌悪感が含まれた口調で呟いた。

「君達の世界の明るさ・華やかな点ばかりしか見ないから、このような事が起きた時に思考が偏る。…最近はその傾向が顕著になっていたから、このような事態は起こるべくして起こった、というべきだな。…情けない。」

 

「…。」

険しい表情で言う理事長に対し、ウマ娘のマックイーンはただ無言だった。

表情を変えず、理事長は続けた。

「オフサイドトラップは、法的措置は別として、この私が責任をもって彼女の名誉を回復させるつもりだ。」

 

なるほど…

「理事長のお気持ちはよく分かりました。」

マックイーンは、謝意を込めた口調で言い、ですがと続けた。

「私は、オフサイドトラップの出走を止めたくありませんわ。私情を入れる訳ではありませんが、彼女はもう6年生で、更には脚部の状態も厳しい。騒動とか関係なく、今回がラストレースとなるでしょう。そのレースは、ウマ娘にとって最高の夢舞台である有馬記念。周囲の状況は関係なく、走らせてあげたいのですわ。」

 

「その思いはよく分かる。」

理事長は頷き、厳しい口調で続けた。

「だが、オフサイドトラップは、例えこの有馬記念で競走人生には終止符をうつとしても、ウマ娘としての生涯が終わる訳じゃない。引退後の生活、それを考えれば、世間を敵に回した状態というのは非常にまずい。それも、栄光が認められてない現状つきだ。かつて、君の盟友が」

 

「プレクラスニーの話はやめて下さい!」

理事長の言葉を遮ってマックイーンは叫んだ。

昨日の報道陣との対応時でさえ感情を極力抑え込んでいた彼女の表情が引き攣っていた。

 

「すまない。」

不用意な発言を、理事長は謝罪した。

「だが、オフサイドトラップの出走については今一度考慮して欲しい。こんな状況下でも走りたいという彼女の思いはよく分かるし、それを止めない君達の思いもよく分かるが、もしもの時に失われるもののリスクが大き過ぎる。学園やレース開催だけでない、彼女のあの天皇賞・秋の栄光にも影響する。」

 

もし、というかその可能性は非常に高いとみてるが、オフサイドトラップが有馬記念に出走し、結果が惨敗だったとしたら、彼女の天皇賞・秋制覇を認めない連中達が『それみたことか』と都合良くそれを加速させるだろう。

それを危惧していた。

 

「その点は、私達は踏み込めません。」

冷静に戻ったマックイーンは答えた。

内心では、自身も同じ事を危惧していた。

オフサイドトラップの心身の状態+不適性の距離。

寧ろ惨敗を予想しない方が不思議だ。

「ウマ娘は、レースに出走するからには勝利を目指します。オフサイドトラップも、出走するからには勝つつもりなのでしょう。」

 

 

話が終わった雰囲気を感じ、マックイーンは立ち上がった。

「メジロマックイーン。」

立ち上がった彼女に対し、理事長は最後に言った。

「この件に関しては、君は責任を背負い過ぎなくていい。愚かなのは我々だ。責任を第一に取るのは私でいい。」

 

「…。」

マックイーンはただ無言で、静かに会釈した。

いいえという意味を込めて。

「君はやはり、責任をとりたがってるのか?」

「…。」

何も答えず、マックイーンは部屋を出ていった。

 


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