1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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始動(4)

*****

 

「今日は、よく来て下さいました。」

 

『祝福』店内。

ライスは、招き入れた報道陣を前に椅子に座ると、改めて頭を下げた。

 

この報道陣を呼んだのは、ライスシャワー。

天皇賞・秋後に起き、今また再燃しているオフサイドトラップの件に対して、取材を受けて見解を伝えたいと、昨晩報道陣達に彼らに要望したのだ。

 

「まさか、あなたが自ら取材を要望するとは思いませんでした。ライスシャワー。」

『祝福』に集まった報道陣達は、まずそのことに驚いていた。

3年半前の宝塚記念で競走中に大怪我を負い、辛くも一命を取り止めたが、引退を余儀なくされたライスシャワー。

その後は表舞台から姿を消し、『祝福』を経営しながら隠遁に近い生活を送っていた。

なので、彼女が報道の前に現れたのも引退後初めてだった。

報道陣側も、この騒動中に彼女に取材を要請したかったようだが、無理だと諦めていた。

それが、ライスシャワーの方から要望がきた。

 

「それだけ、あなたもこの件に対して大きな関心があるということですね。」

「はい。」

報道陣の問いかけに、ライスシャワーは嫋やかな笑顔で頷いた。

「関心ではなく、この件に行動を起こすことが、私の使命だと思っています。」

「はー。」

ライスの言葉に、報道陣達はどよめいた。

「よく分かりませんが、それほどの思いがあるなら、是非TVの生放送番組で、見解を述べた方が良いのでは?」

「いえ、その必要はありません。この形の取材で見解を述べた方が、良いと思いました。」

 

そう答えたライスの瞳に、僅かに蒼芒が宿っていた。

 

 

*****

 

一方、生徒会室。

 

「ライスの取材は、TVではなく普通の取材ですね。了解ですわ。」

ブルボンからの報告を受けたマックイーンは、殆ど動揺もみせなかった。

 

報告を受けた後、マックイーンは会長席に座ったまま、黙想した。

 

TV生放送ではありませんでした、か。

ライスシャワーらしい慎ましさ、そして賢明さですね。

 

マックイーンは、遂に動き始めた彼女の、その行動は予測していた。

 

ライスが、報道陣と対決する気はさらさらないことは見抜いている。

もしTVだったら、見解を述べた際に、間違いなく亀裂や溝が生じることを彼女は分かっているのだ。

何故なら、報道陣が期待するライスの見解と、本人の見解は180度以上と言っていいくらい違うのだから。

 

見解自体は、ライスと同じであるマックイーンは、彼女のこの行動に干渉するつもりは全くない。

どころか、その見解自体は自分の口からよりもライスの口からの方が遥かに力があるから、寧ろ望んでいたことだった。

 

まあ間違いなく報道は、ライスの見解を記事に公表しないでしょう。

 

ライスもそれが分かって取材を受けている。

目的は、その見解を残すことと、報道陣達にそれを聞かせること、でしょう。

それだけでも、オフサイドトラップの件に対する報道陣の行動に、かなりの影響が出ることは間違いないですし。

それでもなお、ライスの見解を無視して、オフサイドトラップへの理不尽な非難をやめないのなら、もう此方は法的措置を断行するだけ(もともとするつもりだが)です。

 

 

問題は、この後のライスの行動ですわ。

まず、世論に対しては何もしないでしょう。

報道陣は理解出来る能力がありますが、世論は膨大なだけの有象無象です。

恐らく、ウマ娘史上屈指のスターであるライスの言葉も理解出来ないでしょうし、出来たとしてもだんまりか、或いは掌返しで内輪揉めして報道陣以上に責任を回避しようとする筈。

全員がそうではないと思いますが、少なくとも罵詈雑言でオフサイドトラップを中傷した者達はそうでしょう。

ま、例えこの私が慈悲を考えても、理事長は絶対逃がさないでしょうが。

 

 

思考が逸れた…

マックイーンは咳払いをした。

 

問題は、次のライスの次の行動。

間違いなく、療養施設へ行きますね。

サイレンススズカと会い、一連の騒動を伝える為に。

 

マックイーンは腕を組んだ。

それだけは阻止しなければ。

 

スズカは、その全てを受け入れられる程、まだ精神的に成熟しきっていない。

ましてや大怪我で還る寸前まで追い込まれたばかりだ。

そこで騒動のこと聞いたら、折角ここまで快復してきた(快復速度の良し悪しは別として)彼女が再びどん底に叩き落とされる。

 

それを分かりながらも、ライスシャワーは騒動の全てを彼女に告げるだろう。

勿論、あのオフサイドトラップの言動からその真意を含めて、全て。

 

その結果、もしサイレンススズカが最悪の事態になったとしても…

 

最悪の事態…

ライスシャワーの実体験・罪悪感からすれば、例えそうなったとしても、真実隠蔽よりは良いと確信してるのでしょう。

そう、3年半前の宝塚記念の結末よりは。

 

そして、その行動は誰にも咎めきれない。

何故なら、ライスはスズカと同じ経験をした唯一の生き残りウマ娘なのだから。

しかも、彼女にはもう時間がない。

 

 

だが…

マックイーンは腕を組んだまま、翠眼を鋭く光らせた。

私は、それを絶対に止めなければ。

 

レース以外での危険は絶対に避けなければ。

例え、真実を隠蔽してでも。

 

今、真実は隠蔽されても、いずれ明らかになる機会はある。

 

だけど、還ってしまったものは、永久に戻らない。

もし騒動を知ったスズカが、本当にそうなってしまったら…

想像しただけで、マックイーンの肌に悪寒が走った。

 

サイレンススズカを失いたくない。

マックイーンは、胸の痛みとともに吐息した。

あんな良いウマ娘を、走りもウマ娘性も一点の曇りもない青空のように美しいスズカを、喪いたくない。

ずっと生き続けて、天命を全うして欲しい。

その為だったら、真実の隠蔽だってする。

 

勿論、オフサイドトラップだって見捨てない。

彼女だって、救われて栄光を称賛され、天命を全うすべき奇跡のウマ娘。

このマックイーンが名誉の全てをかけて、彼女の未来切り拓いてみせますわ。

 

 

だからライスシャワー、あなたは余計なことはしないでください。

マックイーンの翠眼が、冷徹に翳った。

取り敢えず、私の警告文を無視されましたので、処置をとりますわ。

 

腹黒ウマ娘とでも、何とで思ってくださって結構ですわ。

 

マックイーンは感情を無にし、スマホを取り出した。

「ブルボン、あなたにお願いがあります。」

 

 

*****

 

 

一時間後。

 

ライスシャワーの取材を終えた報道陣が、『祝福』からぞろぞろ出て来た。

全員、なにかショックを受けた様子で、表情が暗かった。

 

『祝福』を出た記者達は、深刻な顔を突き合わせていた。

「これどうする?記事にする?」

「出来るわけないよ。もししたら袋叩きだよ。」

「ライスシャワーがこんな見解だったとはね…理解出来ない。」

「理解しろってのが無理だよ。」

「だけど、説得力はあるな。」

「やめな。幾らライスシャワーの見解でも、これは記事にしちゃダメだ。」

 

記者達が手にしている取材手帳には、ライスシャワーの見解が記されていた。

その中に、大きく目立つ一文、取材にてライスが述べた重要な言葉が記されていた。

 

 

『天皇賞・秋のレース関係で、まず最も責められるべきウマ娘は、サイレンススズカです』

 

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