1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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始動(6)

*****

 

ピンポン。

 

手当てが終わった後、自宅の呼び鈴が鳴った。

出てみると、来訪者はブルボンだった。

 

「ライス、」

ライスよりも一回り体格の大きいブルボンは応対に出た親友を前に、ピンとした無表情の美貌で口を開いた。

「用件はお分かりだと思います。お話し宜しいですか。」

「はい、どうぞ。」

ライスは頷き、自宅にブルボンをあげた。

 

ライスとブルボンは、部屋で向かいあって座った。

一昨日会った時とは違う緊張感が、双方に流れていた。

 

「ライス。あなたは、先日私がお渡しした生徒会長からの手紙は、お読みになられましたか?」

「はい。」

「最後の一文まで、読みましたか?」

「勿論です。」

 

ライスの返答を確認すると、ブルボンは懐から手紙を取り出した。

「生徒会長から、これをライスへ渡すようにと。」

 

「随分と早いですね。」

私が従わないことを見越して、既に手紙を用意してたのか。

その確かな推測と迅速さは流石ですね。

 

感心と畏怖を覚えながら、ライスは手紙を受け取った。

 

 

『元トレセン学園生徒ライスシャワーへ

 

先日の私の要請を無視されたようなので、処置を執らせて頂きます。

今後、あなたの行動は生徒会役員ミホノブルボンの監視下に置かせて頂きます。

私用以外、外出や外部への連絡も含めて、彼女の許可が必要となります。

ご了承を。                         トレセン学園生徒会長メジロマックイーン』

 

 

…。

簡潔な宣告文を読み終えると、ライスはブルボンを見た。

ブルボンは現役時代の仇名のように、美しい顔を機械のような無表情にしてライスを見据えていた。

 

「ブルボンさんが、私の監視を?」

「はい。」

マックイーンさんらしい冷徹な人選だ。

「監視下ということは、ブルボンさんは私と同居するということですか?」

「ライスが望むならそれでも構いません。あくまでも監視ですので、此方からはそこまでしません。ただ、何か行動する際は私=生徒会長の許可が必要だということです。」

「もしそれをしなかったら?」

 

「その時は、」

ライスの問いかけに対し、ブルボンは再び懐に手を入れ、先程とは別の手紙を差し出した。

「こちらに記してある処置を取るとのことです。」

 

「…?」

ライスはそれを受け取って内容を見た。

瞬間、ライスの嫋やかな表情が強ばり、瞳が険しい蒼色を帯びた。

 

『あなたの脚の状態、そしてその時まで時間が残り少ないことを、報道及び世論に、有馬記念直前に公表します』

名族令嬢らしい達筆で記された文面が、ライスシャワーの肺腑を抉った。

 

本当に恐ろしい方です、マックイーンさん…

手紙を握ったまま、ライスはぎこちない微笑すら浮かべらずに内心で震撼した。

冷汗が滲み出るなんて、どれくらいぶりだろうか。

他はどんな処置であろうと、少しも怖くなかったのに…

 

既に、私の脚の状態は調査済みでしたか。

まず、それに驚いた。

まだ誰にも気づかれていないと思ってたのに。

 

そして、その後の文章。

『有馬記念の直前にそれを公表します』

その一文に、ライスはこれ以上ない寒気を感じた。

 

これが公表されたら、オフサイドの騒動もスズカのことも、世の注目から外れる。

それだけでも良くない上、それを有馬記念の直前にですか…

 

レースが翳ってしまう。

3年前のあの宝塚記念の二の舞だ。

 

ライスシャワーの致命的な箇所を、これ以上ないくらい衝く内容だった。

 

 

凍りついた様子のライスを前に、ブルボンはじっと正座したまま、全く表情も変えなかった。

 

覚悟が違いますね…

ライスシャワーは心を落ち着かせる為大きく深呼吸し、額の汗を拭った。

こんな冷酷で狡猾な示唆は、普段の彼女からは考えられない。

それだけ、マックイーンさんも追い詰められているのですか。

 

立場だけでなく、悔恨に対する思いも含め、私とマックイーンさんの覚悟は桁が違うのか…

まだ、償いきれる可能性が残っている私と、もうその可能性がなくなったマックイーンさんとでは。

 

マックイーンの威厳あふれる姿を脳裏に浮かべながら、ライスはそれを肌が粟立つほど痛感した。

 

 

******

 

 

ライスシャワー、これでも私を無視して行動しますか?

 

学園の生徒会室。

マックイーンは窓際に立ち、無感情に光る翠眼を冬の曇り空へ向けていた。

 

先日、あなたの悔恨を聞いた時から、それがどのようなものか推測しましたが、恐らく私の想像通りでしょう。

 

例え有馬記念が翳っても、私は構いません。

それに多分、レースや出走者達に悪影響もないでしょうし。

あなたの心情にとって致命的なだけですから。

 

理解出来ましたら、手をお引き下さい。

 

あとは、この私が明確な目的をもって解決にあたります。

 

私の目的は、サイレンススズカ・オフサイドトラップを守ること。

そして、プレクラスニーの悲劇を繰り返さないこと。

 

 

今朝、本件の最重要人のオフサイドトラップが、我がメジロ家に身柄を移しました。

なので私も、解決策実行へ向けて行動を起こしますわ。

 

マックイーンは会長席に座り、スマホを取り出した。

そして、生徒会役員の一人宛てにメッセージを送信した。

 

 

『パーマーへ

後ほど、極秘でメジロ家の秘密別荘へ御同行お願いします』

 

 

送信し終えると、マックイーンは会長席の引き出しの鍵を開け、二通の書類を取り出した。

彼女が極秘で思考し書いたその書類は、まだ彼女以外一人として見ていない。

 

それぞれに、大きな文字でこう書かれていた。

 

 

『オフサイドトラップの有馬記念出走を断念させる為の計画書』

『サイレンススズカを引退させる為の計画書』

 

 

本心を隠し、極秘で事を進める為には、周囲だけでなく自分の言動や思考でもそれを隠すことが必要ですわ…

二つの書類を胸にしまい、マックイーンは呟いた。

 

 

なんとか、ここまでは計画通りきた。

オフサイドトラップの有馬記念出走を、私が後押ししてた、という行動は残せました。

あとは、如何にそれを阻止するかです。

 

そんな私の考えは、学園も報道も世論も含めて誰一人見抜いていない。

ただライスにだけは見抜かれていたようですが。

でも構わない。

知られているのがライスだけに留まるなら、別段計画の支障にはならないのですから。

 

とはいえ彼女でも、サイレンススズカへの計画については予想してないでしょう。

 

 

私は、サイレンススズカを守ると決意しています。

ですが、ターフに戻してはならないと思ってる。

…彼女は、レースにおいてやってはいけないことをやってしまった。

いえ、ウマ娘としてなってはならないものになってしまったと言った方が正しいでしょうか…

 

 

ライス…

マックイーンは、思考を彼女に戻した。

 

私があなたにしたことを公表しても結構です。

 

私は、誰に憎まれてもいい。

人間からもウマ娘からも、メジロ家の者からも、理事長から、生徒会からも。

オフサイドからもスズカからも、…そしてライスシャワー、あなたからも。

 

誰にも理解されなくていい。

この世界に大切なのは未来・結末。

そして、責任者の存在。

 

オフサイドトラップもサイレンススズカも、責任を負っては駄目。

責任を一身に負うのは、この生徒会長メジロマックイーンだけでいい。

 

 

「プレクラスニー。私、間違ってないよね?」

不意に、マックイーンはぽつりと呟いた。

冷徹な表情のうちに、寂しそうな色が浮かんだ。

 

 

*****

 

 

場は再び、ライス宅。

 

「もう一つ、生徒会長から手紙があります。」

マックイーンからの文面を見て沈黙しているライスに、ブルボンは再三懐から手紙を取り出した。

ライスは固い表情のまま、それを受け取った。

 

その手紙は、それまでの達筆で淀みない文面と異なっていた。

 

手紙や文面の端々に、濡れ痕が残っていた。

 

 

『追伸

 

先日、あなたの脚の状態に関して、極秘に調べました。

 

調査した結果、私はそれを知りました。

覚悟は出来ていましたが、涙が止まらないです。

 

どうかお願いです。

あなたはもう無理をせず、1日でも永く生きることを優先してください。

あなたには生きていて欲しいんです。

叶うのなら、私より永く生きて欲しい。

生きて、生きることだけ考えて下さい。

 

この件が無事に結末を迎えたら、また『祝福』でお会いしましょう。

だから、生きていて下さい。

その時は、ミホノブルボンも含めた三人で、楽しく思い出話でもしましょう。

その日が訪れることを、心から希望にしています。

 

お願いだから生きて。

絶対に還らないで下さい。』

 

 

12月22日は曇り空。

だが雲の群れも橙色に光り、間もなく夕方になることを告げていた。

 






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