1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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7年前の悲劇(2)(メジロマックイーン回想話)

 

第104回天皇賞・秋の後。

 

天皇賞ウマ娘となったクラスニーを待ち受けていたのは、ぎこちない祝福の雨だった。

 

世間だけでなく、学園のウマ娘達も微妙な雰囲気でクラスニーを祝福していた。

レース内容が内容だっただけに、クラスニーもぎこちない返答しか出来なかった。

 

おまけに、

〈繰り上がり天皇賞ウマ娘〉

〈6バ身差で負けた天皇賞ウマ娘〉

〈クラスニーは斜行の恩恵の勝者〉

〈普通に走ってればマックイーンの勝ちだった〉

〈クラスニーも実は加害者だった〉

こんな言葉が、世間では普通に囁かれ始めていた。

ただでさえ辛い状況にそんな言葉まで耳にするようになり、クラスニーは心を病みかけていた。

 

心を蝕まれてる中、クラスニーはこの状況を乗り越える為には、私に勝って正真正銘のG1制覇をするしかないと決意した。

そして、元々は得意距離G1のマイルCS(1600m)に定めていた次走を変更し、有馬記念に定めた。

有馬記念・距離2500m。

短距離主戦のクラスニーにとって不適正の距離。

しかも急遽ローテーションを変えての決断。

 

これが、更なる悲劇に繋がった。

 

そして迎えた有馬記念。

クラスニーはハイペースの展開の中、持ち前のスピードを発揮して先行し、第3コーナーから先頭にたった。

第4コーナーを回り、適正距離を超えた直線に入ってからも、先頭にたったまま粘りに粘った。

絶対に、絶対に今度こそ正真正銘の栄光を手にして、称賛される為に。

 

だが残り100mで、遂に距離の限界か、力尽きた。

私もダイユウサク先輩の激走を前に2着に敗れたが、クラスニーは私の2バ身後方の4着。

天皇賞・秋の無念を晴らすことは出来なかった。

 

そして、不適正な距離での激走&ローテーションの急遽変更の代償は、クラスニーの身体に現れた。

彼女は有馬記念後に脚部故障を発生。

その後の長い療養も実らず、遂にレースに出走出来ないままターフを去ることとなった。

 

悔しい、不本意な競争生活だったと思う。

しかしそれでも、彼女には積み上げた実績があった。

通算15戦7勝。

G1を含む3度の重賞制覇。

芝1800〜2000mのレースでは10戦7勝2着3回。

確かな実力と能力があるのは間違いなかった。

 

彼女には今後、次世代のウマ娘を残すという第二の人生と夢が待っていた

 

筈だった。

 

 

 

それから幾星霜。

 

私がクラスニーと再会したのは、今年の1月だった。

あの天皇賞・秋から6年以上経過し、クラスニーが引退してから5年経っていた。

 

5年ぶりに学園に訪れ再会した彼女の姿を見て、私は愕然とした。

クラスニーは、かつてG1を制したウマ娘とは思えない程、暗く窶れた姿になってたから。

余生に苦しんでいるのが明白だった。

 

訳が分からなかった。

取り敢えず彼女を学園で保護し、クラスニーに一体何があったのかすぐに調べ始めた。

余生を約束される筈のG1ウマ娘が、何故こんなことになってしまったのか。

 

調べてみて、戦慄的な事実が次々と明らかになった。

 

クラスニーは引退後から、殆ど仕事をもらえてなかった。

G1ウマ娘なら間違いなく就ける筈の仕事を、全くと言っていいくらいもらえなかったのだ。

 

理由は、あの天皇賞・秋だった。

プレクラスニーというウマ娘は、〈実際は6バ身差で負けていた繰り上がり天皇賞ウマ娘〉という印象だけが、完全に世間にもウマ娘界にも定着してしまっていたのだ。

 

他の重賞レース、特に毎日王冠で短距離G1を制した先輩・同期の強豪ウマ娘達を一蹴してレコード勝ちしたことや、先の芝1800〜2000mの好成績などは、殆ど顧みられなかった。

 

彼女の象徴的・代表的なレースは、あの天皇賞・秋だと決めつけられていた。

要するに『G1ウマ娘に値しない実力のウマ娘』だと。

 

その低評価のせいで、クラスニーは、G1ウマ娘とは思えない苦境の日々を送った。

彼女より実績が低いウマ娘よりも、苦しい状況だった。

例えば、同期のウマ娘で、重賞戦線以上で長く活躍したがG1は獲れなかったホワイトストーン(あの天皇賞・秋にも2番人気で出走。7着)は、それでも引退後に3年間で100回近くの仕事を貰った。

比べてクラスニーは、初めの1年は僅か10回。

通算5年間での仕事はたった28回。

…一体、どこの地獄ですかこれは。

 

夢の仕事も殆ど与えられず、生活も精神的にも苦しくなったのか、クラスニーはボロボロになっていた。

生きる為の最後の望みとして、この学園に戻ってきたのだった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

メジロ家の別荘。

 

「オフサイドトラップの現状は、プレクラスニーと酷似しています。」

口を開いたマックイーンは、淡々とした口調でパーマーに説明した。

「世間から全く顧みられない栄光、そして、それを払拭する為の無茶な調整とレース挑戦。彼女の二の舞になる可能性が高いですわ。だから、止めなければなりません。」

 

「…。」

パーマーは、腕を組んだまま何も言わなかった。

 











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