1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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別荘(5)

 

一時間後。

 

マックイーンは別荘を去り、メジロの屋敷へ帰っていった。

パーマーは、この日は別荘に泊まる事にしたので残った。

 

マックイーンの馬鹿…

マックイーンが帰った後、パーマーは一人で別荘内の庭を散歩しながら、悲痛な気持ちで彼女を思った。

オフサイドだけじゃなく、あなたまで心を失いかけてるじゃん。

 

 

さっき、パーマーはマックイーンの計画の全貌を聞いた。

 

彼女曰く、自分が悪になればオフサイドが救われると語っていた。

今の状況下、オフサイドがどんな行動をしても、世の中から非難と中傷が注がれるということをマックイーンは見越していた。

有馬に出走しようがしなかろうがそれは同じ。

彼女に対する風当たりは、現状容易におさまりそうにない。

 

でも、いつかはおさまる。

時期的には、スズカが完全に復活した頃だと。

その時、世の中は彼女の復活に歓喜すると同時に、オフサイドへの理不尽な行動を後悔し始める。

でも、反省することはしないだろう。

誰もがあれこれ理由を探して責任逃れしようとするに決まってる。

 

それでは結局、オフサイドトラップは運が悪かったからとかいう同情で無視される未来しかない。

 

それではいけない。

彼女を理不尽な目に合わせた犯人が必要だ。

 

だから、マックイーンは自らが犯人になろうとした。

即ち『オフサイドトラップの意志を無視して有馬出走を独断で止めた悪人』に。

 

その悪事を証明する役に、私を選んだのね。

あの話し合いの場に私を呼んだのはその為か。

つまり、いずれこんな報道がされることを望んでるのかしら。

『衝撃事実発覚。生徒会長(マックイーン)が一生徒(オフサイド)の有馬出走を独断で取り消し。証言者は身内(パーマー)。』

 

それがきっかけで、オフサイドのことが振り返られれば良い。

彼女が被害者の立場になれば自然と名誉だって回復される。

世の中は彼女に理不尽なことをしたことなどうまく誤魔化しながら忘れ、その栄光を讃えるだろう。

騒動の責任は全てマックイーンに負わせて。

 

『世の中なんてそんなものですわ。』

計画を明らかにしたマックイーンは、そう言った。

 

 

理解出来ないな…

パーマーは頭を抱えた

正直、内容が難し過ぎてよく分からない。

 

ただ一つだけ分かるのは、マックイーンが罰を受けることを目的で悪いことをしようとしてることだ。

 

そこまでする必要ある?

ていうか、他に方法はあるんじゃないの?

パーマは頭を抱えながら思った。

マックイーンが表面上で画策してたように、オフサイドは有馬出走させて、その後彼女に理不尽なことした連中達への対応をすればどうなの?

 

マックイーンがたてた計画は、正直狂ってるよ。

まるで何かに取り憑かれてたような謀だよ。

 

 

でも。

マックイーンがこんな狂気じみた計画を立てたその理由と背景は、パーマーだってよく分かってる。

クラスニーの件だ。

もしクラスニーが、現在も無事でいたのならば、マックイーンはこんな無茶はしないに決まってる。

もっと賢明な行動を選択した筈だ。

 

だけど、プレクラスニーはもうこの世にいない。

 

今年の1月。

窶れた姿で5年半ぶりに学園に訪れマックイーンと再会した後、クラスニーはしばらく学園で生活していた。

だが、二週間も経たない1月末、彼女は学園内を移動中に誤って転倒する事故を起こし、その際不運にも脚に致命的な重傷を負った。

その後の懸命の治療も実らず、クラスニーは還ってしまったのだ。

 

あれは事故だった。

本当に不運な事故だった。

それはマックイーンだって分かっている筈。

だけど彼女は、クラスニーの遺体を前にした際、他人から想像できないくらい大きな傷と罪悪感を心に負ってしまった。

自分のせいで不幸になってしまった盟友を、全く救えなかったという罪悪感を。

 

 

その傷心…マックイーンはそれを表面に表すことは決してなかったが、それが深く刻まれた状態のまま、今回の騒動が起きた。

奇しくも、7年前と同じ天皇賞・秋の舞台で。

状況も非常に似てる。

 

今度は絶対に、クラスニーの二の舞にはさせない決意なんだろうね。

クラスニーがあのような最期となってしまった点、このままではオフサイドトラップも同じような最期になってしまうとマックイーンは危惧しているんだ。

それを阻止する為なら、例え自らが悪になろうと、破滅しようと、生徒会長としてあるまじき行動を取ろうと、一向に構わない気だ。

 

パーマーに計画の全貌を話した最後、マックイーンはこう言った。

『オフサイドトラップと違い、私が罰を受けるのは至極当然です。理不尽な責め苦も報いだと思って受けいれます。私一人いなくなったところでメジロ家は大丈夫ですわ。あなたやライアンがいるのですから。学園の未来は、ビワやトップガン達に託します。私は、ウマ娘界の未来のために、負の過去に終止符をうたなければいけません。』

 

「私は嫌だよ…」

寒い夜空の下、パーマーは庭に座りこんで呟いた。

マックイーン、あなたは家族だわ。

大切な大切な、かけがえのない家族。

私には、家族を訴えるなんて出来ない。

家族が不幸になるなんて嫌だよ。

 

そもそも、なんで今回の件であなたが責任負わなきゃいけないのさ。

今回の件で一番悪いのは、理不尽にオフサイドを貶した世論と報道じゃん。

 

 

「メジロパーマー先輩。」

庭でうずくまっている彼女に、声をかけた者がいた。

見上げると、オフサイドトラップだった。

 

「オフサイド。どうしたの?」

「少し外の空気を吸いたくなったんです。」

答えると、オフサイドは何を思ったか、パーマーの隣に腰掛けた。

 

腰掛けるなり、オフサイドは口を開いた。

「先程の話での、生徒会長の真意は、私の出走を止めることだけなんですか。」

「えっ?」

「もしや、もっと深刻なことを考えているのではないかと思ったんです。」

 

「…。」

パーマーは何も答えなかったが、それが答えでもあった。

やはり…。

オフサイドは内心頷きながら、更に言った。

「生徒会長に、お伝えください。私の為に苦しむ必要はありませんと。」

 

オフサイドの言葉に対し、パーマーは小さく溜息を吐いて答えた。

「マックイーンは、あなたの為だけに動いてるんじゃないわ。」

「…?」

オフサイドは首を傾げたが、それ以上は何も聞こうとしなかった。

 

「ねえ、オフサイド。」

今度は、パーマーの方が何気なく尋ねた。

「あなた、何の為に有馬記念に出るの?」

「決まってます。夢の大舞台で勝って、栄光を手にする為です。」

「負けることとか、脚の状態がもっと深刻なことにならないかとか、そういう不安はないの?」

「…。」

パーマーの言葉に、オフサイドは無言の微笑で返した。

 

「…ごめん。」

その微笑を見てパーマーはすぐに謝った。

ずっと脚部不安と闘いながら走り続けている彼女に対して、失礼な質問だった。

 

「オフサイド、」

パーマーは立ち上がった。

「マックイーンのことは気にせず、あなたは有馬出走だけに集中して。マックイーンは、家族である私や、生徒会の仲間達でなんとかするから。」

 

そう言うと、パーマーは去っていった。

 

 

生徒会長には伝えるべきかな…

一人になった後、オフサイドは庭を歩きながら、マックイーンの冷徹な姿を思い浮かべた。

私が有馬記念に出走する目的を。

 

本当は、栄光なんてもう考えたくない。

未来も求めない。

称賛だって必要ない。

 

私はただ、死に場所が欲しいだけ。

そして〈死神〉との闘いを終わらたいだけだから。

 

 

 

*****

 

 

11月1日。

天皇賞・秋の出走者入場直前、オフサイドは控え室でトレーナーと二人きりだった。

 

その時刻になった時。

「オフサイド、」

控え室を出ようとしたオフサイドに、トレーナーは祈るように言った。

「どうか、無事に生きて帰ってくると約束してくれ。」

 

「はい。」

首元に二重のシャドーロールを着けたオフサイドはそれに触れながら、尋常でない決意と闘志を滾らせた表情で頷いた。

「必ず生きて、天皇賞の盾を獲って、此処に戻ってきます。」

 

*****

 


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