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その頃。
喫茶店『祝福』の上にあるライスシャワーの自宅。
ライスは、ベッド上に横になっていた。
そのベッドの傍らでは、ブルボンが彼女を看護する様に寄り添っていた。
ライスは体調を崩していた。
理由は、夕方に届いたマックイーンからの手紙。
ライスの弱点を抉るように衝いたその内容に、ショックを受けてしまったのだ。
「熱がありますね。」
ライスの口から体温計を取り出すと、ブルボンは特有の低い無感情な口調で言った。
「寒いですし、このまま休まれていた方がいいでしょう。」
ブルボンは、ライスの額にのせていた手拭いをとった。
「…。」
ライスにしては珍しく、何も返答しなかった。
ピンポン。
家の呼び鈴が鳴った。
「誰かしら。」
「私が出ます。」
ライスの代わりに、ブルボンが応対に出た。
「どちら様ですか?」
「私、美久です。」
扉を開けると、来訪者は三永美久だった。
「ミホノブルボンさん。どうしてここに?」
訪れた美久は、応対に出たブルボンの姿に驚いた。
「所用がありまして。三永氏は?」
「私はライスに会いに来ました。ライスはどこに?」
「どうぞ。」
答える代わりに、ブルボンは美久を屋内に招きいれた。
美久は、ベッドで横になっているライスの姿を見て驚いた。
「どうしたの?」
「ちょっと熱出しちゃってね。」
ライスは身を起こし、訪れた親友を迎えいれた。
「そうなんだ…」
美久は、ベッドの傍らに座った。
昼間、ライスが多数の報道陣を招いているのを見たので、何があったのかを伺いにきたのだ。
だが、ブルボンがここにいることに違和感を感じて、それを尋ねられなかった。
すると、
「美久、」
ライスの方が口を開いた。
「丁度良い時にきてくれたわ。実は、あなたに頼み事があったの。」
「?何かしら?」
「明日、私を療養施設に連れていって欲しいの。」
「え、療養施設に?」
「!…」
美久が答えると同時に、その隣で新しい手拭いを用意していたブルボンの眼が光って見えた。
「ライス。」
手拭いを手に、ブルボンはいつもの口調で問いかけた。
「生徒会長からの手紙の内容、お覚えですか。」
「覚えてます。」
ライスは怯えつつも、瞳を蒼く光らせてブルボンを見返した。
「マックイーンさんにお伝えください。“ライスは遂行します”と。」
「ライス。」
「帰っていただけますか、ブルボンさん。」
何か言おうとしたブルボンに、ライスは蒼眼のまま冷然と言い放った。
「看護してくださりありがとうございました。もう大丈夫なのでお帰り下さい。」
「分かりました。」
ライスの言葉を受け、ブルボンは何の感情も見せずに頷いた。
「ライス、お大事に。」
コートを羽織り、最後にそう言うと、ブルボンはライス宅を出ていった。
「何があったの?」
ブルボンが帰った後、美久は心配そうにライスに尋ねた。
昼間のことといい、生徒会役員のブルボンがいたことといい、かなり不穏に感じた。
「使命を果たす時がきたの。」
ライスは熱でかいた汗を拭うと、ベッドから下りた。
一方。
ライス宅を後にしたブルボンは、すぐ外の路上で、生徒会長のマックイーンに連絡をしていた。
『ライスは、療養施設へ向かう意向を示しました。』
数分後、マックイーンから返信がきた。
『了解です。あなたも、療養施設に向かわれて下さい。』
『例のことは、公表するのでしょうか?』
『まだ様子を見ます。あなたは、ライスの側にいてあげて下さい。』
“ライスの側にいてあげて下さい”
「かしこまりました。」
ブルボンはスマホをしまい、夜道を帰り出した。
*****
ライス、動きますか。
メジロ家へ帰る車中で、ブルボンからの連絡を受けたマックイーンは、悲しそうな表情をした。
ご心配いりません、あなたの状態は公表しませんわ。
幾ら私でも、そこまで出来ません。
ですが、当初から決めてるように、あなたをサイレンススズカに会わせることだけは阻止しますわ。
表情は悲しげだったが、マックイーンの翠眼は冷徹なままだった。
*****
夜遅く。
メジロ家の別荘。
オフサイドは、自室で二通の手紙を書いていた。
一つはマックイーン宛。
もう一つはステイゴールド宛。
マックイーンのは、明朝学園に行くパーマーに手渡して貰う予定だ。
ゴールドのは、寮に郵送する。
先程書き上げた回想録と一緒に。
それらの整理を終えると、オフサイドは就寝についた。
明日はトレーニングはせず、朝からある場所に行く予定だ。
ある場所とは、自身の生涯の大半を過ごした療養施設。
椎菜やルソー、クッケン炎の仲間に、最後の挨拶をする為に。
そして…叶うならば、どうしても会いたいウマ娘がいた。
そのウマ娘の名は、サイレンススズカ。
12月22日。有馬記念まで、あと5日。