お化け狩りの夜が廻る 作:甲乙
そこはヤーナム。
はるか東、人里離れた山間にある忘れられた街のことさね。
そこは呪われた街。昔から奇妙な病、「獣の病」が蔓延っていてね。
獣の病に罹った者は、その名の通り獣憑きになって人としての理性を失う。
そして夜な夜な「狩人」たちが、そうした、もはや人でない獣を狩っていたのさ。
だがね、呪われた街はまた、古い医療の街でもあった。
多くの救われぬ病み人たちが、あの怪しげな医療を求めて、ヤーナムを訪れたもんだ。
あんたも、そうなのかい?
霧の向こうに、尖塔が霞んで見えた。
だが、土地柄から冷たく湿った空気は濃い霧をつくりだし、山風が悪意を持ったように、その特徴的な尖塔の群れを覆い隠してしまう。
それを見ていた女は、ひとつ溜息をついてから、肩に食い込む重い荷物を担ぎなおした。
急な傾斜の山道を慎重に下りていく。
一応、ここは街に続く街道ということらしいが、使われなくなって久しい。
看板のひとつも無く、雑草に埋もれたそこは、街道というより獣道に近かった。
獣。
そう、獣だ。
あの街には、「獣」がいた。
あの人から、そう聞いていた。
今はもう、いないはずだが。あの街では、何が起こっても不思議ではない。
それも、あの人から聞いていた。
ゾッとしない想像を、頭を振って追い出す。
女の細い腰まで伸びた雑草をかきわけて、ようやく街の前に辿りついた。
見れば見るほど、立派な街だった。
見上げるような大量の尖塔が、
こんな人里はなれた山の中で、いったい建造にどれだけの手間と年月をかけたのか、想像するだけでうすら寒いものを感じる。
上に向けていた視線をげんなりと下げれば、歪んだ門扉が女を出迎えていた。
まがりなりにも街の入り口だろうに、そこには「
ただ、過剰なほどに分厚い鉄の扉が、来訪者に無言の警告を示しているようだった。
わずかに空いた隙間から、街の中の空気が風となって女に吹き付ける。
その冷たく湿った風は、埃と、煤と、そして血と獣の臭いを孕んでいた。
今更ながら、女の脳裏に後ろ向きな、あるいは前向きな考えが過る。
近づくべきでは、ないかもしれない。……と。
だがもう、ここまで来てしまった。
ここに来るまでにも、相応の手間と時間と金銭を使ってしまったのだ。
ええいままよ、と。
女は、鉄の門扉を押し開けた。
鉄が軋む音が鳴り響き、獣の唸りのような風鳴りが混じる。
血と獣の臭いとともに、風が女の長い髪と、そこに結ばれたリボンを揺らした。