お化け狩りの夜が廻る   作:甲乙

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みちびき  -Guidance-

 あの少女のことを忘れたことは、一度として無い。

 

 診療所で目覚め、全ての過去を失った。

 獣に、群衆に喰われ、殺された。延々と続く、黄昏の地獄。

 死んで、夢に目覚め、また死んで、また夢に目覚め。

 どれだけ死のうと死ぬことはできず、どれだけ待っても時は過ぎず。

 逃げ場など、どこにも無くて。

 死んで、死んで、死んで、生きて。

 負けて、負けて、負けて、勝って。

 数え切れぬほど己の屍を積み上げて、ついにあの聖職者の獣を狩った。

 

 貴方は、力を手に入れた。

 

 欠片ほどとはいえ、人ならざる智慧を得た。

 狩人の夢。そこに打ち捨てられた人形が動き出した。当たり前のように。

 (あまね)く遺志を、貴方の力とする。

 なんでも良かった。強くなれるなら、この地獄から抜け出せるなら、なんでも。

 獣を狩り、力を得る。その力で、獣を狩る。

 貴方は、狩る側になった。狩人になった。

 

 だから、助けられると思ったのだ。

 

 もの悲しいオルゴールの音色。少女の泣き声。

 いなくなった母親を探してほしい。

 一も二も無く承諾した。力に驕った、その目で。

 立ち塞がる、狂った狩人。

 貴方を獣だと、そう断じる狩人。隔絶した実力。狩人の(わざ)

 死んで、死んで、死んで、勝った。

 狩人が獣に変わる。人が獣となる。何故、狩人はそうならないなどと思ったのか。

 死んで、死んで、死んで、狩った。

 灰舞う地下墓の端。女性の死体。真っ赤なブローチ。少女の母親。ヴィオラ。

 脳が囁く狩人の名。オルゴールに飾られた古い手紙。少女の父親。ガスコイン。

 

 誰も、助けられなかったのだ。

 

 震える手でブローチを渡す。

 少女の慟哭。貴方は去った。逃げるように。

 獣のせいだ。

 すべて、獣のせいなのだ。

 だから狩ろう。獣を狩り尽くせば、こんな夜は終わるはず。

 貴方は狩りに戻った。何も考えず、ただ獣を狩った。

 終わるはずも、なかったというのに。

 

 

 

 

 少女は、暗い下水道にいた。

 

 貴方はそれを視ていた。

 

 灯りも持たず、何も持たず、顔を手で覆いながら、穢れた地面を歩いていた。

 髪に巻かれたリボンを、揺らしながら。

 現れる豚。巨大な豚。人を喰う豚。

 

 貴方はそれを視ていた。

 

 ボトリと、豚の口から少女の首が落ちる。

 ゴロリと、転がったそれは貴方の足に当たって止まる。

 貴方を見上げるそれは、ユイの顔をしていた。

 

 貴方は、それを視ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身から血が噴き出した。

 脳の奥底に刻まれた、忘れようのない記憶。それを抉り出され、目の前に突きつけられる。

 抗いようのない絶望が狂気と化し、許容を超えたそれが出血という形で現れたのだ。

 いつものことだった。

 だが、何故いま。

 

 

 気付いた時には、頭上から死体が降り注いでいた。

 

 

 誰のものかも分からぬ、実体のない死体。

 秘儀によって生み出されたそれらが、今は確かな存在となって貴方を押し潰していた。

 蜘蛛神の隠し札。心の底のもっとも見たくないものを見せつける精神攻撃。

 さらにもう一枚。足元から伸びる赤い糸とは真逆の、頭上からの不意打ち。

 二枚の隠し札を切って、蜘蛛神は貴方を無力化した。

 

“カワイソウ! カワイソウ!”

 

 蜘蛛神が哄笑のように、憐みの言葉を囁く。優しげな甘い声で、貴方を嘲笑う。

 嘲笑いながら、死体の山ごと赤い糸で貴方を貫く。

 百を超える糸が貴方の全身を貫き、地に縫い止められる。

 手足の感覚が途絶え、聖剣が光を失い、ただの大剣へと戻る。

 もう、貴方にできることは無かった。

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

「そんな……っ!」

 

 最後の一本の糸を視て、ハルは絶望的な声をあげた。

 その糸は、大きな木のてっぺんから伸びていた。建物なら3階建て、いや4階建てはありそうな高さ。

 手なんて、届くはずもない。

 

 ――あいつ! あいつ!

 

 悔しさのあまり、地面を何度も叩く。蜘蛛神の悪辣さに吐き気すら覚えた。

 なんて卑怯なんだろう。なんて(ずる)いんだろう。

 ハル達なんて、あのお化けにとっては虫けらも同然なのに、生命線の一つをあんな所に繋ぐ臆病さ。

 どんな相手にも絶対に優位を渡したくないという嫌らしさ。悪意。

 蜘蛛神の悪意が、最後の最後で、ハル達を嘲笑った。

 

「ひどい! ひどいよ! あぁ!」

「ハル!」

 

 悔しさと、怒りと、絶望と、もうめちゃくちゃになった頭を掻きむしるハルの肩を、ユイが掴む。

 

「あいつ! くそ! くそっ!」

「ハルっ!」

 

 ぱちん、と。

 ユイの両手がハルの頬を挟んだ。悔し涙で滲んだ視界に、ユイの顔が映る。

 

「……深呼吸だよ。忘れたの?」

 

 場違いなほどに静かな、ユイの声。ユイだって、焦っていないはずもないのに。

 白い小人――使者がユイに何か赤黒い小瓶を渡そうとしていたけど、「いらないよ」とユイが苦笑した。

 背中をさすられながら、「すってーはいてー」と耳元で優しく繰り返される。

 ハルは、深呼吸しなかった。ただ、ユイの声だけで落ち着くことができた。

 でも、悔しさと怒りが鎮まった後は、絶望しか残っていなかった。俯いた顔から、涙がポロポロ落ちていく。

 

「ハル、糸はどこ?」

「……」

 

 黙って、上を指さした。どうあがいても届かない、最後の一本。

 こんなに、がんばったのに。

 暗い山の中で、知らない街で、この草原で、あんなに怖い目にあったのに。

 ユイと、みんなと、こんなに一生懸命、戦ったのに。

 

 ――やっぱり、無理なのかな。

 

 心が錆びついてくる。廃れていく。

 本来の、臆病で弱気なハルの根っこが顔を出してしまいそうになった時。

 

 

「貸して」

 

 

 する、と手から鋏を抜き取られた。

 見上げれば、ユイが連結させた鋏をナップサックに結んでいる。呆然としているハルに懐中電灯を渡してきて、

 

「じゃ、いってくるね。案内よろしく」

 

 なんでもないように、スタスタと木に向かって歩くユイの姿に、やっとハルは我に返った。

 

「ま、待って、なにする気!?」

「え? 木のぼり」

「き……っ!」

 

 改めて木を見上げて、その高さに青ざめる。

 こんな高い木に、しかも夜に登るだなんて冗談じゃない!

 

「やめてよ! 落ちたら死んじゃうよ!」

「へーきへーき、わたしが木のぼり得意だって、知ってるでしょ?」

 

 ハルが駆けよった時にはもう、ユイは高い枝の上に立っていた。思い出したように足が痛みだして、ハルは座り込む。

 もう、ユイに手は届かない。

 

「すぐに戻るから」

 

 ウインクをひとつしてから、ユイはするすると暗闇の中に登っていく。止められなかった。その声も手足も、震えているのをハルは気付いていたのに。

 

 ――ああ、やっぱり、ユイはすごい。

 

 ハルは、ずっとユイに頼りっぱなしだった。おんぶに抱っこだった。

 あの街で、この戦いで、すこしだけ強くなれた気がしていた。

 ユイだってつらい。頼りきりじゃいけない。わたしだって、ユイを助けないといけない。そう考えていた。

 それはきっと間違いなんかじゃない。

 でも、それでも。

 

「……わかった。おねがい、ユイ!」

 

 ユイは、勇気があって、力強くて、いつだって頼りになる、ハルの親友。

 今は、それを信じよう。信じて、ユイを頼りにしよう。

 親友にすべてを託して、ハルは懐中電灯を掲げた。

 

 

 

 

   <●>

 

 

 

 

 また負けた。

 まあ当然か。

 死体に埋もれながら、貴方はひどく冷めた心地で己を客観視していた。

 元より貴方の戦いはずっと前から、死と敗北に塗れたものだった。

 最後には勝ってきた。だがそれは、幾度もの敗北を積み上げた末でのものだ。初戦で勝てた相手など数えられるほどしかいない。蜘蛛神はそうではなかった。それだけのことだった。

 だから、貴方は誰も守れなどしないのだ。

 だが構わない。あの少女達は強い。貴方などいなくとも、己の力で勝利するだろう。

 貴方など、いなくとも。

 

 ならば何故、貴方(おまえ)はここに来たというのか。

 

 ほんの僅かでも、少女達の助けとなる為に。そして、あの上位者が許せなかった故に。

 時間は充分に稼いだ。蜘蛛神が狩れなかったのは無念だが、初戦なのだから仕方ない。

 

 貴方(おまえ)は本当に、そう思っているのか。

 

 仮に本心でなかったとして、だから何だというのか。

 気持ちだけで勝てるのならば苦労はしない。戦いは力こそがすべて。

 血も力も尽きた。もう、できることなど何も無い。

 

 忘れたか、貴方(おまえ)が何者かを。

 

 忘れたことなど無い。忘れようにも、忘れられる筈もない。

 過去も、名前すらも失くしたこの身には、それだけが唯一の(よすが)なのだから。

 

 貴方(おまえ)は狩人。

 一夜の夢に囚われた、月の香りの狩人だ。

 

 瞳を閉じた暗闇に、光の糸が、いたずらに瞬き舞った。

 

 


 

 【「導き」】

 

 かつて月光の聖剣と共に、狩人ルドウイークが見出したカレル

 リゲイン量を高める効果がある

 

 目を閉じた暗闇に、あるいは虚空に、彼は光の小人を見出し

 いたずらに瞬き舞うそれに「導き」の意味を与えたという

 故に、ルドウイークは心折れぬ。ただ狩りの中でならば

 

 貴方とて、それは同じこと

 


 

 

   ※

 

 

 

 

 光に照らされた枝を掴む。掴めば、後は登るだけ。上へ上へと、ユイは登り続けた。

 暗闇がかえってありがたかった。うっかり下を向いてしまっても、何も見えないから。ただ、ユイの行き先を照らしてくれるハルの懐中電灯だけが見えていた。

 

「もっと、もっと上!」

 

 ハルの声はもう遠い。だいぶ高い所まで来た。あまり考えないようにする。ただ、登ることだけを考える。

 でも、高い視点は否応なしにユイに現実を伝えようとしていた。

 糸からぶら下がる蜘蛛神。それに放たれる翠色の光が、だんだんと小さくなっていた。狩人の時間稼ぎも、そろそろ限界が近い。

 草原にポツポツと光る、子グモ達の赤い目。未だ数の多いそれが、こちらに近づいてきていた。

 クロかチャコの、鳴き声がした。ハルが振り返って、懐中電灯の光が無くなる。

 

「ハル! どうしたの!?」

「ごめん! 大丈夫!」

 

 本当に大丈夫なのか。

 でも、今更それを気にしてもどうにもならない。ユイはただ、木を登り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 木の上を照らしながら、ハルはギチギチと耳障りな音を聞いた。

 無防備なハルの背中に近付いてきた子グモに、クロとチャコが噛みつく。子グモの真下に現れた使者が、とがったナイフを腹に突き刺した。

 鋏はユイが持っている。ハルに武器は無い。

 だんだんと、子グモの数が増えてきた。でももう、ハルはユイを信じて待つしかない。

 

 最悪、クロとチャコだけでも木の上に逃がす。

 ハルはまた痛めつけられるけど、子グモはそれを楽しむだろうから、すぐに殺されはしない。

 ハルがそれに耐えれば耐えるだけ、ユイが糸を切る時間を稼げる。

 何をされても我慢すればいい。何をされても……。

 

 カチカチと鳴りそうな歯を噛みしめながら、ハルは懐中電灯を掲げ続けた。

 やがて、たくさんの子グモの足音が集まってきて、ハルは覚悟を決める。クロとチャコを抱き上げようとして、

 

「君たち……」

 

 高い鳴き声と共に、ネズミ達がハルの元に駆け付けた。

 ハルを守るように円陣を組むネズミ達は、もう百匹ほどまで数を減らしていた。生き残ったすべてのネズミが、子グモの前に立ちはだかる。

 その円陣の内側で、十体ほどの使者が列を組んだ。火炎瓶やナイフ、石ころや変な薬まで様々な武器を小さな手に構える。

 最後に、二匹の子犬がハルのすぐ傍に陣取った。

 

「すごいね、ユイ……」

 

 彼らのことを、ハルは何も知らない。

 どうして、こんなにたくさんのお化けネズミが助けてくれるのか。この小人達は何者なのか。子犬も、つい昨日に紹介されたばかりだ。

 ハルが知らないのなら、それは全てユイとの縁によるものだ。

 ユイを助ける為に、こんなにたくさんの、ヒトじゃないモノたちが集まってくれている。

 

「ハル! どうしたの!?」

 

 ずっと上から、ユイの心配そうな大声が聞こえてくる。思わぬ援軍の登場に、木を照らすのを忘れてしまっていた。

 

「ごめん! 大丈夫!」

 

 すぐにユイの傍を照らす。

 きっと大丈夫。ユイの背中を見守りながら、ハルは仲間たちに背中を預けた。

 

 

 

 

   <●>

 

 

 

 

 目を開ければ、目の前の死体と目が合った。生気の無い土気色の死に顔は、もう男なのか女なのかも分からない。

 蜘蛛神の犠牲者。そう、確信した。

 うず高く積み上げられた死体に埋もれながら、貴方もそれに仲間入りしようとしている。

 

「……」

 

 それが、たまらなく嫌だった。

 右手を伸ばす。ぶちぶちと、腕を貫く糸か腕そのものかが千切れる音が聞こえた。死体と死体の間をまさぐって、剣の柄を探し出す。

 ようやく手に戻った剣から、翡翠色の光が再びあふれ出した。悍ましい死体の山が、神秘の光に照らしだされる。

 あの狩人の悪夢で見た、あの死体溜まりで、あの英雄が目覚めた時のように。

 

 

 ――夜にありて迷わず(Shrouded by night but with steady stride)血に塗れて酔わず(Colored by blood but always clear of mind)

 

 

 唱えるのは、教会の狩人たちの祈りの言葉。

 いつかどこかで聞いただけの聖句。それが、貴方の脳からこぼれ出すように言葉となって出てくる。

 

 

 ――名誉ある教会の狩人よ(Proud hunter of the church)

 

 

 貴方は、医療教会など嫌いだ。

 血を恵むだの獣を祓うだのと嘘八百を並べて、病と呪いを撒き散らした血狂い共。

 

 

 ――獣は呪い(Beasts are a curse)呪いは軛(and a curse is a shackle)

 

 

 あの英雄にしても、同情こそすれど尊敬はできなかった。

 あれだけの力を、強い意思を持っていたのならば、もっとどうにかできなかったのか、と。

 

 

 ――そして君たちは、教会の剣とならん(Only ye are the true blades of the church)

 

 

 それでも連中は、彼等は、貴方には無いものを持っていた。

 それは、己の欲を押し通す傲慢さであり、己の信念を貫き通す高潔さであり。

 ただ唯々諾々(いいだくだく)と他者の頼みを聞き、ただ自己犠牲を重ねるだけの貴方とは違って。

 結局のところ、それが貴方に足りないものだったのだ。

 それを、今になって思い出した。

 あの始まりの黄昏で、諦めてしまったもの。

 一度でいい。

 勝ってみたい。

 守ってみたい。

 あの少女たちの、笑顔を見てみたい。

 この身を、生き永らえさせたままで。

 

 ――導きの(My guiding)

 

 その為なら、今だけ連中を信じてやる。

 その祈りも、信仰も、欺瞞も、導きも、己の物としてやる。

 少女たちの為だけではなく、己のために。

 ()()()()()

 

 

 ――月光よ(Moonlight)

 

 

 光が、炸裂した。

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 迫りくる子グモの群れに、ネズミ達は最後の突撃を始めた。

 既に数の利は失われている。それでも、いやだからこそ打って出る。

 子グモの足を上り、その目に食らいつく。ふり払われ、踏みつぶされることを分かっていても。

 時間を稼ぐ、一秒でも長く。足止めする、一匹でも多く。

 その覚悟に応えるように、使者達が火を放った。

 火炎瓶が、油壺が、ネズミ諸共に子グモを焼き払っていく。時には怪しげな薬品を浴びせられた子グモが発狂死し、接近した末に使者のナイフと肉弾戦を繰り広げる。

 ネズミと使者を突破した子グモには、最後の砦たる二匹の子犬が立ちはだかった。

 その血の一滴の、ほんの僅かな狼の残滓を奮い立たせるように、小さな牙を剥きだしにして子グモに食らいつく。

 怪異と怪異と獣と獣による奇妙奇天烈な合戦の最中、ただ一人のヒトであるハルは戦場を背に懐中電灯を掲げていた。

 

「まだ上! それ、その枝の上!」

 

 目をこらして赤い糸を視て、声を張りあげてユイを案内する。なんとか懐中電灯でユイを照らそうとしても、遠すぎてもうほとんど照らせていない。

 あんな高い所を、ユイは真っ暗な中で登っている。

 本当はすぐにでも下りてきてほしいけど、もう他に糸を切る方法はない。ハルにできるのは、ユイを信じて糸を視ることだけ。

 暗闇に向けて目を見開く。まばたきすることも忘れて、じっと、ただじっと糸を視た。

 祈るように左手を握る。傷がすこしだけ熱を持って、糸の姿が鮮明になった、……気がした。

 そして、ユイが糸の真下まで登る。

 

「そこ! 頭の上だよ、ユイ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さて、どうしようかな。

 

 ついに大木のてっぺんまで登りつめたユイは、ぐらぐら揺れる幹に掴まりながら考えていた。

 下にいるハルでは分からないだろうけど、もう枝はかなり細くなっている。ユイの体重も支えられるかどうか怪しいところだった。

 高い所に来たせいか、風も強い。しかも暗くて、何よりもユイに糸は見えない。

 幹から両手を離し、細い枝の上に立って、ハルの案内を聞きながら鋏を閉じる。厳しすぎて笑うしかない。

 でも、やるしかない。

 蜘蛛神への攻撃が止んでいた。狩人はどうなったのか。無事なのか。蜘蛛神がこっちに来る。子グモが増える。ネズミはまだ戦っているのか。使者は、クロは、チャコは。

 ハルは。

 だからユイはもう、考えるのをやめた。

 

「ハル! 合図して!」

 

 大声で叫んで、返事も待たずに。

 ユイは、跳んだ。

 

 

 

 

   <●>

 

 

 

 

 聖剣で、死体の山を斬り払う。

 幻であり実体でもあるそれらを斬り裂いた感触が、赤い霞とも血煙ともつかないそれらが、貴方に再び力を与える。

 狩人とは、遺志を継承し、意思で動く存在。

 例え四肢を断たれようと、臓腑を抉られようと、生きる意思が折れない限り動き続ける。

 まるで、亡霊(おばけ)のように。

 蜘蛛神が生み出した死体の幻を斬り裂き、その遺志と意思を以て、狩人たる貴方は再び立ち上がった。

 ゴロリと、誰のものかも分からない死体の頭が貴方を見上げる。その顔面に、迷わず剣を突き立てた。

 その遺志を、無念を継承し、脳に刻まれた「導き」がそれを(かさ)ます。

 ありったけの意思を血に変え、血を神秘に注ぎ、神秘が月光となって刃を成す。

 蜘蛛神がこちらを見る。見て、嗤った。

 まあ、そうだろう。

 どう見ても死に体。悪足掻き。そんな風にしか見えないだろう。事実そうなのだから。

 光波は放ててあと一度。だが一度では到底足りない。

 だから貴方は、光波を放つことをやめた。

 

 見下ろすんじゃあない。降りてきたまえよ。

 

 剣を振り上げ、力任せに。

 投げ放った。

 

 

 

 

   ◎

 

 

 

 

「ユイ!」

 

 

 すべて、同時だった。

 

 ハルが、合図とも悲鳴ともつかない叫びをあげるのも。

 

 ユイが、枝から身を投げ出しながら鋏を閉じるのも。

 

 狩人が、月光の聖剣を空に投げ放つのも。

 

 クロとチャコが、最後の子グモを咬み倒すのも。

 

 使者とネズミが、その役目を終えたのも。

 

 

 

 

“アアアアアア――――ッ!?”

 

 

 

 

 蜘蛛神が、剣に顔面を貫かれるのも。

 蜘蛛神が、その足場を失うのも。

 蜘蛛神が、地に落ちるのも。

 

 すべて、同時だった。

 

 

 

 

 万のネズミ。

 夢の使者達。

 二匹の子犬。

 縁切りの神。

 灰色の怪異。

 二人の少女。

 一人の狩人。

 

 怪異と、上位者と、獣と、ヒトと、ヒトに似たナニカの、すべての力を以て。

 醜い蜘蛛神を、地に落とした瞬間だった。

 

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