お化け狩りの夜が廻る   作:甲乙

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かりうど  -The Hunter-

 狩人の共通点とは、何であろうか。

 

 多くの狩人たちは言った。

 速さを重視し、様式美を重んじることだと。

 

 ある古狩人は言った。

 狩りに優れ、無慈悲で、血に酔っていることだと。

 

 ある連盟の長は言った。

 汚物塗れの人の世を知り、だが心折れぬことだと。

 

 最初の狩人は言った。

 何も考えず、ただ獣を狩ることだと。

 

 

 

 

 どれも正しく、また間違っているのだろう。

 狩人と、その夜の数だけ、答えはあるのだから。

 だが私は、ここにひとつの答えを加えたい。

 

 

 

 

「狩人は、リボンの少女を見捨てない」

 

 

 

 

   <●>

 

 

 

 

 貴方は、狩人だ。

 

 病に侵され、このヤーナムの地に訪れ、そしてあの診療所で全てを失い、狩人となった。

 それから、まあ色々とあって、今はこの異空間「狩人の夢」の主である。

 獣を狩り、眷属を狩り、上位者を狩り、時には同じ狩人を狩り、

 遂には最初の狩人と、彼を支配していた月の魔物までをも狩った。

 

 月の香りの狩人

 

 元の名前を失った貴方の、今の名前がそれだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 夜廻さんたちへの、よくわかる解説!

 

 狩人とは、医療教会とかいう頭のおかしい集団によってバラ撒かれた「獣の病」で獣と化した人間を狩る、頭のおかしい集団である!

 皆が、右手に仕掛け武器という頭のおかしい武器を持ち、左手に鉄砲を持っているのが特徴だ!

 あとはその武器を使って獣を……なんというか、こう、子どもには見せられないような有様にしてしまうのが仕事だ!

 だから基本的に血まみれで、むしろその血を吸って回復するぞ!

 あいつら本当に頭おかしいな!

 

 夜廻に例えて言うなら、

 ①山の神とかコトワリさまを捕まえて、血を搾り取る。

 ②その血を人間に輸血する。

 ③人間が生きたままお化けになる。

 ④そのお化けを狩る除霊者集団 ←狩人

 ⑤やっぱり頭おかしい。

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな貴方は、今日も簡易祭壇の前で待ちぼうけである。いくら待とうとも、狩人呼びの鐘は聞こえてこない。

 あまりにも永い夜を過ごしてきた貴方の時間感覚など、もはや全マイ並の役立たずである。もしかしたら、外の世界ではもう長い年月が経っているのかもしれない。

 ならば誰にも呼ばれないのも納得というものだ。貴方は溜息をひとつ零してから、工房に戻った。

 

「お帰りなさい。狩人さま」

 

 涼やかな声が、ささくれ立っていた貴方の心を癒す。

 彼女こそ、この狩人の夢で貴方の世話をしてくれる美しい人形、その名もずばり「人形」である。

 

 非人間的な冷たい美貌を完全再現した、わずかにひび割れた白い顔。

 過剰に着飾った、どこか妄執を感じさせるほどに華美な装束。

 球体関節の指と、見上げるような長身。

 

 いったいどれだけ頭のおかしい創造主が生み出したのか。万雷の拍手を送りたい。

 そんな人形の足に抱きついていると、貴方の装束をくいくい引っ張るモノたちがいた。

 

『Aaa……』

 

 小人を木乃伊(ミイラ)にしたような、悍ましい姿。夢の使者。

 だがどこか愛嬌のある仕草が特徴の、その名の通りの「使者」たちだ。その使者たちが、貴方に紙きれを差し出していた。

 人形に甘えるのに忙しい貴方は無視しようとも思ったが、使者があまりにしつこかったので、しぶしぶ紙きれを手に取る。

 

 

 

 

【幼いリボンの少女たちが危機に陥っています】

 

【助けに向かいますか?】

 

 

 

 

 貴方は、全身から血を噴き出した。

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

「どこにいるの……? ハル……っ!」

 

 見つからない。見つからない。見つからない。

 黒い子犬をつれた、赤いリボンの少女――ユイは、夜の町で絶望的な声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 <○> <○> <○>

 

 狩人の貴公たちへの、よく分かる解説!

 

 ユイちゃんとは、ポニーテールと赤いリボンが特徴の小学生!

 親友のハルちゃんの為ならばどんな危険も厭わない勇敢な(イケメン)少女だ!

 意味深に巻かれた額の包帯が、陰のある魅力を醸しだしているぞ!

 

 <○> <○> <○>

 

 

 

 

 

 

 

 

 親友のハルが、消えた。

 学校、公園、図書館、ゴミの森……。町のどこを探しても見つからない。

 

『あのね、実はわたし、8月いっぱいで……遠くの町に引っ越すことになったの』

 

 夕方にハルから告げられた、衝撃の言葉。

 ハルの前では強がっていたけど、ユイも内心では動揺していた。泣きそうだった。

 でも、ハルの前で泣いたりしたら、それこそハルが悲しむ。だからガマンした。

 それに、引っ越すハルの方がつらいのだ。

 そんな、心が傷だらけになっているハルが、いなくなった。

 

 ――おねがい、無事でいて……!

 

 でももう、探せる場所はぜんぶ探した。焦燥に頭を抱えるユイの耳に、子犬の泣き声が響いた。

 

「クロ……?」

 

 どこに行っていたのか、暗い夜道の向こうから、黒毛の子犬――クロが走り寄ってくる。その口に、妙な物を咥えて。

 それは、鐘だった。

 絵本にしか出てこないような、古いハンドベル。茶色く変色した紙きれまで付いている。

 

「えーと、“助けが……なら、……を、鳴らしたまえ”?」

 

 難しい漢字は読めなかったが、助けてほしいなら鐘を鳴らせということだろうか。

 足元のクロを見下ろすと、つぶらな目が見返してくる。当然、返事は無い。

 見るからに怪しい鐘。いったい、どこでこんな物を拾ってきたのか。

 

「……ああ、もうっ!」

 

 こうしている間にも、ハルはどこかで泣いているのかもしれない。

 手伝ってくれるなら、もう誰でもいい。

 ええいままよと、ユイは鐘を鳴らした。

 

 

 カランカラ――ン

 

  カランカラ――ン

 

 

 きれいな、でもどこか不気味な音が響き渡る。

 鐘の音が、夜の闇にすいこまれ、また耳が痛むほどの静けさが戻ってきたとき。

 

 

 オオォォォ――――――

 

 

 風の音のような、地鳴りのような、聞いたこともない音が聞こえてくる。

 いや、これは音ですらないのかもしれない。

 空気ではなく、もっと別のナニカを震わせている、音に似たナニカ。

 

 

 そして、ユイの目の前に、異形が現れた。

 

 

 

 

   <●>

 

 

 

 

 まず少女の目に飛び込んできたのは、黒いボロ布だった。

 突如として地面から生えてきたそれの下に、人の足のような物が覗いている。

 だから、それが服なのだと分かった。

 だから、その服の左右から生えているのは腕だと思った。思ったのに。

 その腕は青白く、2本ではなかった。正確には、腕は2本だがその先は2本ではなかった。

 無数に枝分かれしたソレは腕というには細く、指というには太すぎる。それは、まさに触手だった。

 まさに異形。

 だが、最後に現れたモノの前には、そんなモノたちはまだ常識の範囲内でしかない。

 頭だと思われる部分に生えたモノ。

 それは、樹だった。

 それは、苗床だった。

 それは、形を得た声だった。

 きっとそれは、見た者によって変わる。答えなど無いのだ。

 だが少女にはこう見えた。

 カリフラワーだ、と。

 

 異形のカリフラワーは、ぬるりと立ち上がる。

 ゆっくりと、その右腕だと思われるモノで、真上を指した。

 無数の触手が、無数の星を指している。

 それが意味するところなど、ひとつしかない。

 

 そう、宇宙は空にある、と。

 

 やがて、カリフラワーはその身をよじり、明らかに人体の限界を超えた角度まで傾ぐ。

 無数の触手が、己をかき抱くように、その身に絡みついた。

 

 

“ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!”

 

 

 声なき咆哮と共に、その身から神秘の光があふれだす。

 

 間近でその光を目にした少女の脳に、宇宙悪夢的な超次元思考が流し込まれた。

 その幼い脳が、許容を遥かに超えた負荷に耐えきれず発狂する!

 

 

 

 

 ……前に、少女の背後に現れた使者が、その首筋に手刀を叩き込む。

 一瞬で意識を刈られた少女を別の使者が優しく受け止め、その口に薄めた鎮静剤を流し込んだ。

 なんという手際か。

 使者たちの見せたファインプレーによって、少女の脳はこの記憶を海馬の最奥に埋め立てることに成功した。

 ちなみにクロは、異形が現れた時点で大きな壺をかぶせられていた。

 

 そして異形のカリフラワー、つまり「苗床」のカレル文字を脳に刻んだ貴方はというと、使者たちによって夢に強制連行された上で、人形から教育的指導を受けていた。

 具体的には、落葉を抜刀(バキィン)した人形にシバき倒された。

 

『第一印象が大事だと思った。今は反省している』

 

 人形の前で正座しながら、貴方はそう供述している。

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

「――――はっ!?」

 

 頬を舐められる感触に、ユイは飛び起きた。

 主を起こそうと頑張っていたクロが、嬉しそうに飛びついてくる。

 たしか、変な鐘を鳴らして……。その前に、ハルが……。

 焦燥に再び立ち上がったユイに、夜の闇よりも暗い影がかかった。

 

「だ……っ」

 

 ――誰?

 

 目の前にいたのは、背の高い大人だった。

 夏だというのに、真っ黒なコートを着ている。足には長靴(ブーツ)を、両手には手袋(グローブ)もした完全装備。

 顔も目から下は黒いマスクで覆われ、目から上は変わった形の帽子で覆われていた。

 目元以外を完全に隠した装束。体型から、かろうじて男の人だと分かるぐらい。

 まるで映画の悪役のような、見るからに怪しい人だった。

 

「おじさん……誰?」

 

 さすがのユイも、恐怖を禁じ得ない。じりじりと距離を取りながら、とりあえず会話を試みる。

 黒衣の男――狩人は、そのマスクで覆われた口を開いた。

 

「Did you invite me here?」

「……へ?」

 

 ――英語!?

 

 外国の人だった。

 よく見れば、背がすごく高くて足も長い。マスクと帽子の間から見える目も、青白く光っていた。

 

「Where are the Beasts?」

「え、え、あ、えっと、あの」

 

 ユイは混乱した。

 混乱した頭でもなんとか、テレビで見た英語の教育番組を思い出す。

 

「……な、ないすちゅみーちゅーっ!」

 

 噛んだ。

 ユイは赤面した。

 

 

 

 

   <●>

 

 

 

 

 人形に渡された普通の装束、つまり狩人装束に着替えた貴方は、再び少女の前に召喚された。

 気を失っている少女の傍らには黒い子犬が立ちはだかり、貴方を威嚇している。

 獣。

 獣だ。

 ギラリと目を輝かせる貴方に対し、子犬は一歩も退かない。その小さな牙を剥きだしにし、グルルと唸り続けていた。

 ほう、と。貴方はわずかに認識を改める。

 この子犬は、貴方に勝てないことなど分かっているのだろう。それでもその心は折れていない。その、小さな主を守るために。

 貴方は思いをはせた。

 

 犬……犬……。

 ヤーナム市街では犬の素早い動きに翻弄され、その隙に市民たちに袋叩きにされた。

 ヘムウィックの墓地街では、全身に刃を括り付けられた猟犬に追い回され、猟銃を構えた市民たちにハチの巣にされた。

 聖杯ダンジョンでは……赤い目の……あの……番犬……に……。

 

 やっぱり犬は狩ろう。

 犬ほど恐ろしいモノはないのだ、いつだかに出会った鎧騎士(ふしびと)もそう言っていたではないか。

 どんなに勇敢な忠犬であっても、それでもやっぱり犬ではないか。狩人は、そう考える。

 そう結論づけた貴方の左腕に血の遺志が渦を巻き……。

 

「……ぅ、うー……ん」

 

 気を失っていた少女の唇からかすかなうめき声が聞こえ、その切れ長な目が薄く開かれた。

 黒い子犬がすぐに傍にかけより、その白い頬を舐め始める。その頬には絆創膏が何枚か貼られていた。

 

「――――はっ!?」

 

 覚醒した少女はすぐに立ち上がり、近くに立っていた貴方に警戒心を露わにする。

 誰だと問いかけてくる少女に対して貴方は、自分を召喚したのは貴公か、獣はどこだと問うた。

 狩り主との合流と、敵が何の獣なのかを知ることは何よりも大事だ。お米よりも。

 しかし何故か少女は焦った様子で、

 

「ハ、ハジメマチテ!」

 

 と、拙い英語で挨拶してきた。

 なんという心遣いか。貴方はあまりの感動に目頭を押さえ、涙の代わりに血を流した。基本的に貴方の体液はすべて血である。

 ヤーナムでは、こんな丁寧な挨拶などついぞ聞けることは無かった。

 

『失せろ! 失せろ!』

『この汚らしい獣が!』

『死ね!』

 

 あのヤーナム式の挨()がいかに礼を欠いたモノだったのかを貴方は痛感した。

 挨拶は大事。お米と同じぐらい大事だ。

 少女の礼に応えるべく、貴方も最大限の敬意を以て「拝謁」の姿勢をとる。それを見た少女は「わぁ……」と小さく拍手を返してくれた。

 なにせ本物の女王仕込みの作法(ジェスチャー)である。あの方は肉片になっても美しかった……。

 目を上げた貴方は、改めて狩り主である少女を観察する。

 

 年の頃は10を超えるかどうかだが、その体の芯はしっかりとしており、高い運動能力を持っていることを窺わせる。

 武器らしい物は持っておらず、その手には強い光を放つ、見たことのない道具が握られていた。

 切れ長の意思が強そうな眼差し。だがどこか歳不相応な(かげ)を感じさせる瞳だった。

 何故かその額には包帯が巻かれており、その手足にも小さな怪我が目立つ。

 亜麻色の髪は後ろでくくられ(ポニーテール)、その髪には……赤い……血のように赤い……リボン、が………。

 

 

 

 

 黄昏の街……狂った群衆……もの悲しいオルゴールの音色……。

 

 神父だった狩人……狩人だった獣……父親だった獣……母親だった死体……。

 

 真っ赤なブローチ……少女の泣き声……リボンの少女……。

 

 穢れた下水道……醜い大豚……。

 

 その(はらわた)から抉り出した……赤い……血のように赤い……リボン……。

 

 

 

 

 貴方はまた、全身から血を噴き出した。

 よくあることである為、足元の使者も「またか」とでも言いたげな動きで鎮静剤を投げ渡してくる。

 しかし少女はそうでもなかったようで、ひどく驚いた顔で尻もちをついていた。

 貴方は、ただの持病であるため心配はいらないことを伝えるが、少女はまた困った顔をしてしまう。

 どうやら言葉が通じていないらしい。

 人の限界を遥かに超える啓蒙を得た貴方であれば超次元思考でどのような言語も理解できるが、喋る方はそうもいかない。

 ふむ、と思案した貴方は、足元の使者に目をやった。

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 その男の人は、いきなり体から血をふき出した。

 さすがのユイでもこれには腰を抜かざるを得ない。いったいどこの世界に、風船が割れるみたいに血を撒きちらす人がいるというのか。目の前にいる。

 また英語で何か言ってくるけど、ユイにはもうチンプンカンプンである。

 頭を抱えていると、ユイの靴下(ソックス)を何かが引っ張った。

 

「……ひっ!?」

 

 そこにいたのは、小人だった。

 でも、まったくヒトではない小人だった。

 冷たく湿った白い肌。骨と皮だけの体。縦に裂けた口。がらんどうの目。

 どこまでも悍ましい小人みたいなナニカが、上半身だけを地面から生やしていた。

 思わず掴まれていた足を引きはがすと、すかさずクロが間に入ってくる。

 すぐにでも小人に噛みつかんばかりのクロに対し、小人は動じた様子もなく手に持った紙きれをユイに投げてくる。

 

言葉(ことば)有効(ゆうこう)だ だから この(さき)英語(えいご)()いぞ】

 

 日本語。しかも振り仮名つきであった。よく分からないが、通訳してくれるということだろうか。

 

「あ、ありがとう」

『Uaea』

 

 小人は、その小さな手をヒラヒラと振る。

 見た目は怖いけれど、その仕草には案外、愛嬌のようなモノを感じなくもない、かな……?

 小人――使者を眺めているユイの手に、さらに数枚の手記が手渡された。

 

【探索の時間だ そして 協力者を忘れるな】

【ああ、狩人よ! つまり 私】

【宇宙は空にある】

 

「っ! そうだ、ハルを探さないと!」

 

 立て続けに異常現象に見舞われて忘れかけていたけれど、ユイは消えた親友を探しているのだ。

 そしてこの怪しい男の人は、何故だかそれを手伝ってくれるらしい。最後の宇宙がどうとかは、あまり深く考えない方がよさそうだ。ユイは切り替えのできる子だった。

 見れば、男の人――狩人はじっと町の北側、大きな山の影を見ている。

 ユイの頭にも、閃きがはしる。

 そうだ、山だ。

 ハルは山で、何かに呼ばれていると言っていた。町のどこを探しても見つからないのだから、もうあの山にいるとしか思えない。

 

「おじさん、来て! こっち――」

 

 

 

 

“ ァァァァァァァァ…… ”

 

 

 

 

 狩人とクロをつれて山に向かおうとしたユイの前に、またアレが現れた。

 ソレは、白い霞だった。

 かろうじて人に似た形をしている。でもよく見ればまったく人型じゃない。

 顔のような部分には目と口らしいモノがあるけれど、その大きさも位置もデタラメだ。

 

 ()()()

 

 太陽が沈んでから、幾度となくユイの邪魔をしてきた怪異が、また現れたのだ。

 白いお化けは、うめき声に似た不気味な声をあげつつ、ユイ達に迫ってくる。

 

「もうっ! 邪魔しないでよ!」

 

 とはいえ、もう何度もあしらってきた相手でもある。小石でお化けの気を引こうと、足元の石を拾い上げた時、

 

 

 パアァァンッ!

 

 

 間近で響いた轟音に、ユイの耳がキンとする。

 同時に、お化けの頭に4つ目の穴があいて、霧散するように消えてしまう。

 更に、お化けの向こう側にあった自動販売機が変な形に歪み、取り出し口から缶ジュースをゴロゴロと吐き出していた。

 音の発生源である狩人を見れば、その両手にはいつの間にか物騒な物が握られている。

 

 まず右手に持っているのは、斧だった。

 斧。どう見ても斧だった。

 ホームセンターで売っているような物とは比べものにならないぐらい大きくて、重そうな斧。

 それこそ、絵本に出てくる怪物(モンスター)が持っているような。

 

 そして左手に持っているのは、どう見ても鉄砲だった。

 お巡りさんや、映画の主人公が持っているような拳銃ではない。

 それもまた絵本に出てくる、海賊なんかが持っているような短銃(ピストル)

 銃口から白い煙があがっているあたり、それでお化けを撃ったのだろう。

 

 呆然としていたユイは、ハッと我に返ると、

 

 

「ばかぁ――っ!」

 

 

 狩人に飛び蹴りした。

 

 

 

 

   <●>

 

 

 

 

 貴方は、町の向こうにある山の巨影を睨んでいた。

 

 上位者の、においがする。

 

 上位者。神のごとき、何者か。

 この空の上、遥かな宇宙から来たりし、偉大なるモノたち。

 そして、貴方の狩りの対象。

 アメンドーズなら毎日のように狩っているが、やはり連中の血はたまらない。

 上位者狩り。上位者狩り!

 昂る獣性を啓蒙で抑え込むと、血の遺志の中から得物を取り出す。

 右手に、獣狩りの斧を。

 左手に、獣狩りの短銃を。

 今にも山に走り出さんとする貴方の耳に、少女の声と、そして異様なうめき声が聞こえた。

 

“ ァァァァァ――パアァァンッ!

 

 とりあえず、撃った。

 初見の獣、いや亡霊ではあったが、まず一発撃ってから様子を見よう。貴方はそう思った。

 挨拶がわりに銃弾を。ヤーナムでは日常茶飯事(よくあること)である。

 だが予想に反して、たった一発の水銀弾で亡霊は消し飛んでしまった。継承した血の遺志も、ほんの僅か。まだ市街の肥満烏のほうが良い遺志を持っている。

 ついでに、向こう側にあった四角い箱のような物に流れ弾が当たると、何かの缶がゴロゴロ出てきていた。

 何かを割れば中身が出てくる。それが頭蓋骨でも目玉でも同じことだ。貴方は見ないふりをした。

 しかし、少女はそれを許してくれないらしい。

 

「ばかぁ――っ!」

 

 少女の飛び蹴りが、良い角度で貴方の腰に入った。

 狩人の戦闘スタイルは、速さを重視している。

 巨大な獣の膂力に対しては鎧など無意味であり、同じく、どのような攻撃でも当たらなければ無意味だ。

 回避こそが狩人の生命線。獣の爪牙を紙一重で掻い潜る、狩人の歩法(ヤーナムステップ)

 まあ、つまり。

 割と打たれ弱い貴方は、少女の蹴りに悶絶していた。

 

「いきなり鉄砲なんて撃っちゃダメじゃないの! 危ないし、お巡りさんに捕まっちゃうよ!?」

 

 少女の前で正座しながら聞かされたことによると、なんとこの町では銃はもちろん、武器の携帯さえ禁じられているのだという。

 なんと恐ろしい町か。

 穢れた獣、気色の悪いナメクジ、頭のおかしい医療者ども。そんな相手に素手で挑めというのだ。

 さすがの貴方も、この町の住人の異常さには戦慄(ドンびき)した。

 

「……言っておくけど、おかしいのはおじさんの方だからね」

 

 思考まで読まれた。この少女、啓蒙が高すぎるのではないだろうか……?

 

 

 

 

 なんやかんやで結局、銃の使用は絶対に禁止(ダメぜったい)とのことで、貴方はしぶしぶ銃を遺志の中にしまう。

 ユイと名乗った少女から「おじさん、明かりは持ってないの?」と聞かれたため松明を取り出すと、また蹴られた。

 炎もダメだというのか。

 炎も持たずに獣狩りなど! ……と強がって見せても貴方はすでに涙目である。目も真っ赤だ。文字通りの意味で。

 もういやだ、この少女こわい。

 

「あーもう、仕方ないな。ハイこれ」

 

 ユイから、その手に持っていた道具を手渡された。

 

 

 


 

【お化け狩りの懐中電灯】

 

 赤いリボンの少女、ユイから渡された狩り道具

 

 雷光の力により強い光を発する

 ごくありふれた、だが高度な技術による品

 

 ある種のお化けは、光の中でしかその姿を見せない

 しかし、ときには闇の中でしか見えないモノもある

 光はよい。だが、過信することなかれ

 


 

 

 

 なんということか。

 感動のあまり、貴方は両目から滝のような(なみだ)を流した。

 嗚呼、アーチボルドよ。貴公の探求は決して無駄ではなかった。

 見れば、この狩り道具だけでなく、そこら中にある街灯や妙な箱も、すべて雷光の力を纏っているのが分かる。

 宇宙は空にあった。そして、地上は雷光の中にこそあったのだ。

 両目から血を流しながらスイッチをカチカチしていると、ユイはナメクジでも見るような目で貴方を見ていた。

 そんな彼女に、貴方はそっと「雷光の狩人証」をさしだす。

 これは雷光に魅入られ、その光に生涯を捧げた探求者が発行した物。仲間の証。

 バチバチと雷光を走らせるその首飾りを一瞥してユイは、

 

「いらない」

 

 あんまりじゃあないか。

 

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