お化け狩りの夜が廻る   作:甲乙

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よまわり  -Night Alone-

 

 

 狩人さんへ

 

 お元気ですか、ユイです

 この手紙がとどくかどうかは分かりませんが、それでも書きたいとおもいます

 

 

 あのあと、わたしはハルとおわかれしました

 もう泣かないと言っていたけど、やっぱりハルは泣いてしまいました

 わたしも、すこしだけ泣きました

 車にのってとおくにいくハルに、わたしと、おかあさんと、クロと、チャコと、手をふりました

 ハルも、ずっと手をふっていました

 ハルが見えなくなってから、わたしは、もういっかい泣きました

 ぜったい、ハルも泣いたとおもいます

 

 

 でも、今はもう泣いてません

 さっそく、ハルにさいしょの手紙を書きました

 もうすこししたら、でんわもしてみたいとおもいます

 冬休みには、わたしがハルに会いにいくやくそくをしました

 春休みにも、いきたいとおもっています

 そして、らいねんの夏休みには、こんどこそいっしょに花火を見ます

 いまから、とても楽しみです

 

 

 夏やすみがおわったので、今は学校にいっています

 ハルはもういないけど、ハルのほかにも友だちはいます

 でも、いちばんの友だちはハルです

 それだけは、かわりません

 狩人さんは、にばんめです、ごめんなさい

 ハルにも、わたしのほかに友だちができるといいなとおもいます

 でも、いちばんめは、わたしです

 ぜったい、そうです

 

 

 おかあさんとは、なかよくしています

 おしごとはいそがしいけど、ちゃんと夜にはかえってきます

 おかあさんはいそがしいから、家のおしごとをわたしも手つだっています

 お料理も、すこしだけできるようになりました

 こんど、ハルにも食べてもらいます

 クロとチャコも元気です

 クロはだんだん大きくなっています、でもチャコは小さいままです

 もしかしたら、しゅるいがちがうのかもしれません

 でも、きっとずっと、なかよしです

 

 

 

 

 狩人さんは、今どうしていますか?

 人形さんに おこられていませんか?

 小人さんとは なかよくしていますか?

 また変なことや、あぶないことはしていませんか?

 ちゃんと服は きていますか?

 わたしは、すごくしんぱいです

 狩人さんは、さよならと言ったけど、わたしもハルも、さよならは言っていません

 いつか、かならず会いにいきます

 その時は、けってやりますから、かくごしておいてください

 

ユイより 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 酸漿(ほおずき)色の空が町を染めていく。

 黄昏に沈む町を一望できる山の高台で、ユイは自分で書いた手紙を読み返していた。

 最後の一文は消そうかとも思ったけど、あの人には蹴りの一回でもいれるぐらいがちょうどいい。そう考えて、そのままにした。

 便箋を丁寧に三つ折りしてから、封筒に収める。切手と宛名は必要ない。ポストに入れたって届いたりはしないのだから。

 

「こら、だめだってば」

 

 振り返ると、木に結んでいた風船にチャコがじゃれついていた。割られたりしたら大変だから、チャコの毛並みを撫でつつリードを先につけた。クロは最初からずっとのんびり座っている。

 昼間、近所のスーパーで配られていた赤い風船。その紐の先に手紙を括りつける。すこしだけ待って、風が吹いてきたのを見計らって「えいっ」と風船を投げた。

 

 夏が終わる前、小学校の女子たちの間ですこしだけ流行った遊び。

 イヤなことでも、内緒のことでも、将来の夢でも、なんでもいい。書いた手紙を紙飛行機にして飛ばす。ただそれだけの遊び。

 それを、ユイは形を変えてやってみた。

 人形から聞いた、狩人たちのお話。「狩人狩り」の、怖くて優しいお話。

 狩りすぎて、狩りをやめられなくなってしまった狩人を、止めてあげる人たち。その人たちは、みんな鴉の恰好をしていたらしい。

 遠い国の、鳥葬という文化。体を鳥たちに食べさせるかわりに、魂を天国まで連れていってもらう。

 あの「夢」も空の上にあるのだと、そう言っていたから。

 

 赤い風船と白い手紙は、風にのってぐんぐんと高く遠く飛んでいく。

 きっと、あの手紙は狩人には届かない。

 ユイには分かっている。ユイはまだ子どもだけど、そこまで子どもじゃない。

 でも元からあれは、誰が読んでもいい、誰が受け取ってもいい、そういう遊び。予想もしなかった場所に()ちて、想像もしなかった人に拾われる。

 それは、もしかしたらハルかもしれない。

 ハルは特にあの遊びが好きで、紙飛行機が飛んでいるのを見たら夢中で追いかけていたから。

 まってまってと、風船と追いかけっこするハルの姿を想像して、ユイはくすりと笑った。

 

 

 

 

 風船が点になって赤い空に消えるころ、遠くから夕方を報せるサイレンが聞こえた。

 蝶々に遊ばれているチャコのリードを引いて、眠たそうにしていたクロにもリードをつけて、ユイは足早に山を下りる。

 今日は、夜廻りの日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈みきる前に、なんとか家に帰ることができた。家に誰もいないのは変わらないけど、暗い玄関を開けるユイの顔に暗さは微塵も無い。

 

「ただいまー!」

 

 下駄箱の上に鎮座した、フェルトの人形と写真に挨拶。「おかえり」とは言ってくれないけど、人形の青いリボンを撫でて、クロとチャコのリードを外した。跳ねるみたいにリビングへ駆けていくチャコを追って、クロがのそのそと歩いていく。

 リビングとキッチンの電気を点けて、冷蔵庫の中をざっと見る。今日は焼き飯にしようと決めて、手を洗ってから夕食の準備にとりかかった。

 

 

 

 

「いただきまーす」

 

 ユイの声と同時に、専用のお皿の前で今か今かと待っていたチャコがドッグフードを食べ始める。一拍遅れて、クロがもそもそ食べ始めた。

 それを横目に、ユイは焼き飯を頬張りながらテレビのスイッチを入れた。地元のニュースにチャンネルを合わせて、何か事件は無いか確認する。

 行方不明とか交通事故のニュースは特に要注意。幸い、今日は平和な一日だったらしい。最後に天気予報を見てスイッチを切った。今夜は、朝まで雨は降らない。

 

「ごちそうさまー」

 

 焼き飯の残りはラップをかけて冷蔵庫に入れる。「ごはん あるよ」と冷蔵庫にメモを貼った。今日も母は帰りが遅くなると言っていたから。

 自分が使った食器と子犬たちの皿とフライパンその他諸々を手早く洗って、ユイは2階の自室に向かった。

 

 

 

 

 懐中電灯よし。電池よし。小石よし。紙飛行機よし。お塩よし。マッチよし。絆創膏よし。

 必需品を確認して、ナップサックに詰め込む。気合いを入れるために髪も結いなおして、赤いリボンで結んだ。

 最後に、机の上に置かれていた赤い鋏を手に取る。神さまの鋏が錆びるとは思わないけど、念のため確認してから、自作した腰のホルスターに差した。

 

「……よしっ」

 

 これで準備完了。顔を両手でパチンと叩いてから、部屋を後にした。

 

 

 

 

「おっと」

 

 忘れるところだった。

 もう一度部屋に戻って、机の引き出しを開ける。中から、白いリボンを取り出した。

 鏡の前で、襟に通してリボンタイにする。輝くような白さが、黒いシャツによく映えた。

 今度こそ準備完了。もう一度気合いを入れて、階段を降りた。

 

 

 

 

 クロとチャコは、もう玄関で待っていた。

 いつものんびりしているクロは、いつになくキリッとした顔で姿勢よく座っている。いつも落ち着きがないチャコは、いつになく緊張した様子でそわそわ座っていた。

 頼もしい二匹(ふたり)の頭を撫でて、ユイも靴を履く。夜、外に出る時はリードもつけない。

 

「……いってきます」

 

 ハルの人形と、父の写真に目を合わせて、言う。

 無茶はしない。危なくなったら逃げる。かならず無事で帰る。心の中でそう約束して、ユイは玄関の外に出た。

 

 

 

 

 夜の町はもう、昼とはその姿を変えていた。

 どこを見ても見慣れたはずの道には見えない。見るたびに建物が変わっている気さえしてくる。

 そしてもう、そこかしこに、()()

 電柱の陰に、看板の裏に、塀の上に、自販機の下に、いろんな姿の、いろんなお化けたちが。

 以前までは、ユイには視えていなかった。

 でも、ハルとずっと一緒にいたからか、あの夜の戦いを経験したからか、今はユイにも視えている。

 この町は、きっと元からこうだった。蜘蛛神を倒したからって、それは変わらない。

 変わったのは、ユイの方。ユイの目が、瞳が、心が、脳が変わったから。

 それが良いことなのか悪いことなのかは分からないけど、ユイがやることは決まっていた。

 

「いくよ!」

 

 ユイの声に、二匹が頼もしく鳴いて応える。

 右手に赤い鋏を。

 左手に懐中電灯を。

 服はあえて普段着を。かならず昼の世界に、家に帰るという意思の表明。様式美(おしゃれ)だって忘れない。

 ある街の、ある狩人たちの流儀そのままに、ユイは夜の町に駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 追伸

 

 わたしは今、夜の町の見まわりをしています

 まい日はできないけど、お休みのまえや、天気のいい日には、やっています

 おかあさんも、いいと言ってくれました

 でも、ぜったい朝にはかえるように、と言われました

 だから、むりはしません

 

 

 

 

 夜の町には、たくさんのお化けがいます

 かわいそうなお化けがいたり、悪いお化けにこまっている人がいたら、助けたいとおもいます

 あの時、ハルと狩人さんが、わたしを助けてくれたみたいに、助けられたらいいなとおもいます

 わたしは、そうおもっています

 

 

 

 

 今日も、わたしは夜の町を廻っています

 

 とても、深い夜を廻っています

 

 

 

 

 夜が、わたしを見つめています

 

 

 

 

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