お化け狩りの夜が廻る   作:甲乙

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はさみ   -Crimson scissors-


 

 【共鳴する不吉な鐘】

 

 地下遺跡で発見された血塗れの鐘

 音が次元を跨ぐ共鳴鐘の一種であるが

 これはあらゆる不吉な鐘に共鳴する

 

 不吉な鐘など、すべからく暗い情念や呪いの類であり

 この鐘を鳴らす者は、別世界の狩人の敵となるだろう

 

 それが狩人であろうと、なかろうと

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「――あれ?」

 

 気が付けば、暗い闇の中にいた。

 どこを見回しても真っ暗で、怖い夢でも見ているのかと思ったけれど、冷たい風が頬を撫でる。

 青いリボンの少女――ハルは、絶望的な暗闇にその大きな目を潤ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 <○> <○> <○>

 

 狩人の貴公たちへの、よく分かる解説!

 

 ハルちゃんとは、日本人離れした金髪と青いリボンが特徴の小学生!

 親友のユイちゃんにべったりな弱気(ヘタレ)少女だ!

 霊感は強いのに、怖がり屋の寂しがり屋で勉強も運動も苦手という、わりと残念な子だったりもするぞ!

 だがそこがいい!

 

 <○> <○> <○>

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ、暗いよぉ……」

 

 自分のつま先も見えないような、暗闇。

 前を見ても後ろを見ても、何も見えない。あちこち見回しすぎて、元々どちらを向いていたのかも分からなくなってしまった。恐る恐る伸ばされた手が何か固い物に触れて、ハルは悲鳴をあげる。

 怖い。帰りたい。行かなきゃ。でも動きたくない。でもここにいたくない。

 ぐるぐると回る思考に、だんだんと息が苦しくなってくる。

 怖いよ。苦しいよ。助けてよ。お父さん! お母さん! ……ユイ!

 

『ほら、深呼吸だよ。ハル』

 

 以前、同じように息が苦しくなった時にユイから言われたことを思い出した。

 目を閉じて、胸に手を当てる。すーはーすーはー、と深く呼吸していると、ドキドキしていた心臓も落ち着いてきた。

 涙をぬぐって、そっと目を開ける。目を開けていても閉じていても変わらないほどに、暗い。

 もう一度、前に手を伸ばす。ゴツゴツとした、固い樹皮の感触。木だ。

 足を動かす。ザリ、と土を掻いた音がした。膝を草にくすぐられて、びくりと後ずさる。

 たぶん、山の中にいる。ハルはそう思った。山なら、下のほうに向かえば、お家に帰れるかも。

 なんとなく下っていると感じる方に、すこしずつ足を進める。木にぶつからないように、両手をふらふらと前に出す。

 暗闇の中に、怪物がいる。

 そんな怖い想像を振り払うように、ユイの顔だけを思い浮かべるようにした。

 

『泣かないで、ハル』

 

 夏が終わったら遠くの町に引っ越すことを、今日、ユイに伝えた。

 夕日に照らされたユイの顔は笑っていたけれど、その声は震えていた。

 やっぱり言わなければよかった。引っ越しなんてしたくない。ユイとお別れしたくない。

 いつも通りにユイと手をつなぎながら家に帰って、でも暗い気持ちばかりがどんどん大きくなって、それから、それから……?

 

 ――どうしたんだっけ……?

 

 記憶にぽっかりと空いた穴にハルが気付いたと同時に、その足が何かを蹴った。

 

 

 カラ――――ン

 

 

 ハルの絶叫が山に響いた。

 その場に尻もちをつき、ぎゅっと目を閉じてすーはーすーはー! と深呼吸を繰り返す。頭の中でユイの笑顔をぐるぐる回してようやく落ち着いたハルは、足元に落ちていた物を拾った。

 冷たい金属の取っ手。その先は、花のつぼみのような形をしている。カラカラと、動かすたびに音が鳴った。

 鐘だ。

 こんな山の中に、どうしてこんな物が。普段のハルなら、絶対に触らなかった。ましてや、鳴らしてみようだなんて。

 でもなんだか、さっき聞いた音色が忘れられない。無性に、また聞きたくなった。

 

「一回だけ……」

 

 誰に断るでもなく、ハルはその鐘を鳴らした。

 

 

 カラ――――ン……

 

 

 冷たい、澄んだ音色だった。

 それを聞いていると、ハルは気持ちが落ち着いてくるのを感じた。

 

 

 カラ――――ン……

 

 

 怖い気持ち。不安な気持ちが落ち着いてくる。

 いや、消えていく。

 

 

 カラ――――ン……

 

 

 ハルは、ただ鐘を鳴らす。

 もし明るければ触りもしなかった、血に塗れた不吉な鐘を。

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 干上がったダムの底、廃村に足を踏み入れたユイは、遠くの山に目を向けた。

 急に足を止めたユイに、前を歩いていた狩人もその青白い目を向けてくる。

 

「いま、なにか聞こえなかった?」

 

 狩人は耳に手を当て、耳を澄ますような仕草をして、首を横に振る。その足元で使者も首を振っていた。クロは分かっているのかいないのか、その鼻をスンスンと鳴らしている。

 でもユイには聞こえた気がしたのだ。ハルの、叫び声が。

 

「ハル……!」

 

 声が聞こえたということは、近くにいるかもしれないということ。でも悲鳴をあげるような状況が、良い状況であるわけがない。

 ユイは足を速め、前を歩く狩人を追い抜こうとして、大きな手に肩をつかまれた。

 邪魔をする狩人に抗議しようと振り向いたユイに対し、狩人は「静かに」と指を立てる。こちらを見据える鋭い眼光にユイが言葉を無くすと、狩人は横にある廃墟の陰を指さした。

 

 ――あいつは……!

 

 ユイも目を向けた先に、真っ赤な(はさみ)を持つ、異形のナニカが、いた。

 

 

 

 

 それは、学校でささやかれる「こわい噂」のひとつだ。

 

 真夜中に「言ってはいけない言葉」を口にすると、コトワリさまが現れ、鋏で手足をバラバラに切られてしまう。

 助かりたければ、手と足と首のある物を代わりに差しださなければならない。

 

 よくある話だった。探せば似たような話はいくつも見つかりそうな、典型的な怖い話。ユイもお化けの名前や、その言葉が何なのかまでは忘れてしまった。

 でも、ユイはその話を信じていた。

 別にオカルト好きというわけじゃない。信じた理由は、ハルだ。

 ハルは昔から変なことを言う子だった。誰もいないのに誰かがいたとか、何も聞こえないのに何か聞こえたとか。

 ハルがそんな嘘をつく子じゃないということは、ユイもよく知っている。だから、世の中には「そういったモノ」もいるんだと、ユイは思っていた。

 そして何よりも、ユイは既にアレと遭っている。

 

「おじさん、気を付けて。……アレは、今までのお化けとは、ちがう」

 

 ユイは、数時間前のことを鮮明に思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『泣かないで、ハル』

 

 夏が終わったら遠くの町に引っ越すことを、今日、ハルから伝えられた。

 きっとずっと言い出せずにいたんだろう、朝から元気の無かったハル。絞り出すようにその言葉を告げた泣き虫な親友は、やっぱり泣き出してしまった。

 ユイは、なんとか元気づけようとした。

 泣いてる暇なんて無い。今年で最後ならいっぱい思い出を作らないと。明日の花火大会はぜったい一緒に行こう。そんなことを言った……気がする。

 その時、ユイの頭は真っ白だったから。

 ハルがいなくなるなんて想像したことも無かった。あまりに突然で、悲しいとか寂しいとかいう気持ちすら感じなかった。

 なんとか笑顔を貼りつけたままハルを家まで送って、花火大会に行く約束をして、一人で家に帰ろうとして。

 

『もう……いやだ』

 

 後ろから、小さなハルの弱音が聞こえて。

 そして、アレが現れた。

 ハルの悲鳴に振り向いたユイには、それが巨大な「手」に見えた。大きな鋏を持った、大きな手。

 その赤い鋏の切っ先がハルの首を挟もうとしていて、ハルの手を取って必死に逃げた。

 黄昏に沈もうとしている町を、二人で走った。後ろからは何の足音も聞こえず、ただ金属をこすり合わせるような音だけが追ってきた。

 どこをどう走ったのかも覚えていない。アレはただの酔っ払いだよとか、意味の分からないごまかしをハルにした気もする。

 気が付けば金属音も聞こえなくなって、後ろを見ても何もいなかった。その後、改めてハルを家まで送ったのだ。

 そして、ハルはいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なんで、ハルを一人にしたの……!

 

 アレが、ユイが初めて見た「ヒトじゃないナニカ」だった。初めてはっきりと見えた怪異に、動揺していたんだと思う。

 でもあの時、ユイは別のことにも気を取られていた。

 

 ……これから、どうしよう。

 ……ずっとハルを頼りにしてきたのに。

 ……これから、わたしは何のために生きていればいいんだろう。

 

 自分のことで頭がいっぱいで、つい先にハルの手を離してしまった。一人で家に帰る途中、やっぱりハルが心配になって戻ったけれど、その時にはもう遅かった。

 バカな自分を(はた)き倒してやりたい気持ちになりながら、ユイは物陰からお化けを観察する。

 

 ダム底に沈んでいた廃村に、街灯なんてものは当然ない。だから暗がりの中にいるソレの姿も、じっと目をこらしてもはっきりとは見えなかった。

 ただ、その大きくて赤い鋏だけが異様な存在感を放っている。

 どちらを向いているのかも分からないけれど、ユイ達に気付いた様子は無い。その鋏で何かを切っているような音が聞こえてくる。

 

 ゾクリと。真夏とは思えない寒気を感じて、ユイは自分の肩を抱いた。

 怖い。

 今日はじめてお化けを見たユイでも分かるのだ。アレは他のお化けとは格が違う。ダムで襲ってきたあのネズミ達でさえ、アレに比べればかわいいものだ。

 はじめて見たお化けがアレほど怖いモノだったからこそ、その後の雑多なお化けにも恐れずにユイは進んでこられたのかもしれない。

 

 ――大丈夫、まだ見つかってない。

 

 深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。

 戦う必要なんて無いのだ。見つかってもいないというのなら、こっそりと通り抜ければいいだけ。そう、戦う必要なんて無い。無いのだ。

 だから。

 

「ダメだってば! もう!」

 

 ギラギラと目を輝かせている狩人に対し、小声で叱りつける。その右手にはすでに、大きな鋏を分解したような曲がった刃物が握られていた。

 今にも飛び出さんばかりの狩人の前に立ちふさがり、両手をバッテンしながら首を振って見せると、それを見た狩人はすぐに頷いた。

 頷いて、何を勘違いしたのかその武器を変形させた。

 背中に背負っていた骨のようなパーツに、その曲がった刃物を叩きつける。骨と刃が連結したのと同時に、その骨が展開して長い柄になった。

 それは鎌だった。絵本の死神や悪魔が持っているような、大きな鎌。

 たぶん、お化けの大鋏に対抗してその武器を選んだんだろう。それはユイにも分かる。分かるのだが。

 

 無言の飛び蹴りが、狩人の鳩尾に突き刺さった。

 

 隠れているこの状況で、ガシャンッブオンッ! と大きな音を立てた狩人を黙らせると、ユイは慌てて物陰からお化けを再び観察する。

 視界の端で悶絶する狩人と、その頭を細いナイフでつっついている使者が見えた。無視。

 お化けは、こっちを見ていた。

 見ていたと言っても、そのお化けに目は無かった。ただ大きな口だけがこちらを向いている。そしてその赤い鋏も。

 すぐに顔をひっこめると、口を押さえて悲鳴をこらえる。ドキドキと鳴りやまない心臓も押さえるように、もう片方の手を胸に当てた。

 ギュッと目を閉じていると、耳だけがやたらと敏感になる。金属をこすり合わせるような、きっとあの鋏を動かしている音が聞こえる。その合間に、低い唸り声と荒い息遣いも。

 その音はしばらくの間、近くなったり遠くなったりして、だんだんと小さくなって、やがて聞こえなくなった。

 

 注意深く耳をすましていたユイはようやく目を開けると、そっと目だけを物陰から出す。

 何もいない。

 ただ、水風船を割ったような赤黒い染みだけが地面にこびりついていた。

 懐中電灯の光を当て、それが人ではない、ましてやハルではないことを確かめて、ようやくユイは息を吐く。あのお化けの餌食になっていたのは、かわいそうなカラスだった。

 

「…………」

 

 しゃがんで、足元にいたクロの頭を撫でた。お化けは人も動物もお構いなしに襲う。そろそろ、潮時なのかもしれない。

 

「……ねえ、クロ」

 

 愛犬に、あることを告げようとしたユイの肩を、誰かがトントンと叩いた。

 今ここでそんなことをするのは一人しかいない。だからユイは上向きに振り返ったのに、そこに狩人はいなかった。

 

「……んん?」

 

 いや、やっぱりいた。

 いたけれど、まるでお化けのようにその姿は透き通っている。試しにその手をつかんでみると、硬質な革に包まれた固い腕がたしかにあった。

 

【隠密の時間だ】

【医療者を許しはしない しかし 素晴らしいアイテム】

【脳 つまり 遺志】

 

 なぜか半透明になった狩人から何かを手渡される。どういう仕組みなのか、それはユイの手におさまると同時にはっきりとした姿へと変わった。

 それは、青い液体の詰まった小瓶だった。学校の理科室でも見たことのないような、変わった色をしている。変色したラベルには、これもまた見たことのない文字が書かれていた。

 

「……透明になる薬ってこと?」

 

 しかめっ面でユイは問いかける。目に力をいれないと狩人が見えないのと、この薬があまりにも怪しいからだ。そんなユイの視線にも動じず、狩人はうんうんと頷いている。

 足元の使者を見ると、特に何の反応も無かった。ここ数時間で、この使者がだいぶユイに好意的なことは分かっていたから、かえってその無反応が気になる。まるで、止めるか止めないか迷っているような……。

 とはいえ、あのお化けがまだ近くにいるかもしれないのだ。透明になってやり過ごすことができるのなら、それ以上のことは無い。

 それに、ハルが危ない。ユイは決心した。

 

 ――なむさん!

 

 映画か何かで聞いた、意味はよく知らない言葉を心中で唱え、ユイは青い薬を一気飲みした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色とりどりのステンドグラスが、お日様の光を通して輝いていた。

 たくさんの人が、「主役」の登場を今か今かと待ちわびている。ユイも、その中にいた。

 もう待ちきれなかった。花びらでいっぱいの籠を手に、そわそわと体を揺らす。

 それをたしなめるように、両肩に手が置かれた。

 右を見上げると、お父さんがいた。弱気そうな目を黒縁眼鏡で覆った、だいすきなお父さん。

 左を見上げると、お母さんがいた。強気そうな目でもやさしく微笑む、だいすきなお母さん。

 周りにも、たくさんの人たちがいた。

 ハルのお父さんとお母さんに、お爺ちゃんとお婆ちゃん。学校の先生、友達、お父さんの大学の先生、学生さん。

 手に鍬や松明を持った、たくさんのおじさん達。車いすに座って、大きな鉄砲を抱えたお爺さん。

 左目に眼帯をした女の子。セーラー服のお姉さん。天井に頭をぶつけそうなほど大きなムカデ。

 うめき声をあげる白い人型に、子どもの落書きみたいな人型。人の顔をしたわんちゃん、目が一つだけのわんちゃん。

 みんなみんな、わくわくした顔で主役の登場を待っている。

 そして、大きな扉が開かれて、主役――ハルが入ってきた。

 

 大人になったハルは、びっくりするぐらい綺麗だった。

 真っ白なドレス。金色の髪。三つ編みの先に結ばれた、青いリボン。

 右手には黒い手錠がはめられて、左手は無くなっていた。そのお腹の部分には、赤い血が染みをつくっている。

 白いベール越しでも、ハルの笑顔はきらきらと輝くようだった。

 

 その足元を、クロとチャコが跳ねるようくるくる回っている。二匹の背中には、それぞれリングピローを手にした使者が生えていた。

 ユイが、バージンロードを先に立って歩く。籠の花びらを撒きながら、ゆっくりと歩いた。ユイの首に巻かれた赤いリードが、教会の絨毯をすべっていく。

 やがて辿りついた祭壇には、すごく体の大きな神父さまが立っていた。黒い帽子の下に、包帯でぐるぐる巻きにされた両目が見える。

 フラワーガールの役を終えたユイは両親の元に戻り、花嫁衣裳のハルが、恐竜の頭蓋骨みたいな物が乗った祭壇の前に立った。

 その横に、灰色のタキシードを着た新郎がいた。その顔には、白い円状の仮面のような物がくっついている。何本もある腕が、大きな袋を3つ抱えていた。

 ハルが、その腕の一本に指輪をはめる。新郎はまず、血と脂がこびりついた義手をハルの左肩にはめてから、その作り物の手に指輪をはめた。

 大きな神父さまが獣の姿に変わって、大きな声で叫ぶ、それに合わせて新郎が、その腕でハルの両手両足をつかんでベールをめくり、身動きできないハルに、その仮面が口づけた。

 割れるような拍手が、みんなの歓声が、獣の咆哮が、銃声が教会に響きわたる。

 ユイも感激して涙が止まらなかった。もっとよく見ようとぴょんぴょんジャンプしていると、隣にいた狩人が首のリードを持ちあげてくれる。

 首だけでぶら下がりながら拍手していると、天井に張り付いていた大きなナニカが見えた。腕が7本もあって、アーモンドみたいな頭をしている。

 そのアーモンド頭のナニカが、その腕で大きなウエディングケーキをハル達の前に置いた。ケーキ入刀だ。

 ハルが、左の義手を動かすとガシャンと音がして、肘にくっついていた赤い鋏でケーキをバラバラにする。飛んできたケーキをユイも食べた。すごくおいしい!

 狩人の分も食べてしまうと、いつの間にか目の前にハルがいた。

 クリームがついてるよ。そう笑って、ユイのほっぺたをペロペロ舐めはじめる。

 うわあダメだよハル!

 そういうことはだんなさまにしてあげてよはずかしいじゃないみんなみてるよくすぐったいってばもういやだうれしいけどとにかくおめでとうわたしもすごくうれしいよハルハルハルハルハルハ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はっ!?」

 

 頬を舐められる感触に、ユイは飛び起きた。

 主を起こそうと頑張っていたクロが、嬉しそうに飛びついてくる。

 数時間前にも同じようなことがあった気がする。今も何か、幸せなようなそうでないような夢を見ていた気がしたけれど、よく思い出せない。

 きっと思い出さない方がいい。なぜかそう思った。

 まだボンヤリとする頭を無理やり働かせて、ひどく怠い体も無理やり動かす。ガラガラと、まわりにゴミが落ちてきた。

 

「なに……ここ……?」

 

 ユイは、ゴミの中にいた。

 正確には、ゴミだらけの神社の中にいた。神社自体もボロボロで、見ているとなんだか悲しくなった。

 なんとか立ち上がって、服についた汚れをはたき落とす。黒やら茶色やら、何かも分かりたくないような汚物がこびりついていて、ユイは顔をしかめる。しかめながら、記憶をたどった。

 ええと、たしか、ダムの底の村に入って、ハルの声が聞こえた気がして、大きな鋏のお化けがいて、それから……。

 

 

 

()アァァ――――ッ!”

 

 

 

 

 とつぜん聞こえてきた雄叫びに、ユイの体がびくりと跳ねた。人の声でも動物の声でもない、聞いただけで体が動かなくなるような声。

 しゃがんでゴミの陰に隠れながら、そっと顔を出す。

 狩人が、お化けと戦っていた。

 

 狩人の姿は、もう半透明じゃなかった。でも、その動きがあまりにも速い。速すぎて、ユイには黒い物がびゅんびゅん動いているようにしか見えなかった。

 あの大きな鎌は持っていなくて、かわりに小さめな武器を持っている。見たこともない形をしていて、ユイには上手く(たと)えられない。

 大きな銃声がして、また左手に鉄砲を持っているのが分かった。ダメだと言ったのに。

 

 相手は、あの赤い鋏を持ったお化けだった。

 大きな、それこそ人間も真っ二つにできそうな鋏。それを何本もある腕で掴んでいた。鋏を掴みそこなった腕が、背中の部分でウネウネと動いている。

 ヒトらしい部分といえばその腕ぐらいで、あとは頭も無ければ足も無い。体の部分は赤黒い霞が塊になって、そこにある大きな口がまた雄叫びをあげていた。

 

「ぁ――ッ!」

 

 あぶない、と叫びそうになってあわてて口を押さえた。

 突進したお化けの鋏が、ジョキン! と寒気のするような金属音を響かせて、狩人は姿がかき消えるように避ける。すれ違いざまに、その右手に持った武器でお化けを殴りつけた。お化けの背中に生えた腕の一本がちぎれ飛んで、思わずユイは目を背ける。

 頭をひっこめると、足元にいた使者が「静かに」と指を口に当てていた。それに頷きかえしてから、ユイは気持ちを落ち着かせる。

 何がどうなったのかは分からないけれど、結局はあのお化けに見つかったんだ。それで狩人はユイとクロをゴミの中に隠して、ひとり戦っている。狩人に任せっきりなのは悪いと思うけれど、ユイが出て行っても足手まといになってしまう。

 

 ――大丈夫、あのおじさんは強い。

 

 そんじょそこらのお化けでは狩人の敵ではないということは、もうユイにも分かっていた。ダムで出てきた大きなお化けだって、一人で倒してしまったのだ。あの鋏お化けは別格だと思うけれど、それでもあの狩人ならきっと大丈夫。だから、ユイは彼の邪魔をしないよう、ここでジッとしているのが一番……。

 

 ガンッ! と、何かがユイ達が隠れているゴミに当たり、ユイはなんとか悲鳴を押さえこんだ。飛んできた何かがユイの目の前に落ちる。

 それは、武骨で大きな鉄砲だった。最初に狩人が持っていたピストルよりも、ふた回りほど大きい。こんな物をどうやって片手で使っているんだろう、なんて呑気に考えるユイの目に、真っ赤な血が飛び込んでくる。持ち手の部分にべっとりと付いた血。誰の物かなんて、考えるまでもない。

 あわててゴミから顔を出すと、狩人の左手には何も握られていなかった。その手は、ダラリと力なく垂れさがっている。それを見たユイの頭は、またあの噂を思い出していた。

 

 ――真夜中に「言ってはいけない言葉」を口にすると、コトワリさまが現れ、鋏で手足をバラバラに切られてしまう。

 

 そうだ思い出した。「コトワリさま」だ。いや名前なんかどうでもいい。

 もしかして、狩人は左手を切られてしまったんじゃないか。ユイは青ざめた。

 こんなところで一人だけ待っているわけにはいかなくなった。何か手助けできることはないか、何か。必死に回転させるユイの頭に、噂の後半部分が思い出された。

 

 ――助かりたければ、手と足と首のある物を代わりに差しださなければならない。

 

 それだ!

 何か持っていないかと、ナップサックの中身を漁る。筆箱、色鉛筆、絵日記帳、赤いリード、クロとチャコのおやつ、そして。

 

「……」

 

 あちこちの糸がほつれた、青いリボンの女の子の人形。

 コトワリさまに差しだすには、うってつけの物だった。でも。

 でも、この人形は……。

 

 後ろから、何かがゴミの山につっこんだような音がした。コトワリさまの雄叫びも。

 

「…………」

 

 この人形をもらった時のことを思い出す。

 誰からも「おかえり」を言ってもらえない自分のために、ハルが作ってくれた、ハルの人形。

 不器用なハルの指は、絆創膏だらけでミイラみたいになっていた。

 

「………………ッ!」

 

 狩人が走る音。

 コトワリさまの声。

 ハルの笑顔。

 

 ユイは、ゴミの山から飛び出した。

 

 

 

 

   ◎

 

 

 

 

 ガリガリと(なた)を引きずりながら、そのお化けは山中をさまよっていた。

 血が。

 血が見たかった。

 それが何故かなんて、お化けには分からない。

 理由などというものが必要である理由が分からない。

 血を。

 血を流すのだ。この鉈で。

 それが誰の物でもいい。ナニの物でもいい。

 だから探す。ナニかいないか探す。

 

 

 カラ――――ン

 

 

 音が、聞こえた。

 何の音かは分からない。

 だが、音がするということは、ナニかいるということだ。それは分かった。

 音のする方に、進む。

 

 

 カラ――――ン

 

 

 木々を抜け、狭い道を抜け、開けた場所に出る。

 そこに、ナニかいた。

 ヒトだ。ヒトの、子どもだ。

 座って、こちらに背を向けて、何かを鳴らして、そこまで考えて、もう何も考えられなくなった。

 血だ。

 血だ!

 お化けは、その鉈を振り下ろした。

 鐘を鳴らす、その少女に、振り下ろした。

 

 

 カラ――――ン

 

 

 また、鐘が鳴った。

 

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