終わりのリリィ 柊真昼、十六歳の転生(リインカーネーション) 作:志祈月織
真昼の意識が、精神の奥底から浮上する。
白の世界は徐々に黒に包まれ、やがて、外の世界を認識し始める。
「……」
だが、目は閉じたまま、声も出さない。
まずは、自分の状態を確認する。
どうやら自分は、ベッドのようなものの上で横になっているようだ。
体にわずかにかかる重圧は、掛け布団によるものだろう。
四肢は拘束されておらず、動かそうと思えば、自由に動かせる。
そして、左腕の違和感は、おそらく点滴の針だ。体に妙な違和感がないことから、独や自白剤などは含まれていない、普通の点滴だと思う。
そこまで確認してからやっと、真昼は目を開ける。
「……おはよう、でいいのかな」
そう呟いて、真昼は上半身を起こした。
長いこと寝ていたのだろう。体中が妙にだるくて、動きが悪い。
体の調子を確かめるに、目の前で手のひらを数度、握っては開く。
「体があるなんて、何年ぶりだろう」
世界が滅びてから八年間、真昼は鬼として、一瀬グレンに憑りついていた。いや、それは生きているのか、と言われれば難しいが、長いこと肉体を失っていたことは確かだ。
だというのに、今は確かに、身体がある。胸元に手をやれば、柔らかい脂肪の奥から、確かな鼓動を感じる。
「私、生きてる。なんて、ちょっと感動的なセリフを言ってみたりしてね」
だが、不思議とそのことに、違和感はない。八年もの間、身体がなかったというのに、すんなりと、自分の肉体を受け入れている。長い間横になっていたことによる軽いダルさはあれど、自分の体を動かすこと自体に、口に出したほどの感動はないのだ。
「実際、思ったように動かせているし」
と、真昼は視線を横に向ける。腕につけられている器具と、その先にある心拍系に、真昼の脈拍が波形として表示されている。
その波形は、真昼が起きてから、いや、起きる前から変わらず、一定の数値を示している。
真昼が自分の脈拍をコントロールして、一定の数値に保っているのだ。この程度のことは、幼いころからの訓練で、容易にできるよう躾けられている。
これで機器からの情報を観測している人間には、真昼は眠ったままだと思われたままだ。
「それにしても、不用心ね」
真昼は、自分が寝ていた部屋を見まわす。見た限りは、ただの病室の様だ。
真昼の寝ていたベッドの隣には、空きのベッドが置かれていて、その奥には暖かな日差しが差し込む窓がある。
日差しの強さから、今は朝の時間帯。空は快晴で、雲一つない青空が広がっている。
「拷問室か、研究室にでも閉じ込められているかと思ったけど」
真昼の予想では、自分がどこかの組織に確保されたのだとしたら、固く冷たい椅子に拘束され厳しい拷問をされるか、狭い部屋でベッドに寝かされ体の隅々までを解剖されるか、それに近い扱いをされるはずだ。
それだけの扱いをされる覚えが、真昼にはある。
なにせ、心と体を鬼に支配され、その後吸血鬼へと変貌し、最後は世界を滅ぼすための実験に利用された、狂った化け物なのだ。
そして、一ノ瀬グレンの中で、狂った鬼として生きていたはずなのに、気が付けばこうして、再び肉体を手に入れている。
真昼を捕まえた組織が日本帝鬼軍だとすれば、そんな未知の化け物を、こんな丁重に扱うはずがないのだ。
拷問して、解剖して、さらなる力を得ようとするのが、あの組織だ。
だというのに、真昼はただ眠っていただけだ。部屋に監視カメラの一台もなければ、四肢を拘束されてもいない。
ただ安静に、寝かされていただけだ。
「私のことを知らない、誰かに保護された?」
そう、考えるべきだろうか。
だとすれば、誰に? 個人か、組織か。そもそも、自分はなぜ、ここにいる。なぜ、自由になる身体を持っている?
「ダメね。情報が少なすぎる」
そう、真昼は呟く。
今がどんな状況なのか、これから自分はどうするべきなのか。
情報も少ないし、なにより、真昼は自分の記憶が、いまいち信用できない。
一瀬グレンや、日本帝鬼軍や、鬼などという、自分にとって無視できないはずの存在が、どこか他人ごとに思える。
「なにか、柊真昼を演じさせられているみたい」
だとしたら、どこの誰が、真昼を真昼にしているのか。誰かが真昼を操り、どんなシナリオを紡いでいるのか。
「はは、何それ。結構ムカつくんだけど」
真昼はそう、吐き捨てた。
とにかく、今は、少しでも情報を手に入れる。
そして、自分の身に起きていることを解明する。
そう決めた時だ。病室の外に、人の気配がした。
真昼はすぐに横になると、目を閉じ眠っているふりをする。
「真昼ちゃん、起きてる?」
病室の扉が開くと、そんな軽い声が聞こえた。
声の主は軽い足取りで、真昼が眠るベッドに近づいてくる。
足音の間隔から、歩幅を推測する。そこから割り出される身長は、およそ160センチ程だろうか。
声の高さから、女性で、年齢は真昼とそう変わらない、高校生くらいのものだと判断する。
そして間違いなく、なんらかの訓練を受けた人間だ。聞こえてくる足音に、不安定さがなく、よく鍛えられた足腰をしていると、真昼は感じた。
それに、なによりも警戒すべきは、その人間が真昼の名前を呼んだこと。つまり、真昼の素性を知るだけの、調査力があるということだ。
真昼の正体を知りながら、拘束の一つもしていないことに違和感があるが、それでも、警戒を強めるには十分な理由だ。
その人物が真昼のベッドのそばに立つと、呟いた。
「本当に、きれいな顔で眠ってる。まったく、惚れ惚れしちゃうよ」
どうやら、真昼が起きていることには気が付いていないようだ。ならこのまま、眠ったふりを続けて、相手から情報を引き出すべきだ。
するとどうも、ここがなんらかの学園施設で、今が四月だということがわかった。
学園施設が、なぜ真昼を保護したのか、さらなる疑問点が増えるが、相手はただ見舞いに来て、眠り続ける真昼に独り言をこぼしているだけ、というようで、なかなか核心を突くような情報が出てこない。
期待外れか、と思ったが、不意に、その言葉がこぼれた。
「やっぱり、特殊な強化をされたリリィだからかな。百由が色々調べてるみたいだけど、いい結果はまだ出ないみたいなんだよね」
強化されたリリィ。リリィという聞きなれない単語だが、不思議とそれは、真昼に違和感なく溶け込んだ。
そして、どうやら強化されたリリィというのは自分のことを指していて、何らかの調査をされている、とわかった。
(まあ、そうだよね)
ここは、ただの学園施設でもなく、真昼は意味もなく保護されたのではないのだろう。
少なくとも、真昼が化け物だと突き止めて、そのうえでここに置いているのだ。
それは、飼い慣らすためか、それとも使いつぶすつもりか。
少なくとも、善意で真昼を保護したとは、思わない。
だって、人間が化け物を助けるはずがないのだ。
愚かで弱い人間は、化け物を恐れる。それだけでなく、自分の欲望のためなら、同じ人間さえ踏み台として、自分の願いを叶えようとする。
人間は、信用できない。信用してはいけない。
信用できるのは、信じてもいいと思えるのは、心の底から好きななった、相手だけだ。
だから、真昼は、今隣に立つ相手を信じない。
心配するそぶりを見せても、その心の内では、何を考えているかわからない。
例え、彼女が本心から真昼を案じているとしても、その裏にいる相手、例えば百由と呼ばれた相手が、彼女を操っている可能性もあるのだ。
どちらにせよ、これで真昼の行動指針は決まった。
「それじゃ、私は行くね。次は、出来たら王子様を連れてくるよ」
声の主が、部屋を出ていこうとする。その気配を感じて、私は飛び起きると、相手を地面に押し倒した。
「残念ね、私の王子様は、もう決まってるの」
驚いたように目を見開き、真昼を見るその少女に、軽い口調で言うのだった。
天葉がお見舞いしている裏側の様子でした。
一向に話が進まないし投稿間隔も空いていますが、感想などお待ちしております。