終わりのリリィ 柊真昼、十六歳の転生(リインカーネーション) 作:志祈月織
少しずつ終わりのセラフ要素を強くしていきたいです。
それは、いつも通りの朝だった。
百合ヶ丘女学院の二年生、白井夢結は自室の鏡で身だしなみを確認する。百合ヶ丘女学院に所属するリリィとして、服装の乱れは許されない。リボンやソックスなど、細かい箇所まで、入念に確認する。
「ずいぶん、準備に余念がないんだね」
夢結の背後から、声がかけられた。
それは、ルームメイトの秦祀ではない。彼女は、生徒会の所用があるとのことで、一足先に部屋を出ている。
その声の主は、夢結にとって最も大切な人物。
「貴女には、関係のないことでしょう。お姉様」
それは、夢結のシュッツエンゲル、川添美鈴だった。
美鈴は苦笑すると、
「ずいぶん、素っ気ないね。最近、僕に対する態度が冷たいんじゃないか」
そんな、非難するような言葉を、夢結は聞き流す。だって、その言葉を聞くことに、意味はないのだから。
──川添美鈴は二年前に戦死しているのだから。
だから、この場に美鈴がいるわけがないのだ。なのに、夢結の視線の先には美鈴がいる。
夢結にしか見えない、美鈴がいる。
美鈴は夢結の前に現れたのは、二年前。美鈴が戦死した甲州撤退戦のすぐ後だ。
最初は、ただ嬉しかった。なにせ、自分の目の前で傷つき、命を失ったはずの姉が生きていたのだ。自分の傷が痛むのも構わず、大声で泣きながら、美鈴を抱きしめた。
だが、その幸せも長くは続かなかった。
最初は、違和感しかなかった。夢結が美鈴と話していると、見舞いに来た友人たちが、顔をゆがめるのだ。泣きそうな、何かを言いたそうな、でも言うことができない。そんな、無理やり作った笑顔をするのだ。
そして、吉村・Thi・梅が、それを口にした。
『夢結、この部屋に美鈴様はいないゾ』
そして、夢結は幸せな夢から覚めた。夢結の世界の熱は冷めて、色を失った。
それは、梅の精一杯の優しさだったのだ。誰もやりたがらなかった残酷な役目を引き受けてくれた。
けど、それからの夢結の生活は、地獄のような日々だった。最愛の人を失い、それでも自分は生きている。
──そしてなにより、死んだはずの姉だけが、夢結の前で色づいて見えた。
医師の診断では、精神的なショックによるものだろう、ということだ。なにせ、姉を失ったことはもちろんだが、甲州撤退戦の最中、一週間、夢結と美鈴は行方不明だったのだ。必死の捜索の上、もう諦めようかという空気が漂う中で、やっと見つけたのが夢結とすでに冷たくなった美鈴だった。
行方不明となった一週間、何をしていたのか、夢結も覚えていない。調査隊が組まれたが、一週間に何があったのか、手掛かりは発見できなかった。
ただ、夢結が精神的疾患を受けるだけの、なにかがあったのだということだけが、わかった。
夢結も最初は、その事実を受け入れようとした。美鈴お姉さまはもういない、自分が見ているものは、自分が生んだ都合のいい幻にすぎない。そう、懸命に自分に言い聞かせた。
だが、結局はダメだった。
どんなに、美鈴の幻を振り払おうとも、その声を無視しようとしても、最後には、耳を傾けてしまう。存在を受け入れてしまう。
愛しの姉といたいという、欲望に負けてしまう。
それから、夢結の生活は一変した。美鈴を拒絶したい、けど受け入れたい。そんな矛盾した想いが、現実の生活にも影響を与え始めた。
端的に言えば、他人との距離がわからなくなったのだ。どこまで、自分は相手と親しくしていいのか、友人だと思っている相手は、ただの幻想ではないのか。すべて、自分の都合のいい思いこみではないのか。
そうしているうちに、夢結はルームメイトや級友、所属していたレギオンメンバーとも、交流を持つことを避けるようになっていた。
友人などいらない。仲間もいらない、ただ、ヒュージと戦う。そして、美鈴といる。自分には、それだけあればいい。
いつしか、「死神」などという呼ばれ方をされるようになったが、そんなことは気にならなかった。ヒュージと戦っている間だけが、自分の存在を認めることができた。ヒュージと戦う間だけ、より美鈴の存在を近くに感じることができた。
夢結の世界には、自分の姉だけいればいい。そう、思っていた。
けど最近、夢結の世界に、土足で踏みいる存在がいた。
それが、一柳梨璃だ。
どんなに邪険に扱っても、夢結のそばから離れず、シルトにしてほしいと、引き下がらなかった。
もちろん、夢結はシルトを作るつもりなどなかった。自分のような狂ったリリィが、シルトを作れるはずがない。
それなのに、梨璃は諦めなかった。あまりにもしつこいので、いっそ近くに置いて、梨璃が求める理想の夢結などいないのだと思い知らせてやろうと、シルトにしたが、それがいけなかった。
梨璃は、狂った夢結を受け入れたのだ。ルナティックトランサーを発動させ、ただヒュージを倒すだけの化物となった夢結のことを、それでも姉だと言ってくれた。
だから、夢結も少しずつ、変わろうと思ったのだ。少しでも一柳梨璃の姉であることを、誇れるように。
「いい加減、自分の都合のいい妄想に浸ることはやめたんです」
視線だけを美鈴に向け、夢結は言った。
「なるほど、夢結も姉離れする時が来たということか。うれしいような、寂しいような、複雑な気分だよ。けど、梨璃ちゃんは私にとっても、可愛い孫のようなものだ。夢結が梨璃ちゃんのために頑張ろうとする姿は、見ていてとてもうれしいものだ」
そういう美鈴は、嬉しそうに笑っている。けど、瞳だけが冷たいままだ。美鈴は、いつもそうなのだ。愉しそうなのに、まったく笑っていない。ただ、夢結を甘やかすように、すべての行動を肯定してくる。
だから、つい甘えたくなってしまう。認められることが気持ちよくて、美鈴という誘惑に逆らえなくなってしまう。
だから、夢結は強い口調で言う。
「お姉さまがどう思おうと、関係ありません。もう、私には関わらないでください」
そういうと、夢結は通学かばんを手に取ると、美鈴を残して部屋を後にした。
「ふふ、怒った夢結もカワイイな」
一人残された美鈴は、窓から部屋の外を眺める。窓からは海が見えるが、さらにその先に視線を向ける。
「二年か、思ったより長かったな。けど、この調子じゃ今日がその日かな」
二年間、待ちわびていたものが、やってくる。そして、自分と夢結が、一つになる。
「悪いね、柊真昼。僕は、僕の欲望を抑えられない」
そう笑う美鈴の額には、二本の角が生えていた。