終わりのリリィ 柊真昼、十六歳の転生(リインカーネーション) 作:志祈月織
今から楽しみです!!
「本当に、びっくりです~。アールヴヘイムのノインヴェルト戦術を見学できるなんて」
驚きと喜びが混ざりあり、興奮した声を出したのは、前を歩く二川二水だ。その隣では、一柳梨璃が同じく笑顔で頷いている。
周りをいる一同も、皆似た感じだ。違うのは、最近は多少なりとも柔らかくなったが、それでも厳しい表情が多い白井夢結と、どこかこの状況を他人事に思っている自分、楓・J・ヌーベルだけだ。
さて、一体どうしてこんなことになっているのだろうか、と楓は思い返す。
もともと、楓はこの学院で、親しい友人は作るつもりはなかった。楓の学院での目的は、柊真昼を捜索する手がかりを手に入れることと、あの柊と対立するだけの力を手に入れることだ。
世界的名門校である百合ヶ丘女学院のリリィが気の抜けた気持ちでヒュージと戦っているとはさすがに思っていないが、それでも、戦うモチベーションというのは様々だ。なので、真に自分を高められる相手を厳選し、不要なものは切り捨てようと思っていた。
なんとも傲慢で独りよがりの考え方だが、自分の目的を最短で達成するためには、必要なことだと割り切っていた。
その気持ちは、真昼と再会した日からより一層強くなっていた。まずは、力を高めながら、この学院と真昼の関係を探る。そして、この学院が敵となるのか味方になるのか、見極めようと思っていたのだ。
だというのに、気が付けば楓は、新米リリィである梨璃が隊長を務めるレギオン、一柳隊に所属しているのだ。
理由はなにかと聞かれれば、単純に、絆されてしまったのだ。
梨璃とは初日の戦闘で一緒になったことや、クラスが同じになったことで、梨璃から一方的であることが多いが、よく話をするようになった。そして、彼女がこの学院に来た理由を知った。
憧れの夢結を追いかけてリリィになり、そして懸命に夢結を追いかけるその姿が、真昼を追いかける自分と重なってしまった。そんな、簡単な理由だ。
自然と、梨璃が夢結のシルトになれるように手を貸していたし、レギオンにも参加することになっていた。
正直に言えば、誤算だ。想定外にもほどがある。今は六月半ば。予定では、今頃学院でも発言力がある上位レギオンに所属し、この学院の隠し持っている情報の一つや二つを手に入れているところなのだ。なにせ、楓には学院の八つのレギオンから勧誘があったのだ。十分、実現可能な計画だった。
だというのに、今いるレギオンは結成したての弱小レギオン。どこで、予定が狂ったのかわからない。
「まったく、梨璃さんのせいですわ」
聞こえないほどの小さな声で、呟く。
梨璃には、不思議なことに人を引き付ける魅力があった。何事にも一生懸命な姿は、どうも手を貸してあげたくなる。助けてあげたくなる。
もしかして運命の歯車が少しでも異なれば、真昼ではなく梨璃のことを運命の人だと思っていたかもしれない。
──確かに、容姿はわたくし好みではありますが。
なんて、ありえない
今日はこれから、結成したばかりの一柳隊のために、アールヴヘイムがノインヴェルト戦術を見学させてくれるのだ。
学院の最上位レギオンの一つであるアールヴヘイムが、新米レギオンのために動いてくれるというのは、そうそうあるものではない。これは、夢結と吉村・Thi・梅のコネによるところが大きい。
楓としても、こんな貴重な機会は滅多にないので、少しも見逃さないようにし、自分の糧とするつもりだ。
そして、ヒュージが到来する戦場へと向かう途中で、
「……」
ふいに、楓は足を止めた。
「どうかしましたか、楓さん?」
隣を歩く、郭神琳が怪訝そうに聞く。ほかのメンバーも、立ち止まり楓を見ている。
「いえ、少し所用を思い出しました。申し訳ありませんが、先に行ってください」
「なんじゃ、トイレか?」
なんて、品のないことを聞くミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウスに、わざとらしく顔をしかめて、
「違いますわ、ちびっこ二号! ちょっと、CHARMのことでお父様に連絡する約束をしていたのです。予定時間までには終わらせるので、少々失礼しますわ」
適当な言い訳をして頭を下げると、楓は来た道を引き返す。向かう先は一柳隊のレギオン控室でも、他の電話に適した場所でもない。しかし、楓は迷いなく歩を進める。そして、目的の部屋の前まで来ると、一呼吸して気を張ると、扉をノックした。
「どうぞ。カギは空いているよ」
緊張した楓とは逆に、軽い調子の声が部屋から聞こえた。
楓はその部屋、アールヴヘイムのレギオン控室に入る。
「失礼しますわ」
「ようこそ。歓迎するわ」
その中にいたのは、ただ一人。
アールブヘイムの隊長、天野天葉だった。
「……」
「いつまでも扉の前に立ってないで、こっちに来てソファーに座ったら? お茶くらい入れるよ」
「いえ、結構です。お互い、ゆっくりしている時間はないはずですわ」
友好的な天葉に対して、楓は警戒心を解かない。
なにせ、天葉は楓一人をここに呼び出したのだ。それも、物陰に隠れ、歩く楓の背中に対して敵意を向けるという方法で。楓も、相手がだれか気が付かなかった。ただ、敵意を感じ、その主を追いかけてきたら、ここに来ただけだ。
それが天葉だったことには驚くが、警戒心を解く理由とはならない。
「それはそうだね……いや、最初に謝るべきかな。あなたを無理やり呼び出すようなことをして、ごめんななさい」
「謝罪は受け取りますが、説明はしてほしいものですわ。同胞であるはずのリリィから敵意を向けられて、冗談などという理由で済ます気はありませんわよ」
「ええ、もちろん」
そういうと、天葉は部屋に置かれたソファーに座る。楓も、覚悟を決めて、天葉の対面に座った。天葉の様子から、長話になるのは避けられないと判断したのだ。
「理由は二つ。一つは、貴女と二人で話したかったの」
その答えに、楓は顔をしかめた。
「意味がわかりませんわ。わたくしと話したいなら、接触方法は他にもあったでしょう。それ以前に、天葉様がわたくしと、二人だけで話したいという理由が思い当たりませんわ」
「そうかな? 貴女は、あたしと話したいと思っていたみたいだけど」
「どういうことでしょうか?」
「熱心に、あたしのことを聞いて回ってたんでしょう」
楓は表情にこそ出さないが、内心ではその意味を理解した。
どうも、天葉のことを探っていたことを、知られているようだ。
楓は入学してしばらくの間、この学院で真昼の情報を探っていた。もちろん、学院が敵か味方か判断できないうちは、大きな行動に出ることはできない。なので、何気ない会話から、少しでもこの学院で、真昼に関する異変が起きていないか、探ろうとしたのだ。
そこで、気になったうわさがあった。
例えば、妹を溺愛している天野天葉が、入学式当日に姿を見せなかったこと。
例えば、入学式のヒュージ逃走時、天野天葉を探しに行った田中壱が戻らなかったこと。
それは、気になる話ではあるが、それだけで真昼に結びつくものではなかった。だが、その情報源の一人
田中壱についての愚痴をこぼしていた遠藤亜羅椰だが、田中壱のその後の動向について聞こうと思った時、言葉を濁したのだ。
『ああ、その話。ごめんなさい、私の勘違いだっただけ。いっちゃんは、私とは別の場所でヒュージ捜索していたみたい』
なんてことを、棒読みのように話す亜羅椰に、違和感を覚えない方が無理だった。
それは、天野天葉についても同じだ。
彼女のシルト、江川樟美にも、雑談を装って入学式での天葉のことを聞いてみると、濁すような、曖昧な返事が返ってきた。
そこから、少しずつ、楓の行動を悟られないように、天葉の入学式前後の情報を探った。
時にはなにげない雑談のように。時には先輩に憧れる一年生リリィのように。
そうして、どうも天葉は入学式の直前に、同室の番匠谷依奈と共にヒュージ発生した地域に調査に出たらしい。そこから帰ってきてからというもの、天葉は一日に一度は、どこかに一人で行っていたらしい
断片的な情報を組み合わせて、楓はどうにかそこまでの情報を手に入れていた。ただ、それが真昼と関係するまでは、不明のままだった。これ以上は、より踏み込んだ動きが必要だと、思っていたところに、天葉からの接触だ。
熱心に、と言われるわかりやすく動いていたつもりはないが、天葉の言う通り、無意識のうちに目につくようなことをしていたのかもしれない。
ここで否定するのは得策ではない。だが、真実を話すわけにもいかない。今は、適当に話を合わせて、ごまかすことにする。
「お恥ずかしい限りですわ。憧れのリリィである天葉様とお近づきになりたくて、少々はしたない行動をとってしまたようです」
「へえ、あたしのファンってこと?」
「はい。天葉様の数々の戦歴は、リリィとして尊敬の念しかありません」
「そういう楓ちゃんも、かなりの実力だと思うけど。なんせ、あたしの気配だけを追いかけて、ここまで来るんだもの」
「あれくらい、天葉様でもできると思いますが」
「ヒュージとの戦闘中ならね。だけど、学内で少しの、それも人の敵意を感じて、すぐこの部屋まで来るなんて、できないよ。まるで、人間を相手にすることも想定した訓練をしていたみたい。実は、いざという時のために、本当の実力を隠していたりして」
なんて、からかうような天葉の言葉から、大体の話の流れが見えてきた楓だが、少し微笑みながら言う。
「恐縮ですわ。天葉様からお褒め頂けるなんて、光栄です」
「それじゃ二つ目の理由ってことで、憧れの天葉さんから、一つ質問してもいい?」
「わたくしに、答えられることなら」
楓がそう言うと、天葉はいたずらっ子のように、笑みを作って言った。
「真昼って聞いて、なにか心当たりある」
「……さあ」
と楓は言った。
「お昼時のことですわよね? 言葉の意味はわかりますけど、それ以上のことは……」
表情は、うまく隠せたと思う。ただ少し、直接的すぎる質問だったために、驚いてしまった。
楓の反応を確認した天葉は、言葉を続ける。
「今の答えは、どういう反応なんだろう? わざと答えをはぐらかしたのかな」
「おっしゃっている意味がわかりませんわ」
「……はぁ」
天葉は、疲れたように大きなため息をつくと、肩を落とした。
「やっぱり、こういう探り合いとか、回りくどいやり方は、理事長代理や百由ならともかく、あたし向きじゃないわ……ねえ、楓ちゃん。お互い、腹を割って話す気はないかしら」
「どういうことでしょうか」
「まあ、そういう反応になるわよね。いいわ、こっちから話しましょうか。楓・J・ヌーベルさん。貴女は、百合ヶ丘女学院から、学外組織のスパイ容疑がかけられています」
天葉は、そう話を切り出した。
「百合ヶ丘女学院は三月後半、強化リリィと思わしき少女の保護をしたわ。少女の本名は不明だけど、自身を真昼と呼んだことから、学園関係者は彼女のことを、そのまま真昼という仮名で読んでいたの。あ、ちなみに最初に真昼ちゃんを保護したのはあたしね」
楓は、天葉の言葉を聞きながら、自分の持つ情報との擦り合わせを行う。楓が知る天葉の当時の行動と、矛盾はないように思える。
だからと言って、その言葉を鵜吞みにするわけではないが。
「それで、ずっと眠りっぱなしだったんだけど、入学式の日の朝にやっと目が覚めたんだ。けど、目覚めると同時に、その場に居合わせたあたしのことを気絶させ、学院から逃走したんだ。その途中で、生徒の一人を襲ってCHARMまで強奪してね」
「天葉様を気絶させるなんて、その真昼という方は、かなりの実力者ということでしょうか」
すでに、今の真昼の実力を見ている楓だが、天葉の会話に合わせて、質問をする。そこで、どう回答するかによって、天葉の思惑を読み取るためだ。
「気絶したのは、油断したからってことが大きいけど。そうだね、あたし一人じゃ手も足も出ないかな。どうも、入学式の日に脱走としたヒュージを撃退したのは、状況的に真昼ちゃんみたいなんだよね」
「私は、出江史房様がヒュージを撃退した、と聞きましたが」
「それは嘘。ちょっと、真昼ちゃんの事情は、公にできない事情があってね」
「事情ですか。それは気になりますね」
「あはは……その事情、楓ちゃんは分かってるんじゃないのかな?」
そう、天葉はまったく笑っていない目をして、楓を見た。
「どういうことでしょうか?」
「ヒュージが撃退された現場の検証を行ったのよ。少しでも、真昼ちゃんの手がかりが残っていないと思ってね。そしたらどうも、妙な戦闘の形跡があったのよ」
「ヒュージと戦闘があったのなら、形跡位いくらでもあるでしょう」
「だから、妙なのよ。どうも、ヒュージ以外の何かと戦っていた。そんな形跡ね」
「なるほど。その何かが、私だと言いたいのですわね」
「へえ、驚かないのね」
「あの現場に、最初に到着したのは私。なら、疑われても不思議ではないですわ」
あの時、楓は真昼に襲われ、少なからず抵抗した。その痕跡など、探せばいくらでも残っているし、真昼が逃走する際に残していった、地面の亀裂もある。入学式には不自然な呼び出しもあったし、最初から疑われているのは分かっていた。 ただ、天葉からこうして、手の内を明かすような話をされることは、少し意外だった。
「私は、その真昼さんと接触し、それを黙秘している。なら、百合ヶ丘にとって、不都合な存在である可能性がある。真昼さんと通じていて、意図的に逃走の補助をした。そんなところでしょうか」
「まあ、間違ってないけどさ。それ、自分で言うんだ」
「ええ、もちろん。私の経歴に、なんら後ろ暗いものがないことくらい、もう調査済みなのでは?」
楓の言葉に、天葉の顔色が分かりやすく変わった。交渉事が苦手というのは、本当なのだろう。
楓の経歴が調べられているは不思議ではない。むしろ、警戒すべき人間をなんの調査もせず、放置するなど組織としては愚かな行為でしかない。だから、百合ヶ丘も楓の背後関係、特にG.E.H.E.N.A.辺りとの繋がりを調べたはずだ。
だが、なんの問題もない。楓は、G.E.H.E.N.A.や他の後ろ暗い組織と繋がりなどない。あるとすればは、実家であるグランギニョル社だが、家族でさえ、楓の目的を知らないだろう。
楓はただ、一人で真昼を追いかけてきたのだ。
「……ええ、そうよ。学院の調査では、あなたを疑うような結果が出なかった。だからこそ、あたしがこうして、楓ちゃんと話すことになったのよ」
「どういう意味でしょうか」
「だから最初に言ったでしょ。腹を割って話さないか、ということよ」
なんて、天葉は言う。
「まずは、学院が持つ情報を、あなたに公開したわ。まあ、さすがに全部とは言えないけど、それでも、楓ちゃんにかけられた嫌疑に関する情報は、話したつもりよ」
「だから、私にも知っていることを正直に話せと」
楓は、あまりのことに、思わずため息を吐く。
それは、交渉でも何でもない。契約も結んでいないうちに、一方的に情報を開示し、だから楓も知っていることを話せと、そう言っているのだ。なんて、バカバカしい話だ。
「それ、私が嘘をつくとは思わなかったんですの?」
「楓ちゃんって、嘘つきなんだ?」
「そういうことではありません!」
的外れなそれはの反応に、思わず声が大きくなる楓。
「そもそも、真昼さんという方のことを、私が知っているという確証はないんでしょう。そんな相手に、学院の機密事項を明すなんて、もう少し警戒心を持つべきですわ」
「はは、あたしの心配してくれるんだ。楓ちゃんは優しいね」
「私のこと、バカにしてるんですの?」
「そんなことないよ。それに、楓ちゃんは真昼ちゃんのこと、知ってるでしょ」
「だから、私は──」
「知ってるよ」
楓の言葉を遮る様に、天葉が言う。
「楓ちゃんは、真昼ちゃんのことを知っている。いや、大切に思っているのかな?」
「なにを根拠に、そんなことを言うのか理解できませんわ」
「根拠なんかないよ。けど、あたしも、どんなことをしても守りたい大切な子がいるから。真昼ちゃんのことを聞いている楓ちゃんの反応を見れば、なんとなくね」
それだけ言うと、天葉はソファーから立ち上がる。
「そろそろ、約束の時間だね。返事は、今日の任務が終わった後に聞かせて。合流するタイミングはずらした方がいいだろうし、あたしは先に行くね。それじゃ、またあとでね」
そう軽く手を振ると、天葉は控室を出て行った。
「はぁ……」
しばらくすると、楓は深く息を吐き、ソファーに身を預ける。楓は、完璧に感情を表情に出さなかったはずだ。それは、理事長代理との会話でもボロを出さなかったほどだ。それは、真昼の話が出たからと言っても、変わらないはずなのだ。
なのに、天葉はあっさりと見破った。楓の中の真昼を、見つけ出して見せた。
「なにが、交渉事は苦手ですか」
なんともいえない敗北感に襲われる楓だった。