『久しぶりだね……』
――ん……? ああ……あのときの……。
『調子はどう?』
――ぼちぼちかな。
『戦いは好き?』
――嫌いさ……でも、やりたくないじゃ済まされないときだってあるだろ?
『そう……助けは必用?』
――助け? 誰の?
『君が昔自分の中に閉じ込めた、いや封印したものの』
――じゃあいらない。わざわざ解く必用なんて、無いだろう?
『ふふっ、そうだね……君は変わらないね』
――変わったさ。自分を理解してくれる人がたくさんできた。
『いや、心の底ではずっと変わってないよ。助けるばかりで、助けられようとしない。自分は特別だから、他の普通を守ろうとする。それが当たり前と思ってる』
――なんでわかるんだよ。
『君がわかっているからさ』
――は?
『君がわかることはわかるし、君が知っていることは知っている』
――待ってくれ。意味がわからん。まず君は誰だ?
『君がよく知っていながら、会わないようにしていたものだよ……そろそろだね。そうそう、君はね、まだ全力じゃないよ。人ってさ、いっつも全力出してたら体が耐えきれないから無意識に力を制御してるんだ』
――待てよ、わかるように説明してくれ。
『わかってるのさ、もう。わからないように思っているだけで、ずっと前から――』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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――――――――――
目を開けたら、自室の天井が目にはいった。いつもと変わらず、白っぽい色である。
……今のは……夢?
「ふぁ……! んんーー……! 変な夢見たーー……!」
俺は背伸びをして半開きの目を擦る。
なんだ、今の夢…―女の子に囲まれて頭おかしくなったか?
夢の内容を思い出すが、考えれば考えるほど、おかしな夢である。
「ま、下手に嫌な夢見るよりいいか……」
あくびをしつつ、昨晩セットした目覚まし時計のアラームを解除する。まだ朝は早いが、かといって二度寝する気分でもない。
さて、どうしようかな……と、そう考え始めた矢先。
「ん……」
声が聞こえた。すごく近くで。
無論、俺が発したものではない。
え、誰だ? ここは俺の部屋だぞ……しかも一人部屋。
「……幽霊?」
「……うー……ん……」
周りを見渡す。誰もいない。
だけど声は聞こえる。
カーテンを閉めているせいで若干部屋が薄暗いから、その感じがよりいっそう雰囲気をそれらしくしている。
「……べ、別に!? こここ、怖いとか、そんなんないじゃないからな!?」
そう言いつつ布団を頭から被る。
これは……あれだ。人は限られた酸素でどれくらい耐えられるかの限界にチャレンジしてるだけだ。 うん。勘違いするなよ?
ごそごそと布団の中で体を動かして、楽な体勢を探す。
すると。
プニッ。
「ん……」
なんだこの柔らかいものは……今までに感じたことのない優しい柔らかさだ……。
けど妙に懐かしい。
プニプニ。
「ん……んっ……」
これか! なんだよこの柔らかいものが発生源だったのか! あー、安心した。このやろ、ビックリさせやがって。
プニプニ。
「ん……はっ……!」
あれ……でもなんでこんなものが布団のなかにあるんだ?
「……あ、朝から大胆だな」
しゃ、しゃべった!? い、生き物……だと……!?
「だ、誰だ!?」
「私だ」
「お前だったのか――って!? 何してんだ!?」
勢いよく布団をめくると、ラウラが顔を赤らめて寝ていた。
しかもその格好が。
「なんで裸なんだ!?」
そう、全裸なのだ。
あ、いや……眼帯と『シュヴァルツェア・レーゲン』の待機状態のレッグバンドはされてるが……ってなに冷静に分析してんだ!
「夫婦とは包み隠さぬものだと聞いたぞ? ましてお前は私の嫁……」
「……間違ってる! お前はいろいろと間違ってるぞ!」
顔を手で覆いながらブンブンと手を横に振る。
そりゃあ……見たいよ?
見たいけどそういうことは互いがそういう関係になったあとにああやってこう……あーもう! それは今どうでもいい!
「と、とりあえず! ほら! これ着ろ!!」
近くにあった制服の上着を投げる。
ラウラはぶつぶつと何かを言ったようだったが、ちゃんと話を理解してくれたらしい。
服を着ているらしい音がカサカサとやけにうるさく聞こえた。
なんかドキドキする……平常心……平常心……。
「着たぞ。しかし動きにくいなこれでは……」
おそるおそる目を開けると自分の服装を不思議そうに眺めるラウラがいた。
だがすぐにまた目を閉じた。いや、開けていられなかった。
俺の制服のサイズは小柄なラウラにはブカブカで、手が袖から出ていない。 さらに着たと言っていたわりにボタンなどは閉めず、そのためいろんなところが見えそうで見えないという感じだった。
なんというかそれでこっちに『これでいいのか?』と首をかしげられると……『ぐっ!』とくる。
「やっぱいい! やっぱいい! 脱げ!」
「脱げ? し、仕方のないやつだ……み、見たいなら見たいと言えばいいのに……」
「そうじゃない! というかなぜここにいる!」
そこだ。一番の問題はそこだ。鍵はかけていたし、なぜだ?
「い、言っていただろう? 『お前を一人にしない』と……」
「何――!?」
「はっ!」
「うわっ!?」
突然押し倒された。押し倒されたんだ、俺が。押し倒したんじゃないからな。
「だ、だからだな……そ、その……ふ、二人だからできることを……」
「ら、ラウラ……さん……? この体勢は……さ、さすがにまずい、かな……?」
「わ、私と一緒になるのは……嫌か……?」
「お、おい! それどういう――」
「まずは夫婦の誓いからだな……い、いくぞ……」
ラウラの顔が近付いてくるのを感じる。頬にさらさらと美しい銀髪が当たり、少しくすぐったい。女の子特有の甘い香りは瞬時に脳内に伝わり、感覚を鋭敏化させ、思考を鈍化させ始めた。
本能がこのままではまずいとアラートを鳴らす。
「や、やめろ! こ、この!」
もうなりふり構ってられない。
俺は目を開け、なんとかこの体勢から抜け出そうとした。
「む! やるな……! 我が軍に入隊させたいぐらいだ」
「断る!」
しばらく取っ組み合いをする。
ドンドンバサバサギシギシバシバシと早朝からうるさくてごめんね、みんな。
「「はぁ、はぁ……」」
なんとか俺がラウラをくみ伏せた。お互いに全力でなんとかしようと頑張ったので、頬が上気し、軽く汗をかいている。 ラウラは髪が、俺は服が乱れている。
ん……あれ? これさっきよりまずい絵面じゃないか?
気付いたときにはもう遅かった。
ガチャと扉が開く音に合わせ、俺とラウラの首がそちらに向けられる。そして、意気揚々と入ってきた鈴を見てしまった。
「信! あたしが直々に朝食に誘いに来てやったわ! 感謝しな……さ……い」
なんという不幸なことだろうか! 鈴、ノックくらいしてくれないか。
そのとき恐らく鈴の目に写った俺たちはとんでもないことになっていただろう。互いに頬を赤くし、肩で息をして、服が乱れている男子が裸の女子を上に乗って押さえ付けているのだから。
どんな想像をしたかは……まぁ……鈴のためにもノーコメント。
「……死ぬ覚悟はできた?」
鈴はすでに『甲竜』の衝撃砲の最終安全装置を外しているようだ。
使いどころが違うでしょうに。
「待て待て待て待て待て待て待て待て待て!!」
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
フルパワーで放たれた衝撃波は、窓ガラスをぶっ飛ばし、壁面も削り取っていった。
そんな不幸な目に遭った俺の部屋が完全に元通りになったのは、一週間後だった。
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「あー……ひどい目に遭った……」
俺、鈴、ラウラは今食堂に来ていた。
怒っている鈴を落ち着かせ、なんとか説明したのだが、まだじろじろこっちを見ている。
……あ、目が合った。
「ふん!」
プイッとそっぽを向かれた。
うわぁ……怒ってるなぁ……。
隣に座るラウラを見ると、あんなことがあった割には落ち着いて食事をとっていた。これだけ落ち着いているのだから、俺の予想は外れているだろう。外れていてほしい。
そんな淡い期待を胸に抱く。
(なあ、ラウラ)
(なんだ?)
(あ、あのさ、朝俺がつついたのって……)
(……あ、あんなに激しく触られるとは思わなかったぞ……)
(と、言うと……胸か?)
(胸だ)
(ガッデム!!)
ガツン、とテーブルに思いきり頭をぶつけた。衝撃でコップの水がちょっとだけ跳ねた。
「あんた、何やってんのよ」
「……鈴、やっぱり俺は死んだ方がいいのかもしれない……」
不慮の事故とはいえ、嫁杁前の箱入り娘に無許可でそんなことをしてしまうとは……一気に気持ちがブルーになった。
「俺、死んだら地獄行きかな……」
「なに変なこと言ってんのよ?」
「ラウラ……許してくれ」
謝って済む問題ではないが、とりあえず謝っておこう。何事も心が大事。
「別に構わないぞ。お前は私の嫁なのだからな。た、ただな……次からは、や、やさしくしてほしい……」
「や、やさしくする!? や、やっぱ――」
「わああっ! ち、遅刻っ……! 遅刻するっ!」
鈴の言葉を遮って、慌ただしくバタバタとシャルロットが食堂に駆け込んできた。
「よ、シャルロット……」
「あっ、信。お、おはよう。どうしたの? 元気無さそうだけど…」
シャルロットは適当に残り物をとって、俺の隣に座った。
何やら本当に急いで出てきたらしく、髪の毛がはねまくっている。
「大丈夫だ……ただちょっと死にたくなってるだけだ……」
「それって大丈夫なの?」
「ほら、あんたいつまでそうやってんのよ! 早く食べなさいよ」
「うー……」
鈴に急かされて渋々朝食に食べ始める。
のろのろと手を動かしていると、なんだかチラチラと視線を感じた。
「シャルロット?」
「はひっ!? な、なにかな!?」
「……? いいや……なんか俺のこと見てる気がしたんだけど」
「か、勘違いじゃない? は、ははは、はは……」
キーンコーンカーンコーン。
朝食をちょうど食べ終えたときに鐘がなった。
「やばっ!? 今の予鈴よ!?」
「いいさ……遅刻したって……」
そう言ってゆっくり立ち上がると、さっきまでいた女子三人がテーブルにいない。すでに食堂を出て猛ダッシュしている。
「信! あんた織斑先生のクラスでしょ!? 遅刻したら本当に死ぬかもしれないのよ!」
織斑先生か……織斑先生……織斑先生……?
「うわぁ! 待ってくれ! やっぱまだ死にたくない! 人間生きててなんぼだ!」
ここに来て貪欲なまでの生きることへの執着心が罪悪感に勝った。
まだまだやり残したことがたくさんあるんだ。まだだ、まだ終わらんよ。
俺も三人のあとを必死で追いかける。
時計を見ると、もう間に合う時間では無かったが最後まで諦めてはいけない。何かしらの奇跡が起こる可能性だって、少なからずある。
「ほら、信っ」
靴を履き替えていると突如手を握られる。
シャルロットだ。
ほら、奇跡が起こったぞ! 仲間が助けに来てくれた!
「信、飛ぶよ」
「いや! 俺が飛ぶ!」
こうなったら最終手段だ。最悪の場合でも、俺を助けようとしたシャルロットに迷惑をかけるわけにはいかない。
瞬光を部分展開し、シャルロットを抱き抱えて一年一組の教室まで飛翔する。あっという間にクラスに到着。なんとか――
「朝から随分と元気そうだな」
……危惧していたことが起こった。まだ本鈴がなる前なのに織斑先生が教室にいる。
「本学園は――」
「『IS操縦者育成のために設立された教育機関であり、どこの国にも属さず、故にあらゆる外的権力の影響を受けない』ですよね? わかってますよ……」
「そこまでわかっているなら、最も重要な点も理解しているな?」
「……『しかし、敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている』」
バシッ!
俺の頭に出席簿が叩きつけられる。避けようと思えば避けられるが、完全に俺が悪い状況で、罰を逃れることはできない。
「真宮とデュノアは放課後教室を掃除しておけ。二回目は反省文提出と特別教育室での生活をさせるのでそのつもりでな」
「え!? ちょ――」
ギロリ!
うっ! 睨まれた……。
『とっとと席につけ、それ以上口を開いたら釜茹でにするぞ』という感じ。
俺がシャルロットを下ろしているうちに本鈴がなり、ショートホームルームが始まる。臨海学校の話でクラスはかなり盛り上がっていたが、俺はほとんど聞かず、ただただ溜め息をつくだけだった。
◇
「シャルロット、お前は何にも悪いことしてないんだから休んでていいんだぞ」
信が机を運びながら話しかけてくる。
「ううん、いいよ。もともと僕が信を抱えて飛んでいくつもりだったし」
「お前、ほんっ……とに優しいやつだな。心からそう思ってるなんて」
「ためすぎだよ」
あははと二人で笑う。
今は放課後、夕暮れ色に染まる教室でシャルロットと信は掃除をしていた。本来ならIS学園の清掃は業者の人がやってくれるのだが、生徒への軽い処罰として使われるときもある。そのときがまさにこのときである。
「ごめんな。IS展開したのが俺だけだったら、もし見つかってもシャルロットに罰則はないと思ったんだ」
優しい。とても優しくて、温かい。
ほんのり顔が赤くなる。
ところで今日、頭からずっと離れないことがある。
(わわわ……ど、どど、どうしよう……これって、今朝の夢と同じシチュエーションだよ……)
今日の朝に遅刻しそうになったのはとある夢を見たからである。その夢もこんな感じの夕焼けがさしている、放課後の教室でのことだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『シャルロットってさ、好きな人とかいる?』
『へっ!? し、信!? いきなりどうしたの!?』
『いいから。いるの、いないの?』
『い、いるよ……って、信! 顔が近いよ!』
『……なるほどね。わかったぞ、お前の好きな人』
『ええっ!? そ、そんな……』
『安心しろ。そいつもお前のことが大好きだよ……』
『え、ええ!? それって……』
『ああ。俺はお前が大好きだ』
『信……』
『シャルロット……』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう少し、あと一センチでキスできたってときに起きてしまった。
そのときシャルロットはこう思った。
『今寝れば、続きが見られるかも……続きはもうちょっと、え、えっちな内容でもいいかな……』
結果、シャルロットは無謀にも二度寝はもちろん、三度寝までをも計ろうとしたが、たまたま目に入った時計を見て飛び起きた。普段ならすでに食堂についている時間だったからだ。
それから急いで身支度をし、食堂に駆け込んで、なんやかんやで今に至っている。
「どうした?」
「ひゃあ!」
しまった、ぼーっとしてた。
気付くと信が顔を覗き込んでいたので、夢とまたもや重なってしまい、とっさに顔を背ける。
「な、なんでもないよっ!」
「お、おお……悪い」
つい語調が強くなってしまう。
「……」
「……」
無言。
(うう、気まずい……信、ビックリしたよね……)
どうやってこの沈黙から抜け出そうかといろいろ考えを巡らすのに夢中で、注意力が散漫になったために、運んでいた机の重量に負けて足を滑らせる。
「うわっ!」
シャルロットは教室の床に体が打ち付けられるのを覚悟し、衝撃に備えて体を強ばらせた。
しかし背中に感じたのは冷たくて硬い床ではなく、暖かくて優しい信の感触だった。
「ったく、なに焦ってんだよ」
信に抱き締められるような格好になって、さらにお互いの顔が近い。
まさにキスできそうな。
それはそれで嬉しいが、もうちょっとムードがある時のほうが……と、色々考えを巡らせて、赤い顔のままにやけてしまった。
「……? 変なやつだな。とりあえず離れるぞ」
「あっ……」
「ん? なんだ?」
「えっ!? な、なんでもない……」
「嘘つけ~。『なんでもある』って顔に書いてあるぞ~」
「か、書いてないもんっ! もう!」
「あ、怒った。あはは」
とても面白そうに笑う信を見ていると、怒りが消えて、その笑顔をずっと見ていたいという気になってくる。
「ふふっ。信、次は許さないからねっ」
とは言うものの、きっとその『次』が来ることはないだろう。
しばらく笑い合って、また机を運ぶ作業に戻る。それが終わるころ、信がそうえばさ、と話を切り出してきた。
「もう性別のことはいいのか?」
「ふえっ!? な、なんで!? 唐突過ぎない!?」
「いや、まぁそうだけど。ここで聞かないと聞くチャンスがないからな。多分」
「あ、え、えっとね、それは、その……」
不意にそんなことを聞かれて、うろたえる。なんて答えればいいだろうか。
「さ、察して……」
「うん! まったくわかりません!」
「す、少しは努力してよ~……」
信がニヤニヤしている。このイタズラっぽい顔にも、ドキドキさせられてしまうのが困りものである。
「……まぁ、別にいいんだけどさ」
「べ、別にいいの?」
「本人が言いたくないなら深くは詮索しないさ」
またこちらに向けてくれた笑顔が眩しくて、思わず目線を足下に落とした。
しばらくしてから、意を決して口を開く。
「……その、ちゃんと女の子として……ね。信に見て欲しかったから……ほら、えっと……じ、自分に正直になって……」
なんとか言葉を繋いだが、同時に顔が痛いほど熱くなる。内心を悟られないように信の目は直視しないようにしていたが、真っ赤な自分の顔を見てなにも思わないはずがない。
「そうだったのか? 俺は最初からシャルロットを女の子として見てたし、今も変わらないぞ」
「ほ、本当?」
「だって、シャルロットはこんなに優しくて可愛いからな」
「へっ!?」
シャルロットは自分の頭が爆発したような気がした。恥ずかしさと嬉しさと照れくささが入り乱れて、これまでにないほど顔が赤くなる。頭に血が上りすぎたのか、足がふらつき、もつれて転びそうになる。
慌てて信がシャルロットの腕を掴んで体を寄せてくると、また自分の顔が熱くなったのがわかった。
「危ないって! どうした? 熱でもあるのか?」
信に再び抱き抱えられるようにされ、いろいろと混乱している頭がさらに混乱する。
「信……ずるいよ……」
「は?」
なんだか幸せすぎて、目に写るすべてが輝いて見えた。
「本当に今日は変なやつだな……あっ! そうだシャルロット!」
「は、はいぃ!?」
顔をぐいっと近付けられ、真剣な眼差しで目を見られる。
(ま、まさか……! で、でもあれは夢だし……そっ、そうだよね……残念だけど夢なんだよ? そう! 夢! 夢……だけど本当にならないかな……えへへ……)
信がシャルロットを見つめていたのは一秒ちょっとの間だったが、その間に様々なことを考えて気持ちを落ち着かせようとした。
「付き合ってほしい」
「……え?」
その言葉を聞いた瞬間、シャルロットの思考がすべて止まった。
◇
「乙女の純情をもてあそぶ男は馬に蹴られて死ぬといいよ」
「……? なんで怒ってんの?」
「怒ってないよ! ふん!」
俺は来週からの臨海学校の準備もあって、シャルロットと街に来ている。
しかし、なんだか知らんが、シャルロットは『本当に怒ってるんだからねっ!』だそうです。
何でだろうか? あれか? 誘い方がまずかったか? 『付き合ってくれ、買い物に』っていう倒置法を使ったのがダメだったのか? 仮にそうだとして、倒置法を使うのっていけないことか?
うーん……女の子ってわからん。
「なぁ……」
「……」
ツーン。完全に無視。
ひどい。俺が何をしたっていうんだ。普通に買い物誘っただけなのに……。
シャルロットの様子をみると、どうやっても徹底抗戦の姿勢は崩さないつもりらしい。
俺はとにかく謝ることにした。パンッと手を合わせてシャルロットに頭を下げる。
「ごめん! なんかよくわからないけどごめん!」
「……本当にわかってないの?」
「え?」
「……もう……なんだか呆れちゃったよ……」
「は、はぁ……」
我ながら間の抜けた返事である。
でもシャルロットが少し機嫌を直したというか、こちらに注意を向けてくれたのはよかった。
もう一押し!
深く深く、もはや地面しか見えなくなるほどに頭を下げる。
「今日はなんでもしてやるからさ! な? この通り!」
「なんでも?」
「もちろん!」
「じゃあ……はい」
スッと手が差し出された。
おお。白くてすべすべしてそうな手だな。さすが女の子。
「あ! わかった! 握手――じゃないことが! じょ、冗談だって! わかってる! わかってるよ! 大丈夫!」
眉間にシワを寄せたシャルロットを見て慌てて訂正を加えた。
危ない危ない。また機嫌を悪くさせてしまうところだった。冗談もほどほどにしなくては。
「こほん……で、では、気を取り直して」
「うん……」
シャルロットが差し出した手を握る。
おお~……見た目通りすべすべだ。ちょっぴりヒヤリと冷たいのがよりいっそう女の子って感じ。なんかドキドキするな……女の子と、しかもあのシャルロットと手を繋いでいるとは……。
嬉しさ半分、恥ずかしさ半分ってとこか。
多分、シャルロットも恥ずかしいのだろう、顔が少し赤い。
自分で言ってきたくせに、と俺はちょっと笑ってしまう。
それに応じるように、シャルロットが俺の方に向かってとてもかわいらしい笑顔を見せた。
う……! それは……反則だろ……。
思わず顔をそらしてしまった俺に、シャルロットの楽しげな声が聞こえた。
「こ、こうしてるとさ……で、デートみたいだね?」
「は、はぁ!?」
「え、えへへ……冗談だよ。さっきのお返し」
「あ……あ、あ~……なるほど~……」
何がなるほどなんだ、というツッコミを自分に入れて、あははとひきつった笑い。
シャルロットは依然として頬を赤くしているが、随分と楽しそうに笑っている。
「……今は、冗談だけど……でも、いつか本当に……」
「え、え?」
「ふふっ。なんでもないっ。さ、行こ?」
「わ……お、おい。引っ張るなって」
繋いだ右手をグイグイとシャルロットに引っ張られ、俺は歩を進める。
それにしても、こんなに楽しそうなシャルロットは始めてみた。
今まではどこか落ち着いた印象で、頼れるお姉さんって感じだったのに。やっぱり女の子というのは総じて買い物が好きなのだろうか?
なんだか年相応にはしゃぐシャルロットは、意外ではあるものの、とても魅力的であった。どうやら機嫌は直してくれたらしい。
よかった、よかった。
俺たち二人はしばらく並んだ店のショーウインドウを眺めたり、他愛もない話をして自由気ままに街を歩いた。
道行く人がシャルロットの魅力に振り返って、なんだか俺は肩身が狭かった。果たして俺なんかが隣にいてよいものか。
ちらりとそんな事を言ったら『信は自分のこと全然わかってないんだね』とまた呆れられた。なぜ?
そんなこんなで、そろそろ目的のものを買いにいこうか、となったとき、ふとあることを思い付いた。
「な、シャルロット」
「え? なに?」
「シャルってどうだ?」
「?」
「呼び方。ほら、まだクラスではシャルルって呼ばれることも多いだろ? だから新しく、さ……みんなも親しみやすいように」
ただのお節介かもしれないけど、と俺は弱々しく笑った。
事情が事情だったので、未だに『シャルロット』という名前でシャルロットが呼ばれることは少ない。『三人目の男子、シャルル・デュノア』という印象のほうが強く、クラスでも『シャルルくん! あ、ごめん! シャルロットくん!』などと言われる始末。
本人はその度に大丈夫だよとにっこり笑って返しているが、俺は知っている。本当に一瞬だけだが、毎回シャルロットが悲しい顔をすることを。自分でも気付いていないかもしれない。
強制的に男装させられて与えられた『シャルル・デュノア』という偽名、および男子としての印象は、シャルロットにとって辛かった日々の象徴なのだろう。
だから、俺は新しい呼び方を作った。
シャルロットには、これからは今までとは比べ物にならないくらい楽しく過ごしてほしいから。
「……」
……しかし。肝心なシャルロットからの返事がない。
だ、ダメだったのか!? うーん……俺にネーミングセンスはないらしい……ガックリ。
「き、気に入らな――」
「ううん! 全然! いいよ! すごく嬉しいよ!」
「ほ、本当か?」
「うん!」
満面の笑みで大きくうなずいてくれた。
聞けばしばし無言だったのは、あまりに突然だったので驚いて、ということらしい。気に入らないなんてとんでもない、むしろ嬉しくて仕方がないとまで言ってくれた。
見た限り嘘をついている様子は微塵もない。
ふぃ~……よかった。本当に気に入ってくれたらしい。
ホッと胸を撫で下ろしていると、シャルロットが少し言いづらそうにしながら口を開いた。
「で、でもね、どうせなら……ぼ、僕たちだけの呼び方にしない?」
「え? 俺とシャルロットの間だけ……ってことか?」
「うん……だ、ダメ……?」
「そんなことないけど……」
「ほ、ほら! もともと僕のことを『シャルロット』って呼んでよかったのは信だけだったでしょ?」
確かに。しかも二人だけの時だけっていう制限付きだったし。
「ね、いいでしょ? ……ダメ?」
「お、おう! も、もちろんいいぞ!」
「本当? やったぁ!」
またまたニッコリ笑ったシャルロットは俺の腕に抱きついてきた。
俺はそんな子供みたいな様子に、やれやれと笑いを浮かべておこうと思ったのだが、そうもいかないことに気付いた。
ムニッ。
……うん、女の子。シャルロットは完全に女の子。
今思えばなぜ会った瞬間にわからなかったのか疑問にすら思う。
「ふふっ……信?」
「な、なんだ? シャルロッ……シャル?」
「えへへ……呼んだだけー」
「なんだそりゃ……」
最終的に、俺はやっぱりやれやれと笑いを浮かべることになったのだった。
隣ではシャルロットがとても嬉しそうに鼻歌を歌っていた。