「……」
「……」
信とシャルロットの仲睦まじい姿を物陰から見つめる二つの影。
ひとりは躍動的なツインテール、もうひとりは優雅なブロンドヘアー。つまり、鈴とセシリアだった。
「……あのさぁ」
「……なんですの?」
「……あれ、手ぇ握ってない?」
「……握ってますわね」
死んだ魚のように虚ろな目は、前方の二人の手がしっかりと繋がれているのをじっと見ていた。下手をすれば今にも目からビームが出そうである。
「そっか……見間違いでも白昼夢でもなく、やっぱりそっか……よし! 殺そう!」
セシリアは答えないが、ISの展開粒子が右手を取り巻いているところをみると、同意を示しているのは明白だった。
鈴はというと、すでにISを部分展開し終え、やろうと思えばいつでもターゲットを撃破することができる状態まで移行させていた。
女を怒らせると怖いのだ。
「ほう……楽しそうだな」
「「!?」」
驚いて振り返ると、先月鈴とセシリアが敗北を喫した相手、ラウラ・ボーデヴィッヒが立っていた。体系的には鈴と同じか、むしろ小さいくらいだが、身に纏う鋭い闘気はまさに軍属。
鈴とセシリアは思わずたじろいでしまう。
「ラウラさん!? なぜ!?」
「なに? ここでやる気?」
「そう警戒するな。今のところお前たちに危害を加えるつもりはない」
「信じられるものですか!」
それはそうだろう。危うく殺されるところだったのだから。
むむむっと睨みをきかせる二人をしばらくじっと見つめるラウラだったが、突然ペコリと頭を下げた。
「悪かった」
「「……は?」」
そんなに素直に謝るはずがないと思っていたので、二人は言葉につまってしまう。
「な、なによ……いやに素直じゃない」
「嫁に言われたのだ。『鈴とセシリアに謝っておけ。お前はそれができないような弱いやつじゃないだろ?』とな」
顔を上げて当然のようにすらすらと言葉を紡がれ、再びキョトンとしてしまう鈴とセシリア。
でも信が自分達のことを気にかけていてくれたと思うと、少し嬉しくて顔がにやけそうになった。それを隠そうと偉そうにふんぞり返ってみる。
「そ、そう……信が言うなら、まぁ、仕方ないわね……」
「そ、そうですわね。少しぐらいは……許して差し上げますわ」
「そうか。すまないな。では私はこれで」
「うん……え? あ! ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
「?」
なぜ大声を出すのだ、と語るその顔を見てますます訳がわからなくなった。というのも、ラウラが今しがた歩き出そうとした方向には信とシャルロットがまだ立ち止まって楽しそうに会話を続けていたからだ。
ここでラウラが出ていくのは流石によろしくない。
もしかしたら自分達がついてきていることが信にばれてしまう可能性だってある。男子を尾行をする女子、なんていいイメージがあるわけがない。
ここは何とか引き留めよう、という乙女二人の0.5秒の視線のやり取りが行われたのは当たり前といえば当たり前だった。それに加え、先のキス事件の一件でラウラは完全にライバルであるということが発覚したこともある。果たしてこの少女はいかにして信に近付くつもりなのか、二人としても気になるところだったので、この機会に聞き出してしまおうという思いも少なからずあったり。
とりあえず、セシリアはおずおずとラウラの本日のプランを訪ねてみることにした。
「ど、どうするつもりですの?」
「……? 決まっているだろう。あの二人に混ざる。それだけだ」
あっさり。あっさりすぎてなんだか返す言葉が見つからない。
ひねりの『ひ』の字も見当たらないストレート一直線の理由に、羨ましさすら感じてしまう。
だがここで引き下がっては恋する乙女の名が廃る。鈴はパッと思い付いた反論で対抗した。
「ま、待ちなさいよ! 未知数の敵と戦うにはまず情報収集が先決でしょ!」
「そ、そうですわ! ここは追跡ののち、二人がどのような関係にあるのか見極めるべきですわ!」
こういうときに限って意見が合う二人。もとい、合わせる二人。
ラウラはちょっと驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの冷静沈着な表情で鈴とセシリアと向き合った。
「……ふむ、一理あるな」
「で、でしょ!?」
「なら私もお前たちと共に、嫁の追跡にあたるとしよう」
「そ、それはいい考えですわ! そうしたほうがよろしいですわね!ええ!」
ラウラを単独行動させるよりも取り込んでしまったほうがよいとセシリアも判断し、熱っぽく何度もうなずく。
というわけで、鈴にセシリア、そしてラウラも加わった追跡部隊が結成されたのであった。
◇
「えーと、水着売り場はどこかな……」
「あ。あった。あそこだろ?」
「あ、そうだね」
「よし。じゃ、行くか」
俺はシャルの手を引き、少し先の方にある今日の目的の場所へと歩き出した。
ここまで来るのに、なんやかんやで結構話し込んでしまった。例をあげると、一夏の鈍感はどうやったら治るのか、とか。ちなみに不治の病だから無理、で結論づいた。
「それにしても、信が海に行ったことないなんて変な感じするね」
「そうか?」
臨海学校では学校ではできないIS実習をやる他、自由時間というのがある。なんでもそっちのほうがメインイベントだという噂。その際、間違いなく海で泳ぐことになるだろう。
ところが、生まれてこのかた俺は一度も海に行ったことがない。その上、泳ぎも真面目に練習したことがない。小、中学校の水泳の授業はほとんどお遊びで俺はあまり乗り気ではなく、ほとんど動かなかった。見る人が見たらただ水に浸かって涼んでると勘違いされるほどに。
自分でいうのもなんだが、少々本腰を入れて練習すればすぐに泳げると思う。だが他の人が何日も何年もかかってやっと泳げるようになったものを、俺が数秒でこなしてしまったら、周りはどう思うだろうか。常にそんなことを考えてしまう自分がいた。
それに、目立つと『調子乗ってる』とか言ってくるようなアホも少なからずいたこともあって、俺は本気になる機会を見失っていた。
だけど今は一夏のようないい友達がいて、クラスのみんなは俺をちゃんと見て評価してくれる。とても幸せだと思う。おかげで目一杯いろんなことを楽しめるのだから。
しかし、臨海学校でスクール水着はさすがに楽しめない。じゃあどうするかっていうと、当然ながら新しく買おうということになる。
が、独りで買いに行くのはなんだか寂しい。かといって一夏と男二人で水着を買いに行くのは気持ち悪い。
じゃあ誰を誘って水着を買いにいこうか、と悩んでいた時にちょうどシャルと一緒に罰則を受けることになった。変な言い方になるが、これはこれで運がよかったのかもしれない。
「ところで、シャルも水着買うのか?」
「え、え!? そ、そうだね……あの、信はさ、その……僕の水着、見たい?」
「……その質問に真面目に答えるとセクハラになるんじゃないか?」
「な、ならないよ!」
「そうか? じゃあ見たい」
「そ、そうなんだ……! じゃ、じゃあ……せっかくだし買っちゃおうかなっ」
にへらっとやけに緩んだ笑いかたをするシャルは、なんだか幸せそうだった。
最近いいことでもあったのかな?
そんな思案をしてるうちに、店の目の前まで来た。
やはり夏だからだろうか、こころなしか人が多い気がする。しかも女子だけ。男なんかよるんじゃねぇと言わんばかりである。
困って目をうろうろさせていると、まるで押しやられたかのようにポツンと誰もいない売り場があった。
悲しいかな、そここそ男子水着売り場だった。
本当に男には生きづらい世の中になったもんだ。さっさと買って帰ろう……。
「じゃ、水着を買ったらまたここで……」
「あっ……」
ぱっと手を離したら、シャルが妙に心残りのあるような声を漏らした。俺のことをじーっと見ている。そして、すぐわかった。
この顔は何かしてほしい顔だ。前に『はい、あーん』をさせられたときのあの顔だ。
……なんとなく気が進まないが、一応聞いておこう。
「どうした?」
「あ、あのね……ほら、僕の水着見たいって言ったじゃない?」
「言ったけど……」
「だからね……え、選んでほしいかなーって……」
「シャルの水着を?」
「う、うん……ね? いいでしょ?」
上目使いで懇願してくる。美少女てあるシャルがそれをすると破壊力が桁違いだ。
眩しくて直視できないんですけど。これでは断るに断れない。選択肢など『はい』しかないようなものである。
もし誰かが俺のことを女に甘いやつだと言うなら、もう好きにするがいいさ。
諦めにも似た決意を胸に刻んだ。
「わかった。なんとか選んでみる」
「本当? ありがと!」
「じゃ、先にシャルが好きなものを選んでこいよ。そこから絞っていこう」
「うん! ちょっと待っててね」
シャルは意気揚々と大量に用意されている水着の中に消えていった。
本当に楽しそうで何より。しかし、『待て』と言われたこちらはそうもいかない。正直、場違い感が半端ない。
うう……四方八方から刺さる視線が痛い……。
早くシャルが帰ってきてくれないかなとキョロキョロと目を動かすが、結局目のやり場が見つからなかったので、ぼやっと空を見上げることになった。
……お? あの雲、カンガルーに似てるな……。
「そこのあなた」
「は、はい?」
その言葉にはやけに棘があったので、思わずかしこまってしまう。
聞いたことの無い女性の声だ。もしかして婦人警官? 変質者と思われたか?
恐る恐る振り向くと、20代後半くらいだろうか、服装的に一般の女性らしき人が立っていた。
しかし……。
「なに?」
「あ、いえ! なんでもないですよ!?」
容姿は……うん、まあ……あれだね。その……ね?
いやいやいや! 俺が悪い! IS学園の女性と比べた俺が悪い……えーと……とりあえず『動物園にいたらゴリラの檻にぶちこまれそう』とだけ言っておく。
「そこの水着片付けておいて。男なんだから」
「え?」
どういう理由だ。男は他人の水着を片付けなければならないのか? それが今時の流行りなのか? だとしたら俺はその流行りには流されないぞ!
「嫌ですけど……」
「はぁ? あんた、誰に物言ってるわけ?」
「いや、あなた誰ですか? 俺たち初対面ですよね?」
「そうよ。でも、私は女であんたは男。だから私の言うことを聞く義務があるの」
おお……ぎ、義務、だと……! すごいこと言い出すな、おい。
「すいません。ちょっと意味がわからないのですが……」
「あんた、ふざけてるの?」
「いや全然。とても真面目に聞いてるんですけど……」
「あーもう! だから嫌なのよ男っていうのは! ちょっと! 誰か!」
いきなり叫びだした。大丈夫かこの人……ていうか、もう大人しくしてるのもいいかげんやめよう。
本当に腹立つとこんなに気分が悪くなるもんなのか。
「はぁ……うるさい。口閉じろ」
「なに――」
「これ! わかります? その目は飾りですか?」
俺は女性の目の前にIS学園の学生証を突き付けた。
あ、近すぎた。なんか御札貼って封印してるみたいになったぞ。
少し手を縮めて、名も知らぬ、ていうか名前なんか知りたくない女性にも見えるように距離を調整する。イメージ的には『この学生証が目に入らぬか無礼者!』みたいな。
さすがに土下座をすることはなかったが、女性も俺の言わんとしていること、つまり『IS学園の生徒に難癖つけるつもりですか』ということがわかったらしく、みるみる顔が真っ青になっていく。
そもそもIS学園の生徒とは、それこそエリート中のエリートのなかでも選りすぐりのエリートすらも認めるようなエリートが集められてさらにそのなかからエリートを選んだ上でエリートにふさわしいエリートをエリートが数人選んでそこから特にエリートな人を入学させる、ゲシュタルト崩壊を起こすレベルのエリート選抜を見事パスしたエリートの集まりなのだ。
さらに国家代表などのエリート度合いはそれを上回る。セシリアに聞けばいかにエリートか、丁寧に教えてくれるだろう。
そんなエリートとなれば、周囲からの手厚い保護がすごいのは言うまでもない。冗談じゃなく、国家レベルの後ろ楯があるのだ。
ま、要するにだ。この動物園から脱走してきた女性は、100%負ける喧嘩を吹っ掛けるか否かの瀬戸際に立っているということである。
「どうします? 店員でも警備員でも警察官でも呼びたいなら構いませんが、連れていかれるのあなたですよ?」
「うぐっ……! で、でもあんたは男で――」
「すいませーん! お巡りさーん!」
「ちょ! ちょっと! ぐっ……! ふ、ふん! き、今日はもういいわ!」
無駄に強がってスタスタと歩き去っていく女性の後ろ姿を、呆れの混じった溜め息をついて見送る。
その女性とすれ違いざまにシャルが戻ってきた。
足早に店を出ていくゴリ……ごほん。女性をちょっと眺めたあと、俺の方を向いて不思議そうに笑った。
あー……俺の同級生って天使だっけ?
結構本気で感動してる俺がいたり。
「信? どうかした?」
「……なんでもないよ。ただIS学園ってすげぇと思っただけだ」
どこがすごいって、よくもまああれだけの美人たちを集めたなぁということだ。選抜基準に『顔』ってあるんじゃないか? あ、あと『性格』も。さすがエリート。
「なにそれ。変なの」
シャルがくすくすと笑う。それにつられて俺も笑みがこぼれる。
「じゃあ、信。水着持ってきたから選んで?」
「わかった。えーっと……」
「あ、あ! 試着室はこっちだよ!」
「へぇ~! 試着なんてできるのか! すごいな!」
さすが女尊男卑。女にはとことん気を使ってるな。それに伴って先程のように自分は偉いと思い込んでしまう女性も出てきてしまうのだが……。
待遇の違いに感心つつ、シャルに手を引かれ一緒に試着室に入る……え?
『一緒に』?
「ひとつ質問いいか?」
「な、なに?」
「試着室って二人で入るもんだっけ?」
「ち、違うんじゃないかな?」
「だよねー。じゃ、俺は外に出――」
「ま、待って! それはダメ!」
カーテンを開けて外に出ようとすると、シャルがぐいっと手を引っ張った。それから数回無言で出ていこうとするも、すべて阻まれた。
「ったく……なんだよ?」
「な、なにと言われましても……その……」
「もしかして……鈴とセシリアとラウラか?」
「え!? きっ、気付いてたの!?」
「いや、あの三人がまとまって行動するなんて、ずいぶん仲良くなったなーと……」
「もう! 信!」
シャルが『なんでもっと早く言わないのさ!』と俺をにらんでくる。
いや、だって……あいつらも買い物来てるだけじゃないのか? 俺たちと似た理由で。
「みんな臨海学校楽しみにしてるんだな」
「そ、そういうことじゃなくて!」
「?」
「と、とにかく! すぐに着替えるから待っててっ!」
「え!? お、おい! バカ! なにやってんだ!」
いきなり上着を脱ぎ出したシャルに度肝を抜かれながらも、素早く背を向けた。
なにこれ!? どんな状況!?
だ、だめだ……落ち着け。こういうときこそ平常心だ。
まずは何が起こっているか、問題はなにか、冷静に分析すべきだ。
えーと……まず最初に確認するぞ、俺。
シャルが後ろで水着に着替えてるのは理解できるか?
「……」
できない! ないよ! これは理解できない!
だいたい考えてみろ! シャルが水着に着替えてる、イコール服を脱いでいるってことだぞ!? ということは裸になる……裸?
ええっ!?
後ろで女の子が、は、裸になってるのか!?
うーん……それは見たい……はっ!? イカンイカンイカンイカン!!
戻ってこい理性! どっか行け煩悩!
心の中で必死に戦っていると、突然後ろから声がした。
「い、いいよ……」
心臓がひときわ大きく跳ねた。
ゆっくり振り向くと、そこには水着姿のシャルが恥ずかしそうに立っていた。
◇
(うう……へ、変な子って思われたかな……で、でも信にはこれくらいしないと……)
シャルロットは信の視線を感じてもじもじと背中で組んだ指を動かす。
対しての信はとてつもなく動揺していて、感想を言うのはもちろん、口を開く余裕すらもまったくなかった。
「……」
(し、信ったらなんで黙ってるんだろう……み、水着が変だったかな? あ、改めて見ると、結構大胆な水着だよね……)
セパレートとワンピースの中間のような水着で、上下に分かれているそれを背中でクロスして繋げるという構造になっている。色は夏を意識した鮮やかなイエローで、正面のデザインはバランスよく膨らんだ胸のその谷間を強調するように出来ているのだった。
とうとうシャルロットは沈黙にたまりかねて口を開いた。
「変……かな?」
「え!? へ、変じゃない、変じゃない! つ、ついな! つい可愛くて見とれちゃって……は、ははは……」
シャルロットはもうかなりテンパっていて、信の『可愛い』が聞き取れるとそれで満足だった。
「じゃ、じゃあ、これにするねっ」
「ま、待て! まだ着替えるな! お、俺が出てから――」
『お客様?』
「「!?」」
二人が仕切りの奥から聞こえる声に過剰に反応する。
どうやら店員のようだ。
互いにこの絶体絶命の状況をどう打開するか意見を求めようとしたが、突如、仕切りのカーテンが開けられた。
「「うわぁ!?」」
「お、お客様!?」
「やはりか……」
さらに悪いことに、見つかった人が見つかった人だった。
二人の目の前に立っていたのは店員と、こともあろうに毎日顔を合わせる1年1組の先生たちだった。
「ま、ま、真宮くん!? デュ、デュノアさん!? あ、わわわ……!!」
「何をしている、馬鹿者が……」
山田先生のテンパり具合と織斑先生の冷静ぶりを足して二で割ったらちょうどいいかもな、と思わず考える信とシャルロットだった。
◇
「いいですか? いくらクラスメイトといっても、試着室に二人で入るのは感心しませんよ。ケジメはしっかりつけなきゃいけません。そもそも――」
更衣室から引きずり出されてから約十分。
俺とシャルは床に正座し、山田先生に説教をされていた。
なんで店内で正座だ。せめてもうちょっと人気が無いところでも良かったんじゃないですか先生。周囲の視線が痛い……。
「――です。わかりましたか?」
「はい……すみませんでした……」
シャルが頭を下げる。
俺もそれにならうが、とりあえず頭は正座を抜け出したい一心で必死だった。
もう足が痺れてきてる。話題を変えてこの状況を抜け出さなければ……!
「と、ところで……先生方はどうしてここに?」
「私たちも水着を買いに来たんですよ。あ、もし気を使っているなら、無理に先生って呼ばなくても構いませんよ。今は職務中では無いですから」
いや、別に気を使っているわけではないのだが……ケジメってやつですよ。今さっき先生が言ってたじゃないですか。
「気持ちはありがたいんですが、逆になんて呼べば言いか分からないですよ……『真耶さん』とかですか?」
「そ、そうですね……それもいいかもしれません……」
なんで照れてんだ? 自分で構わないって言ったくせに……女の人ってわからないな。
「織斑先生は……『織斑先生』で」
「なぜ私はそのままなのだ」
うっ! なんかムッとされた。
だって……ねぇ? なんか名前とかで呼んだらぶち殺されそうじゃないか。
「そんなことはしない。私をなんだと思っているのだ」
鬼。
「ほう……」
ほら! なんかぶち殺そうとしてません!? ていうか、なんで心が読めるんだ!? 恐ろしい!
「わ、わかりましたよ……ち、『千冬さん』……?」
「うむ。まあ、いいだろう」
おお、出た。ポーカーフェイス。
内心は照れてるのに決して表に出さない。これを見てとれるのは俺ぐらいしかいないはず。
「ところで、ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「いや、さっきからどうも気になって……おーい! 鈴、セシリア、ラウラ! 出てこいよ」
「「!!」」
俺が声をかけると、柱の影から鈴とセシリアが恐る恐る出てきた。足早にこちらに来た二人は先生たちに小さくお辞儀する。
そして、ちょっと困ったような焦ったような身ぶり手振りで俺になにやら説明をし始めた。
「た、タイミングを見計らってただけよ!」
「そ、そうですわ。別に尾行とかしてませんわ!」
「はぁ? 何言ってるんだ……って、あれ? ラウラは?」
「あら? さっきまでいましたのに……」
「まぁいいや。きっとそこら辺で買い物でもしてるんだろ。それにしても3人とも随分早く仲良くなったな」
本当、あの三人がこんな風に一緒に買い物行くような仲になるなんてあのときは思わなかったよ。『喧嘩するほど仲が良い』ってやつ……あれ? 鈴もセシリアも、なんでそんな呆れたような、それでいて怒ったような顔をしてるんだ?
まるで勘違いも甚だしいとでも言いたそうじゃないか。
「……はぁ……信さんはなんというか……」
「あんたって本当に……」
なんだよこの二人。そんな目で見られるようなことはした覚えがないぞ。
俺が不満を伝えようとしたとき、山田先生がパチンと手を合わせてみんなの注目を集めた。
「あ、あー! 私ちょっと買い忘れが……えと、ちょっと場所がわからないのでデュノアさんたち、ついてきてもらえませんか?」
山田先生は突然わざとらしく言葉を並べ出した。
シャルたちも戸惑っているようで、目を丸くしている。
突然どうしたんだろうか。
「どこに行きたいんですか? さっき地図見たんで、俺が案内しますよ?」
「い、いえ! 大丈夫です!」
なんだか知らないが全力で『ついてこないでください!』と拒否された。
うーん、女の人って……いや、もういいや。
「僕たちでいいなら構いませんが……」
「そうね。別に断る理由もないし」
「山田先生、何を買い忘れたのですか?」
「は、はい! 実は日焼け止めを……」
そんな会話をしながら山田先生と三人が人混みに消えると、俺と織斑先生が2人きりになった。
あ、あれ? なんでこんなことに?
「……まったく、山田先生は余計な気を遣う」
「?」
俺がこの場から逃げ出すかどうか迷っていると、織斑先生がやれやれと頭を抱え出した。
不思議そうに視線を向けていたら、先生もそれに気付いたらしく、意を決したように真っ直ぐ俺と向き合って話し出した。
「いや、少し不安なことがあってな……そのことをお前に聞いてみたい」
「一夏のことですか? あいつはかなり頑張ってますよ。きっと、もっと強くなるでしょうね」
織斑先生もなんだかんだ言って弟が心配なのだ。決してそんな姿を見せないのは、最強の女としてのプライドなのだろうか。
「それもあるが……お前自信のこともだ」
「俺……ですか?」
「……お前は見たものを忘れないらしいな……」
「あ、あー……はい。どうもそうみたいで……」
「それは……辛いことや悲しいことも抱え続けなければいけないということだろう? ……大丈夫なのか?」
「……もう慣れましたから……考えたって消えるわけじゃないですし……」
俺は決まりの悪い笑顔を作った。
だが織斑先生は笑わない。いつも通りの厳しい表情でただ俺を見ていた。
「……誰かを助ける人間は必ず、誰かに助けられている。お前だけが特別な存在じゃない」
「……え?」
「……いや、すまない。つまりだ……独りで悩まないで相談しろということだ。一夏やクラスのやつらも、それに私でもお前の話し相手ぐらいにはなってやれるからな」
そして、初めて織斑先生は微笑んだ。いつもの様子からは想像もつかないほどに柔らかいその笑みは、俺を驚かせた。
この人でもこんな顔をするのか……。
俺は胸に手をあて、笑って答える。
「大丈夫です。今は楽しいことばかりで、悩むことなんかありませんから」
「そうか……ならいい」
俺は無言でうなずいた。
なんだ、織斑先生も意外と人間っぽいところあるじゃないか。
そんなことを考えて独りニヤニヤしそうなのを堪えていると、織斑先生が足下に置いてある自分の買い物かごから何かを取り出そうと膝を曲げた。
「ところで話は変わるんだが……」
「はい?」
織斑先生が俺の前に水着を二着、突き付ける。
片方はスポーティーでありながらメッシュ状にクロスした部分がセクシーさを演出している黒水着。
もう片方はこれまた対極で、一切の無駄を省いたかのような機能性重視の白水着。
どちらもビキニで肌の露出具合はかなり高そうだった。
「どっちがいいと思う?」
「……なんでこう、俺が選ぶことになるんでしょうね……」
「なんだ? 私とも一緒に更衣室に入るか?」
「冗談よしてくださいよ……」
はぁ……織斑先生……あなた教師でしょう? 今の発現はなかなかまずいですよ……。
ま、しょうがない。指名された以上俺の意見を言うか……。
「うーん……」
白のほうは……そうだな。
なんか織斑先生のビシッとした感じが全面に押し出されて近寄り難そうだな。
黒は……いっつも黒いスーツ着てるからなぁこの人。たまには違う色着てもいいんじゃないか?
「……うーん……」
はっ!? 待てよ……? 一夏ならどうする?
実の姉が着るとしたらどちらがいいと思うんだ?
あいつのことだ、『黒は変な男がよって来そう』とか思うに違いない。一夏も姉思いだからな。
しかし、白か? 白が合うのかこの人。
なんかこれ来て海辺歩いてたら浮きそうだぞ。雰囲気が。
……特にうまくないか。
「……うーん……」
「いつまで悩んでる。さっさと決めろ」
そうはいいましてもね……。
とりあえずシュミレーションしてみるか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・その1……白の場合
『おい見ろよ、あそこにチョー美人がいるぜ!?』
『でも話しかけるなって感じじゃね?』
『……』
ヒソヒソ……。
『なにあの人……怖い……』
結論:なんか寂しい海辺になりそう
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・その二 黒の場合
『おい見ろよ、あそこにチョー美人がいるぜ!?』
『うほっ! ほんとだ! ねぇ! かーのじょ! 俺たちと遊ばない?』
『……』
『ねぇ、ねぇった――』
バキッ!
「はぶらしっ!?」
「あ、相棒!? てめぇ! なにしや――」
バキッ!
『……私に触れるな……』
ヒソヒソ……。
『なにあの人……怖い……』
結論:なんか寂しい海辺になりそう
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
結局変わんないじゃないか!
返せ! 今の無駄な思案の時間を返せ!
「決まったか?」
「あ、あと30秒ください!」
こうなったらもういいや。俺が似合うと思うほうを選ぼう。
うー……! よし!
「黒で」
「ほう。なぜだ?」
「俺が見たかったからです」
それしか理由がない。というか、それに頼るほかない。
しばらくキョトンとしていた織斑先生だったが、すぐに小さく息を吐いてやれやれと首を振った。
「ふっ……やはり面白いやつだな、お前は」
「そ、そうですかね……?」
「ああ……ところでお前、彼女はつくらないのか?」
今度は俺がキョトンとする番だった。
なんだ藪から棒に。今日の織斑先生は織斑先生らしくないな。いつもの先生なら色恋沙汰のことになんか興味持ちそうにないのに。
そのことがおかしくて、半笑いで答えてしまう。
「俺と付き合おうなんてそんな物好きな人はいませんよ。みんな一夏の虜ですからね」
「そうか? お前もなかなか罪な男だと思うがな」
「あはは。先生って意外と冗談が好きなんですね」
これはスクープだ。学校ではあんなに恐れられている先生が冗談好きとは。さっそく新聞部に売り込もう。高く売れるといいな。
「IS学園の女の子って、俺にはもったいないくらい可愛いですからね。みんな」
「……ふぅ……そうか」
なんだ? なんか『やれやれ……バカなやつだ』って感じ。
「というか、織斑先生はどうなんですか? 先生くらい美人ならどんな男もイチコロでしょ?」
「手のかかる弟や生徒がいるのでな。まだそういうことは考えてないさ」
ストイックだなぁ。
俺が先生に『一夏はまだ子供ですか』と言うと『お前も子供だ』と呆れ気味に返された。
その後は特に話題もなく数分が過ぎ、遠目で山田先生たちが帰ってくるのが見えたところで今回の二者面談はお開きとなった。
「水着、選ぶのに時間かかってすいませんでした」
「いや、構わんさ。すまなかったな」
最後にニコリと笑って織斑先生がレジに歩いていく。なんだかいつもと違った織斑先生を見た気がして、不思議な気分だった。
◇
信が千冬と二人にされていた頃、少し離れたところではこんなやり取りが。
プルルル……プルルル……ガチャ……。
「クラリッサ、私だ。緊急事態発生」
『ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長。なにか問題が起きたのですか?』
「う、うむ。例の『真宮信』のことなのだが……」
『隊長が好意を寄せているという男性のことですか』
「そうだ。お前が教えてくれたところの、いわゆる私の『嫁』だ」
ラウラは腹心の部下であるクラリッサ・ハルフォーフ大尉に電話をかけていた。理由はただひとつ。
「実は今度、臨海学校というものに行くことになったのだが……どのような水着を選べばいいか、選択基準がわからん。そちらの指示を仰ぎたい」
そう。どんな種類の水着ならば信のハートをぶち抜くことができるか、ということをアドバイスしてもらうためである。
軍隊の訓練しかしてこなかったラウラにとって、水着など縁のないもの。それに、必要だと感じたこともなかった。
ところが先程、とんでもない会話を小耳に挟んでしまった。
『他のことが全部百点でも、水着がダメだったら致命的だもんね~』
その一言でラウラは急激に焦り出した。これは自分の手に終える事態じゃないということで、ここは様々な日本文化を知っているクラリッサに聞こうとなったのである。
ちなみにラウラもクラリッサも気付いてないが、基本どこか日本に対しての認識がずれている。
『了解しました。この
「学校指定の水着が1着のみだ」
私はそれで充分だと思うのだが、と言うのを抑えたのは正解だった。
『何を馬鹿ことを!』
「!?」
突然の大声に、携帯を耳から遠ざける。
『たしか、IS学園は旧型スクール水着でしたね? それも悪くはないでしょう……』
なんでお前がそんなこと知っているんだと聞きたかったが、クラリッサの本気で自分のことを考えてくれているのを感じ、続きを待つ。
『だが! しかし! それでは!』
「そ、それでは……?」
『色物の域を出ない!』
「なっ……! ならば、どうすれば!?」
『ふっ……私に秘策があります』
その自信に満ちた発言に、ラウラはゴクリと唾を飲むのだった。