IS〜world breaker〜   作:山嵐

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16:やっぱりアイスはハーゲン〇ッツ

 織斑先生との激闘からはや数時間。

 前半こそやられっぱなしだったが、俺だって男だ。それじゃあ気がすまない。

 最終的には織斑先生が放ったボールの五割強ぐらいは拾ってやった。

 しかし織斑先生は悔しがるどころかうっすら喜びの表情を浮かべ、今のがダメなら二倍のを、それでもダメなら三倍のを、さらにダメなら四倍のを……とでもいうように一段階ずつアタックやサーブを強力にしていった。

 織斑先生の強さの上限が見えない……。

 そんな恐ろしい事実に身震いしている俺だが、今は楽しい楽しい夕食の時間だ。

 なんでもこの旅館は浴衣着用がルールらしく、俺の周りは浴衣美人だらけ。レシーブのやりすぎで手首が痛くなかったらもっと嬉しかったろうに。

 手が痛むのを我慢しつつ、割り箸を割って料理をつまもうと試みるが、どうにも学生風情が食べていいような料理ではない気がして怯んでしまう。

 こんな盛り付けかたテレビの特集でしか見たことないぞ……。

 

「なぁ、本当に俺たちが食べていいのか? 隣の部屋で石油王とかがパーティーやってたりしないか?」

 

「何言ってんだよ。そりゃあ豪華すぎて少し恐いけど……」

 

 一夏は俺ほどたじろぐことはなく、刺身にわさびをつけて、口に運ぶ。こいつは変なところで肝が座っている。織斑姉弟は総じて大物らしい。

 

「うまい! さすが本わさ!」

 

「本わさ?」

 

 一夏の隣に座っているシャルが『なにそれ?』と不思議そうな顔をしている。そして、目線が刺身に添えられた緑色の物体に移る。

 あれ? シャル、なんだその顔は。その『おいしいんだ……』という興味津々の顔は。そいつは主役じゃない、引き立て役だぞ。

 次の瞬間、俺の嫌な予感は見事に当たった。

 

「あっ! ちょっと待て! そういう食べ方じゃ――」

 

 俺の制止もむなしく、シャルがわさびの山を食べる。

 その勇気に乾杯……。

 

「しゃ、シャルロット!? 何やってんだ!?」

 

「~~!?÷∞&◇@∴≧!?」

 

「――ない……って遅いか。一夏、これシャルに渡せ」

 

「あ、ああ……ほら、お茶だぞ」

 

 俺から一夏に、そしてシャルに湯呑みが手渡されていく。

 それにしてもシャル、お前のチャレンジャー精神は本当に素晴らしい。そこは認めよう。

 

「っ……ぅ……」

 

 ぱくぱくと食事を食べ進めていると、隣から女の子の苦しそうなうめき声が聞こえた。

 ちなみに席順は、シャル、一夏、俺、セシリア、の順番。つまり、このうめき声はセシリアのものだ。

 

「セシリア……もうあきらめてテーブル席に行ったらどうだ? 正座、苦手なんだろ?」

 

「い、いえ……へ、平気……で、です……わ……」

 

 俺に笑顔を向けるセシリアだが、完全に無理をしている。

 だが譲れない何かがあるようで、かたくなに動こうとしない。

 余談だが、俺も正座は苦手なので、今はあぐらをかいている。多少使う面積は広くなるが、足が痺れて立てなくなるよりはいい。

 

「でもさ、料理冷めちまうぞ。誰かに食べさせてもらうわけにもいかないだろ?」

 

「!」

 

 セシリアがほんのわずかに反応した。ちらりとこちらを見る瞳には、わずかに期待の気持ちが見えた。

 

「……誰かに食べさせてもらいたいのか?」

 

「そ、そうですわね。せっかくの料理が傷んでは、シェフに申し訳がありませんから、その、『誰か』に食べさせてもらうことにしましょうか」

 

「そっか。じゃあそうしろ」

 

 俺を見つめているセシリアは無言で何かを主張している。

 

「……」

 

 まだ見てる。

 

「……」

 

 すごい見てる。凝視してる。

 

「……え? もしかして……俺?」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 そう言って箸を手渡される。

 うーん……頼まれたからにはやったほうがいい……のか? というかやらないと俺を解放してくれないような気がする。年頃の男女があーんとか恥ずかしいんだが……仕方ない。一口ぐらいなら我慢しよう。

 

「ほら、どうぞ」

 

「は、はい……あー……む」

 

 モグモグと刺身をうまそうに食べるセシリア。すると、周りの女子が騒ぎ出した。

 

「あああーっ!? セシリアずるい!」

 

「セシリアの卑怯者!」

 

 飛び交うブーイングもなんのその、セシリアは『次、お願いします!』と訴えている。

 いや、次って……もう無理だろ。みんな騒ぎだしたし……。

 俺がそれとなく断ろうとすると、後ろのふすまが勢いよく開いた。

 そこには例のごとく織斑先生が仁王立ち。

 

「お前たちは静かに食事をすることができんのか!」

 

「お、織斑先生……」

 

 さっきまでの騒ぎはどこへやら、全員一気に静まり返る。

 辺りを一通り見回したあと、織斑先生はギロリと俺に睨みをきかせる。

 

「真宮、騒動を起こすんじゃない。一人部屋を取り消しにするぞ」

 

「す、すいません……」

 

 そして織斑先生は静かに去っていった。

 足音が遠くなり、聞こえなくなるまで全員が聞き耳をたてる。そして、完全に聞こえなくなった。

 

「「「「「「「「「「……はぁ~……」」」」」」」」」」

 

 緊張がとけ、全員がほっと安堵の息をはく。

 

「……真宮くんって一人部屋なの?」

 

「え? ああ、うん。まぁな」

 

「そ、そうなんだ~……ふぅーん……へぇー……ほぉー……」

 

 なんか『遊びに行かなきゃ!』という思いがひしひしと伝わってくるんだが……それも女子全員から。でもこの人数で押しかけられたらまずいな……。

 俺はそれとなく捕捉を加える。

 

「ちなみに一夏は織斑先生と一緒の部屋だぞ。俺の部屋の隣で」

 

 部屋が隣なのは嘘だ。けどこれくらい言わないと歴戦の猛者たちは押し掛けてきそうな気がする。

 

 

 

 びしっ……!

 

 

 

 あ、固まった。

 『男子の部屋には行けないわね……』で全員一致だそうです。

 さすが鬼教官、効果絶大だぜ。

 これで俺の部屋に来る物好きもいなくなるだろう。

 

「姉と弟……! 禁断の関係……!」

 

「いいわ……いいわね……ぐふふ……!」

 

「ついに……ついに私の予想が当たる日が……! これで勝つる……!」

 

 ああ……行けないってそういう意味でっていう人もいるのか……聞かなかったことにしよう。幻聴、幻聴……。

 

「で、セシリア。また怒られるのはごめんだから――」

 

「……」

 

 なんだよ……そんなに『不満ですわ』って顔で見るなよ。

 セシリアは頬を膨らませて、まさにふくれっ面をしている。

 

(怒るなよ……あとで埋め合わせはしてやるから、なっ?)

 

(……『今日中に』お願いします)

 

(今日中!? うーん……何とかしよう。じゃあとりあえずあと部屋に来てくれ)

 

(部屋……? はっ……! し、信さん、もしやそれは……)

 

 食事を取りながら小声でやりとりしていると、セシリアが急に手を握ってきた。

 

「信さん! わかりましたわ! じゅ、準備がありますので少々お時間をいただきますが、必ず!」

 

 なんかよくわからんが、機嫌をなおしてくれたらしい。

 さて、埋め合わせって言っても何をしよう……。

 俺は新たな問題に頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、ひどい目にあいましたわ……」

 

 信との約束のあと、セシリアは入念に体を洗い、いわゆる『勝負下着』に着替えたの だがそれをルームメートに見つかり、なんというか、まあいろいろされた。

 

「し、しかし! これでやっと……!」

 

 知らず知らず、早足になる。

 信はセシリア『だけ』に部屋の場所を教えてくれた。『場所がわかったら一気にみんな集まってくるから』だそうだ。

 

(し、信さんったら……ふ、二人っきりで何をなさるつもりかしら?やはり……)

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『し、信さん! お邪魔しますわ!』

 

『なんだセシリア。遅かったじゃないか』

 

『それで信さん……う、埋め合わせというのは……?』

 

『ふふ……セシリアの思っていることだよ……』

 

『え、ええ!? そ、それはつま――むぐっ!?』

 

『ん……ぷはっ。あはは。セシリアは本当にかわいいなぁ……』

 

『ひゃ、ひゃん!? そんな、とこ……さわっ……や、やぁ……そ、そんな急に……』

 

『セシリア……』

 

『んっ……は、はい……』

 

『愛してるよ……』

 

『あぅ……』

 

『返事……くれないか……?』

 

『わ、わたくしも……気持ちは、同じですから……一緒に……こ、子づ――』

 

 ちゅっ……。

 

『ん……そこから先は……布団に入ってからのお楽しみさ……』

 

『信さん……』

 

『セシリア……』

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「うふ、うふふふふ! ああっ! そこはわたくし弱いんですの! そんなことされたら頭が真っ白になってしまいますわ!」

 

 真っ赤な顔で一人芝居。

 完全に危ない人だが、廊下に誰も出ていないのがせめてもの救いだった。

 

「ね、念には念を入れておいた甲斐がありましたわ! うふふ……信さんも殿方ですし、仕方ありませんわよね! まったく、わたくしをこんな風にした責任はきっちり取っていただきますわ! うふ、うふふ……!」

 

 ニヤニヤルンルンと足取り軽く廊下を進み、気付くとすでに信の部屋についていた。二、三回軽く咳払いをして、発声練習もしておく。セシリアはIS学園の入学試験を受けたときよりも気合いを入れているのだった。

 

「し、信さん? 来ましたわよ?」

 

『おー、セシリアか? 遅かったじゃないか。入っていいぞー』

 

「は、はい! それでは……ふふ……」

 

 すっ……と、にこにこしてふすまを開けたセシリアだったが、部屋の中を見た瞬間表情が固まった。

 

「私の番だな。『6』だ」

 

「えっと、『7』……」

 

「……『8』よ!」

 

「ダウト」

 

「なっ!? い、いいの? 本当にそう思うの? 変えるなら今のうちよ、信!」

 

「お前、出す前に手札全部眺めたろ? つまり『出すべきカードが手札のどこにもない』ってことだ」

 

「ほう……なるほどな」

 

「ふふっ。わかりやすい性格なんだね、鈴は」

 

「さ、全部持ってけ」

 

「くぅ……! あ、あとで大逆転してやるわ! 見てなさいよ!」

 

「はいはい」

 

 信の部屋には、ラウラ、シャルロット、鈴がすでにいた。しかも、ダウトの真っ最中。

 セシリアの笑顔は影も形も残さず木っ端微塵に破壊された。

 

「な、なんで皆さんがここに!?」

 

 信さんは自分『だけ』に場所を教えてくれたのに、と心のなかで疑問と憤りが混ざり合う。

 

「いやなんかさ、みんなISのコア・ネットワーク使って俺の部屋割り出したらしいんだ」

 

 しまった! その手があったか!

 ISは元々宇宙開発用。恒星間距離においても位置情報を正確に把握する必要があったため、それぞれがお互いの位置を認識しあえるという特徴を持っている。

 以前シャルロットと信を尾行したときに使った特徴でもある。

 しかも、鈴とラウラは一緒に行動していたし、あとから聞いたのだが、シャルロットもこの機能を応用させて尾行に気付いていたらしい。

 確かに、この四人が同じ方法を思い付かないはずがない。

 

「なんだよ、セシリア。『うかつだった……』って顔してるな……あ、もしかしてトランプ最初からやりたかった? 別に大丈夫だぞ?」

 

「信さん……もういいですわ……」

 

 がっくりと肩を落とし、力なく椅子に腰かけるセシリア。

 こうなったらやけだ。

 

「わたくしも参加しますわ。言っておきますけど、鈴さんとは違いましてよ?」

 

「なっ!? い、言ってくれるじゃない! 今からが本番よ!」

 

「はいはい」

 

 さらっと鈴の言葉を流し、一度配ったトランプを回収し、信は手際よく切り始めた。

 そして今度はセシリアを加えた五人にトランプが配られ、再びゲームが開始される。

 

「じゃ、俺からな。『1』だ」

 

「『2』だ」

 

「じゃあ僕は『3』だね。はい」

 

「……『4』よ!」

 

 ちらっ、ちらっ。

 

「引っ掛かるか、バカ」

 

「ぐぅ……!」

 

「セシリア、次いいぞ」

 

「わたくしは……『5』ですわね」

 

「あっ!! ま、待った! ダウトよ!」

 

「……残念でしたわね、鈴さん? 正真正銘、『5』でしてよ?」

 

 裏返しに出したカードをぺラッとめくる。そこには見事に『5』という数字がかかれたトランプが。

 

「な、なんで!? 手札全部眺めてたじゃない! ね、信!」

 

「フェイクだよ。数字を全部確認したにしては目の動きが早すぎだ」

 

「うふふ……信さんにはかないませんわね。鈴さんが単純で助かりましたわ~おほほ~」

 

「ぐっ……! セシリア、覚えときなさい……!」

 

「ほら、続けるぞ。初めからな。『1』」

 

「『2』」

 

「ダウト」

 

「むう……さすが私の嫁だな。私の考えはお見通しというわけか」

 

「だからいろいろ間違ってるぞ、お前。シャル、『1』からな」

 

「えっ! う、うん。えっと……」

 

「ダウト」

 

「えー!? まだ出してないじゃない!」

 

「動揺しすぎ」

 

「あたしの番ね! えっとー……そうね……『1』……かな?」

 

 ちらっ……ちらっちらっ……ちらっ!

 

「「「「………」」」」

 

「ちょっと!? 何よその可哀想な人を見るような目は!?」

 

「いや……なんかもうこっちが恥ずかしい」

 

「どういう意味よ!?」

 

「では次は私の番ですわね。『2』ですわ?」

 

「ダウト」

 

「なっ!? し、信さん! 強すぎませんこと!?」

 

「そんなことないって~」

 

 ニヤニヤといたずらっ子のように笑みを浮かべる信は本当に面白そうだった。

 一方、そんな信に見られている女子一同は、ちょっと落ち着かない気持ちになって体をモゾモゾと動かした。

 なんとか、この笑顔もひっくるめて、信の微笑みを自分だけに向けられないだろうか。そんなことを考えてしまう。

 ついつい、気持ちを誤魔化そうと躍起になった。

 

「も、もう……! 腹立つ! ちょっとあたしに殴らせなさい!!」

 

「わたくしも!」

 

「無論私もだ!」

 

「じゃ、じゃあ僕も!」

 

 一斉に立ち上がったそのとき。

 

 

 

 

 ピロリロリン!

 

 

 

 

 信の携帯が着信を知らせた。

 しーっと人差し指を立てて口に当てると、信は通話ボタンを押した。

 

「もしもし? ああ、一夏……え? ああ、うん……わかった……オッケー……」

 

 ピッと電話を切ると、むすっとした顔で突っ立ってる四人を見渡して、信は笑った。

 

「今から一夏の部屋に行くんだけど、一緒に行くか?」

 

「「「「もちろん!!」」」」

 

 できる限り信と一緒にいたい四人は即答するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「信さん? トランプ、持ってきましたか?」

 

「忘れたとか言ったら殴るわよ!」

 

「それにしてもなかなか面白いものだな、ダウトとは。しかも、拷問時に敵の嘘を見抜く訓練にもなる」

 

「そ、それはどうかと思うけど……ねぇ、信。今度はまた違ったことやろうよ。僕たちずっと信に勝てないし……」

 

「あはは。ごめんごめん、みんなわかりやすくて……それじゃあ、最もポピュラーな……ん?」

 

「……む、むぅ……」

 

 俺たちは一夏の部屋の前に張り付いている箒にばったり出会った。

 何やら夢中になって聞き耳を立てているらしく、もう1メートルも距離がないのにまったくこちらに気付いていない。

 

「箒? 何してんだ?」

 

「うわぁ! し、信!? それにお前たちまで!?」

 

「お、落ち着けよ……どうした?」

 

「い、いや!? 別になにも!?」

 

「嘘つけ」

 

「な、なんでわかるのだ!」

 

 顔真っ赤にしてやけに身振り手振りが大きくて声が裏返ってたら誰だって気付くだろ……。

 それでなくても、俺は表情を見れば考えてること何となくわかるんだぞ。俺の前で嘘つくとかほぼ不可能に近いのを覚えとけよ。

 

「なに? 部屋の中でなんか面白いことでも話してるの?」

 

「い、いや……それが……まぁ、いろいろ……」

 

「じゃああたしも聞いてみよーっと」

 

 鈴がそう言ったのを皮切りに、女子が全員ふすまに耳をくっつける。

 お前ら……。

 

「「「「「……」」」」」

 

「……おい、何考えてんだよ」

 

 なんだか年頃の女子らしからぬことを考えてる気が……。

 ほんのり顔が赤くなった五人に声をかけて、俺もふすまに近付こうとするのだが。

 

「わ、わわっ! し、信はダメ!」

 

「は、はぁ? ちょ、な、なんだよ?」

 

 シャルに追い払われてしまった。

 仕方なく引き下がり、少し離れたところで聞き耳をたてる。

 

『ここ……どう?』

 

『はぁ……ん……! そ……や……つぅっ!』

 

『大丈夫……良くな……て……溜まって……苦し……から……』

 

『あぁぁっ! や、やめ……』

 

 ほ、ほぉ~……な、なるほどね……。

 落ち着け、落ち着けよ。何も聞いてない、何も聞いてない……今ここで常識人なのは俺だけだ……。

 

「お、お前らの考えは間違ってると思うぞ? か、家族でそんなことするわけないだろ」

 

 俺も同じことを考えてしまったけど。ほんの一瞬だけどね。

 うん。一瞬だから。

 嘘じゃないぞ。

 

「べ、別にそんなこと――!」

 

 箒が否定しようと口を開くと同時に、想定外の負荷がかかっていたふすまが奥に倒れた。

 いくら女子といえども五人も寄りかかればそれなりの重さになる。

 見事なまでに女子たちはふすまと一緒に部屋に倒れ込み、その後ろで俺はただ立ち尽くしていた。ドシーンと大きな音と揺れが足元を伝った。

 

「うわっ!? ……って、あれ? みんなどうしたんだ?」

 

 一夏はこの光景が不思議でたまらないという感じである。

 うつ伏せになっている千冬さんもよく状況が飲み込めず『?』となっていた。

 

「えーと……」

 

 『なんで?』と思われましても……。

 とりあえず右手に握っていたものを見せて、へらっと笑った。

 

「と、トランプしようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、なにをしている。馬鹿者が」

 

 千冬は半ば呆れて、目の前で正座している五人に声をかける。

 もちろんその五人とは箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラである。

 ちなみに信は盗み聞きしていなかったので、今は部屋の椅子に腰掛けてゆったりしていた。その隣の椅子には一夏が不思議そうに座っている。

 ふすまが外れてから約十分後の現在、千冬は何が部屋で行われていたか事細かに説明を終えたところだった。

 

「マッサージ……だったんですか」

 

 どうやらいろいろと深読みしていたらしい女子たちにますます呆れてしまい、ため息を大きく吐き出す。

 

「当たり前だ……お前たちの考えていたような展開には一切ならん」

 

「……? みんな何考えてたんだ?」

 

「一夏。そこは聞いてやるな」

 

 信が一夏を止めるが、ほぼ同時にラウラが口を開いていた。

 

「それはもちろん男じょ――」

 

 

 

 ばばばばっ!!!!

 

 

 

 他の女子四人がラウラの口をふさぐ。

 

「と、特にどうというわけでは……」

 

「お、おほほほほ……」

 

 一夏は相変わらず不思議な顔で、信は苦笑い。

 千冬は顎で一夏を指した。

 

「こいつはこう見えて、マッサージが上手いんだ」

 

「へぇ……そうなのか?」

 

「まぁな。昔っから千冬姉にやってくれってせが――」

 

 

 

 

 ギロリ!!

 

 

 

 

「ひっ!? い、いや!? 俺がやりたいからやらせてって言ってるんだ!そうなんだ! そういうことなんだ!」

 

「ほほ~? なるほどね~?」

 

 信はニヤニヤと千冬を見る。

 不思議なものだが、その顔を見ると怒る気にはなれないのだった。

 

「はぁ……もういい。一夏、信。ちょっと飲み物を買ってこい……私はこいつらにもう少し話したいことがある」

 

「えぇー……生徒使いが荒いですね……」

 

「みんな、何の種類の飲み物がいい?」

 

「なんでも構わん。お前らで勝手に決めてこい」

 

 千冬がさらりとそう言ったのを聞き、男子二人が部屋を出ていく。

 残ったのは全員女子。うち、教師一人、生徒五人。

 部屋はしんと静まり返り、誰一人として口を開こうとしない。

 

「おいおい、いつもの馬鹿騒ぎはどうした?」

 

 奥の冷蔵庫からとってきたビールを片手に、千冬が話しかける。

 

「い、いえ、その……」

 

「お、織斑先生とこうして話すのは、初めてですし……」

 

「そう緊張するな」

 

 プシュッと景気のいい音をたてて缶ビールを開け、ごくごくと喉をならしてそれを飲む。

 

「ぷはっ! くぅ~!!」

 

 いつもと違う『織斑先生』を目の当たりにした女子全員が、ぽかんとしている。

 

「おかしな顔をするなよ。私だって人間だ。酒くらいは飲むさ。それとも、私は作業オイルを飲むような物体に見えるか?」

 

『鬼』

 

「おい、信……あとで覚えておけよ……」

 

 ふすまでしきられた向こう側の廊下から、クスクスという笑い声が聞こえたと思えば、ドタドタと廊下を走っていく音が聞こえ、部屋は再び静かになった。

 

「……やれやれ、私もなめられたものだ……これだから教師は疲れる……」

 

 そう言いながらも、わずかばかり楽しそうな微笑みを浮かべる千冬を、どこか疑うような目で見る女子たち。

 

「さて、邪魔物もいなくなったところで……本題に入るか。まず、篠ノ之。一夏のどこがいいんだ?」

 

 ドキッと体をこわばらせる箒。いつもの強気はどこへやら、完全に縮こまってしまっている。

 

「わ、私は別に……以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけですので」

 

「そうか。なら、一夏にそう伝えておこう」

 

「言わなくていいです!」

 

 さらっとそんなことを言われて、箒はぎょっとしてから詰め寄る。

 

「ふっ……冗談だ……さて、残りの四人。言われることはわかっているな?」

 

 四人が四人とも、小さく首を動かす。この流れからいうと、聞かれることは決まっていた。

 

「……信のどこがいいんだ?」

 

 なにを聞かれるかわかっていても、やはりいざそうなると、4人とも上手く言葉がでない。

 進んで口を開こうとするものは一人もいないので、時間だけが淡々と過ぎていった。

 

「まぁ……答えられないならいい。ゆっくり答えを見つけていくのもいいだろう」

 

 ゴクリと最後の一口を流し込み、千冬はニヤつく顔をなんとか誤魔化そうとした。

 恋をするというのはこうも女を女らしくさせるものなのか、と面白くなった。

 

「信は何をさせてもそつなくこなすだろうし、思いやりもある。しかも強いな。ほぼ完璧だ。一夏だって、そこらの男よりはいい方だ。姉の私が言うんだから間違いはない」

 

 女子たちの真剣な眼差しが向けられ、それを見た千冬がとうとう堪えきれずにニヤリと笑う。

 

「どうだ? あの二人、欲しいか?」

 

 とたんに五人の目が輝く。

 

「「「「「くれるんですか!?」」」」」

 

「誰がやるか、バカが」

 

「「「「「ええ~……」」」」」

 

 全員、あからさまにがっかりした声を出す。

 それを見た千冬が満足そうに笑った。

 

「女ならな、奪うくらいの気持ちで行かなくてどうする。自分を磨けよ?ガキども」

 

 グビッと二本目ビールを喉に流し込んでいると、箒が申し訳なさそうに手を上げた。

 

「あ、あの……ところで先生」

 

「ん? なんだ? 一夏のことでまだなにかあるのか?」

 

「いっ、いえ! 信のことなんですが、いつもは『真宮』って呼んでませんでしたか? 信も『織斑先生』でしたよね?」

 

「ああ、そうだが?」

 

 それがどうしたというのだろうか? 別に気にすることもないだろうに。

 

「さっき……」

 

「お互いに名前で……」

 

「呼んで……」

 

「ましたよね?」

 

 箒以外の女子全員が詰め寄る。

 なかなか迫力のある眺めだが、千冬は酔いが回っているのもあって、ものともしない。

 

「そうえば、そうだったな」

 

「ど、どうしてですか?」

 

「そうだな……互いに気を許している証拠じゃないか?」

 

 そんな言葉に唖然とする一同。その顔が面白くて、さらにからかいたくなった。

 

「もたもたしていると、私が貰ってしまうぞ?」

 

 そう言って笑い声を上げる千冬はやはり、いつもの『織斑先生』とは別人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で? なんだよセシリア……」

 

「いえ? 特に何も? おほほほほ」

 

 目が笑ってないのが怖すぎる……。

 結局あの後は大トランプ大会で盛り上がったのだが、なんだか女子たちの視線が不自然だった。

 誰に聞いても『特に何も』しか言わないし……。

 一夏の部屋から戻る途中でみんなと別れて、今はセシリアと2人、月明かりが優しく照らす廊下をゆっくりと歩いていた。

 美しい金色の髪がほのかに銀色を含んだ白い光を反射して夜風にさらさらとなびくのはなかなか風情があって、とても魅力的だった。セシリアの横顔はなんだかいつもより数段美しく見えて、心なしか色っぽく感じる。見慣れた横顔も今は俺の鼓動を早くし、気を抜けばすぐに顔を赤くしてしまいそうだ。

 

「信さん? 何か?」

 

「い、いや? 何でもない……」

 

「うふふ……もしかして、わたくしに見とれてしまいましたか?」

 

「うっ……! その顔……俺が見てるの知ってて知らないふりしてたな……」

 

「さぁ? どうでしょうか?」

 

 口に手を当てて上品に笑うセシリアはやはり美人で、俺は隣を歩く異性を意識せずにはいられなかった。

 夜だからか、変に悶々とした何かが心に渦巻いているのを自分でも感じており、さっさと部屋に戻らないと大変なことになりそうだ。

 しかし、セシリアは非常にゆっくりと歩を進めるので、俺はそのペースについていくしかなかった。

 無言の空間ができるとなんだかいづらくなるので、俺は当たり障りのないことを言って気をまぎらわすのだった。

 

「そ、そうえばさ、セシリア……例の埋め合わせの件、何にも思い付かないんだけど……」

 

「そうですか……それは困りますわね……」

 

「どうする?」

 

「……それでは、こうしましょう。わたくしが考えていることを当てて、それに信さんが応えてくれたら、それで構いませんわ」

 

「は、はぁ……? どういうこと?」

 

 セシリアはこちらを向いてちょっと微笑むと、俺の少し前に出て、自分の腕を背中に回して立ち止まった

 そして、くるりと振り返る。

 金髪がふわりと宙を舞う様子は鮮やかで美しく、それでいてとても優雅だ。女の子特有の甘い匂いが俺の鼻をくすぐる。

 

「せ、セシリア……?」

 

「……はい」

 

 小さく呟いて、セシリアは目をつぶった。少しだけ前につき出したその顔は眠っているように静かで、穏やかで、とても綺麗だった。お世辞なんか抜きに、まるでどこかの眠り姫のようだ。

 月明かりは俺たちに絶え間なく降り注ぎ、キラキラと輝いている。

さらさらと夜風が俺を撫でる。

 この手を伸ばせば届く距離にいる美女に、この魅惑的な雰囲気に、俺の理性は危険信号を灯す。

 

(これは……まずい……!)

 

 そう思いつつ、俺は足をセシリアに向かって一歩、踏み出してしまった。

 

「……なーんて。冗談でしてよ?」

 

「うわっ!?」

 

 突然目を開けたセシリアに驚いて、大声が出てしまった。

 それを見てセシリアは楽しそうにクスクスと笑っていた。

 お、おお……? じょ、冗談……?

 良かったような、残念なような……。

 

「うふふ……信さんのそんな顔、始めて見ましたわ♪」

 

「せ、セシリアだって顔真っ赤だぞ……」

 

「あら、信さんほどではなくってよ?」

 

 そういって後ろ向きに歩きながらセシリアは赤い顔で微笑んだ。

 冗談……か。くそ……見抜けなかったぜ……。

 女の子っていうのはよくわからないことをするよな。こればっかりは一生理解できないのかもしれない。

 顔が赤いのも理由は俺と同じじゃなくて、俺の変な声とか顔とかに笑いそうになるのを必死で堪えているからかもしれない。

 うう……恥ずかしい……。

 

「今回の件はこれでよしとしますわ……ふふっ。カメラがないのが残念ですわー」

 

「こ、このやろ……こういうたちの悪い冗談ばっかしてると、いつか天罰がくだるぞ……」

 

「うふふ。わたくしは日頃の行いがよいのでそんなこ――」

 

 セシリアの日頃の行いは、本人の言う通り、よい方だと思う。

 

 だがしかし。

 

 どうやら今回は神様も天罰を与えに重い腰を上げてくれたらしい。もしかしたら、俺のほうが日頃の行いがよかったのかもしれない。

 実はこの旅館、少しだけ複雑な構造をしている。見た目だけならば結構最近できたような綺麗な印象を受けるが、昔からの由緒ある旅館らしい。なんでも最初は小さな宿から始まり、少しづつ増築してここまで大きくなったとか。そうなると自然、新しく建てたところと古くからあったところを繋ぐ必要が出てくる。

 例えば、廊下と廊下が直角に交わらせて、とか。そこには大抵の場合、高低差による段差ができてしまう。新旧の建物をまったく同じ高さに造るのはなかなか難しいからだ。そういう繋ぎ目の場所でよくあるのが、夜の薄暗いときに少し動きづらい浴衣で後ろ向きで歩いてつまずいて転ぶ、というシチュエーション。ものの見事に俺とセシリアはその状況にいたのだった。

 俺が段差に気を付けろ、という前にセシリアは後ろに倒れてしまった。

 

「きゃ、きゃあ!?」

 

 思わず目をつぶってしまった俺の耳に、痛々しい衝撃音が聞こえた。

 うわぁ……そうとう激しく転んだな、こりゃ。

 

「せ、セシリア……? だいじょ……うぶ……か……」

 

「い、痛……え、ええ……なんとか……」

 

「そ、そうか? なら……まぁ……早く……直せよ」

 

「直す……? ……はっ!?」

 

 セシリアは気付いただろう。まるでどこかのグラビアアイドルのように思いっきり開脚してしまっていることに。

 浴衣ははだけ、思いっきり下着が見えてしまっている。

 しかも……なんだあれは……ほぼ大部分がひ、紐で……。

 いや、知らない。俺は知らないぞ。

 頑として月を見ているふりをする。

 ちらりとセシリアの方に目をやると、うつむいてそさくさと身だしなみを整えていた。見て取れたのは真っ赤になった耳だけだったが、恥ずかしさを読み取るには充分だった。

 

「……し、信さん……?」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「み、みみ、見ましたか……?」

 

「見てない見てない!」

 

「本当ですか……?」

 

「お、おう!」

 

 結局ごまかし通してセシリアを部屋に送った。

 なんとかセシリアも納得してくれたらしく、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 それにしても……。

 

「セシリアって普段ああいう下着つけるんだ……」

 

 ん……? 待てよ? もしもあれが通常装備なら……。

 あ、いや……待て待て。これ以上の想像はダメだ。

 

 ……その後洗面台に向かって初めて、鼻血が出ているのに気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 セシリアが部屋に戻ると、部屋には布仏本音がパタパタと布団の上で足を動かしていた。

 

「あ、せっしーおかえりー!」

 

「え、ええ。他の皆さんは?」

 

「おふろだよー。せっしーもいくー?」

 

「いえ、わたくしは大丈夫ですわ……」

 

「そお? それにしても……えへへ、さっきはお楽しみでしたね?」

 

 本音の一言に飛び上がる。

 それを待ってたとばかりに本音が携帯電話をセシリアに突きつけた。

 そこには……。

 

「じゃじゃーん! 『せっしーのM字開脚をガン見して真っ赤になってるみーやん』の図ー!」

 

「ちょ、え!? な、なぜ!?」

 

「いやー! おふろから早めに帰ってきたかいがあったというものだよー! 早風呂は三文の得! なんてねー!」

 

「ほ、本音さん! そ、それを消してください!」

 

「いいの?」

 

「え?」

 

「消すなんてもったいないんじゃない? 今ならせっしーにおくったげるよ?」

 

「え!?」

 

「どおどお~?」

 

「い、いえでも……それはさすがに……」

 

「ほらほら~せっしーみて興奮してるみーやんの写真、ほしくないのか~い?」

 

「そ、それは……」

 

「自分のことを女として見てくれているという証拠写真だよ~?」

 

「……う、うぅ~……」

 

「お~! まさに男はオオカミだね~。もう一押しで理性が切れそうな顔してるよ~」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「せっしーいい体してるし~、まぁ思春期の男の子だから溢れんばかりの性欲あるのはふつーだよね~」

 

「せ、せいよ……!?」

 

「で? どうする? 一応高画質で撮ったけど?」

 

「でも! でもやっぱり……!」

 

「およ? よく見ると下半身が?」

 

「いただきます」

 

「あ、今ならハーゲンダッツ一年分つけてもらえば、送ったあとこっちのは削除するというのもできるよ~?」

 

「差し上げます」

 

「しかも今回の臨海学校のレポートやってくれるなら『わたしの撮ったみーやん秘蔵コレクション~横顔編~』の写真を全部あげるけど、どおする~?」

 

「引き受けます」

 

「うっふふ~! せっしーはえっちぃなぁ~!」

 

「そ、そんなことありませんわ! それより早く! 早く送ってください!」

 

 その夜、携帯の画面を見てニヤつくセシリアがいたという。

 そしてのほほんとしているなかで意外と策士な本音は、見事にハーゲン〇ッツ一年分をゲットしたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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