翌日。
昨日の夜は鼻血と悪戦苦闘して大変だった、とあくびをしながら語る信は非常に眠たそうだった。
俺たちはは朝食を終え、旅館の廊下を歩いていた。
「ま、鼻血のことは置いといて……昨日は盛り上がったな~大富豪」
「信は強過ぎるんだよ……あのタイミングで革命されたら勝てないって……俺の手札なんかエースとキングしかなかったんだぞ……」
「そりゃあ、出たカード全部覚えてるからな。いいタイミングで出せるさ。それに俺はもともと運がいいんだ」
『運も実力のうち』というが、実力があってこそ、運がついてくるのだ。
信はそれだけ強いということだろう。でもそれを差し引いたって、手札にジョーカーが2枚、2が4枚、残りがエースってどうよ……。
「ま、あれは俺も驚いたな」
「俺は軽く怖かったよ……」
そんなことを言いながら廊下を進んでいくと、箒がしゃがんで何かをじっと見ていた。その目線の先には『ひっぱってください』という立て札と、ウサミミがあった。
「……なあ、箒。これってもしかして……」
「知らん。私に聞くな」
そして、すたすたと歩っていってしまった。
引き止めるか迷ったが、やめた。そんなことしても無駄なのは明らかだし、何より箒が自分から歩み寄らなければなんの解決にもならない。
ひょっこり脇から顔を出した信は立て札を見て明らかに警戒している。
「なんだ……? あからさまに罠じゃないか」
「でも俺……この字知ってるんだ、よっと!」
スポッ!
あれ? 軽っ!?
「うわっ!」
本当に思いの外軽く抜けたので、勢い余ってしりもちをつく。
「あら? 何していらっしゃいますの?」
「いや、気にすんなセシリア」
「し、信さん……!」
「……? どうした?」
「い、いえ!? な、なんでも……おほほ……」
「ふーん……それより一夏、一体何だこれ」
「いや……てっきり知り合いかと」
「ウサミミが?」
「いや、具体的には――」
キィィィィン…… 。
う?
なんだ、この、何かが高速で向かっているかのような音は。
ドカーーン!!
深く考える暇もなく、謎の飛行物体は地面に突き刺さる。
しかも、形が……。
「にんじん……?」
「……にんじんだな」
「……にんじんですわね」
『あっはっははは! うふふ!』
「な、なんだ!?」
中から笑い声が聞こえたと思うと、突然にんじんが真っ二つに割れ、噂の天才、
「ひっかかったね、いっくん! ブイブイ!」
「お……お久しぶりです。束さん……」
「うんうん! おひさだねー。ほんっとうに久しいね~。ところでいっくん、箒ちゃんはどこかな?」
「えっとー……」
「ま、私が開発したこの箒ちゃん探知機ですぐみつかるよ!」
じゃあ聞かないでください。
どうやらさっき引っこ抜いたウサミミは、その『箒ちゃん探知機』だったらしい。
ダウジングロットのように使うものではないと思うのだが……っていうか相変わらずなんていう奇抜な格好を……。
「あっ! あー! 君だね~! いっくんの他にISを操縦できちゃう男の子って! ねーねー! 名前は?」
「……真宮……信……です」
「ふぅーん。じゃあ今日から君は『しーくん』だ! はい決定! じゃあね、2人とも。またあとでね~」
ビューっと走り去っていく束さん。メチャクチャ速い。靴にモーターかなんかついてんのか……?
ふと信を見ると、固まっていた。やっぱ初めての人は驚くよな……。
あれ? でも束さんから誰かに興味を見せるなんて、滅多にないことだな。ていうか見たことない。
「なぁ、信。束さんと会ったことあるのか?」
「……」
「……信?」
「う、うん? あっ、ああ、悪い。す、少し驚いてな……」
ニコッと笑ったつもりなんだろうが、何だか顔色が悪く、ひきつった笑顔だった。小刻みに震える体を押さえるように、信は自分の腕を抱いた。
「お、おい……大丈夫か?」
「あ、ああ。すぐ元気になる……気にすんな」
「そ、そうか?」
「あ、あの……一夏さん? さっきの方は……?」
「……篠ノ之 束さん。箒の姉さんだ」
そう。箒の姉にして、天才。ISの開発者、篠ノ之 束。
世界中が行方を追っているというのにまったく意にも介さず嵐のように現れて嵐のようにさっていく、通称『天災の天才』
今回はなにをしに来たんだろうか……。
にんじん型のロケットを見ながら、俺はため息をついた。
とりあえず今は放っておこう。
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「よし、専用機持ちは全員揃ったな」
千冬姉が確認をとる。
俺たちは今、一般生徒の実習場所から少し離れた場所にいる。専用機持ちだけのテスト稼働を行うためだ。
しかし、俺にはひとつわからないことがある。
それは……。
「ちょっと待ってください。箒は専用機を持ってないでしょ?」
あ。鈴が先に質問してしまった。
俺が疑問に思っているのは、鈴の言う通り、なぜか箒がいるということだ。
「そ、それは……」
「私から説明しよう。実はだな――」
『やっほーー!!』
誰かが崖をかけ降りてくる。
……まぁ、このタイミングでこんなことするのは……残念ながらというか、なんというか……一人しか思い当たる人はいない。
「ちーーちゃーーん!!」
束さんが千冬姉に飛びかかるが、それを片手でキャッチ。しかも顔面。
それでも構うことなく、束さんは飛びかかろうとする。
「やあやあ! ちーちゃん! 会いたかったよ! さあ、ハグハグしよう! 愛を確かめよ――」
「うるさいぞ、束」
「相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ! でもこの感じが気持ちいい!」
「黙れ変態」
すっと拘束から抜け出し、今度は隠れるようにしゃがみこんでいる箒に話しかける。
「じゃじゃーん! やあ!」
「……どうも」
「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。大きくなったね、箒ちゃん。特におっぱい――」
「ふんっ!!」
「ぶっ!?」
箒がどこからともなく木刀を取り出して、思いっきり束さんを殴った。
ていうか本当にどこからでてきたんだ、その木刀。ISスーツにそんな収納スペースないだろ。
「殴りますよ」
「殴ってから言ったぁー! 箒ちゃんひっどーい! ねぇねぇ、いっくん! ひどいよね!?」
「俺に振らないでください……」
「束、自己紹介くらいしろ」
「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わりー」
なんだそりゃ……あまりにめんどくさがり過ぎだろ……。
だが、みんなそんなツッコミを入れる気力がないほどに口をあんぐりと開けていた。ただやっぱり信は震えを押さえるのに必死になっているようだった。
「うっふっふっ。それはさておき……さぁ! 大空をご覧あれ!」
短い沈黙を破り、ビシッと直上を指す束さん。全員がそれに従って上を見上げる。
すると突然、金属の塊が落ちてきた。かなりの大きさだが、着地の瞬間になにか見えない力がそれを支えるかのように減速し、地面にめり込むことなく制止した。
「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃんの専用機、
束さんがリモコンらしきもののスイッチを押すと、金属の塊が消えた。代わりに、その中身であろう、真紅の装甲のISが目の前に現れた。
「なんたって紅椿は天才束さんが作った『第四世代型』ISなんだよ!」
「第……四……?」
「各国でやっと第三世代機の試験機ができた段階ですわよ……?」
「それが……もう……?」
「そこがホレ、天才束さんだから。さあ、箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか~」
間髪入れずに箒を紅椿に乗せ、嬉しそうに空中投影型ディスプレイを呼び出す束さん。
始めのうちは疑うように紅椿を見ていた箒だが、調整している間に表示されたスペック情報に目をキラキラとさせていた。まるで信じられないものが自分のものになった、とでもいうかのように。
ピッピッ、ピッ……。
一回のキー操作の音のはずなのに、束さんの手は数えきれないほどの操作を同時進行でやっていた。その天才っぷりへの驚きを全員が隠せないなか、束さんは声高らかに叫んだ。
「ほい、フィッティング終了~! ちょー早いねさっすが私! んじゃ、試運転もかねて飛んでみてよ。箒ちゃんのイメージ通りに動くはずだよ」
「……ええ。それでは試してみます」
箒がまぶたを閉じて意識を集中させる。
ふわりと紅椿が浮いたと思うと、次の瞬間にはもの凄い速度で飛翔した。箒の姿を白式のハイパーセンサーが捉える。
「なにこれ……速い……」
「これが、第四世代の加速……ということ?」
鈴とシャルロットが驚きの声をもらす。
俺は驚き過ぎて、声すら出なかった。
「どうどう? 箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」
『ええ、まぁ……』
ISのオープン・チャネルでの会話が飛んでくる。
「じゃあ刀使ってみてよー。右のが
データを受け取った上空の箒が、しゃらんと二本の刀を同時に抜き取る。
そして箒が雨月を振ると、周囲の空間に赤色のレーザー光がいくつもの球体として現れ、そして順番に光の弾丸となって漂っていた雲を穴だらけにした。
『おおー……』
箒の感嘆の声が聞こえた。
「うんうん、いいねー! じゃあ次はこれね」
束さんが言うなり、いきなり16連装ミサイルポッドを呼び出す。光の粒子が集まって形を成すと、次の瞬間一斉射撃を行った。ミサイルが箒に向かって飛んでいく。
今度は空裂を箒が振ると、帯状の赤色のレーザーがミサイルを撃墜した。
「なんか信の朧火に似てるな?」
「……」
信の表情は硬く、俺の言葉は耳に入っていないようだ。
「うんうん! いいね、いいねー! あははは!」
嬉しそうに笑う束さんを見つめている千冬姉の表情も硬い。二人とも、なんていうか……敵を見ているみたいだ。
「えっと、次はー……しーくん!!」
ビシッと指差す束さんを見て、信はさらに表情を硬くした。
◇
(何なんだ、この人は……!)
俺は混乱して頭がおかしくなりそうだった。
いつもなら、少し見ただけで人が何を考えているか、大体はわかる。今は楽しいとか、悲しいとか、怒ってるとか……けど、この人は違う。わからないのだ、まったく。ひとつとしてわかることがない。
「お、俺は遠慮しときます……」
「ええー!? いいじゃーん! 瞬光のデータ取りたいんだもーん」
それに、この人が怖い。怖くて仕方ない。
なぜだ? こんなに笑っているというのに、なぜだ?
俺の知ってる表情と感情に当てはまる前例がない。
「ねえねえ、いいでしょ……?」
すっと俺の体に触ろうとする博士の目がキラリと光った気がする。まるで、獲物を見つけた蛇のように。
「っ! さ、触るな!」
反射的に叫んで飛び退いてしまった。
突然出した大声のために全員の注目をあびる。
束博士はちょっとだけ驚いたような顔をしていたが、すぐにまた笑顔になった。
「うふふ~! もー、照れちゃってー。かっわいいな~! だーいじょうぶ! 許してあげるから……」
うふふと笑いながら、俺の耳元に口を寄せる。
すでに俺の体は言うことを聞かず、脳のからの使令は完全に途絶えたも同然だった。
そして、辛うじて聞き取れるぐらい小さな声が頭に直接響いた気がした。
「でも次は気を付けてね。君は私の手のひらの上にいるんだから……」
「!? 何を――!?」
ドクン……!
「がっ……!?」
キィィィ!!
突如、心臓がわし掴みにされているような感覚と、激しい頭痛が俺を襲う。
「う、あっ……!? ぐっ……!?」
「信!?」
膝をついて、頭を押さえた。
視界が世界を正しく捉えられず、頭が割れるかというほどの激痛が続く。
苦しい……息ができない……!
誰かが叫んでいる。やめろ、やめろと。
それが自分のものだと気付いたのは痛みが消えたあとだった。
気付けば、俺は息を荒くしてほぼ倒れるような形で寝転がっていた。
「信!! 大丈夫!?」
顔を上げるとみんなが心配そうに俺を見ていた。束博士を除いて。
「束! お前何をした!」
「なーんにも? ね、しーくん?」
束博士は織斑先生を意に介さず、俺に笑顔を向けた。
よろよろと俺は立ち上がる。
「だ、大丈夫です……ちょっとめまいがしただけです……」
「め、めまいって……」
みんなに心配はかけたくない。そんな不安そうな顔はさせたくない。
そう思って精一杯の笑顔をつくった。
「じゃあ、しーくん? 瞬光の性能、見せてくれる?」
「……」
俺は無言で、瞬光を展開させる。
そして、戻ってきた箒と入れ替わりで上空へ飛び立つのだった。
◇
「信、大丈夫かな……」
俺の後ろでシャルロットがポツリと言う。
束さんが何かボソボソと信に言ったあと、急に信が苦しみ出した。
あれは一体なんだったんだろうか……。
みんなと一緒に、空を飛んでいる信を目で追っていると、束さんが信に指示を出した。
「はぁーい、もういいよー。じゃあ次は朧火でミサイル撃破してね~」
『……わかりました』
先程よりは元気を取り戻したらしい信が右手に朧火を展開した。
「よーし! いっけぇ!」
号令とともに、16連装ミサイルポッドキャストから再びミサイルが放たれる。
信はそれを朧火を一振りして、撃墜する。
「さすが! 空裂と雨月のモデル! やっぱオリジナルは攻撃範囲も威力も違うね」
『……』
「説明しよう! 『霞がかった朧のように変幻自在、そして不透明。燃え上がる火のようにその勢いはとどまるところを知らず、知らぬ間にすべてを焼き尽くす』! これが朧火の特徴なのだー!」
「ね、姉さん、朧火がオリジナルというのは……?」
すでに紅椿を待機状態に戻した箒が束さんに聞く。
右手首についている鈴が二つ、涼しげな音を出した。
「うん! 紅椿はね、瞬光の機体特性とか武器データを参考にしているところがあるんだよ、箒ちゃん。束さんがいろいろいじったら瞬光使いづらくなっちゃってね。スペックはずば抜けてるのに、お蔵入りになっちゃったんだ~。うーん、残念」
そのときのことを思い出しているのだろうか、しみじみと首を縦に振る束さん。
「でもね、しーくんがうまいこと使いこなしてくれたからいっぱいデータが取れたんだ! それをもとに箒ちゃんが使いやすいように考えて作ったのが紅椿ってわけ。しーくん、ありがと~!」
『……かまいませんよ、別に。そろそろいいですか?』
ミサイルを早々に撃墜したので、暇をもて余していたらしい。それに、どこかよそよそしい口調だ。
「えー! まだまだ! えいやぁ!」
先程までのミサイルポッドが消え、代わりのミサイルポッドが出てきた。ただし、81連装×……あれ?
「ちょっと束さん!? 何個あるんですか!? あれ!」
「えっと、100くらい……かな?」
てことは……8100発!? やりすぎだろ!
「へーきへーき! ね? しーくん?」
『……』
信が左手を横に振ると、右手にあるのと同じように、剣状の朧火が展開された。
へぇ……あれって双剣にもなるのか……。
朧火はなおも輝きを失うことなく、信の両手から伸びていた。
「よーし、いっけぇ!」
先程と比べ物にならないほどのミサイルが襲いかかる。
四方八方から、とはまさにこのこと。
隙間なく空が人工の兵器で埋め尽くされた。
信が双剣を交差させるように構えて振ると、×字の衝撃波が飛んでいく。しかも衝撃波は途中で分裂し、広範囲のミサイルをなぎはらい、勢いが衰えることもない。
それが消える頃に、信の手に握られている剣の数が増えていた。
両手に三本ずつ、その数実に六本。
あ、そういえば……あいつ、弾の家で六刀流のキャラを操作するゲームやってたなぁ……独眼竜の……何だっけ?
俺はボケッと空を見上げてそんなことを思い出していた。
信は大空を縦横無尽に飛び回り、右手を一振り、左手を一振り。すると、先ほどよりも小さい衝撃波が三個ずつ発生し、目標を切り裂いた。しかも命中したところでしばらく三日月状のエネルギーは回転しつつ停滞し、後続のミサイルをそのまま撃墜し続けた。
「あははっ! すごいすごい! じゃあこれでどーだ! えいえいっ!」
束さんが呼び出したのは、恐らくISの自主連用の自動反撃・回避機能付きビットターゲット。見た目は三角錐のようなとがった形をしており、先端に簡易エネルギー収束発射装置、つまりレーザーがついている。
この前山田先生がアリーナにも置いてあるから自由にうんぬんかんぬん言ってたっけ……。
なんでも的が小さいだけでなく、精密な動きで攻撃を回避、反撃を繰り返すとか。
使い方は簡単で、まず自分のISの武装に設定する。それを展開すると自動でトレーニングモードへ移行、撃墜すると武装として拡張領域に戻ってくる。
雪片弐型以外の武装を拒否し、さらに拡張領域すらほぼ一杯な白式にはまーったく使えない自主連方法というわけだ。
とほほ……。
「うぇ~……なんか……ハエの大群みたい……」
「こら! そこのチビッ子ツインテール! 束さんの特別製に何てこと言ってくれちゃうの!」
「え、えーと……これ、市販のより小型……だからかな?」
「む……確かに……軍に配備されたものとはまた違うな……」
「おおー! そこの金髪と銀髪なかなかやるじゃーん! この天才にかかれば市販の半分以下の大きさを作ることなんか簡単なのさ~!」
「そ、それにしても数が多すぎでは……」
「えー? だって君みたいな、いかにも金持ちお嬢様っぽいロール金髪には1も100も同じでしょー?」
「ひゃ、100!? そ、そんなにあるんですか!?」
「例えだよ、いっくん! 束さんがそんなんするわけないでしょー?」
「姉さん……あれ、いくつですか?」
「ん~? 1000? あ、いや……1500……うん! 2000! !なんかさー、ミレニアムって響きが気持ちいいんだよね~!」
「「「「「「……」」」」」」」
わらわらと出てくるビットは本当に鈴の言う通りで、まるでハエのごとく生きているかのような動きをしていた。
信が朧火を一振りし、衝撃波で撃墜しようとするが、ミサイルのように単純な動きをしないオートターゲットにはあまり効果がない。
何個かは斬撃の餌食になるが、後ろに控えた大半のターゲットはその犠牲を生かし、ぱっと道を開けるようにして攻撃を避ける。
「ふっふっふー! ワンパターンじゃ見映えしませんぜ旦那~」
そう言いながら、瞬光のデータを表示する。
また何やら難しい計算などを赤子の手を捻るかのようにこなすその後ろ姿は、もはや天才以外の何者でもなかった。
「さぁ~て? まさか剣だけしか使えないとか言わないよね~?」
その問いかけは、もしかしたら独り言だったのかもしれない。
しかし、呼応するかのように信は朧火の形態を変化させていた。剣は小型の銃に姿を変えており、大きさは半分ほどになっている。
信は両手に展開したそれを眼前に広がる羽虫のようなターゲットに向け、射撃を始めた。
驚くべきはその連射速度と反応速度。敵が一発を避ければ、その先に十発の小さい光弾が待ち受け、放ったレーザーもそれに相殺される。
合計2000という小さな敵は、瞬く間にその個体数を減らされていった。
それにも驚いたが、束さんの放った言葉はもっと俺たちを驚かせた。
「うーん、なるほど。とりあえず紅椿より下だね☆」
耳を疑いたくなった。
みんなの視線が箒の手首にむけられる。
紅椿よりも瞬光のが下……!? 冗談だろ……! なら紅椿はあれよりももっと強いって言うのか? 信じられない……。
束さんはふむふむと一人うなずいている。まるで子供が興味深い玩具を見つけたように、目が輝いていた。
「ふんふん……なーるほど……そういうシステムで……あ、終わったみたいだね。おーい、こっちだよ~」
上空に漂う黒煙の切れ間から、信がこっちに向かってくる。
ちょうど行くときと逆再生のように地面に舞い戻り、瞬光を解除する。
「……これで満足ですか?」
「あー! またそんなこと言って~! 束さん怒っちゃうぞ、ぷんぷん!」
笑顔の束さんとは真逆に、信はいつもとは別人のような顔だった。
箒も、セシリアも、鈴も、シャルロットも、ラウラも、それに俺だってすごかったとか、びっくりしたとか、そういう声をかけることはできなかった。
まるで、強敵と対峙している戦士のようだ。
強い警戒心と懐疑心。それが全面に押し出されていた。
「お、織斑先生~!」
山田先生がこちらに駆けてきた。何やら急用らしい。
「こっ、これ、これをっ!」
「……特命任務レベルA、現時刻より対策を始められたし……テスト稼働は中止だ!お前たちにやってもらいたいことがある!」
え……俺たち? してもらいたいことって……何させられるんだ?
俺は先に歩き出した千冬姉を見失わないうちに、その場をあとにする。
しかし、やけに千冬姉が厳しい表情な気がする。
まあいつも厳しいのだが、今回はまた違う雰囲気が出ていて、なんだか不安になった。
「……気を付けろ。箒、浮かれてるぞ」
俺の隣を通りすぎた信が突然ボソッとそう言った。
そして、前へ前へとどんどん進んでいく。
妙に遠く見える信の背中と、よくわからない忠告がさらに俺の胸をざわつかせるのだった。