「では、現状を説明する」
俺たち専用機持ちは全員、一つの部屋に集められていた。
周りには畳に似合わない電子機器が集められ、IS学園の教師たちがパネルに表示される情報を食い入るように見ている。照明を落とした薄暗い室内の中心に、ぼうっと大型空中投影ディスプレイが浮かんでいる。
「2時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS
大変なことがあるもんだな、と聞き流せたらどんなによかっただろうか。
先生と各国代表候補生の厳しい顔、それにこのはりつめた雰囲気から導き出される結論はただひとつ。
「……俺たちで何とかしろってことですか?」
「そうだ。衛星による追跡の結果、福音はここから2キロ先の空域を通過することがわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」
「え……?で、でも千冬ね――織斑先生! そういうのは先生たちが……!」
「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」
「ええっ!?」
隣で一夏のが『何言ってるんだ?』と困惑しているが、丁寧に説明してもさらに困惑しそうだったのでスルー。
俺はなんだか気味の悪いくらいに落ち着いた自分自身と、この部屋にいる女性に驚いていた。
一夏のリアクションは正しいはずなのに、ここでは誰一人として同意を示すものはいない。
「それでは作戦会議を始める。意見のあるものは挙手するように」
「はい」
セシリアが一番に手を上げた。織斑先生は無言で頷き、発言を許可する。
「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「わかった。ただし、決して口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも2年の監視がつけられる」
「了解しました」
セシリアの返答を聞くか聞かないかのうちに、ディスプレイに福音のデータが表示される。
それをもとに、早速代表候補生たちが相談を始めた。
「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」
「攻撃と機動の両方を特化した機体……厄介だわ……」
「この特殊武装が曲者って感じはするね。連続しての防御は難しい気がするよ」
「このデータでは格闘性能が未知数だ。偵察は行えないのですか?」
いつものような和気あいあいとしたお喋りではなかった。
なんでこんなに、女の子に似合わない会話をしているんだろうか?そんな厳しい顔をせずに、笑っていてほしい。俺はそんなことを思っていた。
「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。最高速度は時速2450キロを超えるとある。アプローチは――」
「俺が行ってきますよ」
考えるよりに口が勝手に動いた。視線が俺に集まる。
うっ……!
驚きの表情を見せるみんなに一瞬圧倒させられる。しかし、自分じゃない何かが喋るような、やに落ち着いた声が出てきた。
「俺ならこいつに追い付けます……というか、ここからほぼ直撃コースで飛べば……5分くらいで接触可能です」
「真宮、相手は軍用ISだ。わかっているのか?」
「わかってます。だから、俺は偵察だけ。あとは確実に撃墜できるやつに任せます」
「……それって誰だ?」
「一撃必殺の威力の攻撃力を持った機体を持ってるやつだ」
ここまで言ってもまだわかっていない。しっかりしてくれよ、一夏。
「俺は偵察。お前だよ、お前。瞬光は追い付いた後、こっちに戻ってくるのでエネルギー的に限界だ」
「え……?」
「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」
「それしかありませんわね」
「問題はどうやって一夏をそこまで運ぶかだね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろから、移動をどうするか」
「信以外の目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」
どんどん作戦に必要な具体的なものが出てくる。
このままだとおいてけぼりになると思ったのか、一夏は会話を遮るように叫んだ。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!お、俺が行くのか!?」
「「「「当然」」」」
「ユニゾンで言うな!」
「織斑、これは訓練ではない。実践だ。もし覚悟が無いのなら、無理強いはしない」
「……一夏、聞こえはいいけど『逃げるんなら今のうちだ』ってことだぞ?」
こんなこと言われて黙って引き下がるような一夏じゃない。それは一夏自身も知っているし、俺もわかってる。
「俺は……逃げない……! やります! 俺が、やってみせます」
「……よし、それでは――」
「待った待ったー!!」
天井から声が聞こえた。
俺はあえて上を見ないように、少しうつむいた。
「とうっ★」
くるりと空中で一回転して着地したのは束博士。自然と体がこわばる。
「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング~!」
「……出て行け」
頭を押さえている織斑先生を揺すりながら話を続ける。
「聞いて聞いて! ここは断・然! 紅椿の出番なんだよっ!」
「なに?」
……本当に束博士は何を考えているんだろうか。俺は言い知れぬ不安を胸に抱いていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――
―――――――――
『真宮、聞こえるか』
「はい」
ISのオープンチャネルを通して織斑先生の声が聞こえる。
束博士の進言により、俺による敵機の偵察のあと敵機を撃墜する、と言うものになった。『やっぱり少しでも情報は多い方がいいからね~。頼むよ、しーくん!』と言われた。
撃墜組の構成は一夏と箒。一夏はもちろん攻撃力を、箒は速さで選抜された。
『……緊張してきたか?』
「はは……からかわないでくださいよ」
『……真宮、今回のお前の任務は偵察だ。あわよくば撃墜してやる、なんて思うなよ』
「……」
『図星か……』
「……すいません」
『どうした、真宮……何がそんなに不安なんだ?』
「……いや……なんだか……こう、ひどくよく見えるんです……」
『……どういうことだ?』
「……」
『……お前には何が見えている?』
「……心、ですかね……」
ふわふわとした答えですみません、とつけ加える。
織斑先生はしばらくの無言ののち、回線をプライベートチャネルに切り替えた。
『篠ノ之のことか?』
「……なんとなく、なんとなくですけど……今の箒は……危ない気がします。良い方に転べば、確実に誰にとっても良い結果をもたらすと思うんですが……」
『……悪い方は、どうなる?』
「……周りを巻き込んで底無しにすべてを悪化させるような……そんな感じがするんです。俺の思い過ごしだと思うんですが……」
『……いや、わかった。私も今の篠ノ之は少し気になっていたからな……織斑にも伝えておく。お前は目の前のことにだけ集中しろ。こちらのことは私が何とかする』
「わかりました……お願いします」
少し間が空いて、回線が再びオープンに戻った。
『これより、福音撃墜作戦を開始する……頼んだぞ、真宮』
「了解。出撃します……行くぞ、瞬光」
そうして俺は暴走した敵機のもとへむかうのだった。
◇
ディスプレイには福音の現在地が赤色で、瞬光の現在地が青色で表示されていた。それに加え、瞬光のリアルタイム映像が画面に映し出されている。
「これ……速すぎ……よね?」
「5分どころか……」
青色の印は氷の上を滑るように素早くなめらかに動いている。すでに赤色の印は目前だ。
『目標確認。接触まであと残り10秒です』
オープンチャネルから信の声が聞こえる。その声はなんだかいつものトーンとは打って変わって、冷ややかなものも感じさせた。
接触までの時間が残りわずかになったそのとき。
「織斑先生!」
山田先生の叫び声と同時に、部屋に警告音が鳴り響く。やけに不安をあおる耳障りな音に、全員が身も凍るような戦慄を覚えた。
「どうした!」
「後方から未確認ISが高速で接近中! こ、この速さは……!」
山田先生が焦りの表情を見せる。
ディスプレイにふっとわいて出たような新たな点滅が信に迫っているのを、一夏をはじめとした、専用機持ち全員が確認した。
千冬が回線など使わず、直接信に届けと言わんばかりに声を張り上げた。
「真宮! 後ろだ!」
『!! なん――』
ゴスッと鈍い音が回線を通して聞こえた。
あらかじめ瞬光につけておいたダメージレベル測定装置の値が急激に上昇する。そして『測定不能』と出たのを最後に、表示されていたディスプレイの電源が落ちた。
「これは……! 何者かがデータの送受信を妨害しています!搭乗者の安否不明!」
「オープン、プライベート、各チャネル周波数に妨害電波! 発生源の特定できません!」
「織斑先生! 真宮くんが!」
山田先生の震えた声に、全員の視線がディスプレイに向けられる。青色の印を、四つの新しい赤い印が取り囲んでいた。
「作戦中止! 真宮、離脱しろ!」
「ダメです! 音声もう届きません!」
「映像は!」
「サブに切り替えます! ……出ました!」
辛うじて繋がっているモニターに敵が映った。
敵は全部で四機。小さい頭と大きな腕のバランスの悪い機体、見間違えるはずがなかった。この前のクラス対抗戦のときに現れた無人ISが、無表情に立ちはだかっていた。
「敵機から高エネルギー反応! 何かに変わります!」
突然相手の四機のうち、目の前に立っている一機から電撃が発せられるのが、ノイズ混じりでもなんとか確認できた。
どろどろした黒い塊になり、新たに姿を変える。
全員、特に一夏とラウラは、背筋が凍った。
その姿はあまりにも忘れがたく、だからこそ、二度と見たくなかった。
「
世界最強の操縦者、織斑千冬のコピー。
部屋にいる全員が固まる。
誰も、何も言えない。言葉が見つからない。
そして、信が朧火を展開した。
「ダメ……! 妨害電波さらに増大! 映像、遮断されます!」
ブツン!
……ザッ。
ザー、ザザッーーーーーー ……。
「……完全に遮断……通信……不可能です……」
ノイズの音が沈黙によく響いた。
誰一人として動こうとしないなか、千冬がテーブルを思いきり叩いた。
「止まるな! 現場海域の教員へ回線を繋げないのか!」
「む、無理です! 回線はすべて遮断されています!」
「なら直ちに解析に取りかかれ! 終わり次第増援と救助部隊を送るんだ! いいな!」
「は、はい!」
「山田先生! 真宮と福音の現在地をモニターに出せ!」
「そ、それが……」
「なんだ!」
ディスプレイに表示されているのは、何事もなかったように動いている赤色の印一つだけだった。 瞬光を示すはずの青い印は、どこにも見当たらなかった。
それはデータが来ていないだけなのか、あるいは撃墜されたか。その二択のどちらかだということ。
一夏と国家代表の専用機持ちが一斉に立ち上がる。動かないと余計なことばかりが浮かんで、泣き叫びたくなるからだ。
「織斑先生! 僕たちが行きます!」
「わたくしたちに通信が途絶えたポイントを送ってください!」
「エネルギーは全快です! あたしたちなら今すぐ出撃できます!」
「教官! 命令を!」
「動けるのは俺たちしかいないでしょう!?」
食い付くような勢いで畳み掛ける五人。
ただ、箒だけがぶつぶつと考え込むように独り言をいっていた。
千冬は唇を固く結んで言い放つ。
「ダメだ」
「「「「「先生!!」」」」」
「でしゃばるなガキども」
部屋中が静まり返る。
ただその一言だけで全員が悟った。怒りが溢れ出るのを、千冬すら押さえきれないのだと。
「……先生」
「なんだ篠ノ之」
ギロリと向けた目は箒を突き刺すように視線を投げていた。しかし、箒は怯むどころかすっと立ち上がり、千冬の目の前まで来る。
「私と一夏を、福音の撃墜に向かわせてください」
「……なんだと?」
「箒! 今はそれどころじゃ――」
「まだ信は戦っている。そう簡単に撃墜なんかされるはずがない」
会話を遮る一夏をなだめるように、箒は落ち着いた声でさらりと話した。
「……福音を撃墜後、私たち2人で信の援護に向かいます」
「なっ……!」
「……それはつまり……確実に墜とせる、と言っているのか?」
「私と一夏なら、できます」
あまりにもはっきりとしたその発言に、みなが度肝を抜かれる。
今日、それも数時間前に、専用機を始めて手に入れたルーキーがなにを言っているのか。
しかし、彼女が駆る紅椿と作戦の要となる一夏の白式は篠ノ之束が作った第四世代。
今ここにいる誰もが思った。もしかしたら、と。
そのとき、山田先生が小さく驚きの声を上げた。
「あ、あの……お、織斑先生……?」
「……なんだ?」
「あ、紅椿と白式の回線なんですが……どうやら他の機体と違って……何か特別らしくて……」
「……つまり、なんだ」
「は、はい……つ、つまり……篠ノ之さんと、織斑くんとの回線は……生きてます……」
「……先生」
千冬は目をつむり、頭を振った。けれどそれは箒の提案を否定しているのではなく、自分の中のなにかを必死で納得させているような仕草だった。
そして、ゆっくり顔を上げた。
「……織斑、篠ノ之。すでに福音は作戦空域に入った。作戦を変更し、福音の撃墜にあたれ」
「はい」
「……わかりました」
「一撃で仕留めろ。福音撃墜後、すぐに真宮を探せ……それでは、作戦開始」
そして、再びモニターに視線を戻した。
一夏もセシリアも鈴もシャルロットもラウラも信のことを気にかけながら、それぞれの出来る精一杯のことをするため、部屋をあとにしたのだった。
しかし、ただ一人。
箒だけが、武者震いをしていたのだった。
◇
「げほっ、げほっ……なんだよ……こいつら……」
俺は苦い表情をする。
実を言うと、息をするたびにわき腹が痛む。
先程の突撃であばら骨が何本か折れたか、少なくともヒビが入っているはずだ。絶対防御のおかげでなんとか耐えられたが、代わりにエネルギーをごっそり持っていかれた。
「仕方ない……売られた喧嘩は買ってやるよ」
相手は四体。対するは手負いの自分一人。まったく嫌になる。
「来いよ……量より質、だ」
とたんに、無人機三体が素早く動いた。
一機は突進、残りが正確な射撃で俺の行動範囲を制限する。
「ぐっ!」
突進してきたやつにカウンターをくれてやると、そのISはすぐさま離脱し、後ろのやつらの援護射撃が俺を襲う。
瞬光から送られて来たデータの値は、かなり俺を焦らせた。
かなりスペックが向上してる。ビームの出力も機動力も、この前と同じと思っていたら負ける。
放たれたビームのわずかな隙間をぬいながら衝撃波を飛ばすも、ヒュンヒュンと二機が回避行動をとり、目標を失った斬撃は空中で消えた。
「ちっ! 距離がありすぎる……!」
一気に縮めるため、瞬時加速を行うと、ミシミシと体、特にわき腹の骨が悲鳴をあげた。痛みで機体の制御がぶれ、降り下ろした朧火が空を裂く。
「しまっ……!」
その隙を見逃さず、敵がゼロ距離で熱線を放った。
反射的に手を交差し防御体制をとるが、ただの気休めでしかない。
次の瞬間、俺の視界が大きく揺れた。
「ぐぅっ……!」
――絶対防御発動、エネルギー消費大
「くそっ! わかってる!」
ビームの直撃による衝撃で吹き飛ばされながら、朧火の形を槍に変えて伸ばす。
敵はそれを難なくかわし、再び光線が放たれた。
わずかに瞬光を動かし、俺は絶対防御が発動するギリギリでそれを避けた。
シールドエネルギーが削られるなか、俺は望む朧火の形を頭に思い浮かべた。その瞬間、光の槍が直角に二度曲がった。大きく戻ってくるような軌道を描き、槍は道のりの途中にある敵機を後ろから貫いた。
衝撃でのけぞるようになった無人機が刺されたところからオイルのような液体を流した。
「ギ、ギギギ……ガ……」
不気味な声をあげなから、再びチャージを始めたのはいったい何のためなのか。
「いい加減諦めろ!」
もう一本、今度は頭部に左腕から伸ばした槍が突き刺さる。とたん、朧火の先端から無数の針が飛び出した。その針に全身を貫かれ、力を失ったISの腕がだらりとたれる。今度こそ、完全に動きが止まった。
「まず1機……!」
朧火を剣に戻すと、槍の支えを失ったISはそのまま海へ落下。
落下地点から高く高く水柱が上がる。
だが、ゆっくりと勝利の余韻に浸かる暇はなかった。
――斜め右から敵機接近
――頭上に高エネルギー反応を検知
瞬光の情報が届くと同時に急降下し、敵の右ストレートをかわし、照準をずらす。
ほんの0.1秒ほどで、俺の数センチ右をほのかに赤みがかった光線が通り過ぎた。
高速で急上昇、敵と直線上に俺が並ぶ位置に到達する。
とっさに迎撃しようと振り向いた敵のセンサーアイがとらえた太陽は、ほんのわずかな間だけ敵の視界を真っ白な光で埋め尽くす。
そのわずかが欲しかった。
「こっちだ!」
「!?」
突如上空から飛来した俺に反応しきれず、真っ二つになった。その体引き離すように、足で蹴飛ばした。
「これで2つ目……!」
巨大な爆発音とともに、ISの破片が広範囲に散らばる。それが瞬光に当たってかちかちと小さい音を立てた。
ほぼ同時に、爆煙が俺の視界を遮る。
「ぐっ……!」
本能的に体を捻るも、左手が熱線に包まれた。
黒煙を一直線に貫き、向こう側には胸部を開いた最後の下っぱが。
――左腕装甲、ダメージ大
瞬光が被害状況を伝えてくる。ちらりと左手に目をやれば、完全に装甲が剥がれていた。バチバチと悲鳴をあげているように火花が散り、消える。
「最大出力! 一気に決める!」
瞬時加速で相手に近付き、交差した剣を振り抜く。相手も巨大な拳を俺にむけたが、朧火を伝わる確かな手応えと後ろの爆音が俺に勝利を知らせた。
振り返ればもう敵の姿はどこにもなく、その下の海面が落ちてくる破片で波立っていた。そして、瞬光の活動限界を伝える警告が表示される。
――警告。エネルギー残量15%
「はぁ……はぁ……はぁ……っ痛……! おい、そこのラスボス。次はお前だ」
それらしく腕を組んで仁王立ちしていた織斑先生のコピーが右腕を前につき出す。展開粒子の光が収束し、『雪片』のコピーが現れる。こちらも本体と同じく、真っ黒だ。
瞬光のエネルギー残量はすでに底が見えていた。今までに無いほど長時間の高速戦闘、及び朧火の使用が堪えている。
このままだと最悪の場合、生身で海へ落ちるか、そのまま一刀両断されるか。
どちらもごめんだ。
俺は剣を右手だけに展開し、構える。双剣を構えていられるほどのエネルギーはもうない。
相手にダメージを与えられる回数は……これがラストチャンス、だな……。
互いに剣を構え、にらみ合う。生暖かい向かい風が俺の集中力を乱そうとしているようだった。
――敵ISから信号受諾。
数字が『3』と表示された。どうやらカウントダウンのようだ。
俺は皮肉った笑いを浮かべた。
「ご親切にどうも」
本当にこいつが親切なら、最初っから戦わなくてよかったのにな。
3――
「「……」」
2――
「「……」」
1――
「……――!」
突如、相手が無言で斬りかかってきた。まばたきをしていたら間違いなくやられていただろう。そのくらい速かった。
チリチリと重ねた剣同士が小刻みに動く。力が拮抗していて、気を抜いたら負ける。それがひしひしと伝わってきた。
「う……おらあぁぁぁぁ!!」
雄叫びと共に無理矢理敵を退けると、相手が一度距離をとろうと後退する。
「逃がすか!」
瞬時加速ですぐに間合いを詰める。
が、腹部に強烈な打撃を食らって血を吐いた。みぞおちを思いきり剣の柄でつかれたらしい。
いや、『置いてあった剣の柄に俺がぶつかっていった』と言うほうが正しいかもしれない。らしい、という推測しかできないのは、瞬光の速度に目がついていけず、俺にはその瞬間が捉えられなかったからだ。
相対速度の関係でダメージと衝撃が通常よりも大きく、意識の手綱を手離しそうになる。
動きが鈍った俺に、真横から頭が割れるような衝撃が加えられた。鈍い打撃音とメキメキと嫌な音を立てる骨の音が耳を介さず直接頭に響き、脳が頭蓋骨に何度もぶつかり往復しているような激痛が走る。
声すら出せないままに吹き飛ばされ、それでもなんとか体勢を立て直すがしばらく頭が揺れていた。
切れたこめかみから右目に血が流れ込み、開けていられなくなる。まだ使える片方の目で敵を探すが、もはやどこから吹き飛ばされたのかすらも判断できず、ぐるりと間抜けに辺りを見渡す他なかった。
そして次の瞬間、全身の毛が逆立った。
恐怖、危険、回避。三つの単語が頭の中を駆け巡り、すぐさま離れる。そのあとすぐに俺の頭があった場所を黒い剣が真上から飛んできた。
「くそっ……!」
一撃を避けたものの、敵は腕をしなやかに振り払うと、そのままフェンシングのように大剣で突きを放ってくる。耳元で鋭い剣先が風を切っている。
敵は執拗に俺の頭を狙ってきていた。完全に仕留める気なのは明確だった。
わずかに剣撃がかすった頬から、赤く血が流れる。
(ん……? 血……?)
俺ははっとして、後方に瞬時加速し間合いを空ける。
「血……?」
おかしい。IS操縦者は絶対防御により生身の体は保護される。それなのに、肉体に直接ダメージが与えるだと……?
確かにそういう武器があるとは聞いたことはあるが本当に実在するとは……。
ぐいっと右手で頬の血を拭う。さらに頭の切り傷を恐る恐る触れてみる。
「……切れてる」
ということは、さっきの打撃もやはり俺の本体に通っていたということ。これは本格的にまずい。俺を保護する機能がまったく使い物になっていない。
織斑先生が一夏に言った言葉を、今さらになって痛感した。
そうだ。これは、実戦なんだ。
真実味を帯びていなかった言葉の骨組みに、体験という血肉がやっと付いた。
でも、なぜだろう。こういうときなのに、俺はまったく動揺していなかった。怖くもなく、かといって余裕もなく。戦う心構えというのだろうか、そういうものをすでに自らの内に持っているのを感じていた。
「……現在のダメージレベルは?」
――ダメージレベルC・オーバー。シールドエネルギー、残り8%
――高速戦闘活動限界予測、およそ10秒
――朧火、具現化限界到達まで15秒
なら、もう動き回る必要はないな。
輝きが薄くなった朧火を構える。
敵も武器を構える。
再び風が俺を撫でた。
「勝つ!」
瞬時加速独特の、あの世界が引き伸ばされるような視界のなかで、俺はまっすぐ敵だけを見ていた。
相手も瞬時加速を使って俺に突きを放ってくる。
俺は上段に構えた朧火でそれを迎え撃つ。
相手との距離が剣の攻撃範囲に入ったと同時に、世界が遅くなったような感じがした。
ゆっくり。ゆっくりと相手の突きが俺に向かって飛んでくる。
切っ先が俺の腹に当たる直前。
「瞬光!」
手足のスラスターを全解放して最大出力の瞬時加速。前後ではなく左右に移動するための。
すでに切れかかったエネルギーでは相殺しきれないほどのGが俺の意識を奪おうとする。
なんとか耐えようと唇を噛めば、口の中が生暖かい血の味で満ちた。果たしてそれが、唇からの出血なのか、内部からの出血なのか、まったくわからなかったが。
相手の左側に回り込み、がら空きの懐に狙いを定める。
上段の構えをとき、野球のバッターのような、剣の道にはほど遠い不格好な構えに変える。
「落ちろぉぉ!」
体全体を捻るようにして放った横一閃は、敵のエネルギーシールドを紙切れのように切り裂いて本体すらも両断する。
敵機に紫電がはしった。
離れ行く上下の半身をなんとか引き留めようとしているように、細く長く。
しかし鮮やかなまでの切り口は離れるばかりで、やがて青白い雷のような乱れた光が、敵の機体全体に広がっていく。
終わった。最初から最後まで何だかわからなかったが、俺の勝ちだ。
つい、気が緩んでしまった。
やっと噛み締められる勝利の余韻と、疲労を労うわずかな時間に酔いしれた俺はとっさの反応が遅れた。
ズブッ……!
右わき腹の鋭い痛み。相手が最後の抵抗として、俺を刺したのだった。
「ぐっ……!? しまっ……!」
ポタポタと赤色の液体がはるか下の海面に落ちる。
真っ黒な顔が残酷な笑みで歪んだ気がした。いや、俺の視界が歪んだのか?
敵の手はだらりと剣を離して、そのまま動かなくなった。
――熱源反応検知。離脱行動を最優先。
指示に従い退避すると、刹那、敵が爆発の中に消えた。
いかにも体に悪そうなどす黒い煙は、俺にまとわりつくようになかなか消えなかった。
「……うっ……! はぁ、はぁ……! ぐっ!」
IS本体が消えたというのに、剣は俺に刺さったままだった。
だがこれは不幸中の幸いだ。もし消えていたら、大量出血ですぐ意識を失っていただろう。
俺はとりあえず可能な限り動きやすくするため、ある程度の長さで真っ黒な剣を切り、短くする。それで朧火に回したエネルギーが底をつき、光の粒子は霧散した。
『ザッ……! ザザ……ま……くん……ザッ! ……みやくん! 聞こえますか!?』
山田先生の声が聞こえてきた。どうやら回線が繋がったらしい。
『真宮くん!! 聞こえますか!?』
「聞こ……えてます……」
なるべく元気な様子を装って、返事をした。そう聞こえたかはわからないが。
◇
「よかった……! 本当によかった……!」
山田先生が涙目になりながら安堵し、隣では数名の教師が笑みを見せる。
『すいません、心配かけて……全機撃墜しました……』
「真宮、怪我は無いか?」
『大丈夫です……かすり傷……ですよ……』
「そうか……」
『福音……は? 一夏と箒は……?』
変に息切れしている信を怪しく思ったが、あえて口には出さなかった。
代わりに話さなければならない内容が、良い知らせでないことに千冬は誰にともなく憤った。
「……織斑と篠ノ之は……撃墜された」
沈黙が広がる。いやな沈黙だ。
『助けに行きます……どんなことがあっても……ポイントは……?』
「いや、すでに救援が……」
『そんなこと……関係ないですよ……』
「……山田先生、真宮に座標を送ってやれ」
「え……? わ、わかりました! 真宮くん!」
『……位置座標を確認……これよりポイントに向かいます……』
「真宮……」
『大丈夫です……必ず……必ず2人は連れて帰ります……』
そこで通信が途絶えた。
遮断されていたデータも次々と送られてくるようになり、その中にあったダメージ記録に目を通した山田先生は顔を真っ青にして叫んだ。
「お、織斑先生!! 真宮くんのIS、ダメージレベルCを超えてます!! これは……!」
「……わかっている」
無理に明るく振る舞おうとしていたことなど。みんなに不安を与えないように、笑顔を作ってたことも。
あいつはいつもいつも……抱え込みすぎる。
「救護班は?」
「すでに海岸へ向かっています!」
「私も向かう。あとは頼んだ」
千冬は画面から目を離し、部屋からでていった。
◇
織斑先生の言葉が俺に再び活力を取り戻させた。
不安と憤りと痛みと。
あらゆる感情が俺を突き動かしていた。
それでも視界は時折ぼやけて焦点を見失いそうになったし、突然眠くなるときもあった。それがどういうことか、深く考えることはしなかった。
――警告。稼働率低下
――目標到達。生命反応、2。
ハイパーセンサーが海上に浮かぶ二人をとらえる。
俺は絶句した。
一夏は全身に火傷があり、箒は体にダメージは無いものの絶望の表情が表れていた。
「一夏……! 箒……!」
「し、信! 一夏が……一夏が……!」
「落ち着け……まだ生きてる……」
混乱している箒をなだめ、右腕に箒を、左手に一夏を抱える。
可能な限りのスピードで、海面すれすれを飛ぶ。上昇するエネルギーなどとうに尽きていた。
しばらくして、箒が俺のわき腹を流れる赤い液体に気が付いた。
「信……! お前、怪我を……!」
「たいしたことはないさ……心配しなくても途中で気を失ったりしない……はず」
「違う! 私が心配してるのは――」
「箒、わかってる……わかってるから、頼む……そんな顔するな……」
それを聞いた箒は黙って、下をうつむいた。
それから、箒が俺に話しかけてきた。
正直、内容もわからないほどに意識が朦朧としていたので、『ああ、そうだな』『心配するな、そんなことはない』しか答えてやれなかったが、それでも箒が話しかけてくれたことで何とか気絶せずにすんだ。
海岸につくと、俺は一夏を寝かせ、箒をおろした。
「ぐぅ……!」
俺自身もとうに限界だったので、瞬光が粒子となって消えると、その場に手をついて血を吐いた。
手首のブレスレットは焦げや擦り切れだらけだった。
俺は気を抜けば倒れてしまうそうになるのを必死で堪えて、肘をついた。
「信……! しっかりしろ……! 一夏……! 目を開けてくれ……!」
涙目になって懇願するような声を出す箒と、ひどい怪我を負った一夏を見て、俺は腹立たしかった。二人をこんな風にしたやつが許せなかった。
こみ上げる怒りが、俺から再び痛みを忘れさせていた。
「信! 一夏! 箒!」
ちょうどそのとき、救急隊と織斑先生、それにセシリア、鈴、シャル、ラウラが走ってきた。
「だ、大丈夫なの!?」
「みなさんお怪我は!?」
シャルとセシリアが俺に駆け寄る。それに続いて鈴とラウラを俺の横に座る。
「しっかりしなさい! もう大丈夫だから!」
「信! 私はここにいるぞ!」
みんなが来て安心したのか、意識が途切れそうになる。必死で意識を留めようとするが視界がぼやけてはっきりしない。
「大……丈夫……それより……一夏と、箒を……」
俺は隣の二人をあごでさす。
すでに一夏は担架にのせられ、箒も毛布をかけてもらっていた。
よかった……これで二人は助かる……。
「真宮……!」
顔を上げると、織斑先生が立っていた。自然とみんなの顔も目に入る。
なんだ、みんな。
そんな不安そうな、それでいてつらそうな顔をして。なんで泣きそうになってるんだ。誰だこんな顔をさせてるのは。俺がぶっとばしてやる。
みんなを不幸な顔にした、元凶を。
沸き上がった怒りを力にかえ、立ち上がろうとするがうまく力が入らず、倒れる。焦点を完全に見失って、俺の平衡感覚はおかしくなっていた。
「信!? その怪我……!」
俺をとっさに支えたシャルの手のひらに、べっとりと血糊がつく。
急に喉の奥が熱くなり咳き込むと血の味で口が一杯になった。ぐいっと手の甲で口を拭い、錆びた鉄をなめているような錯覚に陥りながら、俺は言葉を絞り出すように発した。
「先……生……ふ、福音……は?」
「お前……! そんなことはもうい――」
「いいわけないじゃないですか……! みんなを悲しそうな顔にしたやつを俺は許せない……!」
できるだけ大声を発するが、いつもの話し声ぐらいの大きさが限界だった。
またすぐに喉が熱くなり、血を吐いた。
「はぁ、はぁ……俺が……俺が、助けるんだ……! だから……!」
ぷるぷると膝を震わせて立ち上がる。
腹に力を入れたからだろうか、血の流れる量が少し多くなった。
脚をつたって生暖かい液体が砂浜に染み込む。気付くと俺が手をついていた場所には大きな赤色の染みができていた。
(これ、全部俺の血なのか? あはは……これ……やばいな……)
もはや楽観的とも言えるほど、俺の思考は完全にまともじゃなかった。
それでもやるべきこと、やりたいことは見失わなかった。
ボタボタと腹から血を流すたび、意識が飛びそうになる。
時間がない。俺は自分に言い聞かせた。
まっすぐ立とうとして、体がよろける。それを支えようとして片足に体重をかけると、脇腹の傷をえぐられるかのような激痛が走った。
「ぐっ……! ざ、座標は……?」
「信! もうやめて……! 行かないで……!」
声を震わせて、シャルが俺の足にしがみつく。
おい、血で汚れるぞ。離れろ。
しかし声にはできなかった。もうその体力すら、使うのがもったいない。
「わ、わたしも行かせないわよ! 絶対! 絶対! 行かせない!」
鈴が逆足にしがみつく。
それに続き、セシリアとラウラがガッチリと腕をホールドする。
「信さん……! いけません……! わたくしは……耐えられません……!」
「これ以上は無理だ! 死ぬ気か!?」
すでに俺の視界は何もかもはっきりと見えていなかった。
果たしてこれが現実なのか、それすらわからなくなったそのとき。
ドクン……!
キィィ――!
「がっ……!」
景色が変わった。真っ黒な世界に俺は独りだった。
『ダメだよ……みんなの言う通り……これ以上は命にかかわる……』
あの心臓をわし掴みにされるような感覚と、頭痛、さらに見知らぬ少女の声が聞こえてきた。
「ま……た……! ぐっ……ううっ……!」
頭を押さえて膝をつく。周りで俺を呼ぶ声がしたが、答えられない。
『少し休んで……それから話をしよう……』
「うっ……! うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
あまりの痛みに叫び声を上げると、目の前が真っ白になった。
そこに立っている一人の少女。儚げで、それでも力強くて。
それを認識するのが精一杯だった。
『大丈夫……すぐに会えるよ……』
そこで、俺の意識は途切れた。