鉛筆は削ったし、消しゴムも予備を含めて三つ用意した。机の上にまだ長い鉛筆と、角が取れていない消しゴムを指差し確認。
現在時刻7時ジャスト。携帯のディスプレイに表示されている数字をさっと見る。今日、長かった受験期間も終わりをつげるのだ。つまり、今日は高校入試の日。
いつものごとく早起きし、いつものごとく朝飯を取り、いつものごとく顔を洗い、いつものごとく歯を磨き、いつものごとく寝癖と格闘する。
ただ、妙にそわそわしている。
そんな俺、真宮信は別に緊張なんかしているわけではない。けっして。強いて言うなら、ただテンパってるだけ……いや、それ同じか。
落ち着け、落ち着け。とりあえず深呼吸しよう。俺はできるだけ長く息を吸い込み、長く吐き出す。肺の中からこれでもかというほど空気を出して、今度は短く息を吸う。心音がだんだん整ってくるのがわかる。
「よしっ……」
大丈夫だ。テストなんて今まで腐るほど受けてきたじゃないか。ちょっと規模がデカイだけで緊張する必要はない。
俺は机の上に残った点呼済みのペンやら消しゴムやらをガチャガチャと雑に集め、適当に筆入れにぶちこむ。
ふと気がついたら、机の上には消しゴムのカスひとつない状態だった。世間一般の受験日当日というのは、昨日の夜まで食い入るように見つめていた参考書やら、単語カードやらが散乱しているのだろう。
そう、世間一般では。
目の前の妙に綺麗な机は、何だか『みんな勉強してるぞ!もっと勉強しろよ!』というメッセージを伝えようとしている気がした。
「……ま、それもそうだよな……」
ポツリと呟いて、俺は鞄を肩から下げる。ちなみにこのバックの中にも参考書なんて入っていない。
端から見れば、頭がすこぶるいいやつか、諦めたやつか。きっと俺は後者に見えるんだろうな。
学ランのボタンを首までしめて、身なりを整えると、俺は階段を降りていく。すでに朝食を終えているので、両親はなにも言わない。さっさと靴紐を結んで立ち上がり、玄関のドアを開ける。朝の日差しが差し込めば万々歳だろうが、あいにく朝が早いのと曇り空であるのとが災いし、眩しさに目を細めることはなかった。
「それじゃ、行ってきまーす」
後ろの方で両親が挨拶を返したのを聞くと、俺はさっそく運命の第一歩を踏み出した。果たして待っているのは希望か絶望か。俺が求めるのはどちらでもない。
いつもどおり、だ。
―――――――――――――――――――――――――――――
「へぇ……」
案外試験会場につくのが早かったので、トイレに行っても充分時間が余った。指定された教室にすぐ戻ってもやることがないので、ブラブラしていると、掲示してあった会場の見取り図に目が止まった。見れば見るほど大きい会場だ。かなり広いな、ここ。まるで大迷宮だ。ええっと、現在地がここで? 俺の教室がここ。
あ、いつの間にか真逆の方に進んでた……。あまりにも曲がり角が多くて分からなかった。そろそろ戻らないとまずいか。
俺は止めた足を再び動かし始める。歩いてる途中にいろいろな部屋を通りすぎた。流石広いだけあって、部屋の数も半端じゃないな。
その時、他の部屋と同じように俺の視界からスクロールで消えていこうとする、ある部屋を捉えた。少し開いた隙間から、部屋の中が見えた。
「ん?」
一瞬通りすぎたが、また戻って中を覗く。
そこには人の形をした機械が。遠くから見ても、有名過ぎる機械なのは明らかだった。
あれって……
無用心だなぁと思いつつ、俺は現物を近くで見てみたくて、恐る恐る部屋に入っていった。
「おじゃましまーす……」
何をやってるんだか。俺は自分で自分を蔑んでみる。だが、まぁ仕方ない。これが俺にとって意味のない代物でも、それなりに興味は湧く。なんてったって、世紀の大発明なのだから。
なぜ意味がないのか、それは至極簡単かつ明快。このインフィニット・ストラトス、いわゆるISは女性にしか使うことができないのだ。そして、俺は女じゃない。立派な男だ。
ISが普及した今、男っていうのは女性の尻に敷かれるもんになった。このISはあまりに万能過ぎて、下手したら戦争だって起こせる。つまり分かりやすく今の世の中を説明するなら、男が女を怒らせたらISでボコボコにされてしまうってことだ。生身の男と機械の鎧を纏った女。素手と剣プラス銃。勝敗は火を見るより明らかだ。そんなこんなで、男尊女卑ならぬ女尊男卑が世の常識。
そんなISも、人が乗らなきゃ動かない。幸いここにあるやつには女性は乗っていないので、俺はなんなく近づくことができた。近くに寄ってみると、意外とデカイ。いかにも『兵器』って感じがする。すべての国が宇宙開発用にとか、スポーツ用にとか、さまざまな目的を掲げてISを所持しているが、実際は戦争になったときに自分達が困らないようにするためなのだろう。
俺は360°、展示品を眺めるようにして観察してみた。
「ふーん、実際はこんな感じなのか……」
かなり重そうだけど、なんの素材なんだ? 鉄? いや、合金か……?
質感を確かめたいと思い、手を伸ばす。
ペタリ。
何の気なしに手を触れた。
いや、触れてしまった。
キィィィィン……!
部屋に機械が作動するときになるような高い周波数の音が反響する。刹那、俺の体に電撃の走ったような衝撃が走り、部屋に光が満ちる。俺が目をつぶった数秒間で、目の前のIS は消えていた。ただ、目の前から消えていただけなのであって――
「あれ!?」
しっかりと、俺の体に装着されていた。そう。装着されていた。女にしか使えないのに、男の俺が装着していた。
俺はわけのわからない声を上げながら、伝わってくる膨大な情報に戸惑うしかなかった。
――――――――――
――――――
―――
そしてあれから数ヵ月……。
なんやかんやで高校生になった俺は、頭を抱えていた。
(どうしてこうなった……)
俺はめでたく高校に合格。やった! とか、よっしゃー! とか思ったよ、通知きたときは。でもニコニコして封筒開けたら、難しい学校説明と、ISの写真が入ってて、前例がないとか、このままだと混乱が予想されるとか、安全面を考慮してとか、いかにも驚いて急いで作りました雰囲気の紙に長々かいてあって、止めは『あなたをIS学園に入学させます』。
え……? 強制ですか?
そこは『あなたのIS学園入学を許可します』じゃないの? とか俺が混乱してたら、制服届いた。サイズぴったりの。そしたら、もう入るしかないじゃないか。
結局IS学園に入学に入学したものの、そこにはとてつもなく巨大で越えがたいものが。
実はIS学園、女性しかいないのだ。
まぁ、そりゃそうだ。女しか動かせないのに男入学させてどうするって話。
が、その男が動かせちゃったから問題だ。今でもワイドショーで議論が飛び交っている。
はぁ……男でISって……と思いに浸っている今日このごろ。場所? 教室だよ……女の子だらけの。
とかなんとか思っていると、自己紹介が始まった。
(あー……これで一年間のキャラ決まるんだよなー……何言えば……)
と、ここで助けを求めるような視線が最前列のやつから送られてきた。
あー……なるほど。
ぐっ、と親指を立てて『気合い』と、アドバイス。もちろん目線で。
そんなぁ、とでも言いたげな視線が刺さるが俺は肩をすくめるだけだった。
「え、えーっと……
実は俺以外にもう一人、男がいるのだ。それも話題が大きくなった一員。ただでさえ不思議な現象がほぼ同時に2つ起こったのだから無理もない。
まぁ俺としては本当助かったよ、仲間がいて。うんうん。
さて、そろそろ周りの女子の『他には!? ねぇ!? 他には!?』という期待に答えてやってくれ、男子。
「……以上です!!」
「「「「「「「「「「ズコーー!!」」」」」」」」」」
クラスメートがずっこけるのを眺めて、俺は苦笑い。どうやらこの男子、ギャグのセンスはないようだ。というか今のはギャグなのか?
バシッ!!
考える間数秒、戸惑っている一夏に後ろからきつい一撃が。
「自己紹介もまともにできんのか、お前は」
強烈な打撃と辛辣な言葉がかかる。おそらく先生なのだろう、黒いスーツがビシッとして似合っている。
頭の痛みに呻いている一夏をそのまま放置し、厳しそうな雰囲気の女性は教壇に立つ。
「諸君、私が
堂々とはっきりと簡潔に言いたいことを述べる女教師、織斑千冬。なんというか、凄い先生だ。入学早々こんな挨拶かますなんて、なんと言うか、怖いもの知らずって感じ?
ま、それもそうだ。この人にとって、本当に怖いものなどないだろうから。
あまりテレビを見ない俺だが、この人は知っていた。世界最強のIS操縦者、織斑千冬。ISの世界大会の初代優勝者。そのころはまだあまりISが普及していなかったとはいえ、とんでもない強さで相手を圧倒したらしい。正にその本人が目の前の教壇に立っているのだ。
しかし、世界最強が先生とは……。
教室が水面のように静まり返る。やはりインパクトが強い自己紹介だったか。というか、俺はそういう覚悟の『か』の字もないまま入学したのですが……大丈夫かなぁ。
みんなもさぞ緊張と不安の表情をしているだろう……と、思いきや。
「き……」
「「「き……!」」」
「「「「「「「「「きゃーーーー!!」」」」」」」」」
周りの女子が突然叫んだ。非常に騒がしく、頭に響く。俺は反射的に耳を塞いでしまった。
「ああ! 本物! 本物の千冬様!」
「お姉さま! 素敵です!」
「ダメ! 私がこのクラスなんて幸せすぎて死んでしまいそう!」
「まさかっ……! 千冬様が担任になってくださるなんてっ! ああ、主よ! 罪深いほどの幸せを受けてしまった私に罰を与えたまえ!」
ワイワイ、キャピキャピ……。
下手なアイドルより人気なんじゃないか、これ……いや、知らないけど……。
「ち、千冬姉……どういう――」
バシッ!!
本日二度目の聞くだけで痛くなるような音が。もちろん打撃を食らった本人はまた、頭を押さえて呻いている。
「学校では織斑先生と呼べ」
ふと俺は気付いた。
(あれ? あいつ……千冬『姉』って言ったよな?)
「え……? 織斑くんって、あの千冬様の弟……?」
ザワザワと教室に声が広がる。恐らくみんな同じことを考えているんだろう。俺だってそうだ。
(あの先生、一夏ってやつの姉なのか)
大変だね、弟っていうのは。姉の打撃攻撃を食らわなければいけないなんて。
「……ん?」
窓側を見ると、やけに冷めた目で一夏を見ている女子がいた。髪は長く、髪型はポニーテールってやつだ。
そうえば、一夏もちらちらあいつを見てたような、そうでないような。知り合いだろうか?
あの子、美人だよなぁ。
キーンコーンカンコーン
ここで、チャイムが鳴った。織斑先生はパン、と手を叩く。
「さあ、ショートホームルームは終わり……おっと」
そこで先生が何かに気付いたように言葉をきる。
アレ? なんか嫌な予感。
「最後にもう一人自己紹介してもらおう。皆も気になるところだと思うのでな。真宮!!」
一斉に視線が俺に集まる。くそっ、うやむやになって終わる感じだったのに。つーか皆こっち向いてるってことは俺が真宮だって知ってるじゃん。
渋々立ち上がった俺は、当たり外れのない基本的な自己紹介をする。まずは普通な感じで様子見だ。
「真宮 信です。えーっと……時間がないので、とりあえずよろしくお願いします」
軽くお辞儀を添えて、俺は再び席につく。
「今年は二人例外がいるが、仲良くするように。私はどんなやつにも手は抜かないからな。各人、覚悟しろ」
織斑先生はそう言って、教室から出ていった。
◇
「それにしても、凄いですよね、彼」
口を開いたのは例外――男子――のいるクラスである一年一組の副担任、山田真耶《やまだ まや》。
「ん? 真宮のことですか?」
応えたのは織斑千冬。一年一組の正担任だ。
ちなみに山田先生はさっきの時間ずっと教室にいた。忘れてたとかそういうわけじゃない。
「あんな成績優秀な子、初めてですよ」
山田先生が続ける。
(おまけに背が高くて、けっこう格好いいし……ハッ!? い、いけません! 先生が生徒にそんな感情持つなんて!)
「まぁ、送られて来た書類を見たときは私も驚いきましたよ」
千冬の声で、山田先生は自分の世界から帰還。
「で、でも織斑くんも格好いいですよね!?」
焦って声が震えてしまった。
「山田先生、いつから容姿の話になったんですか?」
「……」
決まりの悪そうな山田先生を見て、千冬はため息をついた。
「まぁ、周りからすればあの二人はそういう部類に入るでしょうが………」
「や、やっぱりそうですよねー。あっ、織斑先生、さりげなく織斑くんのことも誉めましたね! やっぱり弟さんですもんねー。は、ははっ……」
と、場を和ませようと何とか笑い顔を作るがひきつってしまう山田先生。
「……そうだ、先生」
「はい?」
「後で久しぶりに少しだけ、模擬戦をやろうか、6時間くらい」
ニヤリと笑って職員室のドアを開けながら、千冬は言った。対する山田先生は、半泣きだった。
◇
(あー……帰りたい……)
2時限目の授業中に窓の外の空を見上げて思った。そんな失礼なことを思っているのは、俺だけだろう。その証拠に、女子たちは居眠りもせずにペンを手にとってせわしなく動かしている。先生ももちろん、ディスプレイを指差しながら一生懸命授業してくれていた。
ちなみに授業してるのは山田先生。初見の感想は『胸デカっ!』だ。そして、その様子を見ているのは『あの』織斑先生。腕組みして壁に寄りかかっている。
そして運悪く最前席になってしまったー夏は、なんとか必死に授業についていこうとしている。やっぱ男は大変だなぁ。俺も男だけど。後で話しかけてみるか。
さっきの休み時間は、一夏と例のポニーテールの女の子が一緒にどっか行って話しかけられなかったからな。
様子を見ると、やっぱり知り合いだったらしい。大体、初対面の男子をいきなり連れ出す女子なんていないはず。
俺は相変わらず青空を流れ行く白い雲を見ていたが、たまたまちらりと授業の様子を確認したとき、山田先生が一夏の顔を除き込んでいるのを見た。
「織斑くん、何か分からないところがありますか?」
優しく山田先生が問う。まぁさっきから『???』ってオーラ全開だったからな。
いた仕方ない。
「わ、わからないところ、ですか……?」
「はい! どんどん聞いてください!」
「ほとんど全部わかりません!」
「え……? ぜ、全部ですか……?」
あー……あちゃー……。ちょっとひどくね? ほら、先生困ってんじゃん。
山田先生がオロオロとしていると、腕組みをしていた織斑先生がスタスタと一夏の前までやって来た。
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
「古い電話張と間違えて捨てました」
バシッ!
痛みに呻く一夏。初日からかわいそうに。
「必読とかいてあっただろうが馬鹿者。おい、真宮!!」
「はっ、はい!? 何でしょうかぁ!?」
驚いて変な声出た。周りの女子が数人笑っている。あ~恥ずかしい……。
「まさかお前も捨てましたなんて言わないだろうな」
ギロリ、と鋭い眼光が俺に向けられる。これは先生の目付きじゃない。殺し屋、もしくは暗殺者。どっちも人殺しなんですけど。
「ま、まさか~ご冗談を」
へらへら。
「では、なぜ教科書がないんだ? 正直に言えば、こいつの参考書と一緒に再発行してやる」
一夏を顎で指して言う織斑先生。
そう、指摘された通り俺の机の上には教科書が乗っていない。うーん、あの出席簿アタックを食らうよりは……。
「正直に言えば、いいんですね……?」
ゴクリ。
クラスメートが唾をのむ音が聞こえた気がした。
「教科書と間違えて電話帳持ってきました」
「……」
「で、でも大丈夫です! ぜっ、全部覚えてますから!」
無言で近づいてくる織斑先生のあまりの恐ろしさに思わず言ってしまった。
しまった……。
そう思ったときにはクラスの視線が俺に集中していた。
◇
発言者以外の教室中のみんな――山田先生と千冬姉も含め――が頭上に『?』となって、固まった。『覚えてきた』って……さすがにその嘘はばれるだろ……。
俺はとんでもないことをいい放った信を茫然と見ていた。すらっと背が高く、立つと目立つその少年は『しまった……』という顔で周りを見ている。
「本当か?」
千冬姉が聞く。声には疑いよりも、驚きの方が多く含まれていた。
まるで、『知ってはいたが』って感じだ。
「え?ええ……ま、まぁ……」
「……」
千冬姉は無言で黒板の前に立つと、色々操作して、これまで出ていた設計図(もちろん、ISの)を消すと、新たに長々とした文章を出した。
「えっ、先生それは……二年生の履修過程の……」
「いや、一年の授業で扱わないだけで、教科書と参考書にはここまで入っている」
そう言って、千冬姉は信に問いかける。
「真宮。これはなんだ?」
「え?な、なにって……アラスカ条約の全文……ですか?」
「そうだ。これは教科書の何ページに載っている?答えろ」
いやいや、千冬姉それは……。まさか本気にしてるのかよ。もういいから俺のと一緒に再発行し――
「……百三十八ページ二十四行目から、百四十六ページ三十八行目までです」
「そうだ」
え……?
一旦静かになった教室だが、すぐに周りで教科書を必死でめくりまくる音が聞こえた。急いで俺もめくりまくる。
そして、見つけた。信の指した行数ぴったりに書かれた、その文を。
「では、参考書では何ページだ?」
「二百五十七ページ六十二行目から二百八十一ページ三十行目までです」
参考書までわざわざ持ってきた、近くの女子が急いでページを探す。
「あ、あってる……」
小さな呟きだったが、今の静まり返った教室には、十分すぎる大きさだった。
「教科書で都合上省いた条約の説明があるが、参考書ではそれが何ページに書いてある?」
「二百五十九ページ十一行目から五十一行目の第二十一条です。内容は『ISコアの無断制作の禁止とその理由』で、教科書の百四十六ページ端の注釈になぜ省いたか、理由の説明がかいてあります。二行だけ」
俺は教科書をめくり、注釈を探した。ページの端、ページの端……あった。見つけるのと同時に、信が読み上げる。
手元に教科書があるかのように、すらすらと、迷いもなく。
「『現在、コアを作れるのは束博士のみのため、この項目はあまり束縛力がない。』」
「全て正解だ。解答も私が考えていたレベルより高い。だが、明日からは教科書を持ってこい。お前が学生である以上、授業はしっかり受けなければならんからな」
「はい。すいませんでした」
信は椅子に座りなおした。
◇
『見たものを一瞬で記憶し、忘れない』
俺はこの才能が嫌いではなかったが、かといって、好きでもなかった。役に立つときはこれまで多々あった。
確かに、できる人は好かれる。だけど、でき過ぎる人は煙たがれる。
明らかに俺はできすぎてしまったのだ。これなら、おとなしく叩かれてたほうがよかったなぁ……。
ため息が出た。
キーンコーンカンコーン
終了を告げるチャイムが鳴る。終わるのは、授業だけではないような気がしたが。
先生への挨拶が終わると同時に、ダッと誰かが俺に駆け寄ってきた。織斑一夏だ。俺以外にここ、IS学園にいる唯一の男。机に勢いよく手をつき、興奮気味に口を開いた。
「お前、スゲーな!!」
キョトンとしている俺に構わず、一夏は話続ける。
「どんなことしてあんなめちゃくちゃ長くて難しいこと覚えたんだ!?もうなんつーか……スゲーよ、お前!!」
「い、いや、これは……えっと……何て言うか……」
「天才か!? そうか! 信は天才なのか!」
「お、おい……」
勢いに気圧されて、俺はなかなか言葉を繋げられない。
「て、天才ですって!?」
「な、なんと!!」
「天才!? 天才なのね!!」
「よっ! 歩く百科事典!!」
しどろもどろしているうちに、周りの女子まで話題に入って来た。
「どうしたの?」
「実はね! かくかくしかじか!」
「えー!? 本当に!?」
あぁ、他のクラスのやつにまで話を広げている……。
そんな中、目の前に右手が差し出された。
「あっ、ごめんごめん!自己紹介聞いてたと思うけど俺、織斑一夏っていうんだ。よろしく!」
ニッコリと微笑まれる。どうやら握手のようだ。俺は慌てて立ち上がる。
「あっ、ああ。真宮 信だ。こちらこそよろしく」
こちらも右手を出し、互いに手を握る。
「「「「キャアアアアーーーー!!」」」」
「イケメン!! イケメンが二人!!」
「凄い!! 凄いわ!!」
「写真撮らせて!」
「わっ、私と付き合ってーーーー!!」
女子がとたんに騒ぎ出す。俺も一夏『?』と首をかしげた。何を騒ぐ必要があるんだ? ただの握手なのに……。
「んんっ!」
わざとらしい咳払いが聞こえた。
「ちょっとよろしくて?」
声の方向をみると、正に『The いいとこの生まれ』みたいな雰囲気を纏った、金髪の女の子が立っていた。
「わたくしのことはご存知ですわね、そこのお二方?」
「「……」」
チラッ、チラッ。一夏とアイコンタクト。
「「?」」
「な、なんですの!? その、あからさまに『知らない』アピールは! 本来ならわたくしに話かけられるなんてそれだけで光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら!?」
「いや、自己紹介途中で終わったし……」
「そう。だから悪いな。俺たち、君が誰だか知らない」
「ほ、本当にわたくしを知らない? この、セシリア・オルコットを!? イギリス代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」
「セシリアっていうんだ。よろしく」
俺は右手を出す。ところが、思いっきりそっぽを向かれた。
「『セシリア』!? あなたがわたくしを名前で呼ぶなんて、思い上がりも甚だしいですわ!」
ぐはっ! 今のは酷い……酷いぞ……!俺は差し出した手を持て余しながら、ちょっと落ち込んでしまった。
気を利かせてなのか、一夏が横から口を挟んだ。
「あー、質問いい?」
「ふん。よろしくてよ? 答えてさしあげますわ」
「代表候補生って、何?」
ズコーーーー!!
女子がずっこける。おおっ、またか。
俺は呆れるよりも、ここまで知らずに入学してきた一夏に驚いていた。
「し、信じられない。信じられませんわ! 常識でしてよ!! じ・ょ・う・し・き!! よろしいですか、代表候補生というのは……」
ペラペラ、ペラペラ、うんぬん、かんぬん……。あぁ……長くなりそうだ。
(なっ、なぁ……)
一夏が俺に助けを求める。
(ん? ああ、つまり『エリート』ってやつだよ)
見事に要点だけ伝える俺。
「――でしてよ。お分かりになりまして? あなた方は幸運なのでしてよ?」
「そうか。ラッキーだ。ありがとう、えっと、代表候補生の……人」
「あっ、あなたねぇ……」
やばい……! そろそろ空気が本格的に淀んできた。つーか名前ぐらい覚えてやれよ。四文字だぞ、四文字。
今度は俺が割って入る。これ以上話をこじらせてはいけないと判断したからだ。
「一夏もなんとなーくわかったみたいだから、な? 本当丁寧な説明、ありがとう」
とりあえずここは大人しくしとこう。まだ初日だし、いきなり問題を起こすのは厳しい。
俺はなるべく気持ちを込めて笑顔を作って、やんわりと言葉をかけた。
「ま、まぁ……今回は許してさしあげますわ」
プイッと踵を返して、セシ……オルコットさんは自分の席に帰った。心なしか顔が赤かったが……そんなに怒ってるのか……。どうしよう。
「話はすんだか?」
こ、この声は……!
俺たちが振り返ると、そこには織斑先生が。
「ち、ちふ――」
バシッ!!
えーと……一夏はまず、『学習すること』を学ぶべきだな。犠牲者を増やさないよう、さっと席についたみんなを見習ってくれ。
「まったく……チャイムがなったら席につけ。すぐつけ。いいな?」
織斑先生はやれやれ、という顔で教壇に立つ。先程の白熱した議論(セシ……オルコットさん一人だけだったが)のあいだにチャイムが鳴っていたらしい。どうやら織斑先生は今回だけ見逃してくれたようだ。
「それでは、この時間は各種実践武器について説明を行う」
先ほどまでとは違い、織斑先生直々に教えていただけるようだ。拝んどこうかな。南無、南無。
「ああ、その前に再来週のクラス対抗戦に出る、代表を決めないとな」
代表?なんだそれ。
「まぁ平たく言えば、クラス長だな。ちなみに一年間固定だ」
なるほど……リーダー決めか。しかし再来週とはずいぶんと急だな。
ざわざわと教室が騒がしくなったと思えば、突然俺の隣の女子がビシッと手を上げて立ち上がる。
「はいっ! 私、真宮君がいいと思います!」
「私も!」
「私も!」
「じゃあ、私も!」
「「どうぞ、どうぞ」」
まぁ、やると思ったけどね。っておい!のんきにしてる場合じゃない!俺がリーダー!?ないない!
俺は必死に反論する。
「俺は嫌ですよ!?」
「他薦された者に拒否権はない」
ズバッと一蹴。
そ、そんな……。職権乱用だー!
「じゃあ、一夏くんがいいです!」
「わたしもー!」
「おっ、俺!?」
他薦の魔の手は一夏にまで……。そしてホイホイ同意しないでくれ……。
また教室が騒がしくなる。
バンッ!!
しかし、それ以上の打撃音が雰囲気を一変させる。
ちなみに今回叩かれたのは一夏じゃなくて机だった。
「冗談はそこまでですわ!!」
セシ……オルコットさんが立ち上がる。
「男が代表なんていい恥さらしですわ!」
おいおい……さすがにそれは言い過ぎじゃないか?イラッときたぞ。
「代表とは、実力のあるトップがなるべきで……」
ペラペラ、ペラペラ、うんぬん、かんぬん……。
長い。とにかく長い。
俺は右から左に聞き流すことにした。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたしくしにとっては耐え難い苦痛で――」
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」
これは聞き逃すわけにはいかなかった。
ピタッとセシ……オルコットさんの口が止まり、教室にいやーな空気が漂う。そして、じわじわと顔が赤くなっていくイギリスの代表候補生。それこそマグマが溜まっていくように。
一夏も『しまった』と思っているが、もう遅い。すでにセシ……オルコットさんは完全に怒りで顔が真っ赤なっていた。
「あっ、あなた! わたくしの祖国を侮辱しますの!? 先ほどの態度といい、もう我慢できませんわ!! 決闘ですわ!」
「おう、いいぜ」
いいのかよ! 待て待て! 初日からケンカはダメだって! てか決闘ってなに!?
まさか拳と拳でやる気か!?
俺はとにかく悪くなった空気をなんとか浄化しようと立ち上がる。
「お、おい二人とも! 落ち着けって!」
「あなたも!」
「決闘なん――えっ? 俺?」
「この際ついでですわ! あなたにも私が勝つのですから、確実な実力が示せるというもの!」
「は……?」
ダメだ。俺もカチンときた。ついでで指名されて、その上俺が負けること前提?
売り言葉に買い言葉で思わず要らぬことを口走ってしまう。
「そこまでいうならやってやるよ! その代わり、負けたら何でも俺の言うこときけよ!」
「もちろん、いいですわ! わたくしが初心者風情に負けるなんてあり得ませんわ!」
「……さて、話はまとまったな」
織斑先生がナイスタイミングで一旦休戦の言葉をかける。いや、まとまってないんですけど。どっちかと言うと、こじれました。
「そうだな……試合の形式は勝ち抜き。一週間後の月、火に行う。三人は準備しておけ。順序は……まずは織斑とオルコットだ。場所は第三アリーナ。いいな?」
「「はい!」」
一夏とセシ……オルコットさんが元気よく返事をする。そして何か先生楽しそうだ。こっちは大変だっていうのに……。あー……まためんどくさいことになった……。
俺は返事を返さずただため息をつくのだった。