「停止していますね……」
モニターに移った福音の現在地を示す印は同じ場所で点滅し続けている。
「本部はまだ私たちに作戦の継続を?」
山田先生が少し批難めいた声を出す。
「……解除命令が出ていない以上、継続だ」
「ですがこれからどのような手を……!? 生徒が2人、重傷を負っているんですよ? 真宮くんなんて……!」
千冬も当然知っているはずのことを口走る。目に涙をためた山田先生の口調は、いつもよりわずかに強かった。
そのとき、控えめなノックの音がこだました。
『失礼します……』
「誰だ?」
『デュノアです』
「待機といったはずだ。入室は許可できない……!」
答える間も千冬はモニターからは目を離さない。彼女が何をどのように考えているのか、誰にもわからなかった。
◇
シャルロット、鈴、セシリア、そしてラウラは作戦本部の目の前にいた。
今さっき入室を断られ、どうしようもなく立ち尽くすばかりで、焦りと不安は増すばかりだった。
柱に背を預けて、目をつぶっていたラウラは静かに口を開いた。
「教官の言うことを聞くべきだ」
「でも……! 先生だって2人が心配なはずだよ!」
ラウラの意見に対し、シャルロットがそうじゃなきゃおかしいと言わんばかりに反論する。
「まだ目覚めていらっしゃいませんのに……」
「手当ての指示を出してから、一度も様子を見に行ってないなんて……」
何とか二人とも一命をとりとめたものの、依然意識がもどらない。
織斑先生も作戦室にこもり、全く出てくる気配がない。
「教官だって苦しいはずだ。苦しいからこそ、作戦室にこもっている。一夏や信を見舞うだけで、福音が倒せるとでも?」
ラウラの言っていることは正しい。正しいが……。
三人は言い返す言葉が見つからず、視線を落とす。
しばらく黙っていると、すっと隣の部屋がのふすまが開き、白衣を着た女性が出てきた。
女性は見ただけで医師だとわかるような雰囲気を放っていた。
シャルロットはすでに叫んでいた。
「す、すみません!」
「はい?」
「あ、あの……2人は……」
「……あなたたちは? あの子達の友達?」
「は、はい。そうです……」
「そう……織斑くんのほうはとりあえず落ち着いてるわ……でもまだ油断を許さない状態ね」
「し、信は……?」
とたんに女医の顔が曇る。いい答えが返ってこないのは容易に想像できた。
「右わき腹の刺し傷からの大量出血に加えて、内臓破裂、左腕複雑骨折、右足粉砕骨折、あばら骨も2本骨折してる……でも、まだ生きてるわ……」
どんどん声がくぐもっていく。聞いている四人は言葉がなかった。
『まだ』生きてる?
それじゃあ、信の命は尻すぼみに消えるしかないというのか。
「あなたたちみたいな若い子にこんなことを言うのは本当に嫌なんだけど……覚悟はしていた方がいいわ……」
そう言って女医は白衣を翻して去っていった。
「そん……な……」
あの屈託のない、人懐っこい笑顔。たまにイタズラっぽい笑顔も見せる、あの少年が死にかけている。
信じられなかった。
信じたくなかった。
昨日まではあんなに元気で、今日の朝だって呑気にあくびなんかしていた。
女医が立ち去ったあとの沈黙は長く深く続いた。
今何をすべきか、必死で頭を巡らせる。
そして、行き着く先は皆同じだった。 視線を交わせば、互いの考えが不思議とよくわかる。
皆が無言でうなずいた。
もしかしたら、この選択は間違ってるのかもしれない。信や一夏のそばにいるべきなのかもしれない。
だけど、いてもたってもいられなかった。
「ただ問題は……」
◇
「はっ、はっ、はっ……」
箒は一心不乱に砂浜を走る。何かから逃げるように、必死で。
自分のせいで一夏が怪我をした。福音を取り逃がした。いつのまにか強さに酔いしれていた。過信していた。
さまざまな罪悪感が箒の心を覆う。
何が私たちならやれますだ。死にたくなるような自分への怒りで気が狂いそうだった。
「はっ……はっ……はっ……」
息が整ってくると、意味もなく昔のことを思い出した。小学生の頃の忘れられない思い出だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『おい、男女~! 今日は木刀持ってないのかよ~?』
男女。箒のことだ。
『うっせぇなぁ。お前ら暇なら帰れよ。それか手伝えよ』
『なんだよ織斑。お前こいつが好きなのか?』
『こんな男女が好きなのかよ? だよなぁ、お前ら、夫婦だもんな~。知ってるんだぜ俺。朝からイチャイチャしてるんだろ?』
呆れ顔の一夏に構わず、いじめっ子が続ける。
『だよなー。この前なんか、こいつリボンしてたもんな。男女のくせに、笑っちゃうよな?』
『ッ!』
バキッ!
気付くと、一夏の拳がいじめっ子を殴り飛ばしていた。
そのせいで一夏はいろいろ面倒なことになり、学校でもちょっとした騒ぎになった。呆気にとられた箒は、擁護してやることも、お礼を言うこともできずじまいだった。
『バカだな、お前は……』
剣道の稽古のあと、顔を洗っている一夏にそんなことを言う。
『あんなことをして、あとで面倒なことになるとは思わなかったのか?』
『思わねーな。許せないやつはぶん殴る。だからお前も気にすんなよ? 前にしてたリボン、似合ってたぞ』
『ふ、ふんっ! 私は誰の指図も受けない!』
つい乱暴に言い返してしまう。
『じゃあな、篠ノ之』
『まっ、待て!』
『?』
『わ、私の名前は箒だ! こ、この道場は父も母も姉もみな篠ノ之なのだから、紛らわしいだろ……次からは名前で呼べ』
今思うと、あからさまな照れ隠しの言い訳だった。
『じゃあ、一夏な』
『なに?』
『名前だよ。織斑は2人いるから、紛らわしいだろ? これからは一夏って呼べよな?』
ニコッとこちらに笑いかける一夏が今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……笑顔」
その呟きに引き出されるように、信がかけてくれた言葉を思い出した。
『笑った方が美人だぞ? 箒』
優しさに溢れた信の顔も頭に浮かぶ。
また、助けられた。いつも、いつも、いつも。
力を、専用機を、紅椿を手にいれた今でさえも、私はあいつを助けてやれない。私は誰も助けられない。
信はあんなに傷だらけなのに、誰かのために立ち上がろうとした。
その様子をほんの数メートル横で毛布にくるまり、社交辞令のような慰めの言葉を浴びながら、ただ恐怖に震えて見ていることしかできなかった。
自分の何もかもが嫌いだ。すべてを放り投げて、今すぐ消えてしまいたい。
「私は……!」
海を見つめる箒の髪が風でなびく。
リボンは福音の攻撃を受けたときに焼けてしまった。
「箒」
鈴の声だ。いつもと変わらない、元気で強気な声だ。
「はぁ……わっかりやすいわね……落ち込んでますってポーズ?」
「……すまない、独りにしてくれないか……」
「……! ふざけんじゃないわよ!」
ぐいっと胸ぐらをつかまれ、無理矢理二人が向き合う。
死んだ目と怒った目が対照的に互いを捉えた。
「やるべきことがあるでしょうが! 今戦わなくてどうすんのよ!」
やるべきこと……あったとしても、私は……。
箒は目を伏せた。
「……もうISは……使わない……」
「……! バカ!」
頬に鋭い衝撃が走る。
鈴の平手打ちをうけ、砂浜に倒れた。
いくらでも叩けばいい。気が済むまで殴るがいいさ。もっと早くにそうされるべきだったんだ、私のようなやつは。
箒は顔を上げなかった。
「甘ったれてんじゃないわよ! 専用機持ちっていうのは! そんなワガママが許されるような立場じゃないの! それともあんたは――」
鈴は少し次の言葉を言い淀んだが、突き付けるような激しい口調で叫んだ。
「戦うべき時に戦えない臆病者なの!?」
この言葉で、箒の消えかけていた心の奥底に眠る闘志に火がついた。
よく言ってくれる。お前に私の何がわかる。
「どうしろと言うのだ……! もう敵の居場所もわからない! 戦えるのなら、私だって戦う!」
やっと自分の意思で立ち上がった箒を見て、鈴が表情を緩める。
「やっとやる気になったわね。あ~あ、面倒くさかった」
「……え?」
「ほら」
鈴の視線の先にはセシリア、シャルロット、ラウラが立っていた。
「な、なに……?」
「みんな気持ちは一緒ってこと」
「負けて終わりでいいはずがないでしょう?」
「あんたが必要なの……あたしたちにはね」
箒の顔がぱぁっと輝く。
まだ私には仲間がいた。だったら、それで充分だ。
「ラウラ、福音は?」
「確認済みだ」
ラウラの右手に『シュヴァルツェア・レーゲン』が部分展開される。
「ここから30キロ離れた沖合いに目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないらしい。衛星による目視で発見した」
「さっすがドイツ軍特殊部隊。やるわね」
「お前たちの方はどうなんだ? 準備はできているのか?」
「当然。甲龍の攻撃特化パッケージはインストール済み」
自信満々で答えた鈴にセシリアとシャルロットが続く。
「わたくしも完了していますわ」
「僕もオッケーだよ。いつでも行ける」
「まっ、待ってくれ! 行くと言うのか……? 命令違反では無いのか?」
箒が不安そうな声を出す。しかし鈴が意味ありげな微笑を浮かべて言い放った。
「だから? あんた今、戦うって言ったでしょ?」
「お前はどうする?」
ラウラが最後の決断を迫る。
その口調は逃げたって誰も責めはしないという感じだった。
「私は……」
ぎゅっと、右手につけられている待機状態の紅椿を握る。
そうだ……私は!
「……私も戦う……! 今度こそ負けはしない!」
「決まりね。今度こそ確実に落とすわ」
そうだ。私には仲間がいる。共に戦う仲間が。そのための力だ。
今度こそ、一夏を、信を。みんなを、助けたい……!
「うん! 信だけいいとこ取りはないもんね!」
「そうですわ! そんなのひどいですわ!」
「嫁のことだ。きっと我々が帰る頃には目覚めているさ」
「目が覚めたら私たちに心配させたこと、後悔させるてやるんだから」
四人がニヤリと笑った。その顔に曇りがないのは、多分本当にそう信じているからなのだろう。
そして、そう信じられる何かを持つのが、真宮信という人間なのだ。
「……行こう」
そして撃墜に向かう専用機持ちたち。
箒は胸に手をあて、自分に再び言い聞かせる。
この力はみんなのために――
◇
「……ん……?」
俺が目を覚ましたのは、真っ白な場所だった。
寝たまま首を動かし左右を確認するが、誰もいないし何もない。
ただ、もう一度正面を向いたとき、小さな女の子が俺を覗き込んでいた。
「良かった……! 大丈夫? お兄ちゃん」
「君……誰?」
上体を起こして、少女に尋ねる。少女はただにこっと笑い、俺の隣に座った。
真っ黒な髪に真っ黒な瞳、さらに真っ黒なワンピースのような服を着ていた。
ただ、その黒はすべてを包み込むような柔らかい黒だった。
「ふぅ……良かった~……! 私、お兄ちゃんが死んじゃうかと思ったんだよ?」
ニコニコと嬉しそうに微笑み続けるこの子にはなんだか見覚えがある気がした。
見たこともないのに見覚えがあるなんて変な話だが。
「俺は……一体……?」
「覚えてないの?」
「確か臨海学校に来て――」
とたんに今までの出来事をすべて思い出した。
そうだ。俺は腹を刺されて……。
無意識に腹の辺りを押さえるが、そこに傷はない。
「あれ?」
確かに、いや間違いなくここに刺さったはずだ。
それで血が出てて……あっ……!
あの量は尋常じゃなかったよな……ていうことは……。
「まさか、俺死んじゃった?」
ここ天国?
そう言われればそうとも思える。真っ白で神聖そうだからな。
すると、クスクスと面白そうに少女は笑う。
「言ったでしょ? 『死んじゃうかと思った』って。だから、お兄ちゃんはまだ生きてるよ」
「そうか……ありがとう」
口をついてお礼の言葉が出た。なんでかわからないが、この女の子に救われた気がする。何回も、何回も。そして今日は特に。
「ううん! そんな! 私はなにもしてないよ! お兄ちゃんが私を大切にしてくれるから、私はそれに応えただけだよ!」
小さな手を振って否定する女の子の体をよく見ると、至るところに傷ができていた。火傷のようなあとや、打撲傷、切り傷まであった。
「その怪我……!」
「えっ? これ? 大丈夫、平気だよ。気にしないで」
少女は笑顔を作ったが傷が痛むらしく、少しひきつっていた。
俺が呆然としていると、少女が再び口を開いた。
「……それよりもお願いがあるの」
「お願い……?」
「うん……きいてくれる?」
「ああ。俺なんかで良ければ」
少女は嬉しいですと無言で答えた。
「実はね、どうしても会いたい人がいるんだ」
「会いたい人?」
「うん。その人とお話はできるんだけど、一緒に遊べないの」
「なるほど……どこにいるんだ?」
少女が後ろを振り返って、空間を指さす。
その先には大きな扉が見えた。扉は何かを守っているような、何かが閉じ込めているような、そんな感じがした。
「あそこだね?」
隣の少女はこくりと首を動かす。
「行こうか」
立ち上がり、手を握って一歩ずつ扉に向かって歩き始める。
最初にかなりあるなと思っていた扉までの距離が妙に短く感じた。いざ扉の前に立ってみると、とても大きく、重厚で、間違いなく少女が開けるのは不可能だった。
「ここを開けるのか?」
「うん。お兄ちゃんお願い」
「わかった。任せろ」
扉に両手を押しあて力を加えるが、やはり扉はびくともしない。
「くっ……! 開け……!」
……ギ……ギ……ギ……ギギギギ……!
俺の願いを聞くように、ガコンという音を立てて扉が開ききった。
「ふぅ……よし。これでいいのか?」
だが隣には誰もいなかった。すでに少女はタタタ、と駆け出していたからだ。
落ち着きないな……。
そう思った、そのとき。
ガン!
「あっ!」
俺は叫び声を上げて、少女に駆け寄る。
まるで見えない壁にぶつかるように、少女が後方へ押し戻されたのだ。
「大丈夫か!?」
「いててて……えへへ、いつもこうなんだよね……」
小さな額をさすりながら、少女は力なく微笑んだ。
「大丈夫? ごめんね、いつも……」
俺でも、この少女でもない声が頭上から聞こえた。
顔を上げると、そこには。
「……! 君は……!」
「言ったでしょ? 『すぐまた会える』って」
俺の前に立っていたのはあの真っ白な女の子だった。
◇
海上数百メートルの位置に福音が胎児のように膝を抱えて浮かんでいた。
「――?」
不意に銀の福音が頭を上げる。直後、超音速で飛来した砲弾が頭部を直撃、大爆発を起こした。
「初弾命中!」
ラウラが叫ぶ。
しかし煙が晴れて見てみると、福音はまったく無傷だった。
ゆっくりと翼を広げる様子は、まるで赤子が眠りを妨げられて怒っているようだ。
「続けて砲撃を行う!!」
五キロ離れた場所に浮かんでいるIS『シュヴァルツェア ・レーゲン』とラウラは、福音が反撃に移るよりも早く次弾を発射した。
しかし砲撃を全て回避し、福音はスピードを上げ、さらに接近してくる。
「くっ! 予想より速い……!」
そして福音は後退しようとするラウラの首に手を伸ばし、あと数センチというところまで鋭い指先が迫る。
「はあぁぁぁぁ!!」
しかし、急降下してきたセシリアがその右手を弾き、レーザーライフルで追撃を加える。
が、なおも福音は超スピードを保ち、そのすべてをかわして上昇していった。
「シャルロットさん!!」
「了解! かかったね!」
空高く舞い上がり回避を行った福音に、今度はシャルルが強襲をしかける。
ショットガン二丁による近接射撃を背中に浴び福音は姿勢を崩す。
さらにシャルロットは得意の
しかし、福音が光の弾丸を射出して応戦しだした。
その弾丸を防御特化パッケージ『ガーデン・カーテン』を使い防御するシャルロット。
「このくらいじゃ落とせないよ!」
再び射撃を開始する三人。
次第に消耗していく福音に、海面から突如現れた鈴と箒が追い撃ちをかける。
「やあぁぁぁぁ!!」
「堕ちろぉぉぉぉ!!」
箒が斬りかかり、バランスを崩したところで鈴が砲撃を叩き込む。しかしこれも当たらない。
福音はスケートを楽しむように体をくねらせ、優雅に空を舞う。
「「「「「ここで墜とす!!!」」」」」
全員、気持ちは一つだった。
◇
俺はじっくりと目の前の真っ白な少女を見た。
いや、俺はロリコンじゃないぞ。
隣の女の子と対照的に、髪は真っ白、着ているワンピースも真っ白。ただ、目だけは金色だった。そのためだろうか、妙に瞳が大きく感じられた。
「どうしてここに?」
「ふふっ……ずっとここにいたよ? わかってるくせに」
なんだろう。わからないのだが、わかる気がする。心のどこかに、この場所やこの少女を知っているところがあるような。
「君は一体……?」
白い少女が俺に向かって手をさし出す。手は絹のように白く、美しかった。
「思い出す覚悟はある?」
「思い出す……? 何を?」
「君の過去。君の記憶。そして、それは私のでもある」
言ってることはわからないが、何をすべきかは理解した。
俺は少女が差し出した手に、自分の手を伸ばす。黒い少女を阻んだ壁は、俺たちの間にはなぜかはわからないが、存在しなかった。
何を思ったのか、最初にこの女の子を見たときと場面が重なり、そして、あのときの言葉が頭に響いた。
「……俺を、助けてくれ」
俺たちの手と手が重なって――
「喜んで……」
突然、世界が変わった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気絶させられていたらしい。たしか無理矢理、手術を……。
「血圧、心拍数、共に安定しています」
不意に声が聞こえた。
「コアとの適合率は?」
「89パーセントです。これなら、大丈夫そうですね」
「そうか……」
ニヤリと男が笑った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いいかい? 君はこれを突破するんだ」
見せられたディスプレイには敵の配置、地雷のポイント、目的ポイントの位置座標が表示されている。
「……わかりました」
俺は感情のない声をだす。もう慣れっこだった。
「いい子だ。訓練だからって気を抜いちゃダメだぞ?」
毎日朝から晩まで訓練、訓練、訓練……それの繰り返し。
だが俺の体に傷はない。その代わり、疲労は蓄積するのだった。
「絶対防御がうまく働いているみたいだね。本当に素晴らしいよ」
男の顔は喜びに満ちていたが、なんだかひどく残酷な笑みだった。
「……本当に続けていていいのだろうか……」
うしろで白衣に身を包んだ老人が話し出す。
「あなたは優しすぎますよ。実験動物に気をつかう必要はありません」
「……あいつとも話したんだ……やはり、あいつも疑問を持っているようだ」
「……あなたたちは変わった。『残り少ない人生を共に』なのは勝手ですが、他人の人生まで共にさせるのはお門違いでは? ……さっ、行こうか」
男に連れられ、外に出る。
「人生……か……実験を繰り返すだけの日々が連なっているだけで、それは人生なのか?」
老人の声は、爆弾がはぜる音と、砲撃の音にかき消された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「地雷を踏んだあと、あれだけの爆撃に耐えるなんて……データは確か?」
「ええ。身体的損傷はありません。本当に信じられませんよ」
「これ、何度目の実験?」
「1278回目ですね。すべてにおいて同じ結果です」
先ほど新たに入ってきた男に、女が話しかける。
「次も問題無さそうね」
「次って何をするんですか?」
「自己進化プログラムによる新たな能力の開発。こればっかりは私たちがどうこうできる問題じゃないわ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「くそ! 弾が足りない! もっとよこせ!」
「こっちもだ!」
「やつが来るぞ! 撃ちまくれ!」
男たちの怒鳴り声が響く。
俺は走って数十メートルほど離れた距離を一気に詰める。
男たちは俺よりも何歳も年上だったが、そんなの俺には関係ない。
ババババッッ!!
ダン! ダン!
銃弾が俺めがけてとんでくる。
それが体に『近付く』たび、痛みがはしる。しかし、『死にはしない』。
「なんなんだこいつは! ガキのくせに!」
「……」
相変わらず銃弾は俺に『近付く』が、数センチ手前で跳ね返る。これまでに俺に届いた兵器は一つもない。
その時は、これからもだと思っていた。
今回の任務――初の実戦――はある組織の『殲滅』。少なくともできるだけ時間を稼げと言われていた。
また、俺は別に『人質を救え』という暗号通信を受け取っていた。様々な訓練をしてきたためか、実戦よりも訓練のほうが俺にとっては難しいと感じた。
「ひぃぃ!!」
「くっ、来るなっ! 化け物!」
俺が目の前まで来ると男たちは逃げ出した。それを見届けた俺は、数百人が固まって縛られている同じ部屋の奥の区画に移動した。
縛られている紐をほどいてやると、『人質』というらしい人たちは様々な表情を見せた。ある人は笑い、ある人は泣き、ある人は怒り、ある人は怯えた。
「よし、行――」
瞬間、俺は爆風に吹き飛ばされた。それも一回だけでなく、何十回、何百回も。
しばらくして、爆発がおさまった。
(……何メートル吹き飛んだろうか)
しばらくそんなことを考え、いくらかの瓦礫から這い出すと、辺りには何もなかった。
あるのは平坦な土地と鼻をつく嫌な火薬と人が焼ける臭いだけ。
この分だと恐らく誰も生きていないだろう。俺以外は。
ピピッ!
すると通信が入った。
『ご苦労。作戦完了だ』
「……人質の解放に失敗しました」
『いや、構わん。もともと、組織を潰すためのエサだったからな。それくらい安いものだ』
そして、通信が切れた。その日は一日中、珍しく考え事をした。
『安い』と言われたあの人たちは、笑ったり、泣いたり、怒ったり、怯えたりしたとき、一体何を思ったのだろうか――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ドカッ!
みぞおちに屈強な男の蹴りが入る。もう何回目だろうか。すでに顔は赤くはれ、身体中あざだらけだった。
「どうして……なぜ急に?」
「わかりません。昨日からダメージを与え続けているのですが……」
虚ろな目を開くと、女性がしゃがんで自分を覗き込んでいた。
「……何が、心配なの?」
俺が聞くと、彼女は目を丸くし、後ろの研究員を見た。
「これが、報告にあった……?」
「ええ。『人の心を見抜く力』とでも言いましょうか、それが絶対防御発動と入れ替わるように発現しました」
「そう……どのくらいの精度で当てられるの?」
「ほぼ100パーセントです。ただ、内容は読み取れないようですが」
「それはつまり『何が』感情を引き起こしているか、ということまではわからないということ?」
男は頷いた。
女は落胆していた。『期待外れだ』と。
「あまり役に立たなさそうね……発現の理由は?」
「わかりません……ただ、絶対防御が切れると同時に発現したことから、コアの持つ自己進化プログラムにより、新たに開発され『こちらが優先』とされた仮説が有力です」
再び女性が俺を覗き込む。
「あなた、間違ってるわ。戦場ではそんなもの、要らない」
「……廃棄? 何を……?」
ニヤリと笑うその微笑みは残酷だった。
「内容が読み取れなくて良かったわね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
けたたましいサイレンが鳴り響く。俺は老人に抱き抱えられていた。
『緊急! ネットワーク内にウイルス! 実験体『PT-000』が逃走!』
うるさいくらいの声が俺の耳に響く。
「大丈夫……私が……必ず……!」
息を切らしながら、外に出る。そこには一台、車が止まっていた。
「うまくいったみたいね。情報は?」
運転席に座った女性――若くはない。どちらかというと、年寄りだ――が肩で息をしている男に話しかける。
「ま、まだまだ……ゼェ……わ、若いもんには……」
「それはいいから。情報は?」
車を発車させながら、女性が再び男に聞く。
「わ、私の技術をもってすれば、で、データのひとつやふたつ……」
「はいはい、私たち2人とこの子の分のデータはきれいさっぱり消したのね」
「そ、それに加えて……ハァ、ハァ……あ、あいつらには、私たちが逃走に失敗したように見せかけるためにいろいろしてある……安全だろう」
2人が同時に安堵のため息をつく。
「あなた、名前は?」
「PT-000」
それが俺の名前だった。
「やっぱり……わかったわ、あとでいい名前をゆっくりつけてあげる。私たちのことは、お父さん、お母さんって呼ぶのよ?」
まだ息が上がっている『お父さん』に抱かれ、眠りに落ちた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺はずっとそわそわしていた。
あの部屋と違って、真っ白くない。狭くない。なぜか不安だった。
「どうした? そんなにキョロキョロして」
「何もないから困ってるんじゃないの?」
『お父さん』と『お母さん』がクスクスと笑った。
「……何が面白いんですか?」
俺はちっとも面白く無さそうな声を出した。
「こら。よそよそしいわよ」
「……? どうすれば……?」
とたんに、二人の顔が曇った。
「なにが……? なにが『かわいそう』なんですか?」
すると、優しく『お母さん』が俺を抱き寄せる。『お父さん』もそっと俺たちを包むようになる。
「ゆっくり、ゆっくりでいいんだ……」
「そうね……時間はまだあるわ。たっくさん……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「信、お父さんを起こしてきてくれないかしら?」
「わかりまし……わかった、よ……? お母さん……?」
『教えたでしょ!』とにらまれ、怯みながらも何とか言葉を発する。
「ふわぁ……! おはよう」
「あら。今、信に起こしに行かせようと思ったのに」
信。
真宮 信。
それが新しい俺の名前だった。
「なに!? も、もう一回寝てくる!」
「別に構いません――べ、別にいいよ……?」
今度は二人からにらまれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二人と暮らしはじめてしばらくたつと、俺はよく笑うようになった。楽しいことが多くなったのも確かだが、人の怒りをかわないように気をつけることも多くなった。
夜、トイレに起きたとき、二人の声が聞こえた。
「あの子、学校でうまくいってないみたい……」
「何でだ? あんなに楽しそうに帰ってくるじゃないか」
「私たちを心配させないようにするためよ……! まだ子供なのに……」
「……やっぱり、常人離れしてる、か……」
「違うわ! あの子は必死で普通になろうとしてる! この前だって、一度見せた本なのに、読んでとせがまれたわ!」
「どういうことだ?」
「あの子、見たものは全部忘れないらしいの……たまにうなされていることがあるわ……きっと実験のことを思い出してるのよ……」
「……」
「朝に学校から電話があったの。『飛び級で卒業させませんか。もう教育は必要ないでしょう』って話だったわ。友達もいないし、先生からは煙たがられるし……辛いはず、ないじゃない……」
声がわずかに涙ぐむ。
「それなのに……どうして笑っていられるの?」
「……信が普通になりたいって言ったな? 間違ってないと思うぞ。だけどな、どこかで他と違う自分は他を守らなきゃならないと思ってる。それが義務だと思ってる。だから、弱味を見せたらダメだと思ってるんだ、きっと。他人にはない強さを欲している。『自分は強いから、みんな安心してくれ』ってね……」
沈黙が訪れた。
そして、お母さんのすすり泣きが聞こえた。
俺は二人のいる部屋へ入る。
「お母さん……? 僕が嘘をついていたことが『悲しい』の……?」
はっと振り返ったお母さんの瞳を見つめる。
「僕が『優しすぎるから』……? 優しいと悲しいの?」
二人と暮らして、俺はよく見れば心の内容まで見抜けるようになっていた。
「違うの……違うのよ……信。さぁ……もう寝なさい……」
「信。おやすみ……」
お母さんとお父さんの優しい声に促され、寝室に戻った。ベットに横になり考える。
そして眠りに落ちていった――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝日が部屋に入ってくる。眩しい。
「信、朝ごはんよ」
「起きろー信ー」
俺は首をかしげる。
「……誰?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「どう? 思い出した?」
「ぶはっ!? はっ……はっ……」
勢いよく起き上がると、まだ真っ白な空間にいた。気持ちの悪い汗をかいていたような感覚だが、俺の肌はまったく濡れていなかった。
「俺は……自分で……?」
「そうだよ。無理矢理自分の記憶に蓋をかけたんだ。他人の笑顔を守るために」
少女が切なそうに笑った。
「そのあと、それらしい記憶を両親の話から再構築して生きてきた。結果、自分の本当の過去は見えないところに押し込んだ……」
「その時に……君も……?」
「うん。私が目覚めたのは最近だよ。ほら、あのとき」
『あのとき』がいつかわかっていた。はじめてISを触ったときだ。
「ごめん……」
「いいんだよ……私は君で、君は私。そうでしょ?」
そうだ。そうだったんだ。
自分のなかで納得がいった。
俺の中には最初から……。
「ねぇねぇ~! 2人だけずるいよ~! 私も混ぜて~!」
俺の手を握って駄々をこねる少女の頭に手をのせ、優しく撫でる。
「そうだったな……さぁ、もう壁はないよ」
そう言われて、黒い少女は恐る恐る手を伸ばす。
その手が今まで近くにいるのに触れられなかった相手の手と重なる。とたんに表情が輝いた。
「やったー! お兄ちゃん! ありがとっ!」
広い空間を走り回る彼女はとてもすばしっこかった。
俺は黒い少女が落ち着いて、再び白い少女と手をつないだときに、ふと、思い出した。
「そうえば……みんなは?」
「戦ってるよ。敵と」
「みんな頑張ってるんだよ~!」
俺の頭に映像が流れる。
福音と皆が必死に戦っていた。次々と落とされていく仲間たち。あれは……!
「一夏……! 無事だったのか……!」
「ううん。彼も君と同じように重傷だったよ」
「あのお兄ちゃんもね、頑張ってまた戦ってるんだよ!」
二人の顔を見る。二人とも穏やかで、優しい笑顔だった。
「あなたは選ぶことができます……ここでのことを忘れて友の帰りを待つか……」
「それとも、ぜーんぶこのままで! 私たちと一緒に頑張るのか!」
「……でも、愚問だよね?」
「うふふ! お兄ちゃんはそうでなくちゃね!」
俺はニッコリ笑って、二人を抱き締めた。
「……助けてくれるか?」
「「もちろん……これからも、ずっと……」」
俺は目を閉じた。仲間を、大切な人たちを、助けるために。