IS〜world breaker〜   作:山嵐

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こっから夏休み突入!




22:プールでのイベントはお色気が八割

 福音戦から数週間。

 臨海学校を終え、学園へと帰ってきた一年生は、遅めの夏休みを利用してそれぞれの祖国へ帰ったり、日本の名所巡りにいったりなんだりと忙しく散らばっていった。

 夏も中盤から終わりへと近付いてきた八月、暑さがたまらなくうっとうしいのを除いては、世の中で特に変わったことなどない。先の戦いについてのニュースは数日報道された程度で、人々は今後も詳しい情報を得ることはないだろう。

 そんななか、とある大きな野望を発動させんと、ここIS学園では小さな女の子が意気揚々と立ち上がったところだった……のだが。

 

「あっっっっ……ついぃぃぃぃ……」

 

 暑さに出鼻をくじかれ、鈴は猫背で寮の廊下を歩いていた。見るからに気だるそうである。いつもの元気はどこへやら、のろのろとなんだか覇気がない。

 友達はみんな旅行、里帰り、旅行、里帰り……ルームメイトのティナも『向こうで彼氏ゲットしてくるから~』とかなんとか言ってアメリカへ旅立ってしまった。

 いつもは二人でいる部屋は、一人だとなんだか味気ない。正直、暇で暇で仕方ないのだ。そして廊下へ出ればこの暑さ。うんざりしたくなるのも当たり前なのだ。

 こんなことなら自分も国に帰った方がよかっただろうか、と考えてしまう。

 

「……はぁ……」

 

 今更何を考えているんだろう。帰る? 帰って何をするっていうの?

 親は離ればなれで父の居場所は……まぁ、わかってるけど一人じゃ行きづらいし、母は仕事で忙しい。それに、国のお偉いさんや、軍の人から小言を言われるに決まってる。

 今は友達と呼べるような関係になったラウラでも、やはりあのときのトーナメント不参加、及び武装大破はかなり堪えた。主に国の財政と威信に。

 

「……って、そんなことはどうでもよくて……」

 

 鈴は廊下の壁に手をつき、額を流れる汗を拭う。

 

「信……いるかな……いや、いるわね。いなかったら連れ戻す……」

 

 鈴の目がギラリと光る。

 何のためにこの暑いなかわざわざ部屋に遊びに行ってあげると思ってるのか。せっかくのいいチャンスなのに、外出とかしてたらぶっ飛ばす。

 勝手な想像で怒りが沸々と沸き上がってくる。

 怒りに身を任せ、さらに廊下を進んでいく途中、ふと思った。

 

「こういうのって普通、男から誘うんじゃないの……?」

 

 ちょっと立ち止まって考えて込んでしまう。

 今の世の中、女が男に何かを誘おうと出掛けていくなんておかしい。そこは男が女のもとへ出掛けていき、どうしてもと頼み込むべきなのではないか。女は、例え嬉しくても、嫌々だという顔をして判断を下すべき立場にいるはず。

 そうだ。そうに違いない。

 女は偉くて堂々として、男はぺこぺこ弱腰で。当たり前の構図のはず……でも。

 

「……あいつはそうじゃないから……好きになっちゃったのかなぁ……」

 

「何が?」

 

「ひゃひぃ!?」

 

「うわっ!? ど、どっから出たんだその声……」

 

 突然のことで飛び上がり、勢いよく振り向くと、信が一歩後ずさりしていた。福音戦での傷は完全に癒えており、日々の生活にもまったく問題ないそうなので、専用機持ちたちにとってはおおやけに『はい、あーん』ができなくなったのに一抹の寂しさもあったりなかったり。

 予期せぬ出会いに、鈴は大慌てで声の調子を整える。

 

「し、信!? な、なんでここにいんのよ! へ、 部屋じゃないの!?」

 

「俺は自由に外に出ることも叶わないのか?」

 

「当たり前でしょ!?」

 

「えぇ!? なぜ!?」

 

「あ、あたしが暇なときあんたの部屋で遊べないからよ!」

 

「俺はお前の遊び相手か!?」

 

「違うの!?」

 

「そうかもしれない!」

 

「でしょ!?」

 

「「……」」

 

 しばらく互いにキョトンとして、鈴が最初に吹き出し、信もそれに続いて腹を抱えて大笑い。暑い廊下に二人の楽しそうな声が響き渡る。

 いつもなら織斑先生に怒られてしまうだろうが、そこは夏休み。少しは多目に見てくれるだろう。

 二、三分笑い続けたあと、鈴はようやく呼吸が落ち着いてきた。

 

「ふー……ふー……あはは。あー……あんた、わっけわかんない」

 

「ははっ……はー……鈴もな」

 

「で? 調子どう?」

 

「ぼちぼち。『眼』の使い方は慣れてきたかな……」

 

「『心が視える』だっけ? そんな危なっかしいやつ、いつ使うのよ?」

 

 あの事件――『福音事件』――のあとから、信の目が黒から金色に変わるようになった。信が言うには、なんだかいつもより何もかもよく視える、らしい。

 夏休み前に『何でもよく見えるならこれ当ててみろ』と一夏が冗談で何回かトランプを一枚、裏返しで信に見せてみたところ、全問正解だったのは驚いた。

 なんでも一夏の心がすごくわかりやすいということらしいが、女子たちとしては困ったことになる。下手をすれば信に気持ちがばれてしまうのでは……と思っていたときもあった。

 しかし、信にはもとから恋心は見えていなかったらしく、こちら側の気持ちは未だに気付かれていないようだ。なぜそんなことがわかるのかと聞かれれば、答えに困るが、強いて言えば『女の勘』というやつである。

 

「そうだな……そういうのはノリで決める」

 

「なにそれ。ばっかみたい」

 

「へーへー。どうせ俺はバカですよ」

 

「ふふっ……あ、そうえばラウラから何か教えてもらえたの?」

 

「『私の眼にはこんな能力ない』ってさ。それだけ」

 

「そ。ま、そんなのがポンポン世界にあったら困るもんね」

 

 ラウラが信とお揃いだと言って最近機嫌がいいのはまた別の話。

 まだ恋心がばれてはいないとはいえ、信にはあまりその眼を使ってほしくない。

 自分達の隠したい恋慕の気持ちがばれる可能性はもちろん、もしかしたら信の体や精神にも悪影響があったりしては大変だからである。

 

(信は平気だって言うけど……やっぱり心配よね……)

 

「大丈夫だって。心配すんな」

 

「うん……え?」

 

 あれ? 今、声に出したっけ……? あっ……まさか……!

 鈴がぱっと顔を見た瞬間、信がまばたきをする。ほんのりとした金色が黒目の奥に引き上げていったのがわかった。

 

「し、信! あたしに断りなくそれ使うの禁止!」

 

「ごめんごめん。ほら、ノリでさ」

 

「もう……」

 

「あ、そうだ。鈴、ちょっと来てくれないか?」

 

「え? どこに?」

 

「俺の部屋」

 

 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

 

(え? ええ!? へ、部屋に来いって……ま、まぁ行くつもりだったけど……あたしは別に下心とかなしで、純粋に遊びに行こうと思ってただけで! でも、向こうから誘うってことは……そういうこと、よね……! うわ、うわわ……! し、下着の上下違うかも……!)

 

「鈴? おーい……」

 

「へっ!? い、いいわよ! あ、あたしも用があるし……」

 

「そうか、ならよかった」

 

 にっこりと笑う信にまたどきりとしてしまう。しかも手まで握られてさらに心拍数上昇。

 やばい、なんだが緊張してきた。

 一歩踏み出すと、震動で頬を汗が伝う。それを空いてる方の腕で慌てて擦りとる。暑さを忘れて話し込んでしまったので、ちょっと服がじとっとした気持ち悪い感触になっている。

 

(うわ……結構汗かいちゃったかな……て、手汗もかいたりしてないかな……?)

 

「……? どうした? 借りてきた猫みたいになってるぞ?」

 

「ね、猫って……ば、バカにしてるの!?」

 

「いいじゃん、猫。しなやかで身軽で。あと、かわいいし」

 

「そっ!? そ、そう!?」

 

 鈴の顔が少し輝く。

 

(それはつまり……猫がかわいいってことは間接的にあたしもかわいいと……?)

 

 この暑さのせいだろうか。なんだか体まで暑くなってきた。

 すると、信の足が止まったので何事かと一緒に止まってみる。

 

「「……」」」

 

 しばらく立ち尽くしたあと、信は不思議そうに鈴を見る。

 

「あの……着いたから入れよ」

 

「え!? あ……!」

 

「鈴のことだから真っ先に飛び込むと思って待ってるんだけど……」

 

 信が苦笑してドアを指す。いつの間にか目的地に到着していた。これが相対性理論というやつか。

 ドアノブに手をかけると、金属部分が熱を帯びていた。ちょっと怯んだが、ガチャリとドアを開けた瞬間、涼しい風が鈴を撫でて廊下に出ていった。

 後ろの信も一気に空気が抜けたようにため息をついて全身で冷風を楽しんでいる。

 

「涼しい~……ほら、鈴。まぁ入れよ。麦茶くらいは出してやるからよ」

 

「あ……う、うん!」

 

 できるだけ平常を装って返事をした。そして、できるだけ平常を装って部屋に入る。さらに、できるだけ平常を装って近くにあったイスをスルーして、できるだけ平常を装ってベッドに腰かける。

 信はキョロキョロと目を落ち着きなく動かす鈴を見て少し笑った。

 鈴は必死にこのドキドキを顔に出さないようにしなければ、と固く拳を握る。例の眼を使わなくても、下手にらしくない顔をしていればさすがにばれてしまうだろう。

 

(……でも、意外とばれた方が……)

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「へぇ~? 鈴はそんなこと想像してたのか~」

 

「な、なによ……わ、悪い?」

 

「ああ。そうだな……そういうこと考える悪い子猫にはお仕置きが必要……かな?」

 

「ひゃん!? い、いきなり……そ、そんなこと……! んんっ……!」

 

「あはは。顔真っ赤だぞ」

 

「う、うるさいぃ……あんたが悪いの……全部……責任、取ってよね……」

 

「幸せにするよ、鈴……」

 

「うぅ~……や、優しくしなさいよ……んっ……」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ほら、麦茶」

 

「ふぁ?」

 

「いや、麦茶」

 

「……え!? なっ、なによ!? 別に幸せな想像に酔いしれてなんかないわよ!?」

 

「な、なんだよ……別になにも言ってないぞ……?」

 

「は、はぁ!? いつもの先読みはどうしたのよ!?」

 

「え? だってみんなが嫌だって言うから……考えないようにしてる」

 

「くっ……! こっ、このご都合主義!」

 

 頭に『?』というふうなマークがついた信から強引に麦茶を受け取る。半ば奪い取った形になった麦茶を飲みながら、鈴はさりげなく制服の上からサイフを確かめる。

 うん、落としてない。

 涼しい部屋でちびちびと麦茶を飲む度、カランカランとコップに氷が当たる。その音を聞いていると、なんだか少しずつ落ち着いてきた。

 信は自分の分の麦茶を飲みながら、イスに腰掛けて鈴と向き合う。

 

「で? どうした?」

 

「……あ、あんたさぁ、夏休みなのにどこにも行かないわけ?」

 

「一応家には戻るけど……基本、暇だな 」

 

「寂しいやつね」

 

「そうか? こうして鈴が部屋に来てくれるから、寂しくはないぞ」

 

「う、うっさい……なにいきなり変なこと言ってんのよ……」

 

 思わず嬉しさに顔がにやけそうになるが、コップを一段と深くくわえて顔を隠した。

 まったく、気を抜くとこれだ。いっつもドキドキさせられっぱなしで、なんだか悔しい。でもそんな信も大好――

 

「じゃなくて!」

 

「うおわっ!?」

 

 顔を真っ赤にしながら大声を出した鈴に驚いて、信が体を飛び上がらせた。

 違う違う! だから今日はそうじゃなくて!

 鈴はさっと財布を取り出し、手に持ってブンブンと振り回した。

 

「ったく! しょ、しょうがないわね! こっ、このあたしが融通利かせてあげるわよ!」

 

「いや別に構わな――」

 

「ナニ?」

 

「なんでもないです」

 

「よろしい」

 

「はぁ……で? 融通とはなんでしょうか」

 

「こ、これよ……」

 

 鈴は財布から取り出したチケットを信に差し出す。

 大丈夫、大丈夫……。

 鈴はそう言い聞かせる。

 果たして信はどんな返事をくれるのか、鈴は不安と期待でいっぱいだった。そして、その返事は。

 

「……ぶふっ!」

 

「は、はぁ!?」

 

 チケットをしげしげと眺めて、突然信は吹き出した。

 そのリアクションは想定外であったが、なんだか鈴はバカにされた気がして腹が立った。

 

「なによ!? あんたこれがなんだかわかってんの!? これはねぇ!」

 

「今月できたばかりのウォーターワールド『遊水隊』(ゆうすいたい)。前売り券は今月分が完売。 当日券もすぐに売り切れ。 予約分は数ヶ月先まで取れない。広さは文句なし、38個のアトラクションと16種類のプールをゆっくりじっくり楽しめる。『家族、恋人、老若男女なんでもあり。季節感なんて忘れましょう。楽しい思い出は水が湧き出るように、ここで一年中作れます。さあ、みんなでレッツゴー!』……だろ?」

 

「な……! な、なんでそこまでよく知ってんのよ! それ、あそこの説明文まんまじゃない!」

 

 驚く鈴を見て、信はすごくニヤニヤしている。

 なんなんだろうか。なんでもお見通しかと思えば、意外とそうじゃなくて。けれど気を抜けばなんでもわかってて。

 ずるい。その一言につきた。

 

「ほらほら、そんな顔するなって」

 

「もう! そんな顔にもなりたくなるわよ! で!? なんで!?」

 

「実はな……ほら、これなーんだ?」

 

「あっ……!」

 

 机の引き出しから取り出した、長方形の紙。ヒラヒラとこちらに向けて振られているそのチケットは、鈴の手にある物とまったく同じだった。

 

「いやぁ、面白い偶然もあるもんだな。ほら、クラス対抗戦のお礼。まだだったろ?」

 

「は……?」

 

「ほら、これやるよ」

 

 楽しそうに笑う信を見ながら、鈴は呆然とした。そして、思考回路が再起動してから数秒、すぐさま食いつくような勢いで言葉を並べ立てる。

 

「ほ、本当に!? あたしに!? これ!?」

 

「当たり前だろ?」

 

「そ、そう!? な、ならいいわ! 今回はあんたと行ってあげるわ! 特別よ!特別だからね!」

 

「俺と? 別に気を使わなくていいんだぞ? ほら、チケット四枚もあるし……女友達でも誘っ――」

 

「ナニ?」

 

「喜んで行かせていただきます」

 

「よろしい」

 

「本日二回目……」

 

 うわああ!! 神様!!

 あたしはあなたに感謝します!! そりゃ、物凄く!!

 どうやって誘うか一番悩んだのに、あっさりクリアーした! しかも! まったく同じところに! 信が誘ってくれた!

 あれ? 誘ってくれたでいいんだよね? そうだよね? そうだよね!? そうだよね!!

 これって運命!?

 

「で、いくらだ?」

 

「へ? これは二千五百円、だったけど……」

 

「そうか……ほれ」

 

「えっ!? い、いいわよ! お金なんて!」

 

「なに言ってんだ。チケット、手に入れるの大変だったろ? 俺だって予約開始の二時間前から公式ページに張り付いてたんだからな」

 

「そ、そう? じゃあ……」

 

「で? いつ行く?」

 

「あ、明日の土曜日!」

 

「オッケー。どこで待ち合わせる? 俺はどこでも構わないぞ」

 

「う、うん!? そ、そうね! せっかくだしゲート前で待ち合わせがいいわね!」

 

「おう。了解……っと、チケット二枚余っちゃうな……誰か誘うか?」

 

「え!? い、いいんじゃない!? ほら、みんな忙しそうだし!」

 

「でももったいないぞ?」

 

「そ、それじゃあ貰い手探したら!? この予約チケット、次の月まで有効でしょ!?」

 

「うーん……そうするか。忙しくても行きたいやつは行きたいだろうしな」

 

 鈴はもはや他人にチケットが渡ろうが何しようが、そんなことどうでもよかった。

 やった! すごく、すごくデートっぽい! ていうか完全にデート! 誰がどう見ても! 二人っきりだし、誘われちゃったし!

 鈴は心の中でグッと右手を握りしめる。ここ最近出遅れることが多かったが 、今度こそは自分がリードした。もうこの世のすべてが味方のように感じられた。

 

「あ。待ち合わせは何時にする?」

 

「そうね……じゃあ十時!」

 

「わかった」

 

 鈴は心の中で何度もガッツポーズを繰り返して、麦茶を一気に飲みほし、そしてタンッとテーブルにコップを置いて、立ち上がる。

 

(ふっ……決まった……!)

 

「決まってない」

 

「え……あっ!?」

 

 信の目がいつの間にか金色になっていた。やめて、と叫ぶ前にまた黒に戻ったが。

 

「と、とにかくっ! 明日遅れるんじゃないわよ!」

 

「遅れるわけないだろ? 鈴の方こそ遅れるなよ?」

 

 にこっと優しい微笑みをする信がひどくかっこよく見えた。

 

「じゃな。また明日」

 

「うん! 明日、ね!」

 

 ばたんと後ろでドアが閉まる音を聞いて、廊下に出る。そして出るなり、今度は心の中じゃなく実際にガッツポーズをした。

 

(やったあああっ! やった、やったあ!)

 

 さすがに声は出せないけれど、もうとにかく嬉しさのあまり動かずにはいられない状態だった。

 

「早速部屋に戻って準備をしないと!」

 

 半ばスキップに近い足取りで、鈴は自分の部屋へと戻る。天にも昇る思い、とはこの事なのだろう。

 夏の暑さは気がつけばどうでもよくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……帰ってそうそうこの暑さでは身が持ちませんわね……」

 

 真っ白な高級車から優雅に出てきた美少女は、ハンドバッグを車内から引っ張り出してため息をついた。紫外線対策は何重にもしているが、やはり一番の敵は暑さだった。

 彼女、セシリア・オルコットは日傘をさしてまぶしい日光を和らげつつ、IS学園の門を見上げる。

 

「戻ってきましたわね……」

 

 ポツリ。独り言い聞かせるように呟く。

 夏休みに入ってすぐ、セシリアには本国イギリスからお呼びがかかった。もちろん代表候補生である以上はその呼び出しを断る訳にはいかないし、もともと帰るつもりだったので好都合ではあった。旅費はすべて国持ちだし、IS学園での成果を報告する義務さえ怠らなければ特に問題なく日々を楽しく過ごすことができた。

 父と母の会社の跡取りとしての仕事も大体は代理がよくやってくれていたし、旧友と他愛のない雑談もできた。BTシステムの稼働率の低さ、福音戦での装備損傷、活躍の少なさについてのダメ出しはあったものの、セシリアに対する国内の評価は落胆するほどに低いものではなかった。

 全体としてまずまずの帰国だと思う。

 ただ、少しだけ、心が痛む出来事があった。それは、両親の墓参りである。

 

「……」

 

 セシリアの六才の誕生日の日。

 祖国イギリスではとある列車の完成披露試乗会が行われ、そこに当時のオルコット家の代表として父と母が出席したのだった。

 なんといってもその試乗会の目玉は、内装やサービスもさることながら、都市圏に円を描くように建設された八本の高層ビルのそれぞれ一室をまるごとプラットホームにし、そこにその列車を走らせるというものだった。地上数十メートルの上空にあるビルをネックレスのように結んだ線路を走る列車は、イギリスの新たなシンボルとして注目を集めるはずだった。

 しかし、そこで両親は列車の脱線事故に巻き込まれ、帰らぬ人となった。事故当時はそれはそれは大変な騒ぎであったらしい。

 らしい、というのはセシリアがそのニュースを知ったのは翌日だったからだ。メイドたちはせっかくの誕生日にそれを知る必要はないと無駄な配慮をし、そしてセシリア自身も目の前に広がるプレゼントの山に夢中でほかのことなど眼中になかった。

 街ではプレゼントではなく、脱線時に列車がビルに衝突、それが倒壊し、瓦礫の山を作っていたというのに。

 幸いビルはまだ工事中のうえ、その日はたまたま工事が休みの日だったので、中に人はいなかった。

 被害は試乗客三十四名中、三十三名の死亡であると聞いている。オルコット家と並ぶ上流階級の家族が何組かが犠牲になったということだ。残り一名の生存者については、マスメディアの驚異からイギリス政府が固くなにその情報の開示を拒否している。

 その日を境に、セシリアの生活は百八十度変わった。

 慌ただしい葬儀のあとに残ったのは莫大な遺産。自分をかわいがってくれたメイドたちはセシリアを敬い始め、雇う家庭教師も増えた。知らぬ間に親戚は把握していた数十倍になり、家の前には連日きらびやかな衣装を見に纏った中身の伴わない人間が集い、セシリアを疲労させた。

 小さなセシリアはある夜ベットに潜り込むと、独りで泣いた。

 そして、目覚めたときに決意した。父と母の残したものはすべて自分が引き受け、守り、そして未来へ引き継ごうと。

 

「お嬢さま」

 

 控えめで透き通った声が幼き日の思い出からセシリアを現実引き戻す。振り返れば、オルコット家の専属メイド、チェルシー・ブランケットが柔らかく微笑んでいた。

 彼女もあの事故で変わった。

 セシリアの幼馴染みであるチェルシーは、いつの間にかセシリアに敬語を使うようになり、メイド服を着て、そして荷物持ちまでするようになった。けれど、いつも隣にいてくれるのは変わらない。

 だからこそセシリアも単なるメイドという接し方はせず、最も信頼のできる友人のような気持ちでチェルシーと接していた。

 

「どうかなされましたか?」

 

「いえ……少し、昔を思い出しましたの……」

 

「……ご両親のこと……でしょうか?」

 

「……」

 

「……とても立派な方でした……お嬢様は本当にご両親に似ていらっしゃいます……誇り高く、周りを気遣い、優しく、ときに厳しく……」

 

「ねぇ、チェルシー……わたくしは父と母に顔向けできるかしら?」

 

 少しだけ驚いたような顔をしたが、チェルシーはすぐに小さく頭を下げて表情を隠した。

 

「もちろんですとも」

 

「……チェルシー、前にも言ったかもしれませんが、わたくしに対してそんなにかしこまることはなくってよ?」

 

「いえ。私はお嬢様のメイドですから」

 

 ちくり、と心が痛む。昔は気兼ねせず何でも二人で楽しんだのに、今は何だか遠くで見つめ合っているような寂しさを感じた。

 もちろんセシリアはチェルシーを信頼している。けれど、チェルシーはどうなんだろうか。最近になって、たまに彼女が義務的に自分に仕えているような、そんな気がしてならない。それは十八歳という年齢よりも大人びて落ち着いた雰囲気を身に纏っているからなのだろうか。

 姉のような存在だったのに、いつからかセシリアを置いてきぼりにして一人で大人になってしまったような気がした。

 

「では、お荷物はわたくしどもがお部屋まで運んでおきますので」

 

「……ええ」

 

「お嬢様はいかがなさいますか?」

 

「そうですわね……わたくしは――」

 

「真宮様のお部屋でしょうか? 失礼ながら、お嬢様。今日は大丈夫な日でしょうか?」

 

「ぶっ!? ちぇ、チェルシー!?」

 

「殿方は時に野獣のごとく激しいと聞いております。特にこの暑さでお嬢様のような御綺麗な方と二人きりとなれば、恐らく……もちろん、わたくしたちはすでに子育ての知識もございます。もしものときはご安心を」

 

「なっ、ななななな……! し、信さんは紳士でしてよ!? ちゃ、ちゃんと、そ、そそ、その時はわたくしのことを考えて……や、やっ、優しく……!」

 

「ではお嬢様から誘惑するのでしょうか?」

 

「わっ、わたくし!? な、なぜ!?」

 

「いえ。ただ、あの白いレースの下着が真宮様用ならば……と」

 

「……え?」

 

「失礼ながら、お嬢様の考えは幼少の頃より把握しております。これでも、お嬢様と寝食を共にした仲ですので……」

 

「え、ええ!? み、見つけたのですか!? スーツケースは二重底で施錠もしていましたのに!?」

 

 セシリアは真っ赤になってわたわたと手を動かす。

 それを見て、チェルシーは再度丁寧なお辞儀のあと、イタズラっぽく笑った。

 

「本当に持っていらっしゃったのですね。相変わらずお嬢様は大胆な方です」

 

「へっ!?」

 

「それでは、わたくしお薦めの下着もご一緒に入れておきますので」

 

「ちぇ、チェルシー! 謀りましたわね!? い、いまのは冗談――」

 

「あれ? セシリア?」

 

「ひゃあ!?」

 

 弁解を途中で遮った声に驚き、急いで振り向くと、そこにはニッコリ笑って手を振る信がいた。

 

「おっす」

 

「し、信さん! 一週間ぶりですわね! ごきげんよう!」

 

 少しだけ動揺したものの、セシリアはスカートの裾をちょこっと上げて優雅に挨拶をする。表情は冷静を装うが、やはり内心は穏やかではなかった。

 今の会話は聞かれていないだろうか。臨海学校での件もあるし、はしたない女性と思われやしないだろうか。

 いや、でも……もしかしたらここまでわざわざ迎えに来てくれた?

 

(そ、そうかも、しれませんわね……!)

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『セシリアが帰ってくると思ったら、いてもたってもいられなくなって』

 

『そんな、信さんったら……お上手ですわ』

 

『ウソじゃない。セシリアと離れて、ずっとさみしかったんだぜ……?』

 

『信さん……あっ──』

 

『もう離さない。俺はもう、セシリアなしでは生きられない……!』

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

(ああっ、ああっ! いけませんわ、いけませんわ! このような場所で!

誰かが見ているかもしれま……誰か……? あっ!?)

 

 すっかりチェルシーを忘れていた。

 慌てて事情を説明しようとするが、すでにチェルシーは信に向かって自己紹介をしていた。

 

「お初にお目にかかります。お嬢様にお仕えするメイドで、チェルシー・ブランケットと申します。以後、 お見知りおきを」

 

「あー! あなたが! セシリアから話は聞いています。真宮信です。こちらこそよろしくお願いします。よろしくお願いします」

 

「こちらこそ……ところで、お嬢様は私について何をお話しなさったのでしょうか?」

 

「とてもよく気が利く方で、優秀で、優しくて……あと、美人だって言ってました」

 

「ありがたいお言葉です……そうえば、私も真宮様のお話はよくお嬢様から耳にしております」

 

「え? そうなんですか? 俺のことはなんて?」

 

「わーわーわー!! ちぇ、チェルシー! 荷物! 荷物をお願いします!」

 

「ぜひ生涯を共に――」

 

「傷害?」

 

「ああぁぁぁぁ!! チェルシー! やめてぇ!」

 

 

 

――――――――――――――――――――

―――――――――――――

――――――

 

 

 

「いやー! あの人面白いな~」

 

「……わたくしはちっとも面白くありませんわ……」

 

 場所は変わって学園の食堂に隣接しているカフェ。

 叫び過ぎて喉が渇いたセシリアはアイスコーヒーを不満そうに飲んでいた。

 チェルシーはようやく荷物運びに戻ってくれたので、今は信と二人きりだ。

 

「あ、真宮くんよ! ほら、あそこ!」

 

「うそ! カメラ持ってくればよかった~」

 

 そんなおしゃべりが周りから聞こえてきた。当然信にも聞こえているはずだが、もうそういう声には慣れたようで、本人は軽く聞き流してコーヒーゼリーを美味しそうに食べていた。

 

「……」

 

 さっきまでの信とチェルシーの会話を思い出し、またモヤモヤとした苛立ちがわき起こってくる。

 

―――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――

――――――

 

 

『えっ!? チェルシーさんって十八歳なんですか!?』

 

『真宮様、私のことはどうぞチェルシーとお呼びになって下さい。口調も、お気を遣わずに使用人と思っていただいて結構ですので』

 

『いや、無理ですよ。こんなに礼儀正しくて美人の方に敬語使わないのは』

 

『まぁ。真宮様はお上手ですね。女の喜ばせ方を、よくご存知のようです』

 

『全っ然、知らないですよ? セシリアにめっちゃ怒られてますから』

 

『そうですか? ふふっ』

 

 

――――――

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―――――――――――――――――――――――――――

 

 どこか楽しそうに話す信にセシリアはちょっとだけ腹が立った。それになんだかチェルシーもいつもより嬉しそうにしていたような……。

 ふと不安がよぎる。

 先月の終わりに偶然耳にした噂。それも、昨日まではまったく気にもとめていなかったのに今になってそれが落ち着かなくなる。

 いわく、『真宮信は年上が好き。年上は真宮信が好き』。

 まったくバカバカしいと一蹴してやりたいが、やはり意識してしまう。

 

「はぁ……」

 

「ため息つくなよ。幸せが逃げるぞ」

 

「信さんのせいですわ……」

 

「俺?」

 

 不思議そうに自分を見つめる信に、またため息をつくセシリア。どこかに鈍感を治す薬はないものか。ストローを加えて外の景色を見ながら空想に耽った。

 

 

 

 ピロリロリン♪

 

 

 

 すると、携帯の着メロがなった。信はスプーンを口に加え、携帯を確認する。

 

「ん!?」

 

「どうなさいました?」

 

「んん……ひょっと」

 

 信はそう言うと、スプーンを口にしたままどこかへと行ってしまった。

 しかし、すぐ戻ってきた。

 コーヒーゼリーの最後の一口を食べ終えると、信がセシリアをまじまじと見つめて、うなずいた。

 

「セシリア」

 

「……はい?」

 

「ここ、一緒に行かないか?」

 

 

 

 

 

 

「ん~っ!! 今日は超いい天気! これぞまさしくデート日和!」

 

 グッと、鈴は両手の拳を握りしめる。力一杯のガッツポーズだった。

 場所はまだ自室だったが、服装はすでに準備万全の一張羅。この日のためにわざわざ新しく買った服である。

 

「ふ、ふ、ふ……! セシリアもシャルロットもラウラも出し抜いてやったわ! あたしの完全勝利! 勝利、勝利、勝利………! やった! あたしの勝ちぃ!」

 

 ベッドをトランポリンのようにして、鈴はピョンピョン跳び跳ねる。

 

「あったしの勝っち! あったしの勝っちぃー!《やほっー!」

 

 しばらく跳び跳ね、汗もかいてきた頃に鈴はようやく落ちついて息を整え始めた。ベッドに横たわって目をつむると、思い描くデートプランが涌き出てくる。そしてだんだんエスカレート。

 

(きょ、今日は下着も勝負下着だし……! もしかしたら……!)

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『今日は楽しかったわ! また明日!』

 

『……』

 

『……? どうしたの? 信?』

 

『鈴……!』

 

 

 

 ギュッ……!

 

 

 

『わっ……!』

 

『また明日、じゃなきゃダメか?』

 

『え?』

 

『俺、もう我慢できないんだ……! 一秒でも長く鈴と一緒に居たいんだ……!』

 

『……うん……実は、あたしも……もう我慢できない、かな……えへへ……』

 

『……いいか? 一緒にいて……』

 

『一緒にいるだけ……?』

 

『えっ……?』

 

『い、言わせないでよ……』

 

『……わかった……じゃあ、一緒に……』

 

『その、もしものときは……責任……とってよね……』

 

『鈴……』

 

『んっ……! やぁ……っん……! ばかぁ……』

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「うきゃぁー!! ダメダメー! もー! これだから男はぁー!」

 

 そんな妄想をひとしきり楽しんだあと、念入りに体を洗い、勝負下着を身に付け、一張羅を身に纏うと、鈴は意気揚々とドアを開けた。そしてできる限り優雅に歩いて待ち合わせ場所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しーん!」

 

「おっす。お、服似合ってんな」

 

「えっへへへ~」

 

 ニッコニコの鈴を見て、信も顔を顔をほころばせる。

 

「じゃ、行こっか!」

 

「あー、ちょい待ち」

 

 鈴は『?』と首をかしげる。すると、なにやら聞き覚えのある声が。

 

「信さーん!」

 

「おっ! セシリア、お前も服似合ってんな」

 

「そ、そんな………あら?」

 

 デートの待ち合わせゲート前にて、見知った顔が三つ揃った。

 

「……はい?」

 

 鈴は信とセシリアを見比べ、セシリアは鈴と信を見比べる。二人とも状況が飲み込めていない。

 

「よし、行くか!」

 

 信は二人の手を握ってゲートをくぐろうとするが、もちろんそんなこと許されるはずがなく。

 

「ま、待ってください!」

「ちょ、信? ど、どういうこと?」

 

 ぐぐっ、とセシリアと鈴に手を引かれて歩みを止められた。

 

「ああ、お前たちに説明してなかったな。ほら、俺と鈴のチケット、合計四枚になっただろ?」

 

「う、うん。そうね、四枚になったわね」

 

「で、あのあと鈴に言われた通り誰か買わねーかなーと思っていろいろ試行錯誤したらさ、二枚とも貰い手が見つかったんだ」

 

「それで?」

 

「でもな、一人がキャンセルしちゃって……だから俺は悩んだんだ。金もったいないし。で、キャンセルの電話が入ったとき、たまたまセシリアと一緒にいたんだよ」

 

「うん……それで……?」

 

「セシリアにもまだお礼してなかったと思ってさ、『あ、ちょうどいいや。ラッキー』と思って」

 

「『ちょうどいい』……? わたくしはついで、ということ……?」

 

「で、セシリア……も……誘っ……たんだけど……?」

 鈴とセシリアからは発せられる怒りのオーラが、夏の熱気以上に空間を歪めているようだった。

 信には冷や汗が一筋。

 

「信の……」

 

「信さんの……」

 

「「バカぁぁぁ!!」」

 

 二人はぷいっとそっぽを向いて、ゲートをくぐる。

 信は鼓膜が破れてないか確認するのにしばらくかかった。

 

 

 





いろいろ詰め込みすぎたげど大丈夫かな?
セシリアの親御さんがいつ亡くなったか、自分なりに考えてみました。
原作には詳しく載ってない……よね?

とりあえずそれもひっくるめてオリジナルってことで(T-T)

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