IS〜world breaker〜   作:山嵐

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32:持ち物には名前を書いておきましょう

「――です。それでは、皆さんのますますのご活躍を期待します」

 

 教頭は一歩下がり、壇上でお辞儀する。俺たちもそれにならって一斉に頭を下げた。

 俺は顔を伏せたまま、あくびを噛み殺して涙目になる。やっぱりあの教頭の話は長い……。

 見るたびに驚くのだが、教頭――もちろん女性――はいつも逆三角形の眼鏡をかけ、かなり濃い赤の口紅をつけている。あれで『~ザマス!』とか語尾につけてたら人間国宝もんだよ、本当。惜しいよな……。

 しかも無駄に厚化粧しているせいで、顔と首の色がはっきり別れている。

 正直、何をどうしたいのかわからない。

 あれを見て笑わない方法を一夏と一学期中によく真面目に討論したもんだ。そして、どうやらその議題は二学期に持ち越しらしい。

 

「……う……ふっふふ……」

 

「笑うなって一夏……ふっ……ふはっ……!」

 

 必死に笑いを堪えるが、一夏につられてしまう。

 俺たちは最後列に立っているのだが、不運なことに真後ろに教頭の席があるのだ。しかもなお悪いことに織斑先生もいる。

 このままではいけない、落ち着けと深呼吸をしたときだった。

 

「ぶえっっっくしょい! あー! ちくしょいコノヤロー!」

 

 こともあろうに、俺たちがお辞儀をしている間に席に戻ったらしい教頭がオッサンみたいなくしゃみをしやがった。

 息を思いっきり吸ったあとだったので、あとは吐き出すしかなかった。

 

「ふははっ! ……やべ」

 

「……ぶっ!くくっ……!」

 

 俺の笑い声に反応して一夏まで肩を震わせて笑い出す。

 笑いの波はあっという間に伝染し、始業式の会場であるホールにクスクスと笑い声が響く。

 

 

 

 

 

 バシッ!! バシッ!!

 

 

 

 

 

 二学期初日から、男子たちに出席簿が振り落ろされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九月三日、夏休み明け最初の実践演習は一組と二組の合同授業の中とり行われた。

 対戦カードは織斑一夏VS凰鈴音。

 俺は二次移行し、エネルギー出力が格段に上がり、それに比例……いや、二乗するかのごとく燃費も悪くなった愛機の扱いに悪戦苦闘していた。

 

「甘いわよ!」

 

「くぉっ……! くっそぉ!」

 

 衝撃砲を食らい怯みながらも、雪片弐型を握りしめて突撃する。

 正直ここまで白式・雪羅が扱いにくいとは思わなかった。夏休み中に一回くらい模擬戦しとくんだった……。

 そんな気弱な思いを抱いていたからか、俺の渾身の一撃は空振り。鈴がいたはずの場所に前のめりになって突っ込んでしまい、体勢が崩れる。

 再び強く握り直した雪片弐型にはすでに零落白夜の美しい輝きを放っていなかった。

 

「げっ!」

 

「『げっ!』じゃないでしょ! 前半飛ばしすぎなのよ、あんたは!」

 

 鈴が上空から容赦なく衝撃砲を浴びせてくる。

 なすすべもない俺は右腕で見えない砲弾をガード。なんとか左腕の雪羅による荷電粒子砲の狙いを定める。

 しかし、どんどん減っていくシールドエネルギーを見て焦ってしまい、半端な狙いのまま荷電粒子砲を撃ってしまった。まったく意味の無い位置にエネルギーの塊が放たれる。

 それを横目で捉え、素早く円を描くように鈴が俺の周りを飛んでいく。

 

「ほらほら! どこ狙ってんの、よっ!」

 

 連結された状態の双天牙月が投擲される。

 すでに雪羅で撃ち落とすエネルギーもなく、俺は物理剣に戻った雪片弐型でそれを受けるしかなかった。

 

「ぐっ……どりゃあ!」

 

 重い一撃を体全体を使って退けるが、鈴を見失ってしまった。

 やばい。

 そう思うのと同時に、足首を引っ張られた。

 

「たああああああっ!!」

 

 俺は不意を突かれたのもあり、何の抵抗もできないまま、逆さまに地面に向かって投げ飛ばされた。

 晴天の空から降り注ぐ光は俺の視界を一瞬だけ真っ白に覆い隠す。

気付いたときには、鈴がまるで後光のように太陽を背にして衝撃砲の連射体勢に入っていた。

 

「もらい!」

 

「しまっ――!!」

 

 離脱する暇もなく、衝撃砲が連続ヒット。ちょうど十を越えたところで俺は地面に衝突。

 土煙を上げていると、試合終了のアラームが鳴り響く。

 同時に攻撃が止んだのを確認し、白式が解除される。

 俺は小さなクレーターの中心地点で、逆さまの世界を見ていた。

 

「……はぁ……」

 

 結果など聞くまでもなかった。

 優しい風が土煙とため息とを流していくと、ザッという音がして隣に誰かが来る。

 

「ま、前半はよかったんじゃねぇの?」

 

「あれがピークだったけどな……」

 

 信の出した手を握り、立ち上がる。その手の力強さを感じ、俺はため息をつく。

 

「それでも成長してるじゃないか。ここだけの話だけどさ、織斑先生も褒めてたぜ?」

 

「本当かよ?」

 

「『夏休み中の訓練を怠るとは見上げた根性だ』ってさ」

 

「誉めてないじゃないか!」

 

「かもな。さ、行くぞ」

 

 信は笑いながらやすやすとクレーターから出ると、みんなが整列している場所に向かって歩き出す。

 二学期初戦、俺の黒星がまた増えた。

 悔しい。次は必ず……!

 勝利への決意を固めながら、俺はクレーターから這い上がる。

 信の背中を追って、俺は駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は夏休み明け初日だから……という容赦は無く、通常通り授業があるIS学園。午後からの授業に備え、生徒はいつものように学生食堂で昼食を取っていた。

 もちろん、専用機持ちも例に漏れず。

 いつものメンバーがいつものように固まって座っていた。

 ちなみに午前中は始業式及びIS訓練、午後は一般科目の授業である。

 

「ふっふ~ん! どんなもんよ!」

 

「くっ……! これで三連敗か……!」

 

「違うぞ、一夏。確か……ん? シャルロット、一夏は何連敗になった?」

 

「えっと……ごめんね。僕も覚えてないや……」

 

「わたくしの記憶では夏休み前から数えて五連敗は越えてますわ」

 

「ああ。私もそのくらいだったと思う。信、わかるか?」

 

「100から先は覚えてない」

 

「そんなに負けてねぇよ!?」

 

 そんな会話がされている専用機持ちのテーブル内では、午前の部で白黒ついたこの二人の得意気な顔と悔しげな顔が両極端で、やたら目立っている。

 その他の女子たちは女子たちで楽しく食事を取っていた。

 しかし、一人だけ少しぼーっとしている男がいた。

 

「……」

 

「……信?」

 

「……え?」

 

「大丈夫? なんだか元気ないよ?」

 

 それを見て、流石はシャルロットと言うべきか、さりげない気遣いを入れている。

 信はああ、と言って思い出したように食事に手をつける。

 メニューはエビフライカレーという相変わらずカレーの類いだったが、これでもこの前言われた『たまには他のもの食べなきゃダメだよ』というシャルロットのアドバイスを実践しているつもりである。

 

「平気平気。ちょっと考え事してただけだって」

 

「そう? ならいいんだけど……」

 

 信の柔らかな微笑みに少し安心して、シャルロットは引き下がった。

 が、すぐまた食事の手が止まり、エビフライを刺したフォークが空中で行き場を失ったようにぶらぶらと揺れ出す。ちょうどラウラの目の前だった。

 ラウラは驚いたような喜んだような表情をして、おずおずと信に尋ねる。

 

「な、なんだ? わ、私に食べさせてくれるのか……?」

 

「ん~……ああ……」

 

「ほ、本当か!? で、では……あーん……」

 

 ぱくり、とラウラの口にエビフライがくわえられる。

 

「「「あ!? あーー!!!」」」

 

 一瞬何が起こったかわからなかったシャルロット、鈴、セシリアも、状況を把握したとたん叫びながらガタガタと立ち上がった。

 

「うわっ!? な、なんだ!?」

 

 その叫びで信がいったい何事かと飛び上がる。

 

「信さん!」

 

「あんた何やってんのよ!」

 

「ら、ラウラばっかり! ずるいよ!」

 

「なにがだ!? みんな突然どうしたんだよ!?」

 

「むぐ……うん……こうしてもらうと普段より……う、美味いものだな……」

 

「あれ!? 俺のエビフライは!?」

 

 さっきまでここにあったのに、と探すようにキョロキョロと首を動かす信。

 一夏は味噌汁をすすってから呆れたようにため息をつく。

 

「『エビフライは?』って、信が自分でラウラに食べさせたんだろうが」

 

「え? いやいや、お前じゃあるまいし人前でそんなことはしねぇよ」

 

「いや、してたし。な、箒」

 

「信、大丈夫か? なにか悩んでいるように見えるが……」

 

 箒が心配そうに表情を曇らせた。

 すると信はわずかに無表情になり、目を泳がせるようにして右手に戻す。

 そして残ったもう一尾のエビフライを右手に持ったフォークで刺して、自分の口にねじ込むようにして食べ始めた。

 

「……ナヤンデナイヨ」

 

「いやいやいや……バレバレだけど」

 

 珍しく一夏がツッコミを入れると同時に、興奮していた女子3人もどこか神妙な顔つきになって席に座り直す。

 もちろん箒も一夏も、『か、間接……! こっ、これが間接キス……!』となっていたラウラですらいつもの真面目な表情になった。

 

「信、嘘ついちゃダメだよ!」

 

「またそうやって溜め込むつもりですの?」

 

「あんたねぇ……いい加減私たちを頼りなさいよ!」

 

「夫婦の間には秘密などあってはならないのだぞ。隠さずに言え」

 

 信はチラリと皆の顔を見て、口に含んだ食べ物を飲み込んだ。

 微塵も揺るがぬ鋼の決意。今度こそ力になるべく、少女たち+αは気合い充分である。

 信はなんとか無視して食べ進めようとするが、すぐに無言の圧力で止められてしまった。しかもゆっくりではあるが、女子たちが獲物を見つけたライオンのように近付いてきている。あっという間に食堂がサバンナのど真ん中に。

 

「わかった! わかったよ!」

 

 カチャリとフォークを置いて一旦食べるのをやめると、長く息を吐きながら背もたれに寄りかかる。そのあと、服の上から右手首の辺りを指差した。

 信が口を開くのを待たず、一夏が身を乗り出した。

 

「捻挫か?」

 

 一斉に浴びせられた女子たちの非難の目線で一夏が蜂の巣にされ、身を縮こませる。

 信は困ったように笑みを向け、そして話し辛そうに頭をかきながら口を開いた。

 

「いや、実は瞬光がさ……あー……あれがああなってそれに……ほら、こうなっちゃったから……」

 

「抽象的過ぎてわかんねぇよ……」

 

「つまり、瞬光についての悩みなのだな?」

 

 箒がちょっと考え込むように顎を支えた。他の女子四人も各々で考え始める。

 しかし考えれば考えるほど、特に信が瞬光について悩むようなことも無い気がする。

 一夏のようにエネルギー不足が問題だというが、これまでそれが目立つような戦いはなかったし、機体制御についてもなんら問題はない。だいたい、問題点が浮かび上がる前に勝負がついてしまうのだから。

 女子ズはどんどん悩みの底無し沼に足をとられるのだった。

 そんな中、一人だけ食事を続けていた一夏は、思い出したように口を開いた。

 

「ていうか、その瞬光はどこ行ったんだよ」

 

「「「「「……え?」」」」」

 

 一夏の何気ない一言に女子一同はキョトンとした表情を浮かべる。言葉の意味がわからないとでも言いたそうな顔だった。

 信は頭を抱えながら話を続けた。

 

「それなんだよ。正に。どこ行ったかわかんないんだよ」

 

「ああ~! 要するに『無くしちゃったからどうしよう』ってわけだな?」

 

「ま、そういうことだな」

「そっか~無くなっちゃったのか~。そりゃ悩むわけだよ」

 

 納得がいったとばかりに一夏がうなずき、女子もようやく意味の理解が終わり、食事を再開する。カチャカチャと再び食器同士が楽しげな音を奏で始める。

 専用機を無くす。確かに悩むべきことである。

 

「確かにショックは大きいですわね」

 

「それに専用機って高くつくし、なにより愛着わくし」

 

「僕たちなんか下手したら代表候補から下ろされちゃうよ」

 

「いや、それならまだいい。最悪、退学処分の上に国籍剥奪、投獄もありうるぞ」

 

「そうだな。代表候補生でなくても牢屋行きかもしれん。私はもちろん、一夏だってそうなる可能性は高いぞ」

 

「想像もしたくない……もし悪用とかされたらやばいよな」

 

 信もフォークをスプーンに持ち換えて、カレーを掬う。カレーはすっかり冷めきっているものの、構わず頬張る。

 コップに残っていた水を飲み干し、また息を吐く。

 

「ま、みんなは無くさないように気を付けろよ」

 

「わかってますわ」

 

「誰に言ってんの?」

 

「気を付けるよ」

 

「心配には及ばん」

 

「大丈夫だ」

 

「名前でも書いとくか……」

 

「子供か!」

 

「「「「「「あっはっはっはっはっはっはっ」」」」」」

 

 やけに乾いた笑いが起こった。

 感情がこもってないというか、愛想笑いというか。そんな感じの声がテーブル内にとどまらず、食堂中にこだまする。

 なんとかごまかせたか、と信も雰囲気に身を任せて事なきを得ようとしたが。

 

「「「「「「待てぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」」」」」」

 

 突然の大声に学食に集まっていた誰もが体を飛び上がらせて、発信源に注目する。

 

「うるさっ!? わ、わかってる、わかってる! わかってるんだって! ことの重大さは! だから悩んでんだろうが!!」

 

 信は頭を両耳を塞ぎながら、興奮している六人をなだめ、なんとか座らせる。しかし全員呼吸が荒く、肩で息をしていた。

 

「ほ、本当!? 本当に言ってるの!? 嘘はダメだよ!?」

 

「な、何があったんだ!? 敵襲か!? 敵襲があったのか!?」

 

「そ、そそそ、そんなバカなこと言わないでください! あ、ISをな、なな無くす……!?」

 

「ていうかどうやったら無くせるのよ!! 瞬光の待機状態はブレスレットでしょうが!!」

 

「なぜ今まで黙っていたのだ!! そうやってお前はいつもいつも……! ええい、そこに直れ! 叩き斬ってやる!!」

 

「名前は!? 油性ペンで名前は書いてなかったのか!?」

 

「いや子ど――」

 

 

 

 

 

 ババババババシッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

「「「「「「痛っ!!」」」」」」

 

 信以外の六人が頭を押さえる。

 この素晴らしく痛々しい音を奏でることができるのはこの世でただ一人。顔を上げた皆の目線の先には織斑千冬が片手に出席簿を持って立っていた。

 

「まったく……静かにできんのか、貴様ら」

 

「ちふっ……いや、織斑先生! ちょうどいいところに! 信の専――」

 

 

 

 

 

 バシッ!

 

 

 

 

「静かにできんのか、と聞いているのだが?」

 

「……はい。すいませんでした……」

 

 涙目で返事を返す一夏。

 騒ぎのようすをチラチラうかがっていた他の女子たちも急いで食事を終えたり、食堂から逃げるように立ち去ったりと食事は騒がしくなる。

 もっとも、その騒ぎも数秒で収まったが。

 

「……瞬光は『メンテナンス』中だ。いいな?」

 

「へ?」

 

「いいな?」

 

「あ……は、はい……って、あれ? 千冬姉なにか知って――」

 

「織斑、人の限界とはどこまで追い詰められれば見えるんだろうな」

 

「なんでもないです織斑先生。ええ、もちろんなんでもないですよ。別になにも聞きませんし聞こうともしませんよ、はい。ほんとすいませんでした。雑用とかあったらなんでも言ってくださいマッハで駆けつけます」

 

 急に腰が低くなった一夏を含め、千冬はそこにいる専用機持ちだけに『表向きの』理由が聞こえるよう、トーンを落とした。冷静沈着で落ち着いたその声色はどこまでも真剣なもので、とても冗談を言っている風ではなかった。

 

「……真宮」

 

「はい?」

 

「……いや、何でもない」

 

 千冬は不思議そうに首をかしげる信に背を向け、そのまま食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前には書類の山。

 千冬は職員室の自分の机を占領しているそれを片付けるため、ペンを手に取る。その大半が通過儀礼的なもので、署名だけ書くようなものばかりだった。

 しかし量が量だったので、最後の書類に行き着くまでに数時間もかかってしまった。目頭を押さえて天を仰いだ。

 悩みの種は書類のことだけではない。

 千冬は先程とある扉から引き剥がしてきた一枚の紙切れを机に広げた。

 

 

『この扉、開けるべからず♪』

 

 

「あのバカ……」

 

 結局、束はアリーナの地下区画の扉に強固なプロテクトをかけて、その後誰ひとりとして接触ができなくなってしまった。つまり、あの区画で何をしているか、誰も把握できないのだ。

 さらにもうひとつ。

 信の両親との会話が、どうも思い出されてしまう。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『すまないが、この件は信には言わないで欲しい』

 

『そんな……! なぜですか!? 何も知らないまま、不安に悩まされ続けていろと!? すぐ近くに探しているものがあるというのに!!』

 

『千冬ちゃん、本当にあの子は今……不安なのかしら?』

 

『ど、どういうことでしょうか?』

 

『息子は望んでIS学園に来た訳じゃないだろう?』

 

『なっ……! ですが今は!!』

 

『わかってるわ。でもね、だからこそなのよ』

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 あの二人が何を言わんとしているのか、何となくではあるが、千冬にはわかった。

 だからこそ、本当のことを自らの胸にしまっておくことにした。

 

「自分で選択させろということか……」

 

 千冬は最後の書類にサインをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やばい! ち、遅刻だ!!」

 

「一夏がアリーナの番号間違うからこんなことになるんだぞ!」

 

「しょ、しょうがないだろ! 急いでたんだから!」

 

 信と俺は廊下を全力疾走で駆け抜ける。

 次の時間はあの生きる伝説の鬼、織斑千冬のIS実習だというのにタイムリミットまであと三分。それを過ぎてしまえばジ・エンドだ。

 残り一分半で更衣室についた俺たちは、急いで上着を脱ぎ捨てる。ロッカーを挟んで逆側で着替えているので、お互いの姿は見えないが、とてつもなく急いでいるのはわかった。

 俺がカチャカチャとベルトを外しにかかっていると、ふわっとなんだか甘い匂いがした。この緊急時にそぐわない、なんだか落ち着いている上品な香りだった。

 

(なんだ、これ……?)

 

 そう思いながら、着替え終了。男でよかった。着替えなんてパパーって終わるからな!

 にしても、いい香りだな……なんだろ……?

 首を回して後ろを向くと、すぐさま目がひんやりとした柔らかな何かで覆われた。突然真っ暗になった視界に戸惑いつつ、謎の香りに落ち着きつつ。

 

「だーれだ?」

 

 そう聞かれたことすら、脳に伝わるのに数秒かかった。

 

「残念。時間切れ♪」

 

 時間切れって……時間短すぎだろ……。

 謎の声がすると同時に、視界が晴れる。

 目の前には謎の女性が立っていた。閉じた扇子を口元に持っていきながらニコニコとしている表情に、思わずドキリとしてしまった。

 

(あれ? リボンの色……2年生の人か?)

 

「あは。おねーさんに見とれてていいの? 信くん、行っちゃったよ?」

 

「は……いいいいいいい!? ヤバイ! じ、時間が! す、すみません! しっ、失礼します!」

 

 パンッと扇子を広げた謎の美人の横を駆け抜けて、俺はグラウンドに向かう。ちらり、と横目に映った扇子には『邂逅』と書かれていた………気がする。

 

 

――――――――――

―――――――

―――

 

 

「で? その美人の見ず知らずの女子に目を奪われたお前は授業開始時間を忘れてまで話し込んでいた、ということか?」

 

「ち、違いますって! 話しかけてきたのは向こうで!」

 

「先生ー! 篠ノ之さんが織斑くんと対戦したそうでーす! 個人的にもこのアホ野郎はボコボコにされたほうがいいと思いまーす」

 

「なっ!? お、おい信!?」

 

「そうか。では篠ノ之、準備はいいか?」

 

「いつでもいけます!」

 

「ちょ、ま――」

 

「セイヤァァァァァァァァ!!!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

――――――――――

――――――

―――

 

 

 俺はボロボロになった体を引きずるようにして、腹を抱えてケタケタと笑っている信のところに歩いていった。

 くっ……! ひどい! ひどいぞ!

 

「まあまあ。結構面白かったぜ?」

 

「まったく、死ぬかと思った……」

 

 信はまだニヤニヤと笑っている。

 なんだ、こいつ。変なやつだな……なんか腹立ってきたぞ。

 

「この怨み、今晴らさずしていつ晴らす! 今度はお前と勝負だ! とりあえず訓練機でもいいや! さっさと用意しやがれ!」

 

「元気だな、お前」

 

 なんだその目は。

 見てろ! 俺だって成長してるんだ!

 

「あ、あのっ! も、もしかして二人で対戦……する?」

 

「ん? ああ。そのつもりだけど」

 

「じゃあ真宮くん! 今私が乗ってるやつ、使っていいよ! 専用機、メンテナンス中なんでしょ?」

 

 クラスの女子――誰だったっけ……いい加減覚えなければ……!――が信の近くに来て、装備していた『打鉄』から降りる。

 

「ああ、ありがとう。じゃあ使わせてもらうよ。ところで瞬光がメンテナンス中ってのは誰から――」

 

「あー! みーやん、みーやん! 瞬光メンテナンス中なんだって!? この前のお昼、聞こえちゃったんだー!」

 

「――聞いたのかわかったからいいや……ありがとな」

 

 後ろからひょっこり現れたのほほんさんをやれやれと見ながら、俺は白式を展開させる。ちなみに今回も一組、二組の合同授業で、他の専用機持ちはすでに各々で訓練を始めていた。

 鈴とセシリアは実戦形式で戦闘中、シャルロットとラウラは互いの戦略を話し合い、先程俺をボコボコにした箒は山田先生のアドバイスを受けている。

 なんていうか、みんな頑張ってるんだな。俺も負けられない。

 

「よし! やるか!」

 

「おう!」

 

 白式を展開し、雪片弐型を展開する。

 信の方も早速訓練機『打鉄』に乗り込む。

 しかし、すぐに信が不思議そうな表情を浮かべた。

 

「……あれ?」

 

 信はぐぐぐっと捻るようにしたり、どこかに力を入れているような感じで体を動かそうとしていた。

 俺はその様子を雪片弐型を構えたままじっと見ていた。

 

「くっ……この……! んぎぎぎ……!」

 

 どうも様子がおかしい。俺は雪片弐型を下ろし、信に近づいていった。

 

「どうした?」

 

「……かない」

 

「は?」

 

 信が顔をひきつらせてこちらを向いた。

 無理に笑顔を作ろうとしているのか、不自然なまでに片方の口元だけつり上がっている。

 そして、俺が聞いたのは誰にでもわかる言葉のはずだったのに、なぜか理解に苦しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ISが、動かない……」

 

 

 

 

 

 

 

 不穏な何かが、動き始めた気がした。

 

 

 

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