IS〜world breaker〜   作:山嵐

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38:じゃんけんの駆け引きは人生最大の駆け引き

「「うぅー……」」

 

 現在は楽しい楽しい夕飯の時間……のはずなのだが、俺たちはテーブルに突っ伏して過ごしていた。

 なぜこんなことになっているか? そんなの決まっている。生徒会長に振り回されっぱなしだからだ。

 

「ど、どうした一夏……元気ないじゃないか……まさか、もう限界か?」

 

「バカ言うんじゃねぇよ……まだまだ……」

 ギギギ……と滑りの悪そうな音が首から出てるんじゃないかと思われるほど、俺と一夏は満身創痍である。だから、たまにこうやって冗談を言いながらお互い頑張っている。

 いやあ、友達って素晴らしい。

 

 そんな風にぐだっていると、俺の前にコトンと何かが置かれる音がした。

 相変わらずテーブルに体を押し付けたまま、顔だけ上げてみると、シャルがお茶を置いてくれていた。とても心配そうな顔をしている。

 

「だ、大丈夫? 食欲がないならせめてお茶だけでも……ね?」

 

「おう……悪いな、シャル……」

 

「さすがフランス、仏のシャルロットだぜ……」

 

 ぐぐぐっと力を入れると、体が悲鳴をあげる。

 痛たた……全身筋肉痛だ……。

 顔をしかめながらもお茶をすすると、なんだか気持ちが落ち着いた。どうやら一夏もそうらしく、隣でゆっくりと息をついていた。

 

「信も一夏も大変そうだね……本当に大丈夫?」

 

「大丈夫……じゃ、ないな……朝から晩まで筋トレ、学園祭手伝い、じゃんけん……おまけで授業があるようなもんだ。うう……」

 

「お前が弱音を吐くとは珍しい。そんなに酷いのか?」

 

「42.195キロを両手両足5キロの重り着けて朝晩走って、その上腕立て、腹筋、背筋を一日100回10セットに、学園祭手伝いで酷使されて、その上40人以上とじゃんけん。これはヤバイ。マジでヤバイ」

 

「あ、あはは……」

 

「確かにヤバそうね……」

 

「あの女め……嫁を殺す気か……!」

 

「まったく、生徒会長なら生徒のことをしっかり考えるべきですわ!」

 

 みんながことの重大さを理解してくれて嬉しいよ。本当にヤバイから。

 すると、隣で一夏がふっと疲れたように笑った。

 

「ふふ……まだまだだな、信」

 

「なっ……! ま、まさかお前は俺以上のトレーニングを……!」

 

「ああ。放課後は更識さんと1対1のIS練習、部屋に戻れば更識さんにマッサージ、さらに風呂に入ろうとすると更識さんが立ちはだかり、昼飯のときには更識さんが弁当を持ってきて、気を抜くと箒の突きが飛んでくる」

 

「なっ!? わ、私は突きなど放っていない! せいぜい胴だ! 大体だな、お前がだらしのない顔をしているから……」

 

 箒が誤解だとでも言いたそうに口を尖らせる。

 いやいや、箒。胴でも結構な打撃だよ? 下手したら気絶するからね?

 

「極めつけはあれだ。更識さんが俺の部屋に住んでる」

 

「それは……キッツイな」

 

「だーろー……」

 

 いつもの俺なら『うらやまけしからん』と怒ったかもしれないが、今は心底一夏に同情する。なんてったってあの生徒会長と相部屋なのだ。俺だったら一回死んでる。ツッコミの過労で。

 

「ま、お互い大変だってことか……」

 

「まーな……あー、ダメだ。気が滅入る……なんかめでたいことを語ろうぜ、信」

 

「えー……めでたいことか……」

 

 うーん……めでたい……めでたい……。

 あ、そういえば。

 

「例の企画で、じゃんけんで勝った人数が1000人越えた……」

 

「……お疲れ様です」

 

 俺たちはこの力で空が飛べるんじゃないかと思うくらい、大きな大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペタッ。

 

「冷たっ!?」

 

「あ、あっ……!? ご、ごめんね……」

 

「くぅ~……さすが、雪女って感じか……?」

 

「か、関係ないよ……」

 

 簪は湿布をしっかりと信の背中に貼ってやりながら、顔を少し赤らめて言い返す。

 上半身裸でベットにうつ伏せになっている信は今にも寝てしまいそうである。

 

 ちなみに信が簪を雪女と呼ぶ理由、それは彼女のクラス、つまり一年四組の学園祭の出し物に由来する。

 信が手伝いに行ったあの日、四組全員がいろいろ再考した結果、最終的な出し物は『お化けの喫茶店』 になった。曰く、『一年一組の喫茶店に対抗する』ためらしい。

 自分のクラスながらなんて安直な考えだろうとは思う。

 その時決まった簪の役割が『雪女』なのだ。というか、信に半ば無理矢理決められてしまった。

 ただ、あまり悪い気はしなかった。

 

「うー……いてぇ……悪いな、毎回湿布貼りに来てもらっちゃって……」

 

「い、いいの……わ、私が勝手に来てるだけだから……」

 

 簪はふるふると頭を振る。

 

「その……真宮くんには……感謝してるから……気にしないで」

 

「え? 俺、なんかした?」

 

「うん……」

 

 そう、してくれた。

 簪がクラスに馴染み始めたのも、あのとき信が手を差し出してくれたからだ。

 あれをきっかけに、簪も頑張って他の女子に話題を振ったり、そういうことができるようになった。もちろん最初は信が一緒にいて、会話が途切れる度になにかと話題をふってくれたりしていたが。

 それに、一週間に一度は整備室に来てくれる。その時の他愛もない会話がたまらなく嬉しいのだ。

 今日は今までのお礼もかねて……と、勇気を振り絞り信の部屋をノックしたのは2週間前。その時の信の格好は忘れもしない。

 なんとか背中に湿布を貼ろうとして、筋肉痛に耐えながら体を捻っていた。

 見かねた簪は、それからというものの、毎日信に湿布を貼る係になった。

 

(でも、これなら……)

 

 真宮くんと一緒にいられる。そんなことを考えて、ますます顔を赤くする。

 ただでさえ、男性の裸(たとえ上半身だけでも)を見て赤くなっているというのに。

 

「ごめんね……お姉ちゃんが……」

 

「気にすんなって。楯無さんは楯無さんなりに俺のこと考えてくれてる……はず」

 

「……」

 

「……あれ? 更識さん?」

 

「お姉ちゃんのことは……下の名前で呼ぶんだ……」

 

 少し心がチクリと痛んだ。もうとっくに姉と張り合うことはしなくなったはずなのに。

 それなのに、姉の方が信の近くにいるような気がして、いい気分ではなかった。悲しいような、悔しいような……。

 気付けば口が動いていた。

 

「私も……下の名前がいい……」

 

「え?」

 

「え……? あっ……! ち、ちがっ……! い、今のは……」

 

「うーん……更識さんだって俺のこと名字で呼ぶしなぁ~……」

 

「そ、それなら私も……真宮くんって、呼ぶのやめる……!」

 

 クスクスと信が静かに笑った。バカにしたようではなく、ただ面白そうに。

 ベットに横たわったまま動こうとしない信は、ゆっくりと目をつぶった。

 

「そうか……なら、いいかな……」

 

「う、うん……」

 

「……これからも……よろしくな……簪……」

 

「ぁ……う……」

 

 ゆっくりと信の体が上下し始める。やがて、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。

 簪は幸せそうに眠る信を優しい笑顔で見つめていた。

 しかし、そこではっと気が付いた。

 

「あ、ああっ……ふ、服っ……!」

 

「……ZZzz……」

 

 もう遅かった。

 激しく揺すれば起きてくれるかもしれないが、心優しい簪には筋肉痛の信を揺するなどできない。

 その上、男の人の体に直接触れるのも。

 

「と、とりあえず……ふ、布団、かけておくね……」

 

 どうしようもなく視線をさ迷わせた結果、それしか方法はなかった。ふわり、と一枚だけかけ布団を乗せる。

 信はくすぐったそうに身を縮めた。

 

「簪……」

 

「う、うん……?」

 

「おやすみ……」

 

「……うん」

 

 簪はもうしばらく信と一緒にいたいという気持ちを抑え、ドアに向かう。

 時計を見れば、そろそろ部屋に戻らなければいけない時間だった。

 急がなければ。

 部屋の電気を消し、できるだけ静かにドアを開けて外に出る。

 簪は名残惜しそうにゆっくりとドアを閉めていく。

 

「……おやすみ……ありがと……信」

 

 小さく残した言葉は、隙間から差し込む光に乗って信に届いたことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおぉぉぉ……! 来た来た来た来た来たぁ~! 神的なものがぁぁぁ! いくぞ!いくぞいくぞいくぞいくぞぉぉぉぉ! じゃぁんけぇぇぇぇん!」

 

「ぽい」

 

「げぶぉ!?」

 

 俺、グー。

 相手、チョキ。

 体から湿布の臭いをぷんぷんさせながら、俺は苦笑いして握り拳を作っている。

 なんか段々女子のリアクションのクオリティが上がってきてるな……ただのじゃんけんだぞ、これ。

 

 現在一年一組。例のじゃんけん企画実行中。

 学園祭前日のこの日、最後の最後で相川さんが俺への挑戦権を勝ち取ってきたらしい。

 その相川さんは今しがた俺に破れた伊座波沙夜(いざなみさよ)さんを抱き抱えている。ちなみに伊座波さんは演劇部である。

 うん。納得。

 

「ぐっ……ぐはっ……! ご、ごめん……清香がせっかく……作ってくれたチャンス……い、いか、生かせ……なかっ……」

 

「……沙夜……? ね、ねぇ! 嘘!? 嘘でしょ!? ねぇったら!」

 

「……」

 

「さっ、沙夜ぉぉぉぉぉーーーー!!」

 

「……はーい次の方どうぞー」

 

「うぅっ……! そ、そんなっ……! 同じクラスでも手加減はしてくれないというの!?」

 

「あー……まぁ……ひいきはするなって言われてるからな。許してくれ」

 

 パンっと手を合わせて謝る。

 

「もー……ま、仕方ないか。他のクラスにも悪いもんね。でも、私は簡単には負けないよ! ハンド部の意地、見せてやるんだからっ!」

 

「そうだそうだー!」

 

「清香ー! 見せてやれー!」

 

「ハンドパワーを使えー!」

 

 ワーワーと声援が飛ぶ。なぜ全員観戦型のじゃんけんなのか、ほとほと疑問だ。

 まぁ別にいいんだけど……。

 ちなみに、円形に俺たちを取り囲んでいる女子たちの四分三以上が敗北した方々。残りが今から戦う分。

 

 そんなこと確認してるうちに、相川さんが掛け声を始める。

 

「じゃーんけーん!」

 

 元気いいな。でも体に力入りすぎ。もっと楽にいこうぜ?

 

「ぽい」

 

 俺、パー。

 相川さん、グー。

 

「「「「「「あぁ~……」」」」」」

 

 観客から残念そうな声が漏れる。

 ぷるぷると自分の右手を悔しそうに見つめながら、相川さんは敗者の円陣に迎えられていった。

 

「えっと、次は?」

 

 俺は周りに問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、わたくしですわっ!」

 

 セシリアが一歩前に出る。

 ついに来た。緊張で思わず声が上ずりそうになったが、なんとか押さえた。

ここまでの信の戦績は無敗。しかもあいこなしのストレート勝ち。

 

(それでも……!)

 勝つ。

 セシリアは信を見つめる。相変わらずかっこいい。

 そうだ。勝てば……。

 

(し、し、しししし、信さんと……きっ、キスっ……!)

 

 セシリアは勝手に妄想を始めて、一人悶える。

 

「せ、セシリア? 大丈夫か?」

 

「は、はいっ!? え、ええ! もちろんですわ!」

 

 軽く咳払いして、セシリアは表情を戻す。

 確かにこのままでは勝てそうにもない。

 しかし。セシリアには秘策があるのだ。

 

「ふふ。信さん、1つよろしくて?」

 

「なんだ?」

 

「この前わたくしが買っていったケーキ、覚えていらっしゃいますか?」

 

「もっちろん! 覚えてるぞ! めちゃくちゃ美味かった!」

 

 よし!

 セシリアは心のなかでガッツポーズする。

 

「信さんは甘いものがお好きなのですよね?」

 

「おう! 疲れたときとか、やっぱ甘いものだよな!」

 

「そうですか。それでは、もしわたくしを勝たせていただけるのなら、信さんに『リップトリック』のケーキ全種類、差し上げますわ」

 

「なん……だと……!」

 

 信が明らかにうろたえる。

 

「えー! セシリアずるーい!」

 

「せっしーがみーやんにわいろ送ってるー!」

 

「いいなー! 私も食べたーい!」

 

 周りから様々な声が上がるがセシリアは聞いて聞かぬふり。

 信はうんうん唸っている。どうやら負けるか負けまいか、天秤にかけているようだ。

 ならば、混乱している隙に……!

 

「いきますわよ! じゃんけーん――」

 

「ま、待った! せ、セシリア……な、なら俺も条件を出そう……!」

 

「え?」

 

 セシリアの振りかぶった腕が頭の上で止まる。信がニヤッと笑う。

 

「お互い条件付きならイーブン……だろ? このままじゃ、じゃんけんに集中できない……!」

 

「え、ええ。よろしくてよ」

 

 セシリアは少し戸惑ったが、にこっと笑みを返した。

 

(ふふふ。無駄ですわ! どんなことがあろうとわたくしは――)

 

「もし俺が勝ったら、セシリアを『@クルーズ』に連れていく」

 

「え?」

 

「ふ、ふふふ……! ど、どうだ! あそこの季節限定のパフェ、食べたかったんだろ? こ、これでおあいこだぜ……! ぐっ……あのケーキは食べたい……! でも大人しく負けるのはっ……!」

 

「し、信さん……そっ、それは、ふ、2人だけで……ということですか?」

 

「うー……え? あ、ああ。それでいいぞ」

 

「……デート……」

 

 最終結果。

 信、パー。

 セシリア、グー。

 ただし、代償として@クルーズ季節限定のパフェ(2500円)の出費が予約された。

 

「じゃんけんには負けましたが……よしとしますわ♪ うふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は私だ!」

 

 ラウラは腕を組んで信の前に仁王立ちした。

 もちろん、手強い相手なのはわかっている。

 だがしかし。ここで引いてはドイツ軍特殊部隊部隊長の名が廃るというものだ。

 

「嫁! こ、今度こそ、お、お前の……くっ、唇をもらうぞ!」

 

「は、はぁ!? お、お前何言ってんだ!?」

 

「う、うるさいっ!」

 

 周りでは『キャー! だいたーん!』とか言っているが気にしない。

 顔が赤くなっているのは緊張しているからであって、実際口にしたら恥ずかしかったとかそういうことではない。断じて違う。と、ラウラは必死で自分に言い聞かせる。

 落ち着け……落ち着け……私は負けない!

 

「私は負けんぞ! 絶対に!」

 

 心の声が口にも出る。

 しかし、相手はあの信だ。ここはできるだけ、勝率をあげる必要がある。

 実を言うと、ラウラはその方法を学んでいた。

 

「ひとつ言っておくぞ、嫁!」

 

「な、なんだよ……」

 

「私はグーを出すぞ! グーだ! グーだからな! グーしかないぞ! 誰がなんと言おうとグーだ!」

 

 そう。

 クラリッサから学びし心理攻撃『必殺予告』。こうすることで相手の動揺を誘い、自分に有利な心理戦に持ち込むという。

 なんでも少し前に流行った『なんとかキング』というゲームに実際にあるらしい。さらに聞くところによると、そのゲームはじゃんけんが深く関わっているものらしい。それがどんなゲームなのかはさっぱりわからないが。

 

(ふふふ……! これで嫁は恐らくパーを出してくる……! そこを私のチョキで……!)

 

 心のなかでほくそ笑む。

 が、信の放った次の言葉にその笑みは崩れ去った。

 

「そうか……なら、俺はチョキを出すよ」

 

「……!? わ、私はグーを出すのだぞ!? それではお前が負けてしまうではないか!」

 

「いや? 案外、俺の言ってることが嘘で、パーを出すこともあるかもよ?」

 

 思わぬ答えに唖然としてしまう。

 しかしすぐさま体制をたて直すべく、ラウラも反論を述べる。

 

「そっ、それならば私がグーを出さない場合もあり得るぞ?」

 

「いや。それはない」

 

「なっ!? なぜそう言いきれる!?」

 

「俺はラウラを信じてる」

 

 最終結果。

 信、パー。

 ラウラ、グー。

 

「そんなこと言われては……グーを出すしかないではないか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は僕だよ!」

 

 シャルロットはラウラを慰めたあと、一歩前に出る。

 もうここまで来たら一筋縄ではいかないことはわかっている。

 しかし、シャルロットにも秘策はあった。

 

「信、ちょっといいかな?」

 

「な、なんだ……?」

 

「僕ね、信は次にグーを出すって思うんだ」

 

「は、は?」

 

 信は目を丸くする。まるで意味がわからないとでも言いたそうだ。

 もちろん、シャルロットも本気でそう思ってるわけではない。

 おそらく信はその並外れた観察力で相手の出方を予想しているのだ。でもそれは本人の意思のもとに行われるのであって、無意識ではない。

 だから、相手の出方を意識させるのではなくて、自分の出方を考えさせる。

 シャルロットはちょっとだけイタズラっぽくウインクする。

 

「って言えば、信がグーを出してくれるかなって」

 

「な、なんだよ……」

 

「ううん。僕はそう信じてる。信が僕たちを信じてくれるように、僕も信を信じる」

 

「うっ……! なっ、なら俺もシャルはチョキを出すって信じるぞ!」

 

「うん……」

 

 来た。ここまでは予想通りだ。

 きっと信はグーを出してくれる。だってそう言ってくれたから。だから、自分がパーを出してしまえば……。

 あれ? でもそれって……。

 

「い、いくぞ!」

 

 そう。パーを出せば……。

 でもそれは……。

 

「じゃーん」

 

 パーを出せば……。

 それは信への……。

 

「けーん……」

 

 パーを……。

 信を裏切ること……。

 

「ぽん」

 

 最終結果。

 信、グー。

 シャルロット、チョキ。

 

「……やっぱり信じてくれた人を裏切ったりはできないよ……相手が信ならなおさら、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度はあたしの番よっ!」

 

「クラスが違うのでお帰りください」

 

「ちょ、ちょっと! 何よその扱い! 訴えるわよ!」

 

「いや……そう言われても……」

 

「ふふん! 安心しなさい! 私はあくまで一夏の代理よっ!」

 

 鈴は一夏の方をちらりと見る。

 実は先程、たまたま廊下を通りかかったときに一夏が『俺は興味ないんだけどなぁ……』とボヤいているのを発見し、じゃんけんの権利を譲渡してもらったのだ。一夏も『きっとそっちの方がおもしろい』と言って承諾してくれた。

 これがいわゆる、たなぼただろうか。いや、これは神がくれたチャンスだ。

 

「鈴ちゃーん! 頑張ってね~!」

 

「2組だろうと関係無いわ! 鈴! 勝って!」

 

「うん! 鈴ちゃんはほぼ1組メンバーだよっ!」

 

 暖かい声援が周りから聞こえてくる。

 

「鈴だけずるいわっ! でも頑張れっ!」

 

「この前負けた2組のみんなの気持ち、託したわよ!」

 

 いつの間にかギャラリーに二組のメンツも参加している。一組、二組問わず応援されて、鈴は照れ臭くなり、知らず知らずのうちに顔がほころんでいた。

 そんな様子を信がニヤニヤと見ていたので、鈴は慌てて仕切り直す。

 

「そ、それじゃあ勝負よっ! あたしが負けるはず無いんだから!」

 

 そうだ。応援してくれるみんなのためにも、きっと勝って見せる。

 そして、信の……。

 

(ファーストキスを……!)

 

「どうした?」

 

「な、なんでもないわよっ!」

 

 考えちゃダメだ。冷静に、冷静に……。

 あの手を使えば、きっと……!

 

「よし。それじゃあ、じゃーんけーん……」

 

 キラーン。

 鈴の目が光った。

 

「ぽ――」

 

「あーーーーっっ!!」

 

「ん?」

 

 最終結果。

 信、パー。

 鈴、グー。

 

「うう……昔、一夏にはこれで勝ちまくったのに……」

 

「鈴、それは俺たちが小学生のときだろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の番だな」

 

「ああ。受けて立つぜ、箒」

 

「いくらなんでも負けっぱなしはしゃくだからな……ここは勝たせてもらう!」

 

 箒は静かに信の前に立つ。

 

「私は小細工など一切できないし、しない。気合いのみだ!」

 

「望むところだ! いくぞ! じゃーんけーん……」

 

「「ぽんっ!!」」

 

 最終結果。

 信、パー。

 箒、グー。

「くっ……!」

 

「速攻だったな、箒……清々しいくらい面白くなかった」

 

「うっ、うるさい! お前は勝負すらしてないじゃないかっ!」

 

 箒が一夏に前のめりになるくらいの勢いで反論しているのを見ながら、信は微笑んでいた。

 すると脇からピョンピョンと、のほほんさんこと布仏本音が現れる。

 

「みーやん、みーやん! 私がまだやってないよー!」

 

「ああ、そうだったな」

 

「よーし! 負っけないぞー!」

 

 ブンブンと腕を振り回すのほほんさん。気合い十分のようだ。

 

「そしてじゃじゃーん! 秘密兵器とうじょー!」

 

 のほほんさんが後ろから紙袋を取り出す。

 そして、カポッと頭に被った。

 全員が『え?』という顔をしているなか、信だけはニヤリと笑った。よく考え付いたな、とでもいいたそうに。

 

「なるほど……俺に顔を見せない作戦か」

 

「ふっふっふ……! かいちょーから聞いたもんね! みーやんの攻略法!」

 

 紙袋の中で反響しているのだろう、くぐもった声が聞こえてくる。

 

「きっとみーやんはちっちゃな表情の変化で相手の出方を予想してるから、こうすれば完璧って言ってたよ~」

 

「よりにもよってのほほんさんに教えるとか……何やってんだ楯無さん……」

 

「うふふー。やっぱり私とはやりたくなかったんだー?」

 

「うっ……! そ、それも楯無さん情報か?」

 

 信が顔をひきつらせて一歩後ろに下がる。

 紙袋で覆われているのでわからないが、腰に手を当てているところを見ると、のほほんさんは得意気な顔をしているに違いない。

 

「信、なんでのほほんさんとやりたくなかったんだ?」

 

「……袖」

 

「は?」

 

「袖が長いから……」

 

 質問をした一夏をはじめ、またまた全員の頭に『?』が浮かぶ。

 のほほんさんは前が見えないままバッサバッサと腕を上下させて、楽しそうに言葉を発した。

 

「だってこれだと手元が全然見えなくて、相手の出方を限界まで見極めるってことができないもんね!」

 

「くっ……楯無さんめ……」

 

 苦々しく顔をしかめ、信がため息をつく。どうやら本当にのほほんさんとやりたくなかったらしい。

 これはもしかして……!

 全員に希望の光が見えた。

 

「ほ、本音! 実はすごい子だったのね!」

 

「そうよ! やればできる子なのよ、本音は!」

 

「布仏さん! 私たちに……私たちに勝利を見せて! お願い!」

 

 ワーワーと応援が再び始まる。

 『俺悪いやつみたい……』と、信がまたため息をつく。

 

「し、仕方ない! いくぞ、のほほんさん!」

 

「おー!」

 

 両者ともに右手をつき出す。そして、それを天高く捧げるように上へと持っていく。

 

「「じゃーんけーん……」」

 

 ゴクリ、と誰かが唾を飲む音が聞こえた気がする。

 そして、一瞬で。

 刹那に。

 腕が振りおろされた。

 

「ぽんっ!」

 

「実は左手でぽんっ!」

 

「えっ!?」

 

 最終結果。

 信、パー。

 のほほんさん、チョキ。

 教室が静まり返る。

 

 そして、爆発した。

 

「「「「「「「「「「やったあぁぁぁぁ!!!!!!!!」」」」」」」」」」

 

「いえーい! 勝利のチョキだぜーい!」

 

 紙袋マスクを脱ぎ捨てたのほほんさんが左手の人差し指と薬指をハサミのように動かしながら頭の上で振り回す。

 集まったメンバーは溜まりにたまったフラストレーションを解消するように、のほほんさんを胴上げした。

 

「「「「「「「「「本音! 本音! 本音!」」」」」」」」」」

 

「くそっ……! 右手しか見てなかったっ……!」

 

「ま、まぁ、そういうもんだよ、じゃんけんって」

 

 わりと真面目にへこんでいる信を励ます一夏。

 

 しかし、その後数分間続いた胴上げが終わると、女子たちはようやく気付く。

 そう。このじゃんけん大会の勝利は『信から何かを奪える』という権利を得たこと。

 そして信に勝つということはつまり、だいたいの女子が『自分が……!』考えていたように、信のファーストキスを奪う権利も得たということだ。

 近くにいた女子が恐る恐るのほほんさんに問う。

 

「ほ、本音!? な、何を奪うの!? や、やっぱり……」

 

「うん! もちろんだよっ!」

 

「「「「「「「「「「ええぇぇぇぇ!?!?!?」」」」」」」」」」

 

 先程まで快勝ムードだった女子たちが惨敗ムードに切り替わる。ついていけない男子二人など、すでに茅の外である。

 一夏はともかく、信は『やべぇ、のほほんさんに人権とか奪われるの超怖い……何をさせられるのかわからないのが一番怖い』とガクガクブルブルである。

 

「みーやん!」

 

「な、なんだ……?」

 

「えっとね、はい! これ!」

 

 のほほんさんが差し出したのは色紙と油性ペン。

 それを受け取ったのはいいものの、どうすればいいのかわからず信は首をかしげる。

 

「サインちょーだい!」

 

 ……次に上がったギャラリーの声が、呆れと安堵の入り交じった声だったのは、言うまでもないことである。

 

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